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第8章 消える伊都の梵鐘。最凶のあやかし"一ツ蹈鞴"の胎動
神籬(ひもろぎ)
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第2捕捉ポイントも同じように突破した一ツ蹈鞴に対し、オサカベさんは第3~5の捕獲網を1か所に集中させることを指示した。
その上で、さらに追加の捕獲網を東西両側から増援するよう要請し、結界を狭めると同時になりふり構わず一ツ蹈鞴を絡め取る構えを示す。
「僧兵さんらぁ、蹈鞴の足狙うんやで!え?跳ねた瞬間に鐘ん中引っ込む!?斜め下から撃ってみて!!」
ひっきりなしに入る無線連絡に、オサカベさんが叫ぶようにして応対している。
はるか前方で一際明るくなっている場所があり、おそらくそこが捕獲網を集中させた箇所なのだろう。
本当に第5ポイントまでが合流してきたのだとしたら、まさしく最終防衛ラインとなるはずだ。
真っ直ぐにのびる高速道の彼方で、光を嫌うかのように一層高く跳んだ影があった。
それはまさしく、大きな釣鐘そのものの形をしている。
次の瞬間、道路上空でカッと網目状の閃光が起こった。
それは電流をまとうかのように釣鐘型の影を絡め取り、一ツ蹈鞴は空中で動きを封じられた。
「――放て!」
無線機に向かってオサカベさんが命じた直後、道の両側から上空の釣鐘に向かって夥しい数の火線が殺到した。
先ほどとは比べものにならない銃撃音の大きさに、車中でありながらわたしは思わず耳を塞いだ。
オサカベさんは一ツ蹈鞴を捕らえた法具である、捕獲網の近くに車を急停止させた。
あたりにはライトに照らされてもうもうと白煙が立ち込めており、路肩では裏根来の僧兵たちが銃に次弾を装填しているところだった。
白煙の正体は火薬の燃焼によるもののようだ。
その証拠に、僧兵さんたちが携えている武器はなんと時代物の火縄銃だった。
これらも法具の一種なのかもしれない。
「……仕留めたんやろか」
そう、オサカベさんが呟いてガラス越しに見上げた直後――。
動物の断末魔を思わせるおぞましい叫び声が轟き、上空の釣鐘が激しく振動した。
縛めを解こうと暴れているのだ。
上下左右に釣鐘が震え、その下口から大量のどす黒い液体が飛び散った。
妖異の流す血は雨となって降り注ぎ、弾込めをしていた僧兵たちの火縄が次々に光を失っていく。
すると釣鐘はなお一層鳴動し、下口から一本の足が出現した。
「蹈鞴ァッ!!」
オサカベさんが車外へ飛び出し、脇のホルスターから取り出した拳銃を続けざまに発砲した。
が、めちゃくちゃに暴れる一ツ蹈鞴は着弾しても意に介さず、絡まっていた光の網が徐々に緩んでいってしまう。
さらに蹈鞴がその巨大な足をひと悶えさせると、釣鐘は空中へと投げ出された。
ズンッ、と路面を踏みしめたその妖異は、耳をつんざく金属音で長く長く咆哮した。
するとどうだろう。
先ほど火縄銃の火種を消しながら飛び散った大量の血がみるみるうちに凝集し、いくつもの細長い影へと形を変えていった。
その姿を目にして、わたしはおもわず口元を覆った。
ぬらりと怒張した禍々しい肉の塊は、一本の足だ。
が、その頂点には血走った大きな一つ目が赤々と灯り、直下には鮫のそれに似た鋭い牙をもつ口が、あたう限りの範囲に裂けている。
これが……、一ツ蹈鞴――。
何体も生み出されたそれらは、一斉に狙撃僧兵たちへと襲いかかった。
その乱戦のさなか、自由になった本体は鐘を被ったまま、思い切り弾みをつけてさっきとは逆の方向へと身を踊らせた。
東側から結界を狭めながら追ってきている、裏高野の兵団がいる方だ。
「くそっ!逃げるかぁっ!!」
オサカベさんが叫んで車に戻りかけたその時、新たに生み出された剥き出しの蹈鞴たちが、雄叫びを上げてこちらにも襲いかかってきた。
「あかりん!後ろへ!」
「下がっていて!」
そう叫んでわたしの肩から飛び下りた護法童子たちは、みる間に大型犬くらいの大きさへと姿を変じ、爪と牙で並み居る妖異を切り払った。
オサカベさんもさらに取り出した拳銃を両手に構え、直前まで引き付けた蹈鞴の目を撃ち抜いていった。
あの銃にも祈弾が使われているのか、撃たれた蹈鞴たちは黒い霧のようになって蒸発していく。
が、あまりにも数が多い。
獣の姿の2大精霊とオサカベさんは次々と蹈鞴を倒していくが、数に押されて徐々に道路の片側へと追い詰められていく。
わたしは、わたしは――。
いや、わたしも!
ずっとベルトに挟んで携えていた、清月師範の奥さんからもらった檜扇を強く握った。
この扇は本当に真心が届いたとき、きっとあなたの力になる――。
そう言って託してくれた、裏天野の法具。
あれからわたしは、下山した後も毎日毎日、清苑さんから習った技を反復していた。
使える、使えないではない。
今やらねば、いつやるのだ!
蹈鞴の一体が、オサカベさんの背後で牙を剥いた。
その瞬間、わたしは無意識にそこへと向けて走り込み、すれ違いざま横一文字に檜扇を振り抜いた。
「雑賀さん。あんたが習った居合、あの技の名前は―――」
別れ際に清苑さんが教えてくれた、無陣流居合術の一の太刀。
"天水"――!
横薙ぎにした檜扇は周囲に白い霧雨のような粒子をまとい、それは小太刀の長さで刃の姿をとっていた。
続けざまに、跳躍してきた蹈鞴を縦一文字に迎え打つ。
白い粒子の刀身はあやまたず妖異を切り裂き、先ほどの蹈鞴とともに無へと帰した。
「お見事……!」
2人の童子とオサカベさんが、声を揃えて称えてくれる。
が、切っても切っても妖異は次々に襲いかかってくる。やがて息があがり、足元がふらついてきた。檜扇の白い刃も徐々にその輝きを弱めているようだ。
狙撃僧兵たちも各所で格闘戦を展開しているが、数で勝る獰猛な蹈鞴たちに、いよいよ窮地に立たされている。
わたしもいつの間にか、必死で戦うオサカベさんや2大精霊たちから離れてしまい、道の端で数体の蹈鞴に囲まれつつあった。
限界を超えた挙動に意識が遠のきかけたその時、ぼやけた視界に西側から何台もの車の光が近づいてくるのが見えた。
ああ、そうだ。
特務文化遺産課の別動隊が、和歌山市方面から到着したんだ。
戦闘領域に踊り込んできた車から次々と増援の人々が降り立ち、戦列に加わってくれる。
よかった、これで……。
そう気が緩んだとき、足がもつれてその場に倒れ、檜扇を手放してしまった。
そんなわたしを認めて、周囲の蹈鞴たちがニタリと笑うかのように牙を剥いた。
跳躍して、一斉に飛びかかってくる。
ああ……。
わたし、死ぬんだ。
妖怪に食べられて――。
そう観念しかけた、その時。
風のように、一人の人が疾駆してきた。
ほんの刹那の間にわたしと蹈鞴たちとのあいだに滑り込んだその人は、手に持った榊の枝を横薙ぎに一閃した。
綺麗な弧を描いて振り抜かれたその軌跡は、襲いくるすべての妖異を両断していた。
「木剋土――"神籬"」
緋袴を翻して現れたその人に、わたしは今度こそ本気で恋をしそうだと思った。
きりりと結った長い黒髪をなびかせ、ゆっくりと私の方を振り向く。
ちょっと、もう。
かっこよすぎるよ、ユラさん。
その上で、さらに追加の捕獲網を東西両側から増援するよう要請し、結界を狭めると同時になりふり構わず一ツ蹈鞴を絡め取る構えを示す。
「僧兵さんらぁ、蹈鞴の足狙うんやで!え?跳ねた瞬間に鐘ん中引っ込む!?斜め下から撃ってみて!!」
ひっきりなしに入る無線連絡に、オサカベさんが叫ぶようにして応対している。
はるか前方で一際明るくなっている場所があり、おそらくそこが捕獲網を集中させた箇所なのだろう。
本当に第5ポイントまでが合流してきたのだとしたら、まさしく最終防衛ラインとなるはずだ。
真っ直ぐにのびる高速道の彼方で、光を嫌うかのように一層高く跳んだ影があった。
それはまさしく、大きな釣鐘そのものの形をしている。
次の瞬間、道路上空でカッと網目状の閃光が起こった。
それは電流をまとうかのように釣鐘型の影を絡め取り、一ツ蹈鞴は空中で動きを封じられた。
「――放て!」
無線機に向かってオサカベさんが命じた直後、道の両側から上空の釣鐘に向かって夥しい数の火線が殺到した。
先ほどとは比べものにならない銃撃音の大きさに、車中でありながらわたしは思わず耳を塞いだ。
オサカベさんは一ツ蹈鞴を捕らえた法具である、捕獲網の近くに車を急停止させた。
あたりにはライトに照らされてもうもうと白煙が立ち込めており、路肩では裏根来の僧兵たちが銃に次弾を装填しているところだった。
白煙の正体は火薬の燃焼によるもののようだ。
その証拠に、僧兵さんたちが携えている武器はなんと時代物の火縄銃だった。
これらも法具の一種なのかもしれない。
「……仕留めたんやろか」
そう、オサカベさんが呟いてガラス越しに見上げた直後――。
動物の断末魔を思わせるおぞましい叫び声が轟き、上空の釣鐘が激しく振動した。
縛めを解こうと暴れているのだ。
上下左右に釣鐘が震え、その下口から大量のどす黒い液体が飛び散った。
妖異の流す血は雨となって降り注ぎ、弾込めをしていた僧兵たちの火縄が次々に光を失っていく。
すると釣鐘はなお一層鳴動し、下口から一本の足が出現した。
「蹈鞴ァッ!!」
オサカベさんが車外へ飛び出し、脇のホルスターから取り出した拳銃を続けざまに発砲した。
が、めちゃくちゃに暴れる一ツ蹈鞴は着弾しても意に介さず、絡まっていた光の網が徐々に緩んでいってしまう。
さらに蹈鞴がその巨大な足をひと悶えさせると、釣鐘は空中へと投げ出された。
ズンッ、と路面を踏みしめたその妖異は、耳をつんざく金属音で長く長く咆哮した。
するとどうだろう。
先ほど火縄銃の火種を消しながら飛び散った大量の血がみるみるうちに凝集し、いくつもの細長い影へと形を変えていった。
その姿を目にして、わたしはおもわず口元を覆った。
ぬらりと怒張した禍々しい肉の塊は、一本の足だ。
が、その頂点には血走った大きな一つ目が赤々と灯り、直下には鮫のそれに似た鋭い牙をもつ口が、あたう限りの範囲に裂けている。
これが……、一ツ蹈鞴――。
何体も生み出されたそれらは、一斉に狙撃僧兵たちへと襲いかかった。
その乱戦のさなか、自由になった本体は鐘を被ったまま、思い切り弾みをつけてさっきとは逆の方向へと身を踊らせた。
東側から結界を狭めながら追ってきている、裏高野の兵団がいる方だ。
「くそっ!逃げるかぁっ!!」
オサカベさんが叫んで車に戻りかけたその時、新たに生み出された剥き出しの蹈鞴たちが、雄叫びを上げてこちらにも襲いかかってきた。
「あかりん!後ろへ!」
「下がっていて!」
そう叫んでわたしの肩から飛び下りた護法童子たちは、みる間に大型犬くらいの大きさへと姿を変じ、爪と牙で並み居る妖異を切り払った。
オサカベさんもさらに取り出した拳銃を両手に構え、直前まで引き付けた蹈鞴の目を撃ち抜いていった。
あの銃にも祈弾が使われているのか、撃たれた蹈鞴たちは黒い霧のようになって蒸発していく。
が、あまりにも数が多い。
獣の姿の2大精霊とオサカベさんは次々と蹈鞴を倒していくが、数に押されて徐々に道路の片側へと追い詰められていく。
わたしは、わたしは――。
いや、わたしも!
ずっとベルトに挟んで携えていた、清月師範の奥さんからもらった檜扇を強く握った。
この扇は本当に真心が届いたとき、きっとあなたの力になる――。
そう言って託してくれた、裏天野の法具。
あれからわたしは、下山した後も毎日毎日、清苑さんから習った技を反復していた。
使える、使えないではない。
今やらねば、いつやるのだ!
蹈鞴の一体が、オサカベさんの背後で牙を剥いた。
その瞬間、わたしは無意識にそこへと向けて走り込み、すれ違いざま横一文字に檜扇を振り抜いた。
「雑賀さん。あんたが習った居合、あの技の名前は―――」
別れ際に清苑さんが教えてくれた、無陣流居合術の一の太刀。
"天水"――!
横薙ぎにした檜扇は周囲に白い霧雨のような粒子をまとい、それは小太刀の長さで刃の姿をとっていた。
続けざまに、跳躍してきた蹈鞴を縦一文字に迎え打つ。
白い粒子の刀身はあやまたず妖異を切り裂き、先ほどの蹈鞴とともに無へと帰した。
「お見事……!」
2人の童子とオサカベさんが、声を揃えて称えてくれる。
が、切っても切っても妖異は次々に襲いかかってくる。やがて息があがり、足元がふらついてきた。檜扇の白い刃も徐々にその輝きを弱めているようだ。
狙撃僧兵たちも各所で格闘戦を展開しているが、数で勝る獰猛な蹈鞴たちに、いよいよ窮地に立たされている。
わたしもいつの間にか、必死で戦うオサカベさんや2大精霊たちから離れてしまい、道の端で数体の蹈鞴に囲まれつつあった。
限界を超えた挙動に意識が遠のきかけたその時、ぼやけた視界に西側から何台もの車の光が近づいてくるのが見えた。
ああ、そうだ。
特務文化遺産課の別動隊が、和歌山市方面から到着したんだ。
戦闘領域に踊り込んできた車から次々と増援の人々が降り立ち、戦列に加わってくれる。
よかった、これで……。
そう気が緩んだとき、足がもつれてその場に倒れ、檜扇を手放してしまった。
そんなわたしを認めて、周囲の蹈鞴たちがニタリと笑うかのように牙を剥いた。
跳躍して、一斉に飛びかかってくる。
ああ……。
わたし、死ぬんだ。
妖怪に食べられて――。
そう観念しかけた、その時。
風のように、一人の人が疾駆してきた。
ほんの刹那の間にわたしと蹈鞴たちとのあいだに滑り込んだその人は、手に持った榊の枝を横薙ぎに一閃した。
綺麗な弧を描いて振り抜かれたその軌跡は、襲いくるすべての妖異を両断していた。
「木剋土――"神籬"」
緋袴を翻して現れたその人に、わたしは今度こそ本気で恋をしそうだと思った。
きりりと結った長い黒髪をなびかせ、ゆっくりと私の方を振り向く。
ちょっと、もう。
かっこよすぎるよ、ユラさん。
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