白と黒のメフィスト

るなかふぇ

文字の大きさ
上 下
11 / 209
第二章 新たな生活

4 治癒師キュレイトー

しおりを挟む

 老人はやっぱり枯れ木みたいな細い足をのそのそ動かしてこちらへ近づいてきた。

「おお。これがかの、殿下の半身の御方おんかたにござりまするか」

 皺だらけの口元から流れ出た声も、やっぱり非常にしゃがれたものだった。だがそこに、滋味の多い土の匂いのような、どっしりとした温かみを感じる。

(……あ)

 それまでびくびくしていた少年は、ついついちょっと安堵した。これは予期せぬことだった。なぜかわからないが、とにかく本能的に「あ、このひと悪い人じゃない」とわかってしまったのだ。
 実は少年は、こういう方面でかなり鋭い勘を持っていた。まあ、生き残るために鋭くならざるを得なかったとも言えるけれど。あの売春宿で客の内面を読み間違えることは、即座に自分の健康と命を危険にさらすことを意味していたから。
 老人を寝台のそばに招き寄せ、インテス自身は少し下がった。

「よろしく頼むぞ。なるべく痛みのないようにしてやってくれよ」
「もちろんにござりまする。あなた様にとって唯一無二の大切な御仁に、なんの無体などいたしましょうや。ご心配召されまするな」
 老人はなんとなく、小さな少年でもなだめるみたいな口調だった。
「ならいいが」
 インテスが微妙な形に眉をしかめる。
「しかしながら、どうやら話に聞いておりました以上のむごい傷のようにございまするなあ」
「そうであろう? まったく、ひどいものさ」
 インテスが厳しいしかめっ面をする。老人は少年に顔を戻した。
「随分とひどい目に遭わされ申したな。さぞや苦労を重ねてきたものにござりましょう。つらかったろうのう、少年よ」

 皺の奥にきらりと見えた暗灰色の瞳も、やっぱり少年に対する深い温情のようなものを感じさせる。少年は唐突に胸の奥底に、ぎゅっと温かなものが溢れるのを感じた。とても不思議な感覚だった。これも生まれて初めての感覚だ。

「……では、早速に始めましょうぞ」
「ああ、頼む」
「さあ、坊や。準備はよろしいかな? このじじに、ちょいと手を握らせておくれでないかな」
「……あうう」

 少年は思わず、おどおどとインテス青年の方を見あげた。
 やっぱり怖い。なにしろこんなことをされるのは生まれて初めてなのだ。恐怖を感じるのは当たり前だろう。
 少年の必死に救いを求める目を見て、青年はハッとした顔になり、素早く寝台の反対側へやってきた。治癒師の許可を得て、もう片方の手をそっと握ってくれる。

「では、よろしいかな。始めまするぞ……」

(うわっ……!?)

 途端、部屋じゅうに若草のような香りが満ちみちた。周囲をほわんとした温かな光が包みこむ。
 これはインテス青年のものとはまた違う、豊かな自然物の香りだった。それは特に植物系の、さまざまな爽やかな香りに感じられる。
 それと同時に、体じゅうに不思議な熱がひろがっていく。不愉快な熱ではない。痛い感じもしなかった。胸の中が大きく膨らんで、体全体の細胞が歓喜の声をあげている。そんな感じだった。
 周囲を舞い飛んでいた光たちが少しずつ粒状に集まりはじめ、やがて波打つように収束したかと思うと、しゅうっと少年の体に吸い込まれていく。

(ああ……!)

 心地いい。なんという幸せな感覚だろう。
 少年は目を閉じた。この素晴らしい香りと感覚を、しっかりと脳に刻みつけておこうと思った。

 それから、どれぐらい時間が経ったものか。

「……さあ。そろそろよろしゅうございましょうかの」

 老人のしゃがれた声がして、やっと少年は目を開いた。
 すでにキュレイトーは少年の腕から手を放していたが、左にいるインテス青年はじっと少年の手を握ったままだった。
 見れば、なんとなく呆然としたような顔でぽかんと少年を見つめている。

「……?」

 少年がぴょこんと首をかしげると、ハッとしたような顔になり、急に慌てはじめた。

「あ、ああ。すまない。あまりにもそなたが美しいものだから」
「……え?」

 またこの人は。何を言っているのだろう。
 いくら傷が治ったからと言ったって、こんな自分が急に美しくなるはずがない。
 変な顔になっていたら、ウサギの老人がほほほ、と丸い笑い声をたてた。

「どうやらこの御仁は、殿下のお言葉を信じられぬ様子じゃがの」
「そんな。事実、シディは──」
 言いかけたインテスに、老人は「まあまあ」と軽く片手を上げてみせた。
「ともあれ、まずはそちらへ連れて差し上げなさりませ」

 言って指さす先には、なにやら大きくて平たく、つややかに光っているものがある。周囲を美しい彫刻飾りされた四角い板のようなものだ。
 少年にはそれが何なのかがわからなかった。
 青年は「そうだな」と気を取り直し、「さあ」と少年の手をとった。
 促されるまま寝台をおり、少年はその謎の物体の前へ歩いていった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺の悪役チートは獣人殿下には通じない

空飛ぶひよこ
BL
【女神の愛の呪い】  この世界の根源となる物語の悪役を割り当てられたエドワードに、女神が与えた独自スキル。  鍛錬を怠らなければ人類最強になれる剣術・魔法の才、運命を改変するにあたって優位になりそうな前世の記憶を思い出すことができる能力が、生まれながらに備わっている。(ただし前世の記憶をどこまで思い出せるかは、女神の判断による)  しかし、どれほど強くなっても、どれだけ前世の記憶を駆使しても、アストルディア・セネバを倒すことはできない。  性別・種族を問わず孕ませられるが故に、獣人が人間から忌み嫌われている世界。  獣人国セネーバとの国境に位置する辺境伯領嫡男エドワードは、八歳のある日、自分が生きる世界が近親相姦好き暗黒腐女子の前世妹が書いたBL小説の世界だと思い出す。  このままでは自分は戦争に敗れて[回避したい未来その①]性奴隷化後に闇堕ち[回避したい未来その②]、実子の主人公(受け)に性的虐待を加えて暗殺者として育てた末[回避したい未来その③]、かつての友でもある獣人王アストルディア(攻)に殺される[回避したい未来その④]虐待悪役親父と化してしまう……!  悲惨な未来を回避しようと、なぜか備わっている【女神の愛の呪い】スキルを駆使して戦争回避のために奔走した結果、受けが生まれる前に原作攻め様の番になる話。 ※悪役転生 男性妊娠 獣人 幼少期からの領政チートが書きたくて始めた話 ※近親相姦は原作のみで本編には回避要素としてしか出てきません(ブラコンはいる) 

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

社畜サラリーマンの優雅な性奴隷生活

BL
異世界トリップした先は、人間の数が異様に少なく絶滅寸前の世界でした。 草臥れた社畜サラリーマンが性奴隷としてご主人様に可愛がられたり嬲られたり虐められたりする日々の記録です。 露骨な性描写あるのでご注意ください。

モブに転生したはずが、推しに熱烈に愛されています

奈織
BL
腐男子だった僕は、大好きだったBLゲームの世界に転生した。 生まれ変わったのは『王子ルートの悪役令嬢の取り巻き、の婚約者』 ゲームでは名前すら登場しない、明らかなモブである。 顔も地味な僕が主人公たちに関わることはないだろうと思ってたのに、なぜか推しだった公爵子息から熱烈に愛されてしまって…? 自分は地味モブだと思い込んでる上品お色気お兄さん(攻)×クーデレで隠れМな武闘派後輩(受)のお話。 ※エロは後半です ※ムーンライトノベルにも掲載しています

ぼくは男なのにイケメンの獣人から愛されてヤバい!!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

墜落レッド ~戦隊レッドは魔王さまに愛でられる~

るなかふぇ
BL
特撮戦隊のレッド(受け)と敵の大将(魔王さま・攻め)のお話。  数千年前、あふれだした瘴気のために地下に追いやられた人類。魔獣や魔物の攻撃を避けるため、人類は地下に避難していた。かれらを守るため、超人的な能力をもつ男女が戦隊《BLレンジャー》となり、魔王軍と戦っていたが、ある日魔王とレッドは魔力や勇者パワーが制限されてしまう不思議な雪山の《魔の森》に墜落するのだった。  ふたりきりになっても反発しあうふたりだったが、なぜか魔王が「お前のその顔が私を刺激する」と言い出し、レッドに襲い掛かってくるのだった……! ※「小説家になろう(ムーンライトノベルズ)」でも同時連載。

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

ゲームの世界で美人すぎる兄が狙われているが

BL
 俺には大好きな兄がいる。3つ年上の高校生の兄。美人で優しいけどおっちょこちょいな可愛い兄だ。  ある日、そんな兄に話題のゲームを進めるとありえない事が起こった。 「あれ?ここってまさか……ゲームの中!?」  モンスターが闊歩する森の中で出会った警備隊に保護されたが、そいつは兄を狙っていたようで………?  重度のブラコン弟が兄を守ろうとしたり、壊れたブラコンの兄が一線越えちゃったりします。高確率でえろです。 ※近親相姦です。バッチリ血の繋がった兄弟です。 ※第三者×兄(弟)描写があります。 ※ヤンデレの闇属性でビッチです。 ※兄の方が優位です。 ※男性向けの表現を含みます。 ※左右非固定なのでコロコロ変わります。固定厨の方は推奨しません。

処理中です...