83 / 195
第八章 過去と未来と
9 婚儀前夜
しおりを挟む海底皇国・滄海に到着してからも、ユーリは玻璃とともに古式ゆかしい伝統に則った儀式・儀礼で多忙を極めることになった。
まずは海皇・群青への結婚の挨拶の場に臨み、玻璃とともに群青から結婚へのお許しと寿ぎのお言葉を頂戴することになった。今回は、群青のいる《水槽》の手前に高さのある畳のようなものがいくつも敷かれ、玻璃とユーリは履物を脱いでそこへあがり、座って海皇をお迎えした。
周囲をそっと見回してみたが、その場に瑠璃の姿はなかった。
群青は以前と同様、水の奥から堂々たる姿で現れた。相変わらずの白く豊かな髪と髭の荘重たる出で立ちである。そのままゆったりと御座につき、玻璃の朗々たる感謝の詞の奏上をゆるやかに微笑みながら聞いておられた。
ユーリはまだこのご老人と個人的に親密な言葉をかわしたことはない。けれども今回は、幸いにしてその尊い双眸の奥に秘された優しい光を感じることができた。きっとこの義父上も、この婚儀を喜んでくださっているのだろう。
もっともそれは、事前に玻璃から「父上はこの婚儀に大いに賛成してくださっている」と何度も聞かされていればこそ、ではあったけれども。
やがて最後に群青陛下は、ユーリに向かってこうおっしゃった。
「ユーリ殿。どうか幾久しく、わが子玻璃と仲良う添うてやってくだされよ」と。
「はは……!」
ユーリは自然に、畳の上で平伏していた。玻璃もそろって頭を下げる。
その後はすみやかに神前での結婚式となるのかと思っていたが、この日の儀式はそこまでで、正式な結婚の儀式は翌日ということになっていた。
ユーリたちを宿泊のための部屋へ案内すると、玻璃はそこで一度ユーリを抱きしめて言った。
「ではユーリ殿。また明日に」
「えっ」
驚いて顔を上げる。これからはずっと、玻璃と供にいられると思っていたのだ。急に不安げになったユーリの表情を読み取って、玻璃は優しく微笑み返した。そのまま両頬を手でつつみこむようにして顔を寄せ、軽く額をくっつけられた。
「婚前ゆえ、今宵はひとつ褥で休むことは許されぬ。俺も非常に残念だが、明日という日は必ず参る。決してがっかりはさせぬゆえ、どうか今宵は堪えてくれ。……よろしいな、ユーリ殿」
「は、……はい……」
ひどく心細いような、さみしいような気持ちになったが、ユーリは敢えてきゅっと唇を噛むと、腹に力をいれて微笑んだ。
「わかりました。本日は遠いところ、お迎えをありがとうございました、玻璃どの。おやすみなさいませ」
「ああ、そなたも。どうかゆるりと休まれよ。明日からは大忙しゆえな」
「はい」
それでもなんとなしに寂しい気持ちで夕食の膳をいただき、湯をつかって、その夜はユーリも早くに床に就くことにした。
だがその前に、侍従長らしい男から翌日の式次第をこと細かに説明してもらわねばならなかった。
ロマンはといえば、身の回りの世話のことで、ユーリ付きになっている女官や侍従をなにかというととっつかまえて、「あれはどうするのか」「これはこうでいいのか」としきりと質問攻めにしている様子だった。黒鳶は相変わらずユーリの身辺警護にあたっており、基本的にはずっと姿を隠していた。
◆
さて、翌朝。
ユーリは思っていた以上に早い時間からたたき起こされることになった。
なにしろ朝から様々な儀式が目白押しなのだ。新郎側はさほどではないけれども、男子とはいえ一応「新婦側」であるユーリには、なんやかやと準備が山積しているらしいのだった。
まずは、朝一番の沐浴である。
ロマンや侍従たちに手伝ってもらいながら木造りの爽やかな湯殿で身を清め、髪を整えて口を漱ぐ。
上から下まで、もの慣れない滄海式の真っ白な装束に身を包み、玻璃がかぶっていたのと同じような冠をつけてもらうと、なんだか自分が別人になったような気がした。
女官たちが、ほんのうっすらとだけれども、白粉を使って化粧までほどこしてくれる。
「わあ……。とてもお美しいです、殿下」
ロマンが姿見に映ったユーリを見て思わずため息をついた。いや、美しいのは装束のほうだとは分かっている。分かっているが、ユーリは恥ずかしくてたまらなかった。そんな風に褒められるのはもの慣れなくて、なんだか身の置きどころがないような気分になる。
「うん。と、とても綺麗な装束だよね。さすがはワダツミの──」
「もうっ。『ユーリ様がお美しい』と申し上げているのですよ」
途端にロマンが頬を膨らませた。
「ああ、うん。ロマンの目にはそう見えるだろうけど、でも──」
「『でも』は必要ありませんっ」
遂にロマンはぴしゃりと言った。
「ユーリ殿下は素敵な方です。だからこそ、あのハリ殿下がお選びになったのです。どうか自信をお持ちください。いいですね? どうかどんな場にお出になっても、堂々と胸を張ってお臨みくださいませ。あなた様は相手が誰だったとしても、なにひとつ後ろ指をさされるような方ではないんですから。いいですね? いいですねっ?」
「……はい……」
ユーリは小さくなって、さらに小さい声で答えた。
と、だれかがくすっと後ろで笑った。それは嫌味なものではなく、いかにも思わず微笑ましくて笑ったという感じだった。
周囲の人々は、一応アルネリオの言葉を学んでいる人たちばかりだ。ゆえにこちらの話していることは理解している。装飾品や扇などを持ってそばに控えていた女官たちがくすくすと袖の内側で静かに笑う。
と、だれもいないはずの部屋の隅で、軽く咳払いをする音がした。
恐らくは黒鳶だ。
(まったくもう……。くすぐったいな)
首から頬、耳にかけてがあっという間に熱くなる。
そんなこんなの末だったが、ユーリはそのまま朝食は摂らず、神前式に臨むことになった。
0
お気に入りに追加
103
あなたにおすすめの小説
【18禁分岐シナリオBL】ガチムチバスケ部🏀白濁合宿♂ ~部員全員とエロいことしちゃう一週間!?~
宗形オリヴァー
BL
夏合宿のために海辺の民宿を訪れた、男子校・乙杯学園のバスケ部員たち。
部員の早乙女リツは、同学年の射手野勝矢と旗魚涼が日常的に衝突するなか、その仲介役として合宿を過ごしていた。
一日目の夕食後、露天風呂の脱衣場でまたも衝突する勝矢と涼から「あそこのデカさ勝負」のジャッジを頼まれたリツは、果たしてどちらを勝たせるのか…!?
性春まっさかりバスケ部員たちの、Hな合宿が始まるっ!
ある宅配便のお兄さんの話
てんつぶ
BL
宅配便のお兄さん(モブ)×淫乱平凡DKのNTR。
ひたすらえっちなことだけしているお話です。
諸々タグ御確認の上、お好きな方どうぞ~。
※こちらを原作としたシチュエーション&BLドラマボイスを公開しています。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~
焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。
美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。
スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。
これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語…
※DLsite様でCG集販売の予定あり
生贄として捧げられたら人外にぐちゃぐちゃにされた
キルキ
BL
生贄になった主人公が、正体不明の何かにめちゃくちゃにされ挙げ句、いっぱい愛してもらう話。こんなタイトルですがハピエンです。
人外✕人間
♡喘ぎな分、いつもより過激です。
以下注意
♡喘ぎ/淫語/直腸責め/快楽墜ち/輪姦/異種姦/複数プレイ/フェラ/二輪挿し/無理矢理要素あり
2024/01/31追記
本作品はキルキのオリジナル小説です。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる