伊緒さんのお嫁ご飯

三條すずしろ

文字の大きさ
上 下
5 / 72
第五椀

「レバーの唐揚げ」。敬遠していたレバーが、大好物になりました

しおりを挟む
食べものの好き嫌い、というのは少ない方だと思うのだけど、レバーはどうにも得意ではなかった。
肉ともホルモンともつかない不思議な食感で、噛めば噛むほどもっちゃりと口中の水分を奪われる感じが好きになれなかった。
しかも、調理がまずいと生臭さがツンと鼻に抜けて、もう食欲をなくしてしまう。
僕だけじゃなくて、レバーが苦手だという人は結構多いんじゃないかと思う。
でも・・・。

「わあ、今夜は鶏の唐揚げですか!」
目の前でまだじうじうと音を立てて、食欲をそそる香ばしい匂いを漂わせている揚げ物に、僕は思わず歓声をあげた。
何を隠そう、鶏の唐揚げは「僕の思うごちそうベスト5」には必ずランクインする大好物なのだ。
紙を敷いたお皿に揚げたての料理を盛りながら、伊緒さんがにっこり笑う。
「ふふふ。はんぶん正解!」
え、半分? と聞き返す僕に彼女はもう一度笑いかけ、
「さあ、アツアツをいただきましょう」
と、テーブルの真ん中にでん、とお皿を据えた。
二人同時にいただきます、と唱えてさっそく唐揚げを箸でつまむと、
「んむっ・・・?」
さくっと、次いでふわあっとした食感のすぐ後に、とっても濃厚な旨みが口いっぱいに広がった。
スパイシーなにんにくの香りとあいまって、肉汁を煮詰めたような強いコクが舌を喜ばせる。
「伊緒さん、これって」
「そ。レバーよ。鶏さんのね」
だから、さっきははんぶんだけ正解。
そう言って伊緒さんはにっこりと笑った。
レバーの唐揚げだなんて、思いもよらなかった。
水にさらして血抜きしたレバーを、醤油・みりん・酒・ショウガ・ニンニクに漬け込んでおき、片栗粉をたっぷりまぶしてカラリと揚げるのだという。
これは、おいしい!
とにかく口当たりがふんわりとしていて、僕が苦手に思っていたレバー特有の、粘りつくようなもったりした感じがまったくない。
それにスパイスに漬け込んでカラリと揚げているせいか、血生臭さや鼻につくようなクセもなくなっている。
かじりついたレバーの断面を見てみると、細かい気泡状の穴が無数にあいていた。
これのおかげでふんわりした食感になったのだろう。
「レモンしぼってもおいしいよ!」
伊緒さんが、すっと一方の手で壁を作りながら少しレモンをしぼってくれる。
そのまま、うりうり!とレモン汁を目にかけようとするのはお約束だ。ああ、もう可愛い。
さっぱりした酸味が味を引き締めてくれるのは鶏の唐揚げも同じだけど、このレバーの唐揚げにはことのほか合うようだ。
「このお料理はね、かつて南極探検に行った人の本に書いてあったの」
「へえ、南極料理人さんですか」
「そうなの。その本に載ってるお料理って、どれもみんなおいしそうなのよね」
伊緒さんが夢見心地のような顔で、うっとりと思いを馳せている。
南極探検で料理を担当する専門の人のことは、僕もきいたことがある。
海上自衛隊や海上保安庁、または一流ホテルのレストランなどから選抜された、調理のプロだ。
彼らは限られた食材を用いて、超低温という極限状態で調査にあたる隊員たちの栄養面での体調管理を一手に引き受けなくてはならない。
しかも、長期におよぶ南極生活において、生鮮食品を使えるのは最初期だけだ。
冷凍品や乾燥品、または現地の基地内で水耕栽培された野菜などを巧みに使って、栄養バランスと味わいを両立させなければならないのだ。
「レバーの唐揚げを南極で作ったかどうかはわからないのだけど、その人の本によるとレバーが嫌いな人でも食べられたって書いてあったの。だから、晃くんもきっと気に入ってくれるかなって思って」
そうか、伊緒さんは僕が苦手なものでもおいしく食べられるように工夫してくれたんだ。
しかも南極料理人の技まで使って・・・。
なにやら目頭が熱くなってしまう。
「すごくおいしいです。レバー、好きになりました」
僕はレバーの唐揚げをほおばりながら、またひとつ好物が増えたことを宣言した。
「そう、よかった」
伊緒さんがにっこり笑って、僕の小皿に唐揚げを取り分けてくれる。
ふいに、さっき絞ったレモンで、うりうり!と再び果汁攻撃をしかけてきた。お茶目なのだ、伊緒さんは。
でも今度はまともに目に入っても大丈夫だ。
嬉し泣きしても、ごまかすことができるから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

継母の心得

トール
恋愛
【本編第一部完結済、2023/10/1〜第二部スタート☆書籍化 4巻発売中☆ コミカライズ連載中、2024/08/23よりコミックシーモアにて先行販売開始】 ※継母というテーマですが、ドロドロではありません。ほっこり可愛いを中心に展開されるお話ですので、ドロドロが苦手の方にもお読みいただけます。 山崎 美咲(35)は、癌治療で子供の作れない身体となった。生涯独身だと諦めていたが、やはり子供は欲しかったとじわじわ後悔が募っていく。 治療の甲斐なくこの世を去った美咲が目を覚ますと、なんと生前読んでいたマンガの世界に転生していた。 不遇な幼少期を過ごした主人公が、ライバルである皇太子とヒロインを巡り争い、最後は見事ヒロインを射止めるというテンプレもののマンガ。その不遇な幼少期で主人公を虐待する悪辣な継母がまさかの私!? 前世の記憶を取り戻したのは、主人公の父親との結婚式前日だった! 突然3才児の母親になった主人公が、良い継母になれるよう子育てに奮闘していたら、いつの間にか父子に溺愛されて……。 オタクの知識を使って、子育て頑張ります!! 子育てに関する道具が揃っていない世界で、玩具や食器、子供用品を作り出していく、オタクが行う異世界育児ファンタジー開幕です! 番外編は10/7〜別ページに移動いたしました。

鎌倉古民家カフェ「かおりぎ」

水川サキ
ライト文芸
旧題」:かおりぎの庭~鎌倉薬膳カフェの出会い~ 【私にとって大切なものが、ここには満ちあふれている】 彼氏と別れて、会社が倒産。 不運に見舞われていた夏芽(なつめ)に、父親が見合いを勧めてきた。 夏芽は見合いをする前に彼が暮らしているというカフェにこっそり行ってどんな人か見てみることにしたのだが。 静かで、穏やかだけど、たしかに強い生彩を感じた。

女の子にされちゃう!?「……男の子やめる?」彼女は優しく撫でた。

広田こお
恋愛
少子解消のため日本は一夫多妻制に。が、若い女性が足りない……。独身男は女性化だ! 待て?僕、結婚相手いないけど、女の子にさせられてしまうの? 「安心して、いい夫なら離婚しないで、あ・げ・る。女の子になるのはイヤでしょ?」 国の決めた結婚相手となんとか結婚して女性化はなんとか免れた。どうなる僕の結婚生活。

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

でしたら私も愛人をつくります

杉本凪咲
恋愛
夫は愛人を作ると宣言した。 幼少期からされている、根も葉もない私の噂を信じたためであった。 噂は嘘だと否定するも、夫の意見は変わらず……

或るシングルマザーの憂鬱

ふうこジャスミン
ライト文芸
シングルマザーの小北紗季は、職場の変人メガネ男と恋愛関係に発展するのか…!? フッ…と笑える内容になっていると思いますので、お気軽に読んでいって下さい。

処理中です...