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しおりを挟む「本当に大丈夫だろうか、スメラギは……」
「いくらなんでも、そうじゃないのにこうしてお前を外へ出してくれるはずがないと思うが? さすがのあいつらでもな」
ベータの愛機「ミーナ」のコクピットで宇宙空間を眺めながらぽろりと言ったら、隣のシートに座った男に苦笑しながら言われてしまった。
「う……ん。それはまあ、そうなんだが」
なんとなく釈然としなくて、アルファは膝に目を落とす。今はスメラギ風の衣装ではなく、一般的なシャツとスラックスという格好だ。
実はあの後、ミミスリとザンギからこう言われたのだ。
『殿下は少々、働きすぎにあらせられます。いくら今スメラギが大事な局面だとは申せ、これでは度が過ぎておられましょう。殿下がお倒れにでもなられましては一大事。本末転倒にございますれば』
『ほんの十日かそこいらならば、さしたる問題にはなりませぬ。どうぞ、休暇をおとり下さいませ。口うるさい大臣どもについては、我らが黙らせておきましょうほどに』
『どうかごゆるりと、しばしお体をお休めください』──。
彼らの言葉を思い出し、アルファはつい溜め息をこぼした。
「私など、無用の長物、邪魔者と思われているんじゃなければいいんだがな」
途端、ぷっと隣の男が吹き出した。
「何を言ってる。あいつらに限ってそんなこと、小指の先ほども考えているはずがない」
「そうだろうか……。私など、大した政務能力があるわけでもなし。そう思われても仕方のない話だよ」
「それ、間違ってもあいつらには言ってやるなよ? 『そのような情けない』とか『我らを左様にお思いですか』とかなんとかと、またぞろ暑苦しいことを言い出すぞ。あの犬野郎なんぞ、それこそ血の涙を流しかねんな」
言いながら、ベータはくははは、と楽しげに哄笑した。
ちなみに、あの二人がベータに対して言ったことは、アルファに対するものとは相当ニュアンスが異なっていた。ミミスリなどはまことにあからさまな態度であって、ベータを白い目で睨むようにしながら言ったものだ。
『他のことではないから許してやるが。間違っても、殿下にご無理をおさせするなよ、スケベ面』
『無粋な奴だな。興が乗って「もっと、もっと」とおねだりして腰を振り始めるのは、他ならぬあんたのご主人さまの方だぞ』
『なっ……?』
『ベッ、ベベ、ベータ……!』
アルファが赤面して絶句するのを、ベータは横目で楽しそうに観察してくれたものである。ミミスリはミミスリで、一瞬呆気にとられていたものの、すぐにわなわなと震えだし、しまいには大いに吠えた。
『こ……ンの、無礼者ッ! そこへ直れ。修正してくれるッ……!』
腰の軍刀に手をかけ、歯をむきだしたミミスリだったが、隣にいたザンギがそれをあっさりと片手で制した。
『他のことにはあらず、と言った。我らが第一に望むのは、飽くまで殿下のお幸せである。殿下にはどうあっても、ご健勝におわして頂かねばならぬ。お心、お体、双方ともだ。ただし、間違っても貴様のそれではないから心せよ』
『その通りだ。貴様を許したとか認めたとかいう話ではまったくないから、勘違いはするなよ。スケベ面』
ベータの胸元に指を突き立て、唸るように言ったミミスリを見て、男は「ハイハイ」とばかりに肩を竦めたのだった。
実のところ、「ミーナ」に少し遅れるようにしてザンギとミミスリの乗った小型艇がついて来ている。勿論これはあの二人から、「殿下ともあろうお方が警護の一人もつけずに遠出など、慮外もいいところにございます」と叱られた結果だった。
(まったくもう……)
アルファはつい、肩を落とした。「スメラギの皇太子タカアキラ」としては、たとえ大切な人との蜜月だからといって決して二人きりになどしてもらえないということらしい。理解はできるが、それに感情が追いつくとは限らないのだ。
ベータもそんなアルファの様子を察したものか、「ミーナ」のコクピット・シートに背を預け、うんざりしたように何となく後方を見た。
「どうでもいいが、奴らの忠誠心は本当に純粋にそれだけか?」
「は……? どういう意味だ」
「お前に対するやつらの『愛』は重すぎる。そのうち放り出したくなるんじゃないのか、お前だって」
「なっ……。そ、そんなこと、あるはずがない!」
第一その、「愛」ってなんだ。まぎらわしい単語を使うな。
と、ベータの目がすうっと細くなって、いかにも「どうだかな」と言う風にこちらを眺めた。
「お前も相当、罪作りだと思うぞ。この手の話題になるとそうやって、すぐに赤くなったりするんではな。臣下の前でぐらいは自重しろと言うんだ、へっぽこ皇子」
「なっ……、なっ……」
あまりの言いざまに口をぱくぱくしていたら、ベータはまたにやりと笑って手を伸ばし、アルファの頭を軽くぽすぽすやった。
「…………」
まったく、子供扱いだ。
すでにあんなことまでしている間柄だというのに、この男の自分の扱いようはどうも、どんどん子供に対するものに退化しているような気がする。
恨みがましい目で男の横顔を見つめていたら、ベータはこちらを見もしないでくくっと笑った。
「なんだ。足りんか」
背中に目があるとはよく言うが、この男には全身に目があるのだとしか思えない。と、そのまま再び手がのびてきて、アルファの首の後ろに回り、ぐいと引き寄せられて軽く唇をついばまれた。
「……ん」
少しだけ口を開いて、入り込んでくる舌を期待したのに、男はアルファの上唇、下唇を交互に吸ってあっさりと唇を離すと、再び前方に視線を戻した。
(やっぱり、子供扱いだ)
不服な思いを腹の底に押し込めて目線を戻せば、早くもそこに、あの惑星オッドアイが迫ってきている。
青と赤とに塗り分けられ、星空を背景にぽかりと浮かんだその姿。目にあざやかに美しいその星を眺めながら、アルファは何度目かになるため息をひそかに漏らしたのだった。
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