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~元聖女の皇子と元黒竜の訳あり令嬢はまずは無難な婚約を目指すことにしました~
皇子の療養休暇 ⑰エピローグ:アルフォンソ
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呼び出しに応じたアルフォンソが通されたのは、前回の謁見の間ではなく、驚くべきことに、王宮の一番奥にある王の私室だった。
そう、文字通りの、本当の意味でのアルメニウス一世の私室に、だ。
アルフォンソが知る限り、王自身と彼が信を置く侍従以外、ほぼ誰も入ることを許されない、極めて個人的な用途に使われる部屋。
第二皇子であるアルフォンソさえ実際に入ったのは初めてだ。
魔鏡を通じて、何度か扉の隙間から垣間見たことはあったけれど。
王専属の侍従は、アルフォンソを案内してお茶を出すと、一礼して部屋から立ち去ってしまった。
どうやら、王が来るまではここで待っておくように、ということらしい。
ざっと見渡してみて、王宮内の一室とは思えないほどに飾り気のない部屋だと改めて驚く。
安全性に配慮してか、窓一つなく華美な装飾品もない。奥に小さな青い扉が見えるが、たぶん、あの向こうには、定期連絡用に使用していた魔鏡の対になる魔鏡や、王家所蔵の文献や魔道具などが置かれた『倉庫』があるのだろう。
家具と呼べそうなものは、今、アルフォンソが座っている座り心地のみを重視したような外見のイスとマホガニー製のバタフライテーブル。取り急ぎ用意した感が満載の、似たようなイスが向かい合わせにもう1脚。それから、部屋の片隅に無造作に据えられた、簡易ベッドにも使えそうな大きなソファー。
その殺風景な部屋の中で唯一、異彩を放っているもの。それは壁にかかった一枚の大きな絵だった。
ちょうどテーブルの真ん前の壁面に設置されたその絵には、一人の若い女性が描かれていた。
金色の波打つ髪に晴天の空のように青い瞳をした彼女は、春の庭らしき風景の中で、木漏れ日の下、ガーデンチェアに腰かけて、目の前にいる誰かに微笑みかけている。
何の銘も残されていないが、名のある画家の手による肖像画であることは間違いない。
穏やかで落ち着いているのに、どこかいたずらっぽく妖精めいた不思議な笑みを、描き手は見事に捉えていた。
これほどの名画ではなかったが、アルフォンソは彼女を描いた別の絵をいくつか見たことがある。幼少期から青年期の途中まで過ごしたカッツエル男爵の屋敷の中で。
たとえ何の説明を受けずとも、彼女が誰かは見る者すべてに明らかだろう。
目の色や髪の色を除いた顔立ちそのものは、男女の差はあれ、アルフォンソ自身に驚くほど似ていたから。
旧姓・フォスティーヌ・ルシール・カッツエル。
アルフォンソを産んで間もなく亡くなった、アルメニウス一世が自ら選んだ唯一の愛妾。
王宮の思いがけない場所で、思いがけなく目にした実母の肖像画。それはアルフォンソをひどく落ち着かない気持ちにさせた。
生まれつき身体が弱く、成人すら危ういと言われたフォスティーヌ。社交の場に出ることもほとんどなかった彼女が、一体どうやって王と出会い、その愛妾として娶られたのか?その経緯は、彼女の兄でアルフォンソの実質上の育ての親である叔父にとってさえ、いまだに謎だそうである。
アルフォンソ自身、王の口から直接、実母のことを聞いたことはない。
まさか、王の私室にこんな絵があるとは思ってもみなかった。
記憶にない母は、故郷から遠く離れた皇都で、何を考えながら、王とともに暮らし、その短い生を終えたのだろう?本当に彼女は幸せだったのだろうか?
この絵に描かれている少女のように?
『銀の聖女』の記憶を抱いて、この世で幾度も繰り返した生。
その時々の人生で、自分の肉親に関しては、あまり思い入れはなかったように思う。いや、あえて淡白な関係を築くようにしてきたのだ。はるか昔の悔恨と半ばあきらめた希望、そして自ら犯した罪を引きずって、どうせ長く生きることはないとわかっていたから。
けれど、今生、漸く、探し求めてきた存在に巡り合ってから、自分について考えるようになった。誰でもない、アルフォンソ・エイゼル・ゾーンとしての、今の自分そのものについて。
結局、自分は生き続けることに決めたのだ。たとえ、自分の存在がこの世界に災厄をもたらそうとも。
だからこそ、今生の両親について、兄、姉、弟について、自分に関わる全ての人々について、もっと考えなくてはならない気がした。
アルフォンソは、姉アマリアーナのル・ボウへの言葉を覚えていた。彼女は翼人族の長にはっきりと伝えたのだ。父たる皇王が『来るべき大いなる災厄に備えて魔族と共闘協定を望んでいる』と。
自分は、はるか昔の真実を誰にも告げたことはなかったのに。兄のように想うエクセルにさえ、すべてを打ち明けたことはなかったのに。
なぜか、シャル・ベルウエザー嬢の笑顔が脳裏に浮かんだ。その声が無性に聴きたくなった。
* * * * *
「随分、待たせてしまったようだな」
扉が開き、アルメニウス一世が現れたころには、カップのお茶はとうに冷えきっていた。
「茶話会ではご苦労だった。お前とお前の配下の協力のおかげで、皇都での『薬物騒ぎ』は片がついた。一部貴族による反逆も未然に防ぐことができた。心から礼を言う」
改めて侍従にお茶と軽食を用意させた後、しばしの人払いを命じた王は、アルフォンソの向かいに座ると、徐に口を開いた。
「アマリアーナとサリナス辺境伯の双方から礼状が届いておる。二人ともお前の皇籍からの除籍願いを快く受け入れるそうだ。アルバート第一皇子とアルサンド第三皇子の同意書はすでに提出されておる。重臣の中にはとやかく言う者もおろうが、直接的な王位継承権保持者すべてが同意した以上、誰にも文句は言わせぬ。これで、お前の王位継承権は正式に消滅することになる」
「願いを聞き入れていただき、ありがとうございます、陛下」
うむ、と頷いてから、皇王はアルフォンを怪訝そうに見つめた。
「なんだか、すっきりしないという顔だな。これで、ベルウエザー家が出した条件をクリアしたのだから、心置きなく、ベルウエザーに婿入りできるだろう?お前の希望通りに?」
「そうですね。その通りなんですが」
「ならば、もっと喜んだらどうだ?お前は皇国の皇子の地位を捨て、ただのアルフォンソとしてリーシャルーダ・ベルウエザー嬢と添い遂げたいのだろう?」
「喜ばしいとは思っております。しかし・・・」
アルフォンソは、目を伏せた。それから、思い切ったように顔を上げて、今までになく近距離で対面する王を見た。
「陛下はどこまでご存じだったのですか?辺境伯と魔族との関わりを?マルノザ帝国の陰謀についてもすべてご存じだったのではないのですか?」
一見いつもながらの無表情で問われた問。なのに、その瞳に強い疑念が宿っているのを感じ取って、アルメニウス一世は、常に浮かべている鷹揚な笑みを消した。
「私とて、すべてを知っていたわけではない。王として当然知りえる情報から推測したに過ぎぬ。先ほども申したように、結果的にすべてがうまくいったのは、お前たちのおかげだ。アマリアーナの執念の勝利とも言えるな。翼人族は、現存する魔族の中で最も大きな影響力を持つ一族。国内の反対勢力とマルノザ帝国の手の者を一掃すると同時に、彼らと同盟を結べたのは、大きな一歩であった。この世界を救うための」
「陛下は、『来るべき厄災』という言葉を使われました。いったい、あなたは、この先に訪れるかもしれない試練について、何をご存じなのですか?」
目の前の男は、伝説に隠された『勇者の一行』のその後の運命を、はたして、どれくらい知っているのだろうか?
王家の血脈に現れる『黒き救い主』の正体に気がついているのだろうか?
「勇者が封じた『闇の扉』が、あと2年ほどで開くのだろう?だから、闇と戦うための力が必要なのだ。『黒き救い主』に頼るのではなく、この地に住む我々自身の手で、今度こそこの地に真の平和をもたらすために」
無表情の下で思い悩んでいるアルフォンソを見据えて、王が言った。
「この世界の存亡は、この世界に生きる者すべてが担うべき事柄だ。ただ一人の犠牲の上で成り立つべきではないし、その必要もない。この世界を守るために必要なのは、一人の勇者でも、救い主でもない。大切なのは、全ての民人がなすべきことを、一団となって、それぞれの責任をもって果たすことだ」
「『黒き救い主』としての役割は放棄してもいいのだと、『銀の聖女』の罪は償わなくてもいいとのだと、王自らがおっしゃるのですか?」
信じられぬとばかりに尋ねるアルフォンソに、王は頷いてみせた。
「『銀の聖女』の罪など私は知らぬ。問おうとも思わぬ。そもそも『銀の聖女』がいなければ、勇者とて、闇を封じることはできなかったのだろう?彼らは少なくとも世界を一度は救った。世界を救えなかった者たちに、救った者を責める資格はない」
強く断言すると、アルメニウス一世は、言葉を切って息子を見つめた。それから、その実母の肖像に目をやって、ほんのかすかにほほ笑んだ。
「お前は生きることに決めたのだろう、アルフォンソ?共に生きたい人を見つけたのだろう?ならば、私は父として、できる限りのことをしよう」
しばしの沈黙の末、アルフォンソは何とか声を絞り出した。
「ずっと、陛下には疎まれていると思っていました。私を産んだせいで母上が亡くなったから」
「お前の母は、身体は弱かったが、心は誰よりも強かった。たいした女性だったよ、フォスティーヌは。どんなに反対しても、彼女はお前をあきらめはしなかった。絶対に『良き思い出』になどならないと言って、お前を残してくれたんだ。確かに、彼女は私にとって単なる幸せな思い出ではない。今なお、フォスティーヌは私の唯一愛する女性だ」
アルフォンソが初めて目にする、穏やかな、愛し気な父の顔。
アルメニウス一世はただ目を見開いて己を見つめる息子に優しく言った。
「アルフォンソ、お前が何であれ、お前が私たちの息子であることは変わらない。フォスティーヌは、お前の母は、誰よりもお前の幸せを願っていたよ」
いきなり、緑の扉の向こうから、鈴の音のような音が響いた。
「おや、さっそく、魔鏡が使用されたようだな」
アルメニウス一世が肩の力を抜いて呟いた。
「魔鏡・・・?」
まだぼんやりした様子のアルフォンソにふだん通りの口調で答える。
「ああ。壊れたものの代わりに新たに最新式の魔鏡を一対作らせた。一つはあちらの部屋にある。もう一つは、直接、ベルウエザー嬢のところに届けるよう手配しておいた」
「シャル嬢に、ですか?」
「そうだ。少し早いが、私からの婚約祝いだ。久々に互いの顔を見ながら話すがいい」
アルフォンソは弾かれたように立ち上がると、鈴の音が漏れ聞こえるドアに足早に向かう。が、ドアに手をかけてから、急に躊躇うように振り返った。
「行くがいい。遠慮はいらぬ。吉報を早く伝えてやれ」
「ありがとうございます・・・父上」
笑わない黒の皇子と称される彼らの息子。その彼が、恋する若者らしく頬を染め、もどかし気に部屋に駆け込んで扉を閉めるのを、アルメニウス一世は、満足げに笑みを浮かべて見送った。
アマリアーナが届けてくれた、実母の面影そのものの女装姿の息子の映し絵を、この部屋に飾るのは、さすがにちょっと悪趣味だろうか、などと、密かに考えながら。
~ THE END ~ とりあえず、今のところは・・・
※ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
話自体は、まだまだ続きます。設定そのものも頭の中にあります。描いていて楽しかったので、できれば、そのうち、この先も描ければと思っています。少しでも、感想あるいは評価がいただければ嬉しいです。
そう、文字通りの、本当の意味でのアルメニウス一世の私室に、だ。
アルフォンソが知る限り、王自身と彼が信を置く侍従以外、ほぼ誰も入ることを許されない、極めて個人的な用途に使われる部屋。
第二皇子であるアルフォンソさえ実際に入ったのは初めてだ。
魔鏡を通じて、何度か扉の隙間から垣間見たことはあったけれど。
王専属の侍従は、アルフォンソを案内してお茶を出すと、一礼して部屋から立ち去ってしまった。
どうやら、王が来るまではここで待っておくように、ということらしい。
ざっと見渡してみて、王宮内の一室とは思えないほどに飾り気のない部屋だと改めて驚く。
安全性に配慮してか、窓一つなく華美な装飾品もない。奥に小さな青い扉が見えるが、たぶん、あの向こうには、定期連絡用に使用していた魔鏡の対になる魔鏡や、王家所蔵の文献や魔道具などが置かれた『倉庫』があるのだろう。
家具と呼べそうなものは、今、アルフォンソが座っている座り心地のみを重視したような外見のイスとマホガニー製のバタフライテーブル。取り急ぎ用意した感が満載の、似たようなイスが向かい合わせにもう1脚。それから、部屋の片隅に無造作に据えられた、簡易ベッドにも使えそうな大きなソファー。
その殺風景な部屋の中で唯一、異彩を放っているもの。それは壁にかかった一枚の大きな絵だった。
ちょうどテーブルの真ん前の壁面に設置されたその絵には、一人の若い女性が描かれていた。
金色の波打つ髪に晴天の空のように青い瞳をした彼女は、春の庭らしき風景の中で、木漏れ日の下、ガーデンチェアに腰かけて、目の前にいる誰かに微笑みかけている。
何の銘も残されていないが、名のある画家の手による肖像画であることは間違いない。
穏やかで落ち着いているのに、どこかいたずらっぽく妖精めいた不思議な笑みを、描き手は見事に捉えていた。
これほどの名画ではなかったが、アルフォンソは彼女を描いた別の絵をいくつか見たことがある。幼少期から青年期の途中まで過ごしたカッツエル男爵の屋敷の中で。
たとえ何の説明を受けずとも、彼女が誰かは見る者すべてに明らかだろう。
目の色や髪の色を除いた顔立ちそのものは、男女の差はあれ、アルフォンソ自身に驚くほど似ていたから。
旧姓・フォスティーヌ・ルシール・カッツエル。
アルフォンソを産んで間もなく亡くなった、アルメニウス一世が自ら選んだ唯一の愛妾。
王宮の思いがけない場所で、思いがけなく目にした実母の肖像画。それはアルフォンソをひどく落ち着かない気持ちにさせた。
生まれつき身体が弱く、成人すら危ういと言われたフォスティーヌ。社交の場に出ることもほとんどなかった彼女が、一体どうやって王と出会い、その愛妾として娶られたのか?その経緯は、彼女の兄でアルフォンソの実質上の育ての親である叔父にとってさえ、いまだに謎だそうである。
アルフォンソ自身、王の口から直接、実母のことを聞いたことはない。
まさか、王の私室にこんな絵があるとは思ってもみなかった。
記憶にない母は、故郷から遠く離れた皇都で、何を考えながら、王とともに暮らし、その短い生を終えたのだろう?本当に彼女は幸せだったのだろうか?
この絵に描かれている少女のように?
『銀の聖女』の記憶を抱いて、この世で幾度も繰り返した生。
その時々の人生で、自分の肉親に関しては、あまり思い入れはなかったように思う。いや、あえて淡白な関係を築くようにしてきたのだ。はるか昔の悔恨と半ばあきらめた希望、そして自ら犯した罪を引きずって、どうせ長く生きることはないとわかっていたから。
けれど、今生、漸く、探し求めてきた存在に巡り合ってから、自分について考えるようになった。誰でもない、アルフォンソ・エイゼル・ゾーンとしての、今の自分そのものについて。
結局、自分は生き続けることに決めたのだ。たとえ、自分の存在がこの世界に災厄をもたらそうとも。
だからこそ、今生の両親について、兄、姉、弟について、自分に関わる全ての人々について、もっと考えなくてはならない気がした。
アルフォンソは、姉アマリアーナのル・ボウへの言葉を覚えていた。彼女は翼人族の長にはっきりと伝えたのだ。父たる皇王が『来るべき大いなる災厄に備えて魔族と共闘協定を望んでいる』と。
自分は、はるか昔の真実を誰にも告げたことはなかったのに。兄のように想うエクセルにさえ、すべてを打ち明けたことはなかったのに。
なぜか、シャル・ベルウエザー嬢の笑顔が脳裏に浮かんだ。その声が無性に聴きたくなった。
* * * * *
「随分、待たせてしまったようだな」
扉が開き、アルメニウス一世が現れたころには、カップのお茶はとうに冷えきっていた。
「茶話会ではご苦労だった。お前とお前の配下の協力のおかげで、皇都での『薬物騒ぎ』は片がついた。一部貴族による反逆も未然に防ぐことができた。心から礼を言う」
改めて侍従にお茶と軽食を用意させた後、しばしの人払いを命じた王は、アルフォンソの向かいに座ると、徐に口を開いた。
「アマリアーナとサリナス辺境伯の双方から礼状が届いておる。二人ともお前の皇籍からの除籍願いを快く受け入れるそうだ。アルバート第一皇子とアルサンド第三皇子の同意書はすでに提出されておる。重臣の中にはとやかく言う者もおろうが、直接的な王位継承権保持者すべてが同意した以上、誰にも文句は言わせぬ。これで、お前の王位継承権は正式に消滅することになる」
「願いを聞き入れていただき、ありがとうございます、陛下」
うむ、と頷いてから、皇王はアルフォンを怪訝そうに見つめた。
「なんだか、すっきりしないという顔だな。これで、ベルウエザー家が出した条件をクリアしたのだから、心置きなく、ベルウエザーに婿入りできるだろう?お前の希望通りに?」
「そうですね。その通りなんですが」
「ならば、もっと喜んだらどうだ?お前は皇国の皇子の地位を捨て、ただのアルフォンソとしてリーシャルーダ・ベルウエザー嬢と添い遂げたいのだろう?」
「喜ばしいとは思っております。しかし・・・」
アルフォンソは、目を伏せた。それから、思い切ったように顔を上げて、今までになく近距離で対面する王を見た。
「陛下はどこまでご存じだったのですか?辺境伯と魔族との関わりを?マルノザ帝国の陰謀についてもすべてご存じだったのではないのですか?」
一見いつもながらの無表情で問われた問。なのに、その瞳に強い疑念が宿っているのを感じ取って、アルメニウス一世は、常に浮かべている鷹揚な笑みを消した。
「私とて、すべてを知っていたわけではない。王として当然知りえる情報から推測したに過ぎぬ。先ほども申したように、結果的にすべてがうまくいったのは、お前たちのおかげだ。アマリアーナの執念の勝利とも言えるな。翼人族は、現存する魔族の中で最も大きな影響力を持つ一族。国内の反対勢力とマルノザ帝国の手の者を一掃すると同時に、彼らと同盟を結べたのは、大きな一歩であった。この世界を救うための」
「陛下は、『来るべき厄災』という言葉を使われました。いったい、あなたは、この先に訪れるかもしれない試練について、何をご存じなのですか?」
目の前の男は、伝説に隠された『勇者の一行』のその後の運命を、はたして、どれくらい知っているのだろうか?
王家の血脈に現れる『黒き救い主』の正体に気がついているのだろうか?
「勇者が封じた『闇の扉』が、あと2年ほどで開くのだろう?だから、闇と戦うための力が必要なのだ。『黒き救い主』に頼るのではなく、この地に住む我々自身の手で、今度こそこの地に真の平和をもたらすために」
無表情の下で思い悩んでいるアルフォンソを見据えて、王が言った。
「この世界の存亡は、この世界に生きる者すべてが担うべき事柄だ。ただ一人の犠牲の上で成り立つべきではないし、その必要もない。この世界を守るために必要なのは、一人の勇者でも、救い主でもない。大切なのは、全ての民人がなすべきことを、一団となって、それぞれの責任をもって果たすことだ」
「『黒き救い主』としての役割は放棄してもいいのだと、『銀の聖女』の罪は償わなくてもいいとのだと、王自らがおっしゃるのですか?」
信じられぬとばかりに尋ねるアルフォンソに、王は頷いてみせた。
「『銀の聖女』の罪など私は知らぬ。問おうとも思わぬ。そもそも『銀の聖女』がいなければ、勇者とて、闇を封じることはできなかったのだろう?彼らは少なくとも世界を一度は救った。世界を救えなかった者たちに、救った者を責める資格はない」
強く断言すると、アルメニウス一世は、言葉を切って息子を見つめた。それから、その実母の肖像に目をやって、ほんのかすかにほほ笑んだ。
「お前は生きることに決めたのだろう、アルフォンソ?共に生きたい人を見つけたのだろう?ならば、私は父として、できる限りのことをしよう」
しばしの沈黙の末、アルフォンソは何とか声を絞り出した。
「ずっと、陛下には疎まれていると思っていました。私を産んだせいで母上が亡くなったから」
「お前の母は、身体は弱かったが、心は誰よりも強かった。たいした女性だったよ、フォスティーヌは。どんなに反対しても、彼女はお前をあきらめはしなかった。絶対に『良き思い出』になどならないと言って、お前を残してくれたんだ。確かに、彼女は私にとって単なる幸せな思い出ではない。今なお、フォスティーヌは私の唯一愛する女性だ」
アルフォンソが初めて目にする、穏やかな、愛し気な父の顔。
アルメニウス一世はただ目を見開いて己を見つめる息子に優しく言った。
「アルフォンソ、お前が何であれ、お前が私たちの息子であることは変わらない。フォスティーヌは、お前の母は、誰よりもお前の幸せを願っていたよ」
いきなり、緑の扉の向こうから、鈴の音のような音が響いた。
「おや、さっそく、魔鏡が使用されたようだな」
アルメニウス一世が肩の力を抜いて呟いた。
「魔鏡・・・?」
まだぼんやりした様子のアルフォンソにふだん通りの口調で答える。
「ああ。壊れたものの代わりに新たに最新式の魔鏡を一対作らせた。一つはあちらの部屋にある。もう一つは、直接、ベルウエザー嬢のところに届けるよう手配しておいた」
「シャル嬢に、ですか?」
「そうだ。少し早いが、私からの婚約祝いだ。久々に互いの顔を見ながら話すがいい」
アルフォンソは弾かれたように立ち上がると、鈴の音が漏れ聞こえるドアに足早に向かう。が、ドアに手をかけてから、急に躊躇うように振り返った。
「行くがいい。遠慮はいらぬ。吉報を早く伝えてやれ」
「ありがとうございます・・・父上」
笑わない黒の皇子と称される彼らの息子。その彼が、恋する若者らしく頬を染め、もどかし気に部屋に駆け込んで扉を閉めるのを、アルメニウス一世は、満足げに笑みを浮かべて見送った。
アマリアーナが届けてくれた、実母の面影そのものの女装姿の息子の映し絵を、この部屋に飾るのは、さすがにちょっと悪趣味だろうか、などと、密かに考えながら。
~ THE END ~ とりあえず、今のところは・・・
※ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
話自体は、まだまだ続きます。設定そのものも頭の中にあります。描いていて楽しかったので、できれば、そのうち、この先も描ければと思っています。少しでも、感想あるいは評価がいただければ嬉しいです。
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