SAND PLANET

るなかふぇ

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第八章 隠された記憶

5 殺戮 ※・※※

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 アジュールがようやくその場に到着したときには、もはやすべてがほとんど終わってしまっていた。男たちの飛行艇には、アジュールの監視カメラが装着されていなかったのだ。
 
 だから、具体的にその場で何が起こったのかは分からない。もはや誰にも分からないのだ。それを知る者が誰も残っていないのだから。
 ともかく、その場は酷い有り様だった。
 男らは何度もフランを輪姦し、散々に玩具おもちゃにして弄んだ挙げ句、その体液のあまりの甘さに当てられて酩酊状態になったらしい。ただその体液をすするだけでは満足できなくなった誰かが思わず、その体の一部をかじりとったのが最初だった。
 そこからは、もはや吐き気をもよおすような淫獣の祝祭が始まったのだと思われる。

 いや、アジュールは知っていた。
 なぜ自分たちの体液が、人類にとってひどく甘いものであるのかを。
 自分たちは、どこまでも「人類のため」に生み出された都合のいい存在だ。もしも生み出した子供たちが何かのことで飢え、今後生きていけないような事態になったなら。その時は、自分たちはおのが体を差し出してでも、彼らを生き延びさせねばならない。
 自分たちは運命的に、彼らにあらゆる意味で「食われる」存在として造られた。
 ただ、それだけのことだった。
 だが。

 目の前で散々に男どもにむさぼり食われたフランはもはや、人の形などしていなかった。一体、どこが手で、どこが顔かも分からない。すべてはもう、そこに散乱した蜂蜜色の髪の残骸や、それがもとは何であったかを判断したくもない肉塊やら骨の欠片やらになりはてていた。

 あの勇壮な翼を開いて舞い降りたアジュールは、自分の弟の惨状を目にして激怒した。そして、我を忘れて暴れまわった。それはまさしく、だった。
 実際、アジュール自身も何をやったのかをおぼえていない。だが、男たちはあっという間にアジュールの数百もの刃によって八つ裂きにされ、細切れの肉になって飛び散った。

 アジュールは「ゴミ虫ども」の始末を終えると、自分たちの宇宙艇を呼び出した。そうして、ただの肉片になってしまった弟の体をできる限り拾い集めた。それからそれを、宇宙艇の中にある小型の《胎》にそうっとひたした。
 実はロールパンのような形の飛行艇にはこの機能が備わっていない。だからこの時、アジュールは宇宙艇の方を呼び出したのだ。

 それは、一か八かの賭けだった。そこまで細かく分断されてしまった肉片から、本当に弟が甦ってくれるのかどうか。アジュールにですら、それは分からなかったらしい。その中である程度「治療」をしてから、アジュールはその「フランだったもの」をドームの大きな《胎》へ移した。

 フランが「復活」するまでには、非常に長い時間を要した。
 普通の怪我であれば百時間もあればきれいに治るはずのところ、優に一万時間以上が経過したのである。その間、アジュールはろくに飲み食いもせず、ほとんど眠りもせずに《胎》のそばに張り付いていた。
 アジュールの中に、拭い去りようのない人類への怨嗟と憎悪が生まれた瞬間だった。それ以降、この惑星にはあのステルス機能がしっかりと付与されて、常に稼働することになったのだ。

 長い長い時間の果てに、ようやくフランは目覚めた。しかし、非常に意識がぼんやりとしており、アジュールのことすらすぐには認識できない様子だった。
 子供のころからこれまでのことはある程度おぼえているようだったが、あの人間どもがこの星へ降りて来たこと、それ以降の様々なひどい出来事についてはすっかり忘れてしまっていた。
 アジュールは安堵した。
 そして、弟には分からぬように、こっそりと奴らの飛行艇と宇宙船を「処分」して、地中深くに埋めてしまった。

 アジュールただひとりを除き、すべてはこの惑星の砂だけが知っていることである。





 記憶の抜け落ちた弟の体が回復してくるにつれ、まるでそれと入れ替わるかのようにして、アジュールの精神は少しずつ変調をきたすようになった。
 あのあまりにも凄惨な場面が、どうしても脳裏から離れてくれない。
 以前のように甘く優しく弟を抱こうとしても、うまくいかないことが増えた。甘えるように擦り寄ってきてキスをねだり、足を開こうとした弟を、とつぜん邪険に突き飛ばして自分の寝床へ逃げかえったことも、実際一度や二度ではなかった。

 フランが拒絶するからではない。
 フランの態度は、完全に今までどおりだった。自分の兄を信頼し、素直できれいな瞳で見つめ返してくるだけだ。その瞳には、こちらの気持ちや行動に対していっさいの疑問も不審も浮かんではいなかった。時には「アジュール、どうしたの?」と、逆に心から心配そうな目で見上げられる。そこには一片の濁りもなかった。

 だが、それがやたらとアジュールの勘にさわった。心の奥の柔らかな部分をこっぴどく責めさいなんだ。
 あの薄汚い人間どもに散々になぶられ、犯され、貪り食われた弟の痴態が、どうしても意識の奥から消え去ってくれない。何を、どうやっても。寝ていても、起きていても。忌々しい自分の頭を、何度殴りつけたかわからない。
 アジュールはしばしば、悪夢にうなされて飛び起きた。そんな時は決まって、体じゅうがいやな汗でびっしょりになっていた。

 どうしても、逃れられない。
 フランはどんな風に奴らに犯されたのだろう。上からも下からも、何人もの男のものを一度に咥えこまされて、どんなよがり声で啼いたのか。
 考えまいとすればするほど、むしろ逆にそんな下卑た妄想が毎夜のように渦巻いた。まるでそれらが、アジュールの脳と体をくようだった。
 まさに拷問でしかなかった。

 そして、ある夜。
 アジュールは遂に、フランを「優しく」抱くことをやめたのだ。
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