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第十五椀
かさ増し「サイコロステーキ」。急にいい肉が手に入ったら、逆に怯えます
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ぼくが勤める会社では、年末になると「ビンゴ大会」というものが開かれる。
といっても、会社宛に届けられたお歳暮とか記念品とかに社長がちょいと色を付けて景品を追加して、社員に分けるというイベントだ。
これが結構楽しくて、くじ運のいいぼくはこれまでにハムとかカニ缶とか、一人だったら絶対買うことのないようなものをいただく機会に恵まれた。
伊緒さんのもとに景品を持って帰るのは今年が初めてなので、さて何が当たるかなあ、と無邪気にワクワクしていたのだ。
ところが。
「伊緒さん、これ、どうしましょう」
ぼくは途方に暮れて、伊緒さんにひとつの包みを差し出した。
なになに?どうしたの? と、いつもの笑顔で中身をあらためる伊緒さん。
「うわっ!すごい、どうしたのこれ!」
彼女の手には、さぞ見事なのだろうと思われる霜降りのステーキ肉が鎮座していらっしゃる。
”見事なのだろう”という投げやりな感想は、これまでこういったランクの肉を見たり食したりしたことがないためだ。
すなわち目の前にある食材は未知との遭遇であり、理解できないモノに対しては怯えや恐れといった感情を抱いて当然だ。
会社のビンゴ大会で当たってしまった旨をかいつまんで説明すると、
「素敵! 猟師みたい!」
と、意表を突く評価をいただいて苦笑した。
で、この高級肉の処遇だ。
高級だということはもう、いったん置いとくとしても、いかんせん量が少ない。
二人でぺろん、と食べてしまえばメインディッシュとしては到底足りるわけがない。
いや、そもそもこんなものすごい肉をどう調理すればいいというのだ。
「とりあえず茹でますか」
やや錯乱してそう言うと、
「ええ!だめよ!」
と、伊緒さんにたしなめられた。
「じゃあ、刺身に引きましょうか」
さらに食い下がると、
「だいじょうぶだから、わたしに任せて。おりこうに待ってなさい」
ちょっと怒られつつ、台所を追い出されてしまった。
まあ、ぼくが心配したところで仕方ないのだけれど、なにやら楽しくなってきたぞ。
ことん、ぱたぱた、ぼわわん、と伊緒さんが料理をする音が聞こえてくる。
ぼくはこの音を聞くのが好きだ。
わくわくしつつもどこか安心するような、幸せな音楽だ。
降って湧いたような高級肉のせいだろうか、今日は特に料理をする音に聞き耳を立ててしまう。
やがて、じゅわぁーっ、と弾けるような焼き物の音がして、お肉の焼ける甘く芳ばしい香りが漂ってきた。
おお、いままさにフライパンで身もだえして、踊り狂っていらっしゃるのですね、お肉さん。
この分だときっと、伊緒さんは「どじゃーん!」って言いながら料理を持ってきてくれるぞ。
などと想像していると、
「お待たせ!どじゃーん!」
と、あんのじょう元気よく、伊緒さんがお皿を食卓にでん、と据えた。
「おおっ!…って、お肉増えてる!」
お皿には、コロコロとかわいらしいサイコロステーキがたっぷりと盛られていた。
もしや得意の錬金術で高級肉を錬成……などと考えている間に、
「さあさあ、熱いうちに食べましょう!」
と伊緒さんに促されて合掌した。
いかにもうまそうな肉の脂がてらりん、と輝きを放ちながら辺りを睥睨している。
ひとつを摘んで口に入れると、表面の焼き目が一瞬サクッと歯に当たっただけで、あとはさあーっと溶けてしまった。
「……淡雪みたい」
伊緒さんが感極まったように呟いた。
ぼくは初体験の味をどう認識していいのか分からず、
「溶けました、溶けました」
とバカなコメントしか出てこなかった。
もうひとつつまもうとお皿を見やると、ここで初めてお肉以外に質感の異なる食材が混ざっていることに気が付いた。
そうか、伊緒さんはこれらを使って少ないステーキ肉のをかさ増ししたんだ。
ぼくは肉以外に二種類を確認できた謎のサイコロステーキのひとつを選び、口に運んだ。
「おおっ!?コンニャクだ!」
むるん、とした独特の弾力は間違えようがない。高級肉よりはるかに慣れ親しんだコンニャクが、賽の目になってお皿を賑わせてくれている。
しかし、旨みのあふれる脂をまとったコンニャクは、まるで肉そのもののようだ。
それになんという歯応えだろう。
表面はパリッと張り詰めており、噛みしめると赤身の肉を食べているかのような存在感だ。
「水気をしっかり抜いて、あらかじめ焼き目を付けてからサイコロにしたのよ」
伊緒さんがにこにこしながら解説してくれる。
それでこんなに食感がいいんだ。
コンニャク以外のもうひとつの食材にも箸を伸ばす。
その見た目から、てっきりポテトだと思っていたけど、その甘味に驚いた。
「こっちは、サツマイモ!」
伊緒さんがドヤァ!と満足げな笑みを浮かべる。
ほっくりと甘い、サツマイモのサイコロステーキが混ぜ込まれていたのだ。
でも、甘みと脂、そして適度な塩気が絶妙なバランスを生み出している。
「すっごくおいしいです」
まったく脱帽だ。ちょっとの量の肉をうまく使って、他の食材にその旨みを移して相乗効果を引き出したのだ。
「そう、よかった。でもお肉は晃くんの獲物よ。こちらこそ、ごちそうさまです」
伊緒さんがかわいらしく、ぺこりとお辞儀をする。
なぜかぼくも慌てて頭を下げて、間の抜けたやりとりに思わずふたりで笑ってしまった。
今度は景品ではなく、もっと頑張って稼いでお肉を持ち帰りますからね。伊緒さん。
といっても、会社宛に届けられたお歳暮とか記念品とかに社長がちょいと色を付けて景品を追加して、社員に分けるというイベントだ。
これが結構楽しくて、くじ運のいいぼくはこれまでにハムとかカニ缶とか、一人だったら絶対買うことのないようなものをいただく機会に恵まれた。
伊緒さんのもとに景品を持って帰るのは今年が初めてなので、さて何が当たるかなあ、と無邪気にワクワクしていたのだ。
ところが。
「伊緒さん、これ、どうしましょう」
ぼくは途方に暮れて、伊緒さんにひとつの包みを差し出した。
なになに?どうしたの? と、いつもの笑顔で中身をあらためる伊緒さん。
「うわっ!すごい、どうしたのこれ!」
彼女の手には、さぞ見事なのだろうと思われる霜降りのステーキ肉が鎮座していらっしゃる。
”見事なのだろう”という投げやりな感想は、これまでこういったランクの肉を見たり食したりしたことがないためだ。
すなわち目の前にある食材は未知との遭遇であり、理解できないモノに対しては怯えや恐れといった感情を抱いて当然だ。
会社のビンゴ大会で当たってしまった旨をかいつまんで説明すると、
「素敵! 猟師みたい!」
と、意表を突く評価をいただいて苦笑した。
で、この高級肉の処遇だ。
高級だということはもう、いったん置いとくとしても、いかんせん量が少ない。
二人でぺろん、と食べてしまえばメインディッシュとしては到底足りるわけがない。
いや、そもそもこんなものすごい肉をどう調理すればいいというのだ。
「とりあえず茹でますか」
やや錯乱してそう言うと、
「ええ!だめよ!」
と、伊緒さんにたしなめられた。
「じゃあ、刺身に引きましょうか」
さらに食い下がると、
「だいじょうぶだから、わたしに任せて。おりこうに待ってなさい」
ちょっと怒られつつ、台所を追い出されてしまった。
まあ、ぼくが心配したところで仕方ないのだけれど、なにやら楽しくなってきたぞ。
ことん、ぱたぱた、ぼわわん、と伊緒さんが料理をする音が聞こえてくる。
ぼくはこの音を聞くのが好きだ。
わくわくしつつもどこか安心するような、幸せな音楽だ。
降って湧いたような高級肉のせいだろうか、今日は特に料理をする音に聞き耳を立ててしまう。
やがて、じゅわぁーっ、と弾けるような焼き物の音がして、お肉の焼ける甘く芳ばしい香りが漂ってきた。
おお、いままさにフライパンで身もだえして、踊り狂っていらっしゃるのですね、お肉さん。
この分だときっと、伊緒さんは「どじゃーん!」って言いながら料理を持ってきてくれるぞ。
などと想像していると、
「お待たせ!どじゃーん!」
と、あんのじょう元気よく、伊緒さんがお皿を食卓にでん、と据えた。
「おおっ!…って、お肉増えてる!」
お皿には、コロコロとかわいらしいサイコロステーキがたっぷりと盛られていた。
もしや得意の錬金術で高級肉を錬成……などと考えている間に、
「さあさあ、熱いうちに食べましょう!」
と伊緒さんに促されて合掌した。
いかにもうまそうな肉の脂がてらりん、と輝きを放ちながら辺りを睥睨している。
ひとつを摘んで口に入れると、表面の焼き目が一瞬サクッと歯に当たっただけで、あとはさあーっと溶けてしまった。
「……淡雪みたい」
伊緒さんが感極まったように呟いた。
ぼくは初体験の味をどう認識していいのか分からず、
「溶けました、溶けました」
とバカなコメントしか出てこなかった。
もうひとつつまもうとお皿を見やると、ここで初めてお肉以外に質感の異なる食材が混ざっていることに気が付いた。
そうか、伊緒さんはこれらを使って少ないステーキ肉のをかさ増ししたんだ。
ぼくは肉以外に二種類を確認できた謎のサイコロステーキのひとつを選び、口に運んだ。
「おおっ!?コンニャクだ!」
むるん、とした独特の弾力は間違えようがない。高級肉よりはるかに慣れ親しんだコンニャクが、賽の目になってお皿を賑わせてくれている。
しかし、旨みのあふれる脂をまとったコンニャクは、まるで肉そのもののようだ。
それになんという歯応えだろう。
表面はパリッと張り詰めており、噛みしめると赤身の肉を食べているかのような存在感だ。
「水気をしっかり抜いて、あらかじめ焼き目を付けてからサイコロにしたのよ」
伊緒さんがにこにこしながら解説してくれる。
それでこんなに食感がいいんだ。
コンニャク以外のもうひとつの食材にも箸を伸ばす。
その見た目から、てっきりポテトだと思っていたけど、その甘味に驚いた。
「こっちは、サツマイモ!」
伊緒さんがドヤァ!と満足げな笑みを浮かべる。
ほっくりと甘い、サツマイモのサイコロステーキが混ぜ込まれていたのだ。
でも、甘みと脂、そして適度な塩気が絶妙なバランスを生み出している。
「すっごくおいしいです」
まったく脱帽だ。ちょっとの量の肉をうまく使って、他の食材にその旨みを移して相乗効果を引き出したのだ。
「そう、よかった。でもお肉は晃くんの獲物よ。こちらこそ、ごちそうさまです」
伊緒さんがかわいらしく、ぺこりとお辞儀をする。
なぜかぼくも慌てて頭を下げて、間の抜けたやりとりに思わずふたりで笑ってしまった。
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