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箸休め
お出かけしたら、伊緒さんだってたまにはジャンクフードも食べます
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伊緒さんと知り合った頃、
「なんておいしそうにご飯を食べるひとなんだろう」
と思ったものだった。
当時はもちろん、たいしてお金があるわけでもなく(今もそうだけど) 、デートの食事といってもファミレスとかファーストフードとか、頑張ったところでパスタのチェーン店などにたいそうお世話になっていた。
でも、伊緒さんと一緒にとる食事は、何であろうと本当においしかった。
例えばジャンクフードなんかは、おいしいとかどうとかいうよりも、ササッと当座の空腹をしのぐためのアイテムだと思っていたのだ。それまでは。
それが伊緒さんと食べるだけで、ごちそうになってしまった。
やっぱり好きな人と食卓をともにするということは、とっても尊いことなんだと、心からそう思った。
意外だったのは、伊緒さんがジャンクフードなどにも全然抵抗がないことだった。
てっきり食材や調味料なんかにもこだわりがあって、カラダにいい食事に気を配っていて、ちょっと不健康そうなものは口にしないのだろうと勝手に思い込んでいた。
ところが何回目かのデートの食事どき、どこも繁盛していてすぐ入れるお店がファーストフードしかないことがあった。
おそるおそる「ハンバーガーとか食べませんよね」と聞いてみると、
「好きよ。入りましょう」
と、嬉々として付き合ってくれてびっくりしたものだった。
「どうしよう、迷っちゃうなあ!」
と言いながら、楽しげにメニューを選ぶ姿も脳裡に焼き付いている。
それに、お店を選ぶ前にも、
「大丈夫?おなかすいてない?」
と、常にこちらに気を配ってくれていたのだ。
もし自分が空腹でも、他人の腹具合まではなかなか気にかけられないものだ。
でも伊緒さんは違った。もしかしたらデートにも関わらず、躊躇なくファーストフード店に入ったのも、ぼくのおなかのすき具合を心配してくれたからだったのではないか。
そう気付いたのは、幸せな気持ちでデートを終えて、薄ら寒い一人暮らしの部屋に戻ったときだった。
―伊緒さんがお嫁さんになってくれたら。
初めてそう思ったのも、やはりそのときだった。
結婚して一緒に暮らすようになってから、おいしいご飯を作ってくれるので、ファーストフードのお世話になることはとんと少なくなった。
でも、二人で出かけたときなんかは妙に楽しくて、たまには一緒にハンバーガーを食べたりすることもある。
映画館に行くときなんかは、だいたい周辺の飲食店が混み合うので、近場のファーストフード店に入ることが多い。
ひとしきりメニュー選びには迷ってみるのだけど、だいたい伊緒さんはエビカツのバーガーに和風ドレッシングのサラダ、アイスレモンティーというのが定番だ。
ぼくもあれこれ目移りしてしまうのだけど、フィッシュフライのバーガーにポテトとオニオンリング、アイスコーヒーというところに落ち着く。
外食のときでも、二人同時に手を合わせてちゃんと「いただきます」と唱えるのは変わらない。
これも伊緒さんと出会ってから身に付いた習慣だ。
この手のハンバーガーは、結構たっぷりと具がはみ出していて、見る分には楽しげだがいざ食べるとなるとコツがいる。
男ならまあ、そんなに気にせずかぶりつくこともできるけれど、女の人のほうが気遣いがいるんじゃないだろうか。
伊緒さんはどうやって食べるのかというと、まずはバンズと具を「ぎゅむぎゅむ」と密着させて、すこーし平ぺったくしておく。
そうして手前のほうから「はむはむ」と、やはりすこーしずつかじっていって、バーガーの前面に平坦な面を作っておく。
すると端っこのほうが食べやすくなってくるので、小さな口をめいっぱい開けて、豪快にかぶりつくのだ。
以上が交際以前からの観察で判明した、伊緒さんがハンバーガーを食べる手順だ。
思い切りよく食べるのも意外だったが、猫のように目を細めて味わうのも、口の端に付いたソースを時折ぺろん、と舐めとるのも新鮮な色気を感じてしまったものだった。
「晃くん、食べないの?」
伊緒さんが食べる手を止めて、不思議そうにたずねてくる。
おっと、ついつい見入ってしまった。いつもそうなのだ。
普段とはちょっと違う、伊緒さんのくだけたご飯の食べ方がかわいくて、まじまじと見てしまう。
ちょっと変態っぽいかもしれないと思いつつ、どうにもやめられない。
ぼくも自分の分を食べ始めたけど、ほどなく伊緒さんがじいーっとこちらを見ているのに気付いた。
ああ、アレですね。
「…食べます?」
と、ぼくはオニオンリングを指差した。
伊緒さんが嬉しそうに、こくこくと頷く。
オニオンリングは彼女の好物なのだ。
お好きだったら二人分注文しましょうか、というのだけど、何故かぼくのをちょっと奪って食べるのが楽しいのだそうだ。
ぼくはひとつをつまんで、伊緒さんに差しだした。
伊緒さんはきょろきょろと辺りをうかがってから、そのままぱくっとかじりつく。
ぼくが持ったままのオニオンリングを、さくさくさく、と食べていく伊緒さん。
ああもう、ハムスターみたい。
すぐ側を人が通った気配に、伊緒さんはぱっと口を離してしまう。
チッ…。
「おいしい」
にっこり笑ってそう言う伊緒さんを見ていると、とっても幸せな気分だ。
ぼくは辺りの人影を気にしながら、もうひとつオニオンリングを差し出すタイミングをはかっている。
「なんておいしそうにご飯を食べるひとなんだろう」
と思ったものだった。
当時はもちろん、たいしてお金があるわけでもなく(今もそうだけど) 、デートの食事といってもファミレスとかファーストフードとか、頑張ったところでパスタのチェーン店などにたいそうお世話になっていた。
でも、伊緒さんと一緒にとる食事は、何であろうと本当においしかった。
例えばジャンクフードなんかは、おいしいとかどうとかいうよりも、ササッと当座の空腹をしのぐためのアイテムだと思っていたのだ。それまでは。
それが伊緒さんと食べるだけで、ごちそうになってしまった。
やっぱり好きな人と食卓をともにするということは、とっても尊いことなんだと、心からそう思った。
意外だったのは、伊緒さんがジャンクフードなどにも全然抵抗がないことだった。
てっきり食材や調味料なんかにもこだわりがあって、カラダにいい食事に気を配っていて、ちょっと不健康そうなものは口にしないのだろうと勝手に思い込んでいた。
ところが何回目かのデートの食事どき、どこも繁盛していてすぐ入れるお店がファーストフードしかないことがあった。
おそるおそる「ハンバーガーとか食べませんよね」と聞いてみると、
「好きよ。入りましょう」
と、嬉々として付き合ってくれてびっくりしたものだった。
「どうしよう、迷っちゃうなあ!」
と言いながら、楽しげにメニューを選ぶ姿も脳裡に焼き付いている。
それに、お店を選ぶ前にも、
「大丈夫?おなかすいてない?」
と、常にこちらに気を配ってくれていたのだ。
もし自分が空腹でも、他人の腹具合まではなかなか気にかけられないものだ。
でも伊緒さんは違った。もしかしたらデートにも関わらず、躊躇なくファーストフード店に入ったのも、ぼくのおなかのすき具合を心配してくれたからだったのではないか。
そう気付いたのは、幸せな気持ちでデートを終えて、薄ら寒い一人暮らしの部屋に戻ったときだった。
―伊緒さんがお嫁さんになってくれたら。
初めてそう思ったのも、やはりそのときだった。
結婚して一緒に暮らすようになってから、おいしいご飯を作ってくれるので、ファーストフードのお世話になることはとんと少なくなった。
でも、二人で出かけたときなんかは妙に楽しくて、たまには一緒にハンバーガーを食べたりすることもある。
映画館に行くときなんかは、だいたい周辺の飲食店が混み合うので、近場のファーストフード店に入ることが多い。
ひとしきりメニュー選びには迷ってみるのだけど、だいたい伊緒さんはエビカツのバーガーに和風ドレッシングのサラダ、アイスレモンティーというのが定番だ。
ぼくもあれこれ目移りしてしまうのだけど、フィッシュフライのバーガーにポテトとオニオンリング、アイスコーヒーというところに落ち着く。
外食のときでも、二人同時に手を合わせてちゃんと「いただきます」と唱えるのは変わらない。
これも伊緒さんと出会ってから身に付いた習慣だ。
この手のハンバーガーは、結構たっぷりと具がはみ出していて、見る分には楽しげだがいざ食べるとなるとコツがいる。
男ならまあ、そんなに気にせずかぶりつくこともできるけれど、女の人のほうが気遣いがいるんじゃないだろうか。
伊緒さんはどうやって食べるのかというと、まずはバンズと具を「ぎゅむぎゅむ」と密着させて、すこーし平ぺったくしておく。
そうして手前のほうから「はむはむ」と、やはりすこーしずつかじっていって、バーガーの前面に平坦な面を作っておく。
すると端っこのほうが食べやすくなってくるので、小さな口をめいっぱい開けて、豪快にかぶりつくのだ。
以上が交際以前からの観察で判明した、伊緒さんがハンバーガーを食べる手順だ。
思い切りよく食べるのも意外だったが、猫のように目を細めて味わうのも、口の端に付いたソースを時折ぺろん、と舐めとるのも新鮮な色気を感じてしまったものだった。
「晃くん、食べないの?」
伊緒さんが食べる手を止めて、不思議そうにたずねてくる。
おっと、ついつい見入ってしまった。いつもそうなのだ。
普段とはちょっと違う、伊緒さんのくだけたご飯の食べ方がかわいくて、まじまじと見てしまう。
ちょっと変態っぽいかもしれないと思いつつ、どうにもやめられない。
ぼくも自分の分を食べ始めたけど、ほどなく伊緒さんがじいーっとこちらを見ているのに気付いた。
ああ、アレですね。
「…食べます?」
と、ぼくはオニオンリングを指差した。
伊緒さんが嬉しそうに、こくこくと頷く。
オニオンリングは彼女の好物なのだ。
お好きだったら二人分注文しましょうか、というのだけど、何故かぼくのをちょっと奪って食べるのが楽しいのだそうだ。
ぼくはひとつをつまんで、伊緒さんに差しだした。
伊緒さんはきょろきょろと辺りをうかがってから、そのままぱくっとかじりつく。
ぼくが持ったままのオニオンリングを、さくさくさく、と食べていく伊緒さん。
ああもう、ハムスターみたい。
すぐ側を人が通った気配に、伊緒さんはぱっと口を離してしまう。
チッ…。
「おいしい」
にっこり笑ってそう言う伊緒さんを見ていると、とっても幸せな気分だ。
ぼくは辺りの人影を気にしながら、もうひとつオニオンリングを差し出すタイミングをはかっている。
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