白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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閑話 レオ

閑話(3)

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「ついに第五皇子殿下が、ご自身の半身を発見された」というしらせは、レオが遠方の島で《黒い皿》と呼ばれる闇魔法の門の監視を続けていたときにもたらされた。
 現場では「やれやれ、これでようやくこの仕事から解放されるのか」という安堵感が広がったものだったが、よくよく聞いてみれば発見された《半身》どのはまだ少年といっていいような年であり、ひどく怪我などもしていてしばらくは療養が必要との話だった。
 驚くべきことにかの人は、どこぞの売春宿で散々に男どもの慰みものにされていたというのだ。心身ともに非常に疲弊していて、治療と安静が必要だという。なにより《半身》である皇子の温かな世話を必要としているだろう。

(ま、しょうがねえか)

 多少がっかりしたのは否めないが、「そんなもんだろ」とすぐに気をとり直し、レオは「んじゃ、もうちょっと頑張ろうや」と配下の武官や魔導士たちをなだめ励まし、島での監視を続行して待つことになった。
 その後、心身を回復させて魔塔の島で魔力を扱う訓練を受け、ようやくふたりの《半身》がやってきたのは、あの報せを受けてからしばらく経ってからのことだった。

 紹介された《半身》の少年を見たときのぴりっと来る独特な感覚を、レオは今でもよく憶えている。不思議なことだが、それはある一定以上の能力を持つ者にしか感じられない「なにか」だったらしい。一般の兵たちは「なるほど、小柄で可愛らしい方ですな」「どうやら犬の獣人でいらっしゃるようで」などと口々に言い合っていただけだったからだ。

(いや、こいつは……。『犬』なんかじゃねえだろ)

 本能的にそう思った。
 あとでこっそりとインテスが教えてくれたが、この少年オブシディアンは伝説の黒狼王ニグレオス・ウォルフ・レックスの末裔だった。なるほど、そういうことならあの初対面での感覚に説明がつく。
 少年自身は非常に内気で控えめな性格のようだったが、その真っ黒い体に秘められた能力には底知れないものを感じた。この自分でさえ、少し肝が震えるようなそら恐ろしさを覚えたのだ。

 恐らくティガリエも似たようなものは感じているのに違いない。が、当のティガリエはと言うと、ちゃっかりこの少年の専属護衛の位置におさまって四六時中この人を守っていた。むしろ「それはちょいと過保護じゃね?」とレオが首をひねるぐらいには、大事に大事に守っていたのだ。
 これはどうやら、オブシディアンという人そのものの人柄によるもののように思われた。さすがはあのインテスの《半身》である。

 インテス皇子はと言えば、もはや手放しの喜びよう。オブシディアン少年に対してはほとんど「溺愛状態」で、放っておくとどこまでも甘やかそうとする上に、夜の営みも際限がなくなりがちであるようだ。それはもう、見ているこっちが恥ずかしくなるぐらいの舞い上がりようである。

(ったくよー……)

 耳のいい自分たち獣人には、かれらのねやでの睦言や甘い喘ぎ、響いてくる淫靡な水音、肉と肉がぶつかりあう秘めた音色までが鮮明に聞き取れてしまう。
 それであのティガリエはよく身がもつなと、ちょっと尊敬してしまうぐらいだ。
 オブシディアンに気付かれると気を遣わせてしまうので、レオはある時、ちょいとインテスの袖を引き、物陰で釘を刺したことがある。

「あのなあ、お前。ちょっといい加減にしとけよ?」
「いい加減にするとは?」

 皇子は「まったくわかりません」という澄んだ目をこっちに向けてきた。
 レオはもう盛大にため息をついた。

「だーかーらー。あの子との夜のアレコレを、もーちょっと控えろっつーの」
「……シディと私のつながりを強めるために必要な行為なんだが。ひいてはそれが、あの《黒い皿》の効果的な撃退にもつながるのだぞ」
「それは知ってる。けど物事には限度っつーもんがあんだろーがよ、限度っつーもんが」
「限度、か」

 うーん、とインテスが顎に手をあてて考え込む。

「私としては、これでも出来うるかぎりの自制をしているつもりな──」
「あ、れ、の、どこがだ!」

 もはや食い気味につっかかってしまった。最後はほとんど、本物の獅子の唸り声のような声でだ。一応皇族であるこの人にこんな風に食って掛かれるのは自分ぐらいである。
 インテス殿下が柳眉をひそめて首をかしげた。

「……まだ、足りぬと?」
「たりめーだ」

 もう何度目かになる太い溜め息をついて、レオは頭を抱えた。

「頼むぜ皇子サマ。もーちょっと自覚してくれ。そーでなくても兵隊にゃあ、ひとり身の野郎やら家族・恋人と別れて働いてるのが多いんだからよ」
「うん。それは理解している」
「だったらもーちょっとだけ自制してくんな。ヤりすぎであの坊やの腰が立たねえってんで、肝心なときに働けなくなっても困るだろうがよ」
「……わかった。そなたの申す通りだ。出来るかぎりの努力はする」
「約束だぞ。たのむぜ皇子」

 ……と、言ったのに。
 皇子ときたらそれ以降も、「いったいそれのどこが『自制してる』状態なんだてめえっっ!」と盛大に突っ込みを入れたくなるほど、夜ごとオブシディアン少年を寵愛しまくってくれたのだった。

(あの野郎、一回本気でぶっ飛ばす)

 顎が外れようが、骨の一本二本くだけようが知ったことか。

 ただ、レオにもうっすらと分かっていることがある。
 なぜ自分がこんなにも、彼らが愛し合うことに不愉快な気分を抱くのかということをだ。「ほかの兵士たちに迷惑になるから」なんていうのは、適当に作った理由にすぎないということも。

 ……自分は多分、かなり皇子を気にいっている。
 それが「どういう意味でか」ということは、敢えて考えぬようにしてきただけだ。
 かの皇子には生まれた時から、定められた「最愛の相手」がいることがわかっていた。だから彼に対するどんな感情も、ずっと手前で斬り捨てておくほかはない。できれば自分が「これはこういう感情なんだ」としっかり認識するずっとずっと手前でだ。

 これは秘密だ。
 この世の誰も知らない、レオ自身の胸中だけに存在する、
 唯一無二の秘密なのである。
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