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第四章 地下世界
10 涙
しおりを挟む「なあなあ、グイドさん。別に船に戻るまで我慢しなくってもいいんじゃねえんですかい?」
「久しぶりの獲物なんだ、とっととヤっちまいましょうよ──」
そんな身の毛もよだつような台詞を次々に吐き散らかしつつ、男たちはヴォルフと同様、後ろ手に縛ったフランをこづいて歩かせながら、もと来た道を進んでいる。
「うるせえ。ったく、キャンキャン喚くなってんだ。盛りのついた犬みてえによ」
ドスの効いた声でグイドが一喝すると、男どもは一応は黙り込んだ。が、彼らの全身の毛穴から、ぷつぷつと不満という名の霧が滲み出るようである。
グイドは「しょうがねえな」とばかりに太い鼻息を吹き出した。
「ちったあ我慢しろ。ここまでは何もなかったが、この場所が危険じゃねえなんて保証はねえんだ。帰ってゆっくり、お楽しみタイムにすりゃあいいんだからよ」
「けへへっ! そりゃあ楽しみだ」
「俺、俺が一番でいいんスよねえ? グイドさん!」
ロープの端を持った男はときどき、臭い息を吐きかけながらフランの頬や首をべろりと舐めてくる。今にもフランを裸にひん剥いてどうにかしたくてたまらないらしい。もしゃもしゃとみっともなく生えた無精ひげがいちいち気持ち悪かった。同じ無精髭でも、ヴォルフのものならこんな気持ちにはならないのに。
が、フランは肌を粟立たせつつもひと言も発しなかった。
いまは黙ってついていくほかはない。グイドはフランが少しでも反抗的なことをすれば、容赦なく手の中の起爆装置を作動させると脅してきている。その通信範囲がどのぐらいまでなのかはわからない。だがもし起動してしまったが最後、ヴォルフが首を吹き飛ばされて即死するのは明らかだった。
いや、爆弾の威力によったら、彼の体は細かく四散してしまうかも。もしもそうなってしまったら、いかにフランといえども彼を蘇生させるのは難しい。
実のところ、かなりの重傷でも対応できる能力はある。だが、完全に死んでしまったもの、ましてや体が吹き飛んでしまったものを生き返らせるというのはさすがに無理があるのだ。
(どうする……? どうしたらいい)
考えても考えても、なかなかいい解決策は思いつかない。
正直いって、ここにいる男五人ぐらいのことならば、別にあの兄ではなくても十分に退けられる。自分にもそのぐらいの能力は付与されているからだ。なにも殺す必要はない。というか、そうする気はさらさらない。彼らだって大切な命だし、ずっと昔の「フラン」と「アジュール」の子孫なのだから。
気を失わせ、記憶を操作し、車ごとそっと砂漠に戻らせておく。それで終わり。簡単な話だった。
しかし何をするにしても、ヴォルフから十分に離れなくてはお話にもならない。たとえ記憶を奪っても、起爆装置を取り上げる前にうっかりと操作されては元も子もない。何をするにしても、とにかくヴォルフから十分に離れてからでなくては危険だった。
(ヴォルフ……ヴォルフ)
ごめん、と心の中で何度謝ったかわからなかった。
結局こうして、彼を巻き込む形になってしまった。
最初から誘惑しようと思っていたわけではなかったけれど、結果的にはそうしたのと同じことになってしまった。
自分が彼をどう思っていようが、そんなことは彼には関係ない。「協力」してもらったあとは、タチアナと一緒に速やかに母船に戻ってもらう。それで、何事もなかったようにこの星を離れてもらう。そうしてもらおうと思っていた。本当にそれだけのつもりだった。
それなのに。
(なんであんなこと……言うんだよ)
そう思った途端、ぎゅうっと胸が苦しくなった。
彼は自分を抱いたあと、あの温泉でこの体を後ろから抱きしめて囁いた。ひどく幸せそうな声で。
あんなこと、言わせてはいけなかったのに。
こんな自分が、彼の心をもらったりしてはいけなかった。絶対にいけなかった。
(バカだよ……君は)
ただの「協力だよ」と言ったのに。
あんなに優しく、自分を抱いて。
その上、あんな大事な言葉を囁くなんて。
(嘘みたい……だったな)
あの兄と嫌というほど回数を重ねてきたはずのその行為は、彼とではまったく違う意味を持っているようだった。まったく違う世界の、違う行為のように思えた。
なんであんなに気持ちが良かったのだろう。なんだか気が変になりそうなほど。
そして、泣きたくなるほどに。
彼に抱かれている間じゅう、ずっとずっと胸の中が温かい何かで満たされて。指の先、髪の毛の先まで、それが行きわたって溢れ出て。体全体が発光するみたいに、脳が痺れて、おかしくなってしまいそうで。
正直、わけが分からなかった。
できることならもうずっとずっと抜かないで、自分を揺さぶり続けていて欲しかった。
あの、優しくて温かなキスをし続けていてほしかった。
(ヴォルフ……)
「なーんだ、お嬢ちゃん。泣いてんのか?」
「おお、可愛いねえ。かわいそーねえ」
ゲヘヘヘ、と隣にいる大男がまたフランの頬をべろりと舐める。
彼らにこんなものを見せたくはなかったのに。
なのに、それは一度零れだしたら、どうしても止められなくなった。次々に頬を転げ落ち、顎を伝って、ぽとぽとと地面に降り落ちていく。
ヴォルフ。
ヴォルフ──。
わかっている。
その感情には、決して名前をつけてはいけない。
だから多分、その分だけこの目から熱い雫がこぼれでるのだ。
「ほれほれ。いい子だから泣くなっつうのよ」
「素直にしてりゃあ、優し~く可愛がってやっからよお」
「楽しみにしてんだぜえ?」
そんなことを言いながら、男たちはてんでにフランの頭を撫でてみたり、尻を揉んでみたりしている。
そうやってゲタゲタと品のない笑いに囲まれているうちに、あっという間にバギーの場所まで戻ってきてしまっていた。
彼らのものらしいバギーのすぐ近くに、ヴォルフのバギーも停まっている。見たところ、周囲にタチアナの姿はない。
と、グイドが変な顔をして辺りをじろりと見渡した。
「なんだあ? ピットの野郎、どこ行きやがった」
「お? 居やがりませんね。何してやがんだ、あのうすのろ──」
男らの話を聞く限り、どうやら傭兵連中のうちのひとりが、ここで車の見張りをしていたらしい。それが行方不明になっているのだ。
兄はまだ目覚めていないから、直接の関係はないと思われる。まさかとは思うが、タチアナと何かあったのだろうか。
グイドはほんの数秒考えたようだったが、あっさり言った。
「ま、いいや。ほっとけ。戻るぞ」
「え、いいんですかい」
「ここに居ろ、つったもんがいねえんだ。知ったこっちゃねえ。フォレストの奴にゃあ、『出先で行方不明になった』で言い訳は通るこった。それよりここにゃあ、あんまり長居しねえほうがいい。ここはどうも、キナ臭くっていけねえや」
(……さすがだな)
決して褒めるつもりはないが、その動物的な勘だけは認める。彼らがここにいるのは危ない。あの兄が目覚めたなら、この闖入者たちの存在を感知した時点で即刻、彼らは命を失うことになる。細かな肉片に変えられてしまう。ここを出るつもりなら、彼らは一刻も早くそうすべきだった。
そしてそれは、あのタチアナもヴォルフも同じことだ。
急がなければ、かれらも早晩、同じ憂き目にあう。
(どうすればいいんだ。どうすれば……!)
「よし。二台に分かれて乗れ。お嬢ちゃんはこっちだ」
グイドがフランのロープを持つ男にぐいと顎で指示をする。
「えっ……」
びっくりして、思わず立ち止まった。まさか、バギーを二台とも使うつもりなのか。
だとしたら、タチアナとヴォルフはいったいどうなる? あの厳しい砂漠を徒歩で戻るなんて、狂気の沙汰だ。彼らはまだ、あの「卵」の使い方もよく知らないのに。
「ま、まって。それは──」
「うるせえ!」
どら声とともに、ビシッと激しく頬を張られた。
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