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第三章 報復

3 人狼たち

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「そんなをやらかすイケナイ手なんざ、もう要らねえよなあ? これから一生。だろ? なあ」
「ひえあああっ!?」

 なにが起こるかを予感して、男が椅子ごと跳びあがった。
 途端、周囲の男たちが男と椅子をおさえつけ、ひとりが近くの小さなチェストを持ってきて、上に男の片腕を押しつける。凌牙が狼そのものの目をぎらつかせながら、斧を手にゆらりと近づいた。

「いやっ……いやだあ! やめて……お願い、お願いだああっ!」

 男はもう、恐怖にひきつった顔をびしょびしょに濡らして泣き叫んでいる。
 と、椅子の下に湯気のたつ液体がじょぼじょぼと広がった。覚えのある臭いが広がって鼻を刺激する。どうやら失禁したらしい。

「うっわ……お漏らしかよ。勘弁しろよー」

 凌牙が鼻をつまんで顔をしかめる。周囲の男たちも非常にいやそうな顔になった。人狼にはこの尿の臭いがたまらなく不快なんだろう。鼻がいいってのも大変だな、なんてちょっと暢気のんきなことを考えてしまう。いや、俺だって人間の鼻なりに臭いし、いやだけど。
 男はもちろんそれどころじゃなかった。

「おっ、おねがい……やめて、やめてください! なんでもするっ、なんでもしますうっ! ゆうたく……いや、渡海さん! 渡海さま! お願いです、許してください。もう絶対あんなことはしません。だから許して、お願いいいいっ!」

 必死で椅子をガタガタいわせて俺に訴えてくる。
 凌牙が半眼になった。完全に呆れているらしい。

「だーからよ。勇太に命乞いすんなっつったぞ。てめえにそんな資格があると思ってんのか?」
「ひああああっ!?」

 さっき「舌を引っこ抜くぞ」と脅されたのを思い出したらしく、男は蒼白の顔をさらにひきつらせて口を閉じた。
 凌牙は片手で斧をひょいひょい放り投げては、くるくると空中で回転させ、器用に受け止めるというのを何回か繰り返している。楽しげな雰囲気とは裏腹に、その目に宿った殺気は一向に消える気配がなかった。
 俺はとうとう、我慢できずに前に出た。

「なあ。もういいだろ。ここまでにしとけよ」

 脅しだけなら、もうこれで十分だ。だってこれじゃあ、俺の希望がかなえられなくなっちまう。
 凌牙がちらっとこっちを見る。その目はもう、いたずら真っ最中の子どもみたいなものに変わっていた。にやりと口角を引き上げている。

「なに言ってんだ。そんな甘いこっちゃ、またおんなじことを繰り返すんだぜ、この手のチンケな逆恨み野郎はよ」
「そっ、そんなことはありませんっ!」
 男がひび割れた声で叫び散らした。
「もうしないっ、本当です。約束しますうっ! だからどうか許してください、本当にごめんなさい! 申し訳ありませんでしたあ! 許してください、許してくださいいっ……!」
「うるせえ。黙れ」
「ひいいいっ」

 ズゴッ、とまた鈍い音がして、今度は男の頭上の壁が凌牙の凄まじいキックで風穴を開けてしまった。この家って、誰の持ちものなんだろう。なんだかそっちが心配になってくるよ。

「だーから、凌牙! もういいって!」

 俺は遂に叫んだ。急いで凌牙に近づき、まだ手のひらでもてあそんでいた斧を取り上げる。

「お前、俺の希望をかなえるつもりがあんのか? マジで。ちょっとやりすぎだろ!」
「え~? ちょっとヤキ入れてやっただけじゃねえかよー。この程度で漏らすこいつがダメッダメなだけじゃねえか。根性なさすぎ」

 口では文句を言っているが、凌牙の目はもう完全に笑っていた。「安心しろ」がその中にはっきりと読み取れる。

「んじゃ、そろそろと行こうか」

 言って凌牙が男たちに目配せをした、次の瞬間。

「ウ、ウウウウウ……」
「グォウ、ウルルルッ」

 聞き覚えのある物凄い唸り声が部屋を満たして、俺は唖然とした。
 凌牙をはじめ、他の男たちの髪が逆立ち、体がひと回り大きくなっている。スーツだったりパーカーだったり服装はまちまちだったけど、みんな胸元が急に膨らんで布地がぱんぱんに張りつめていく。
 唸り声はどんどん大きくなった。ぱちんとだれかのボタンが飛ぶ。

「ひえっ……?」

 男は呆然とまわりを見回した。俺はすでに頭を抱えたくなっている。
 だってこんなの、聞いてない。これ以上こいつを脅してどうするんだよ。

「ガウッ、ルルル」

 ビリビリと布が裂ける音がする。頭の上に大きなふさふさした耳が現れ、豊かな毛に覆われた上体が出現する。
 男の周囲の人狼たちが、次々と変貌を始めていた。
 それは、俺が三回ほど瞬きをする間のことだった。
 次にはもう、貧弱な体の男の周りに、巨体をした人狼たちが完全に人狼としての姿をさらしてぬっと立ち、男を取り囲んでいた。
 凌牙は銀灰色の精悍で美しい人狼だけど、他の男たちは色々だった。黒々とした大きくて狂暴そうなやつ、がっちりした体躯で褐色の毛のワイルドなやつ。目の色も色々で、赤いやつもいれば紫色のやつもいる。

「ひ……いっ」

 最後に男が発した声はこれだった。
 男はぶくぶくっと泡を吹き、完全に白目をいて気絶した。
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