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8 火の島
しおりを挟むさて、その後。
自分とシンジョウ、皇帝ちゃんの三人は改めて《火の島》に向かうことになった。
その前に一応、《神々の海》に浮かぶあちこちの島を見学したのだったが、思った通り、皇帝ちゃんの反応は激烈なものだった。特にあのひとつ目の巨人キュクロプスがうろつく島では、ほぼずっとシンケルスにしがみついて震えていたものだ。
彼はとにかく、あれにもこれにも驚きっぱなしだった。何なら《イルカ》のAIである《アリス》の声にすらびっくりして飛び上がっていた。
ちょっと面白くなって、レシェントはキュクロプスの島にいるとき、こんなことを言って誘導してみた。「俺らの言うことが全部本当だってなぜわかる? だまされているのかもしれねえぜ? 自分の目で確かめてみるか?」と。
「この船、一部がちょっと開くんだぜ~。ちょっとしたバルコニーみたいに外に突き出る場所があってな。風をきって飛ぶから気持ちいいし。そこに乗れば、実際に間近であいつらを見ることができる。おい、《アリス》──」
「やだーっっ!」
思った通り、皇帝ちゃんはまた隣のシンケルスにがっちりとしがみついた。
「やだやだ! 絶対やだからな、外に出るなんて絶対やだ──!!」
「ぶっははははは! おんっもしれっ!」
とうとうバカ笑いしてしまった。こんなの、もう耐えられるわけがない。
「ほんっと皇帝ちゃん、面白いわー。いじり甲斐あるう」
「……はあ?」
「期待を裏切らない子だわー。もうサイコー!」
シンジョウに殺気のこもった目で睨まれたのは、言うまでもない。
そうこうするうち、ようやく《火の島》に着き、シンジョウと皇帝ちゃんだけをそこに降ろして、《イルカ》は上空に待機することになった。
◆
そこからしばらくは暇だった。
別に警戒を怠っていたわけではないが、特に何ごともなく時間が過ぎたのだ。
シンジョウは海岸で皇帝ちゃんに銃の扱いを練習させたあと、予定通りに進んでいった。
《火の島》の3D画像の上をふたりの位置を示す光点がゆっくりと動いていくのを眺めながら、レシェントはひとり、しばしのコーヒータイムになっていた。
(なんつうか、不思議なもんだな)
あんな様子のシンジョウは初めて見たかもしれない。
あの男にとって、地上の古代アロガンス帝国にいる時間というのは、要するにすべて「劇場の舞台にあがっている状態」だと言えるだろう。彼にとってはアロガンスにいる間、心から気が休まる時間などないはずだ。たとえどんなに人々と仲良くなったとしても、一時たりとも。
そんな中、唯一あの奴隷の少年になってしまった「皇帝ちゃん」だけは彼にとっての心の安らぎ、オアシスのようなものになり得ている。少なくとも自分の目からはそう見える。観察するに、どうやら本当にそういうことのようだ。
片や未来から来たタイム・エージェントの男。片や古代帝国の皇帝にして、意識だけが奴隷の中に囚われてしまった少年。
なんとも不思議な組み合わせだというのに。
(そもそもあの野郎、ストゥルト皇帝を毛嫌いしてたんじゃなかったのかよ)
過去の、異なる並行世界における記録によれば、シンジョウがここまで皇帝ストゥルトに肩入れしたという記載はない。近衛隊長としてすぐそばに侍る立場を得ていながらどうにも相容れず、日々不快に思いながら相手をしていたらしいことはうっすらと読み取れるのだ。
それが今や、あんな状態。
「……ぶふっ」
妙に優しい目をしてあれこれと「少年奴隷ストゥルト」の面倒を見ていた男の様子を思い出し、ついまた吹きだしてしまう。思い出し笑いなんて、本当に何年ぶりのことか。
(気持ちはわかるが……しかし、わかってんのかあの野郎)
なにがどう変化してみたところで、あの少年は皇帝ストゥルトだ。古代人であることに変わりはない。この作戦の成否がどうなったとしても、今後あのふたりが仲良くそばに居続けられる道理はないのだ。
自分たちは未来人。作戦の失敗はそのまま死を意味するし、よしんば成功したところで、あの大地に降りて生活していくような平和な未来はあり得ない。
(どーするつもりなんだよ、てめえはよ)
無骨で不愛想な男の顔を思い浮かべて訊ねる。
結局はあの可愛い少年になり果てた皇帝を悲しませ、泣かせる未来しかないというのに。あそこまで自分の心を預け、自分に心酔させてしまってどうしようというのか。
と、気持ちが暗澹たるなにかに沈みこみそうになったその時だった。
《マスター。シンジョウ様との交信が切れました》
「なにっ」
思わず立ち上がる。
《未知の存在からの干渉を感知しています。危険度が三十パーセントアップしました。おふたりの救出を最優先することを提案します》
「たりめーだわ! っくそ!」
思わず目の前のコンソールをばしっと叩いた拍子に、落ちたコーヒーカップが派手な音を立てて砕け散った。
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