白と黒のメフィスト

るなかふぇ

文字の大きさ
上 下
55 / 209
第六章 

3 水がめ

しおりを挟む

「はわ、はわわわっ」
「シディ、落ちつけ。さっき一人でやった通りに集中するんだ」
「は、はいいっ」

 良かったのはその返事ぐらいだった。
 師匠から説明された通り、ふたり並んで精神を統一し、魔力を手の間に集中させるところまでは順調だったのだが。

「まずは落ちついて、心を研ぎ澄ませるじゃ。シディ」
「はいいっ」

 言われた通り一生懸命やっているつもりなのに、どうしてもさっきのようにはいかなかった。指先から手の間に魔力が流れ出て「水がめ」に満ちるところまではいい。でもそこから、師匠が言うように殿下の「水がめ」から放出される白い魔力と絡ませることが難しかった。シディの魔力は殿下のものに比べると黒い輝きを持っている。
 二人の間にもっと大きな「水がめ」を想定し、お互いにそこに魔力を注ぐというのが今回の目的だった。これは第一段階だ。
 しかしシディの魔力はちっとも言うことを聞いてくれなかった。大きな水がめに入る直前に、ぱあっと四散して空中に戻っていってしまう。

「……うむ。性急に過ぎたかもしれぬな。一旦やめ」

 遂にセネクス老人がそう言って片手を上げたときには、シディの息はすっかりあがっていた。そのままべしゃりと膝をつく。殿下も少し疲れた様子だ。

「す、すみません……」
「いやいや。初めてなのじゃ。気にするでない」
「そうだぞ、シディ。この短期間でここまで来ただけでも相当な才能なのだから」

 少し息を弾ませながらインテス様も師匠につづく。お二人とも優しい。絶対にシディを責めるなんてことはなさらない。でも、だからこそ申し訳なくて、そこらに逃げ込む穴を探しまわりたい心境になる。
 残念ながら穴などないので、シディはその場で小さくなった。

「本当に、すみません……」
「よいよい。訓練が少し長引いた。部屋に戻って休むがよいぞ。殿下もどうぞ」

 促され、ふたりで師匠に最後の挨拶をしてから、しょぼんと項垂れて部屋に向かった。殿下が肩に手を置いてくださり、背後から心配そうな目をしたティガリエたちがついてくる。
 実際はあそこから、溜めた二種類の魔力をり合わせ、強力な魔法を創り上げなくてはならなかったのに。その入口に立つことすらできなかった。主に自分のせいで。

「なんでもそうだが、最初からいきなりうまくいくなんてことはないさ。気にするなよ、シディ」
「……はい」
 そう言われても、肩をがっくり落としたままなのは変わらない。
「前にも言った通り、私は子どものころからこの訓練をやってきた。才能の面から言えば、シディの方が私などよりはるかに優秀なのだからな。そこは間違ってはいけないぞ」

 きっと殿下は本気でこうおっしゃっている。でも今のシディには、それが殿下のお優しさからくる慰めだとしか聞こえなかった。
 ずっと視線の合わないままのシディを見下ろして、インテス様は少し沈黙したけれど、すぐににこやかに微笑んだ。

「まあ、要するにだな。『もっと親密になるべきだ』と、そういうことだな? 我々は」
「……は?」
 変な顔になって見上げたら、この間の師匠みたいな意味深な目をしてインテス様が笑っていた。
「しんみ……いっ、いやあのっ」

 言葉の意味するところにハタと気づいて、急にわたわたと慌ててしまう。
 そんなこと、ティガリエたちが聞いている所で言わないでほしい。全身がまた急にかあっと熱くなる。

「まあまあ、よいではないか。そなたがイヤだと申すことはしないが、そうでない限りは極限まで『親密に』しておこう」
「……い、インテスさまあ……」
 完全に両手で顔を覆ってしまったシディを、インテスさまはひょいとまた横抱きに抱え上げる。
「わああっ」
「暴れるな。食事までは部屋でゆっくりすることにしよう。な?」
「ううう……」

 指の間からチラッと見たら、後ろに続く護衛たちはみな妙に優しいというか、満足げな目で二人を見ていた。あの無骨なティガリエですら、全身から醸し出す雰囲気が柔らかいのがもう耐えられない。

(あああっ……。本当にこんなことでいいの!?)

 いや、きっと悪くはない。それは本能的にわかっている。
 自分がこうした殿下との触れあいを深め、心が近づいていくにつれて、魔力の操作がうまく行きはじめたのだから。ここからもっともっと殿下と「親密に」なれれば、二人の合わせ技だってうまくいくに違いないのだ。
 わかっている。わかっているけれど──

「今日は先に入浴しようか、シディ。私も外回りから戻ったばかりだし。先に汗を流しておきたい」

 にっこにこで上機嫌なこの人に、「それは恥ずかしいから」とお断りを入れられるほど、シディはもうこの人を嫌うことはできなくなっている。
 しまいにはいつも通り、真っ赤な顔をして小さな声で「ハイ」と言うぐらいのことしかできないのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

カランコエの咲く所で

mahiro
BL
先生から大事な一人息子を託されたイブは、何故出来損ないの俺に大切な子供を託したのかと考える。 しかし、考えたところで答えが出るわけがなく、兎に角子供を連れて逃げることにした。 次の瞬間、背中に衝撃を受けそのまま亡くなってしまう。 それから、五年が経過しまたこの地に生まれ変わることができた。 だが、生まれ変わってすぐに森の中に捨てられてしまった。 そんなとき、たまたま通りかかった人物があの時最後まで守ることの出来なかった子供だったのだ。

処理中です...