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「ああ、出たな」
「あ、うん……」

 バスルームから出てみたら、テーブルの上のものがちょっと増えていた。皇子が自分でルームサービスを使ったらしい。
 ホットコーヒーやフレッシュジュース。それに、ちょっとつまめる系のチョコやスイーツ、ナッツ類だ。

「こっちに座ってくれ、健人。髪を乾かそう」
「え、そんなのいいよ」
「いいから座って」

 言われるまま座って、まずは水を飲む。後ろに立って、皇子がドライヤーを使ってくれた。俺の短い髪なんて、あっという間に乾いちゃうけどな。
 優しい手つきで皇子の指が頭に触れる。それがすんごく気持ちいいいのに、体はカキーンって固いまま。

「そんなに緊張しないでくれ、と言ったんだが」
「し、してねえよ……」
「そうか?」
「んぎゃっ!」

 つつう、と指先が耳から首筋に触れてきて、ビックリした猫よろしく五センチぐらい飛び上がった。

「なっ、なな、なにすっ……」
「ああ、すまない。あんまり赤くなっているものだから。ここも、ここも──」
「やーめーろー!」
 そんなんされたら、余計に赤くなるだろうがっっ!
「ふははっ」
 皇子はなんだか楽しそうだ。ドライヤーを切って脇に置き、今度は後ろからふわっと抱きしめてくる。
 そのまま、耳にちゅっと軽いキスを落とされた。

「ひょわっ!」
「何度も言うが。そなたが嫌ならなにもしない」
「う、うう……っ」
「こんなに体を固くして。イヤならイヤと言ってくれればいいからな」

 言いながら、その唇が耳から首筋におりていき、くいと顎を引き寄せられてまずは頬。それから唇を塞がれた。

「ん……っ」

 柔らかい。そして、あったかい。
 あれからこいつと、キスとハグだけは何度もしてきた。皇子が異世界からこっちに来てから、励まし合いながらずっと受験勉強をしてた間も、ずっと。
 ただ、ディープキスの回数はそんなに多くなかった。それやっちゃうとが我慢しにくくなるから……だと思う。たぶん。
 ま、皇子だって男の子だかんな。俺もそうだけど。その気持ちはよくわかる。てかこの十か月ぐらいの間、すげえ自制心だったよな、皇子。

「んんっ……」

 そっと唇を舌で押しあけられて、歯列をそろりと舐められる。それから、くちゅっと舌を絡められる。
 どんどん口づけが深くなってきて、息ができなくなる。

「は……あ、クリス──」

 顎を上げ、クリスの後頭部に手を回して、彼の舌を味わう。
 いや、味わわれてるのは俺のほうだけど、たぶん。勝手に目尻に涙が溜まってきて、頭の芯がぼうっとしてきて。
 歯の裏側と上顎を舐められてびくんっとまた勝手に腰が跳ねた。
 なにかが脳天を貫いていく。閉じた目の裏が白くなったり、赤くなったりする。

「あふ……っ」

 ぐいっと舌を吸い出されて唇と舌で愛撫される。
 くらくらする。目の奥がちかちかする。
 なんだこれ……? なんなんだよ、これ。

「んふ……っ。くり、すう……」
「そんな声を出されたら、我慢できなくなりそうだ」

 いつのまにか、クリスがソファの後ろから隣に移動してきている。今度はしっかり腰に腕を回されて抱き寄せられた。
 静かな部屋に、くちゅくちゅといやらしい水音だけがする。
 互いの舌と唇の間に、透明なアーチが糸をひく。

(こん、な……キス)

 初体験。まさしく。
 てか、ろくにものが考えられねえ。
 き、きもちい……っ。

 気がついたら、そのままソファに押し倒されていた。俺に体重を乗せすぎないように気を使いながら、皇子はそのまま俺の唇を、右から、左から方向を変えながら何度も吸う。俺は皇子の背中に腕を回し、それに応えるだけでいっぱいいっぱいだ。

「ふあ……んんっ」

 ちゅ、と最後に舌を吸い上げられ、皇子の顔が離れたのに気づいて目を開けたら、見たことのない瞳がじっとこっちを見下ろしていた。
 いつもはクールで理知的な青い瞳。
 それが今夜は、不思議に熱くゆらめいている。
 そのまま額に、目尻に、頬に、顎にとまたキスを降らされた。

「健人……」
「んん……っ」

 気持ちよすぎて、やめられない。
 勝手にどんどん、足の間のアレに熱が集まっていくのがわかる。たまらなくなってきて、両足をつい擦り合わせてしまう。

 ──だけど。

(クリス……)

 ほんとにいいのか。
 俺が、じゃなくてあんたが。
 こんな俺で、ほんとにいいの……?

「健人……」

 皇子の吐息も、いつもよりずっと荒くて、熱い。
 のしかかってきている腰に、俺もよく知っている固い熱源を感じて、さらに脳の芯がしびれたみたいになる。
 耳に唇を寄せられて、そっと囁かれた。

「ベッドへ行かないか? ……そなたがいいなら、だが」

 俺は返事をする代わり、クリスの首の後ろに両腕を回して、ぎゅうっとしがみついた。

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