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第十九椀
ほろほろ、トロトロ「豚の角煮」。あの家電でできるんですね
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ただならぬオーラが炊飯器から立ち上っている。
いま書いている小説の筆が珍しく進んで、気がつくともう真夜中になっていた。
とたんにおなかがグウ、と鳴って、はてさてご飯が残っていたらお茶漬けにでもさせていただこうかしらん、と台所に忍び込んだのだ。
今日は納期の迫ったライティングの仕事はないと言っていたので、伊緒さんはもう眠っているはずだ。
彼女を起こさないようにそーっと、そーっと、足音を忍ばせて、炊飯器に目をやったのだけど・・・。
どういうわけか炊飯器のフタには、雄渾な筆致で「封」と墨書されたおフダが貼られており、僕はツボにハマッてその場にくず折れてしまった。
すると眠っているとばかり思っていた伊緒さんが部屋から出てきて、
「見ちゃった? 見ちゃった?」
と、嬉しそうにはしゃいでいる。
炊飯器に「封」って。
もしかしてあのマンガの、懐しいネタなんだろうか。
若い方よく分からなかったらごめんなさい。
ご存知ない方は、お手すきの際にググっていただけますか。
「これまた何が封じられているのでしょうか」
ツボにハマると長らく戻ってこられないぼくは伊緒さんの介抱を受けながら、ようやく息を落ち着けてそう尋ねた。
「ひみつ」
伊緒さんは含み笑いを隠そうともせず、開けたらたいへんなことになるんだからね! といったプレッシャーをかけ続けている。
まさかこれをしたいがためだけに毛筆をふるい、深夜まで起きていたわけではないだろうけど、かなり手の込んだネタなので感心してしまう。
それもそうだが、肝心なのは炊飯器だ。
なにやらものすごくいい匂いがしていて、夜中の空腹というデリケートな状態をさらに刺激してくるのだ。
平たくいうと、ラーメン屋さんのにおいがしている。
「ものすごく、いい匂いです」
「そう。そうよね」
「もっそい、ええ匂いしてはるんですけど」
「でも封印を解いちゃダメよ」
伊緒さんは笑いを噛み殺して楽しそうにしているけど、ぼくは炊飯器の中身が気になって仕方がない。
そりゃ気にするなっていう方がおかしいでしょう。
だって「封」ですよ?
「晃くん、おなかすいたんでしょ。炊飯器は開けちゃダメだけど、ごはんはありますからね。お茶漬けでもする?」
さすが伊緒さん、よく分かってくださっています。
ぼくは喜んでお茶漬けをいただき、炊飯器からのいい匂いに鼻をひこひこさせながらも、とりあえず満足して床に就いたのでした。
翌朝ー。
のどが渇いて牛乳でも飲むべか、と台所に入ると、ようく見える場所にででん、と件の炊飯器が鎮座していた。
スイッチはオフになっており、しかもご丁寧に「封」のおフダが半分に破れて、ひらひらと炊飯器にくっついている。
あ、封印が解けたんだ。
寝ぼけた頭でそう理解したとき視線を感じて振り返ると、戸のスキマから伊緒さんがじいーっとこちらを覗いて、しきりにアイコンタクトを送ってきている。
開けろというのか―?
ぼくは素直に緊迫しながら、おそるおそる炊飯器のフタに手をかける。
そーっ、と開けていくと、お釜のなかには池の氷のような白い膜がかっちりと浮いていた。
これは…?
氷結系の高等術式?
などと中二らしさを全開にして不思議がっていると、
「ふっふっふっふ」
と、伊緒さんが待ってましたとばかりにやってきた。
手にはなぜかサランラップをもって、颯爽とした足取りだ。
「ついに封印を解いてしまったのね」
嬉々として伊緒さんがぴしっ、とラップを引き伸ばす。
そうしてお釜の表面に浮いている白い膜にぴったりとラップを当てると、そろそろと引き上げていく。
すると見事なまでにラップが白い膜を吸着し、お釜の中で濃い琥珀色の液体に浸かった料理の全貌が露わになった。
「あ!豚の角煮!」
そこには大ぶりの角切りになった豚バラ肉が顔を出していた。
謎の白い膜は、豚の脂が冷えて固まったものだったのだ。
「ふふふ。晃くんの好きなたまごも入っていますからね」
伊緒さんの言うとおり、豚肉と一緒にたまごが仲良く漂い、立派な煮卵になっていた。
「炊飯器だと、材料を入れてスイッチ入れるだけで自動調理してくれるから、煮込み料理にはとっても便利なの。お肉の脂もこうして冷えて、層状に固まったときにいっぺんにとっちゃえば楽だしね」
とれた脂はいわばラードなので、保存しておいてまた炒め物なんかに使うそうだ。
さすが伊緒さん、技ありです。
もう一度保温ボタンを押して加熱し、お昼ご飯のおかずにしてくれるという。
「余った煮汁はもちろん調味液にもなるし、お湯で割るとラーメンスープみたいになるのよ。別の具材も……そうね、こんにゃくなんか炊くとおいしいかも」
おお、どれもうまそうだ。
角煮以後もまだまだ楽しむことができるんですね。
心待ちにしていたお昼ご飯の角煮は、それはもうほろほろ、トロトロの食感で、とってもおいしかった。
手間と時間のかかる、家庭ではなかなかできない料理だと思い込んでいたので、この意表を衝かれた感じもまた嬉しい。
伊緒さんは角煮に、洋ガラシと黒酢を添えてすすめてくれた。
カラシのツンと鼻に抜ける辛さと、黒酢のコクのある酸味が角煮の味を引き立てて、ご飯がどんどん進んでしまう。
煮卵も中まで味がよく染みて、昼間っから飲めもしないビールがほしくなったりしてしまう。
よく噛むように気を付けているつもりでも、やはりがっついていたみたいで、
「ほいひいへふ」
という感想が出た。
「そう、よかった」
伊緒さんがいつものように笑って、「また作ってあげるね」と言い添えてくれる。
とっても嬉しいけれど、もしかしてまた封印を解くところから始まるのかと想像して、噴き出しそうになってしまった。
いま書いている小説の筆が珍しく進んで、気がつくともう真夜中になっていた。
とたんにおなかがグウ、と鳴って、はてさてご飯が残っていたらお茶漬けにでもさせていただこうかしらん、と台所に忍び込んだのだ。
今日は納期の迫ったライティングの仕事はないと言っていたので、伊緒さんはもう眠っているはずだ。
彼女を起こさないようにそーっと、そーっと、足音を忍ばせて、炊飯器に目をやったのだけど・・・。
どういうわけか炊飯器のフタには、雄渾な筆致で「封」と墨書されたおフダが貼られており、僕はツボにハマッてその場にくず折れてしまった。
すると眠っているとばかり思っていた伊緒さんが部屋から出てきて、
「見ちゃった? 見ちゃった?」
と、嬉しそうにはしゃいでいる。
炊飯器に「封」って。
もしかしてあのマンガの、懐しいネタなんだろうか。
若い方よく分からなかったらごめんなさい。
ご存知ない方は、お手すきの際にググっていただけますか。
「これまた何が封じられているのでしょうか」
ツボにハマると長らく戻ってこられないぼくは伊緒さんの介抱を受けながら、ようやく息を落ち着けてそう尋ねた。
「ひみつ」
伊緒さんは含み笑いを隠そうともせず、開けたらたいへんなことになるんだからね! といったプレッシャーをかけ続けている。
まさかこれをしたいがためだけに毛筆をふるい、深夜まで起きていたわけではないだろうけど、かなり手の込んだネタなので感心してしまう。
それもそうだが、肝心なのは炊飯器だ。
なにやらものすごくいい匂いがしていて、夜中の空腹というデリケートな状態をさらに刺激してくるのだ。
平たくいうと、ラーメン屋さんのにおいがしている。
「ものすごく、いい匂いです」
「そう。そうよね」
「もっそい、ええ匂いしてはるんですけど」
「でも封印を解いちゃダメよ」
伊緒さんは笑いを噛み殺して楽しそうにしているけど、ぼくは炊飯器の中身が気になって仕方がない。
そりゃ気にするなっていう方がおかしいでしょう。
だって「封」ですよ?
「晃くん、おなかすいたんでしょ。炊飯器は開けちゃダメだけど、ごはんはありますからね。お茶漬けでもする?」
さすが伊緒さん、よく分かってくださっています。
ぼくは喜んでお茶漬けをいただき、炊飯器からのいい匂いに鼻をひこひこさせながらも、とりあえず満足して床に就いたのでした。
翌朝ー。
のどが渇いて牛乳でも飲むべか、と台所に入ると、ようく見える場所にででん、と件の炊飯器が鎮座していた。
スイッチはオフになっており、しかもご丁寧に「封」のおフダが半分に破れて、ひらひらと炊飯器にくっついている。
あ、封印が解けたんだ。
寝ぼけた頭でそう理解したとき視線を感じて振り返ると、戸のスキマから伊緒さんがじいーっとこちらを覗いて、しきりにアイコンタクトを送ってきている。
開けろというのか―?
ぼくは素直に緊迫しながら、おそるおそる炊飯器のフタに手をかける。
そーっ、と開けていくと、お釜のなかには池の氷のような白い膜がかっちりと浮いていた。
これは…?
氷結系の高等術式?
などと中二らしさを全開にして不思議がっていると、
「ふっふっふっふ」
と、伊緒さんが待ってましたとばかりにやってきた。
手にはなぜかサランラップをもって、颯爽とした足取りだ。
「ついに封印を解いてしまったのね」
嬉々として伊緒さんがぴしっ、とラップを引き伸ばす。
そうしてお釜の表面に浮いている白い膜にぴったりとラップを当てると、そろそろと引き上げていく。
すると見事なまでにラップが白い膜を吸着し、お釜の中で濃い琥珀色の液体に浸かった料理の全貌が露わになった。
「あ!豚の角煮!」
そこには大ぶりの角切りになった豚バラ肉が顔を出していた。
謎の白い膜は、豚の脂が冷えて固まったものだったのだ。
「ふふふ。晃くんの好きなたまごも入っていますからね」
伊緒さんの言うとおり、豚肉と一緒にたまごが仲良く漂い、立派な煮卵になっていた。
「炊飯器だと、材料を入れてスイッチ入れるだけで自動調理してくれるから、煮込み料理にはとっても便利なの。お肉の脂もこうして冷えて、層状に固まったときにいっぺんにとっちゃえば楽だしね」
とれた脂はいわばラードなので、保存しておいてまた炒め物なんかに使うそうだ。
さすが伊緒さん、技ありです。
もう一度保温ボタンを押して加熱し、お昼ご飯のおかずにしてくれるという。
「余った煮汁はもちろん調味液にもなるし、お湯で割るとラーメンスープみたいになるのよ。別の具材も……そうね、こんにゃくなんか炊くとおいしいかも」
おお、どれもうまそうだ。
角煮以後もまだまだ楽しむことができるんですね。
心待ちにしていたお昼ご飯の角煮は、それはもうほろほろ、トロトロの食感で、とってもおいしかった。
手間と時間のかかる、家庭ではなかなかできない料理だと思い込んでいたので、この意表を衝かれた感じもまた嬉しい。
伊緒さんは角煮に、洋ガラシと黒酢を添えてすすめてくれた。
カラシのツンと鼻に抜ける辛さと、黒酢のコクのある酸味が角煮の味を引き立てて、ご飯がどんどん進んでしまう。
煮卵も中まで味がよく染みて、昼間っから飲めもしないビールがほしくなったりしてしまう。
よく噛むように気を付けているつもりでも、やはりがっついていたみたいで、
「ほいひいへふ」
という感想が出た。
「そう、よかった」
伊緒さんがいつものように笑って、「また作ってあげるね」と言い添えてくれる。
とっても嬉しいけれど、もしかしてまた封印を解くところから始まるのかと想像して、噴き出しそうになってしまった。
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