白と黒のメフィスト

るなかふぇ

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第四章 皇帝と魔塔

8 謝罪

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「そ……うなんですか」

 いや、帰してくれたのは嬉しいが。
 どうしてそこで、あの酷薄な売春宿の親父なんかの手に身柄が渡ってしまったのだろう。
 そう言ったら、インテス様は困った顔になった。

「精霊たちには、どうもそのあたりの事情はわからぬらしい。そもそも精霊というのは、人界のことには疎い存在だからな。かれらに言わせると、最初は間違いなく、船に乗っていた優しそうな夫婦の手に渡ったのだそうだが──」
「……そうなんですか」
「その時点で私が見つけてやっていればと思うと、非常に心苦しい。まことに申し訳なかった。シディ──」
「あっ。やめてください! それはもう、ナシにするって約束ですよ」

 インテス様がまた困り果てた顔で頭を下げはじめたので、シディは慌てた。
 そんなこと、この人のせいではない。この人が自分と同じか、それ以上の嗅覚と聴覚を持っていてくれたらと残念に思わなくはないけれど、貴人の純粋な人間ピュオ・ユーマーノとして生まれてしまったものは仕方がないし、別にこの人の責任でもない。人は自分がどの親の元に生まれるかを決めることはできないのだから。

「それで……海の精霊さんたちはあのまま帰っていったんですか」
「ああ。どうやらそなたともっと話がしたかったようだが、あきらめて海へ戻った。また会いにくるかもしれぬな」
「そ、そうなんですか……」
 あんまりほいほい来られても困るような気もするが。周りの人たちをあまり驚かせたくないし、自分が余計に変な目で見られそうで不安でもある。
「えっと。それで、あれから何日ぐらい眠ってたんでしょう、オレ……」
「うん、ざっと三日ほどかな」
「えっ」

 三日も!
 それはびっくりだ。

「あの、船乗りさんたちは大丈夫だったんですか? 殿下以外、みんな眠らされていて……ティガリエさんたちも」
「ああ、問題ない」

 ちなみに、あのとき殿下が目覚めることができたのは、ひとえに彼が《救国の半身》であり、海の精霊たちがそれを許したからなのだそうだ。

「精霊たちが去ったあとは、なにごともなかったようにみな目を覚ました。体調不良を訴えている者もおらぬ」
「ああ、よかった……」
 思わず胸をなでおろす。
「が、ティガリエがひどく申し訳なさそうにしている。あんな風に眠り込んでしまって、そなたを守りきれなかったと」
「え、そんな」
「実は最初のうち、責任をとってどうしても自害すると言って聞かなくてな。かなり困ったのだぞ」
「えええっ!」

 それこそ、ティガリエのせいではない。精霊の力は巨大なものだ。そもそも一般的な獣人が太刀打ちできるようなものではない。
 インテス様はふふ、と笑った。

「そなたならそう言うと思っていた。私がどんなに言っても聞かぬゆえ、あとでそなたから声を掛けてやるといいぞ。あれからずっと扉の外で不寝番をやっているから」
「あ、はい……。って、え? 三日間ですか!? ずっと?」
「そういうことになるな」

 いや、しれっと言わないでほしい。
 つまりティガリエは三日間まるっきり寝てないということではないか!

「あのっ。今、入ってきてもらったらダメですか? ティガリエさんに」
「ん? 確かにそうだな」

 インテス様は破顔して、あっさりと扉の外へ声を掛け、武人を呼び入れてくださった。
 猛々しい巨躯を小さく縮めるようにして、トラの顔をした武人ティガリエがしょんぼりと入ってくる。非常に申し訳なさそうだ。気のせいなのか、あれだけ見事だった毛艶がよくない。なんとなく全体的にボサボサして見える。
 意気消沈したその姿を見たとたん、シディは急に申し訳なくなった。

「ティガリエさんっ……」
「申し訳ありませぬっ!」
「ぴゃっ!?」

 ごん、という大きな音とともに船室が揺れて、寝台の上でとびあがる。ティガリエがその場で床に身を投げ出し、大きな頭を床にたたきつけたのだ。木の床にヒビが入りそうな勢いだ。

「オブシディアン様の警護を命じられておきながら、此度こたびの失態……まことに申し訳もありませぬ。なんの申し開きもできませぬ。どうか、いかような厳罰にも処していただきたく」
「えっ、い、いやいやいや! やめてよ、ティガリエさんっ!」

 寝台に身を起こした状態で、シディは顔と手を激しく左右に振った。

「あれはしょうがないよ。精霊の力には誰も逆らえないんだから。あれは特に強い精霊だったみたいだし。いくらティガリエさんでも──」
「いいえ。どうぞ、自分を処してくださりませ。死罪でも、追放でも構いませぬ。ご所望とあらば、この首でも腕でも足でも今すぐこの場で落としてお目にかけまする」

 言って躊躇なく腰の得物にガッと腕をかけるものだから、シディはさらに慌てた。

「ティガリエさんっ……! や、やめて! やめてよっ!」
「そして、どうか殿下。今後はオブシディアン様には、優れた警護人をつけてくだされたく──」
「そ、そんなっ……」
「はいはい、もうよかろう。双方、落ちつけ」

 片手をあげて割って入ったのはインテス様だった。
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