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第二章 来訪者たち

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『ねえ、助けにいってあげようよ。アジュール』
『いや。もう少し、様子を見よう』
『でも、ほら。みんなふらふらして、とっても疲れてるみたいだよ? 放っておいたら、死んじゃう人がでちゃうかも──』
『もう少しだけ待て。ちょっと気になることがある』
『でもっ……』
『黙れ。頼むから俺の言うことを聞け』

 二人はしばらく、ドーム内でそんな押し問答を繰り返した。アジュールは難破船とその周辺を映し出しているモニターをじっと疑わしげな目で注視しているばかりで、なかなか動こうとしなかったのだ。
 そうこうしているうちにも、難破船の乗組員たちはどんどん疲弊していくようだった。
 なにしろそこは砂だらけの過酷な砂漠地帯だ。探せば地下深くに水脈もあるのだったが、たとえ運よくそれを探し当てたとしても、その人数でうまく採取できるかどうかは怪しかった。
 宇宙を渡る船を造れるほどなのだから科学力はそれなりにあるはずだけれども、こちらから見ている限り、彼らの技術はあまり高くなさそうだったのだ。

(ああ……だめだ。このままじゃ──)

 フランはずっとやきもきしていた。
 見ていると、無精髭でぼうぼうの汚れた風体をした男たちは、次第に疲労の極限に達して仲間割れを始めていた。砂漠を這う虫など発見してはそれに群がり、「俺のだ」「いや、俺のだ、よこせ」と大声を上げて喚き散らし、殴り合いが始まってしまう。もちろん、食べるためにだ。モニターの中ではそんなことが、日々頻々ひんぴんと繰り返されていた。

 そして、彼らが不時着してきてから百時間あまり経ったころ。
 遂にフランの我慢も限界に達した。それでとうとう兄に黙ってロールパンのような飛行艇を駆り、彼らのもとに飛んで行ったのである。





 彼らのそばに降り立ったフランを見て、男たちはしばし呆然としているようだった。
 まるで化け物でも見たかのような目をして、互いに身を寄せ合い、銘々めいめい銃やビーム・サーベルのようなものを手にしてこちらを睨みつけている。
 どの男の頬もげっそりとこけ、真っ黒に汚れた顔の中で血走った目だけがぎらぎらと白く輝いていた。みな、砂まみれでぼうぼうの蓬髪ほうはつだ。
 フランは敢えてにっこりと微笑んだ。
 ゆっくりと両腕を開き、そろそろと彼らに近づく。

「……あの。どうか、心配しないで? 僕はあなたたちの敵じゃないから」

 男たちはおどおどと互いに目を見かわし、不思議そうに首をかしげた。どうやら言語が通じないらしい。
 無理もなかった。恐らく彼らは、かつて自分たちとは別の宇宙船で別の惑星にたどり着いた「アジュールとフラン」の子孫なのだろうから。
 最初の「第一世代」が生まれてから何年経っているのか知らないが、その年数が長ければ長いほど、言語の変化も激しいだろう。彼らにしてみればこちらの言語は、はるか古代のものに近いのだ。
 ただ幸い、彼らがこそこそと言いあっている言葉を聞く限り、こちらの言葉との共通点が多く見られるようだった。
 フランはひとつ息をついてから言った。

「水。み、ず、だよ。分かる?」
「あと、食料。提供する用意があるから、どうか武器をおろしてください」
「船に残っている人がいるなら、その人たちも連れてきて構わないから」

 もちろん、単語をひとつずつゆっくりと発音することを心掛けた。そのため、たったそれだけのことを伝えるのにもひどく時間を要してしまった。
 彼らのリーダー格であるらしい人物は、ひときわがっちりとした体格をした茶色い髪と目の男だった。彼がようやくこちらに向かって頷き返してきて、フランは胸をなでおろした。どうにか言いたいことは伝わったらしい。
 これで助けられる。
 ともかくも、今は彼らの命を救うことが先決だった。

「僕はフラン。フ、ラン。……わかる?」
 男はしばらくしてからうっそりとうなずくと、薄汚れた宇宙服の胸を拳で叩きながら、野太い声でこう言った。
「……ダミアン」
「ダミアンね。とにかく、来て。心配なら、最初は代表者の何人かだけでもいいよ。急いで食料と水を持って帰って。病気や怪我をしてる人もいるみたいだから、その治療もしなくちゃね。そっちは任せてもらえばいいから」

 フランの言葉を聞き取ると、彼らの間でしばらくあれやこれやと話し合いが持たれた。やがて提案に従って、四名の代表者が選ばれた。ダミアンもその一人である。
 フランはそのまま彼らを飛行艇に乗り込ませ、地下の「楽園」へ案内することにした。

 ダミアンたちは「楽園」の状況を見て驚愕を隠せない様子だった。
 森には濃い緑の草木群の中に、うねうねと銀色に光を跳ね返して川が蛇行し、ところどころに清らかな泉が点在している。上空からそれらを視認して、みんなはもう我慢できない様子だった。 とにかく、何よりもまず欲しがったのは清潔な水だった。
 フランは彼らの求めに応じて、泉のほとり近くに飛行艇を着陸させた。
 男たちは子供のように歓声を上げ、着ていた宇宙服を放り投げて泉に飛び込んでいく。そんな彼らを、フランはしばし目を細めて眺めていた。

 彼らのごつごつした体には、アジュールのような均整のとれた美しさはない。
 だが、そこに狂おしいような愛おしさを覚えた。胸がきりきりと痛むようなかなしさを覚えた。それから、胸がよじれるような儚さも。
 これが人類。僕らが生み出そうとしてきた者たち。

 「子供たちなんだ」と、そのとき思った。

 この子たちは、子供たちだ。
 はるかな昔、自分たちと同じように二人きりでどこかの惑星に降り立って、もう一度人類の世界を創ろうと努力した「アジュールとフラン」の子供たち。
 目の前で大はしゃぎをして、もう完全に子供に戻ってがぶがぶと水を飲み、互いにぶっかけあいながら大笑いしている男たちを、フランは静かに微笑みながらずっと見つめつづけていた。
 
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