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~元聖女の皇子と元黒竜の訳あり令嬢はまずは無難な婚約を目指すことにしました~
シャルの手作りの贈り物 ⑧贈り物
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私からの初めての手作りの贈り物、アルフォンソ様は、喜んでくれるかしら?
シャルは父の後ろ姿をぼんやりと見上げながら、想いに耽っていた。
ありがとうって言ってくれるかしら?伏目がちに恥ずかしそうに、ちょっと頬を染めながら。
私にだけ見せてくれる、かわいらしい笑顔で。
あの『笑わない黒の皇子』、文武両道に秀でた麗しい帝国の第二皇子を『かわいい』と評する令嬢は、というより人間は、世界広しと言えども、シャルくらいだろう。シャルのそんな一般的でない感覚は、前世の黒竜の感覚を今生でも強く引きずっているのかもしれない。
愛しい皇子のことで頭がいっぱいだったシャルは、背後からこっそりと忍び寄る存在に全く気付いていなかった。
ザザッ!
何かの気配にはっとしたときには、もう遅かった。
すぐ目の前で大きな紅い嘴ががばっと広がった。
襲いくる巨大な炎喰鳥に、シャルは大きく悲鳴を上げた。
逃げようとして、何かに躓き、しりもちをつく。粘液を滴らせた長い舌が赤い嘴から伸び、シャルの前髪を掠めた。身を捩って攻撃をかわし、なんとか立ち上がろうとした時、肩からずり落ちた十字弓まがいに手が触れた。
反射的にその本体を棒のように掴んで、そのまま、目の前に突き出して、魔物の攻撃を防ぐ。
なおも、襲いくる魔物の頭に、シャルは、それを思いっきり叩きつけた。
炎喰鳥は、顔半分を占める赤い嘴に、名の由来になった炎のような真っ赤な舌が特徴的な、二本足で移動する鳥に似た凶暴な魔物だ。時には狩場に迷い込んできた幼子を襲うこともある肉食獣だ。現存する数はごくわずかで、通常はもっと乾燥した地域でしか見ることはできない。この個体がなぜこんなところに居たのかは定かではないが、おそらく、異常気象のせいで、獲物を求めてさまよってきたのだろう。
本来、彼らは、大人を襲うことはない。シャルを襲った個体は余程飢えていたのか、それとも、シャルがよほど弱そうな手軽な獲物に見えたのか。
魔物にとって不幸だったのは、獲物が見かけ通りの弱者ではなかったこと。それから、突然の出来事に、シャルには手加減するだけの余裕が全くなかったことだ。
シャルの一撃をまともに受けた頭部は、見事に跡形もなく、はじけ飛んだ。
魔物は、たぶん、自分が致命傷を受けたことにも、突然の死が訪れたことにも気がつけなかっただろう。
それは、頭部の失せた場所から血を噴き出しながら、よろよろと数歩後ずさってから、どさりと横向きに倒れた。
呆然と座り込むシャル。
そのすぐ傍らには、まだかすかに痙攣している首無しの巨大な死体。
高所から飛び降りたクレインが焦って駆けつけた時には、すべてが終わっていた。
「見事な一撃だったぞ、シャル」
「私、別に殺すつもりはなかったんです」
感嘆する父に、シャルは泣きそうな顔で言った。
「どうしましょう?これって保護獣でしたよね?」
「最初に襲ってきたのはあっちだ。殺ってしまったものは仕方ない。そいつの自業自得だ」
クレインはまだぴくぴくしている魔物の身体にかがみこんだ。
「こりゃ、オスだな。2メートルはありそうだ。こいつの肉は、魔物肉の中でも極上だぞ。これだけあれば、食いでがある。それに、知ってるか?こいつからは、炎属性の良質の魔石が採れる」
「炎属性の魔石?」
思わず聞き返したシャルに、クレインはニヤリと笑った。
「よかったな。これで、二つの属性を持つ魔道具が作れる。そうだな、水属性と炎属性の一対の腕輪なんかどうだ?お前のと同じデザインで?」
「腕輪?おそろいの?」
いいかもしれない、と呟くシャル。
その姿をじっと見て、クレインは言った。
「でも、まず、その姿を何とかした方がいい。体液だらけだ。母上には絶対見せられない姿だぞ」
自分のひどい有様に気づいて、シャルが固まってしまう。せっかく作ってもらった十字弓まがいにひびが入っているのも目に入る。ちなみに肩にかけていた紐も引きちぎれている。
「父上、ごめんなさい。せっかく作っていただいた狩猟具が・・・」
「そいつなら、また作ってやるから気にするな」
クレインは、自分の上着を脱ぐと、華奢な肩にそっとかけてやる。娘の身体全体が見えないようにすっぽりと覆うように。
「すぐに術師を連れてくる。清拭の術か何かできれいにしてもらおう」
一言いい置くと、クレインは全力で皆がいる方へと駆け出した。
妻にこの件を正直に報告すべきか、おおいに頭を悩ませながら。
* * * * *
帰宅後、結局、クレインは全てを正直にマリーナに報告した。
クレインが娘を危ない目に遭わせたことで、マリーナにこっぴどく怒られたのは言うまでもない。
申し訳なさそうなシャルには、ま、やってしまったことは、仕方ないわね、とマリーナは夫と同じ意見を述べた。
シャルが、父の提案を参考に、取り寄せたパーツを使って両親に手伝ってもらいながら作り上げた、それぞれに水と炎の属性をもつ一対の防具。最終的には、そのできは、マリーナさえ認める『かなりのもの』になったのだった。
* * * * *
狩りから一週間後。
皇国へ出かける途中でベルウエザー家に立ち寄った際、シャルから『手作りの腕輪』を託されたエレノア嬢の表情は、微妙なものだった。
「自分で狩った魔物の魔石をはめ込んだ、ですって?確かに・・・唯一無二の手作りって・・・言えなくもないですわね」
令嬢は、あきれたような、感心したような、ため息を一つ。
「まあ、独創的な贈り物ね、あなたらしくて。あの皇子殿下だったら、喜んで受け取られるでしょうよ」
かくして、シャルは、彼女なりの手作りの贈り物をアルフォンソ皇子に贈ることができて、大いに満足したのであった。
~ END ~
〇とりあえず、<シャル編>の話は終わりです。で、次からは、これに続く、皇子側のエピソード<皇子編>を描きます。少しでも楽しんでいただけたなら、評価してもらえたら、超うれしいです。
シャルは父の後ろ姿をぼんやりと見上げながら、想いに耽っていた。
ありがとうって言ってくれるかしら?伏目がちに恥ずかしそうに、ちょっと頬を染めながら。
私にだけ見せてくれる、かわいらしい笑顔で。
あの『笑わない黒の皇子』、文武両道に秀でた麗しい帝国の第二皇子を『かわいい』と評する令嬢は、というより人間は、世界広しと言えども、シャルくらいだろう。シャルのそんな一般的でない感覚は、前世の黒竜の感覚を今生でも強く引きずっているのかもしれない。
愛しい皇子のことで頭がいっぱいだったシャルは、背後からこっそりと忍び寄る存在に全く気付いていなかった。
ザザッ!
何かの気配にはっとしたときには、もう遅かった。
すぐ目の前で大きな紅い嘴ががばっと広がった。
襲いくる巨大な炎喰鳥に、シャルは大きく悲鳴を上げた。
逃げようとして、何かに躓き、しりもちをつく。粘液を滴らせた長い舌が赤い嘴から伸び、シャルの前髪を掠めた。身を捩って攻撃をかわし、なんとか立ち上がろうとした時、肩からずり落ちた十字弓まがいに手が触れた。
反射的にその本体を棒のように掴んで、そのまま、目の前に突き出して、魔物の攻撃を防ぐ。
なおも、襲いくる魔物の頭に、シャルは、それを思いっきり叩きつけた。
炎喰鳥は、顔半分を占める赤い嘴に、名の由来になった炎のような真っ赤な舌が特徴的な、二本足で移動する鳥に似た凶暴な魔物だ。時には狩場に迷い込んできた幼子を襲うこともある肉食獣だ。現存する数はごくわずかで、通常はもっと乾燥した地域でしか見ることはできない。この個体がなぜこんなところに居たのかは定かではないが、おそらく、異常気象のせいで、獲物を求めてさまよってきたのだろう。
本来、彼らは、大人を襲うことはない。シャルを襲った個体は余程飢えていたのか、それとも、シャルがよほど弱そうな手軽な獲物に見えたのか。
魔物にとって不幸だったのは、獲物が見かけ通りの弱者ではなかったこと。それから、突然の出来事に、シャルには手加減するだけの余裕が全くなかったことだ。
シャルの一撃をまともに受けた頭部は、見事に跡形もなく、はじけ飛んだ。
魔物は、たぶん、自分が致命傷を受けたことにも、突然の死が訪れたことにも気がつけなかっただろう。
それは、頭部の失せた場所から血を噴き出しながら、よろよろと数歩後ずさってから、どさりと横向きに倒れた。
呆然と座り込むシャル。
そのすぐ傍らには、まだかすかに痙攣している首無しの巨大な死体。
高所から飛び降りたクレインが焦って駆けつけた時には、すべてが終わっていた。
「見事な一撃だったぞ、シャル」
「私、別に殺すつもりはなかったんです」
感嘆する父に、シャルは泣きそうな顔で言った。
「どうしましょう?これって保護獣でしたよね?」
「最初に襲ってきたのはあっちだ。殺ってしまったものは仕方ない。そいつの自業自得だ」
クレインはまだぴくぴくしている魔物の身体にかがみこんだ。
「こりゃ、オスだな。2メートルはありそうだ。こいつの肉は、魔物肉の中でも極上だぞ。これだけあれば、食いでがある。それに、知ってるか?こいつからは、炎属性の良質の魔石が採れる」
「炎属性の魔石?」
思わず聞き返したシャルに、クレインはニヤリと笑った。
「よかったな。これで、二つの属性を持つ魔道具が作れる。そうだな、水属性と炎属性の一対の腕輪なんかどうだ?お前のと同じデザインで?」
「腕輪?おそろいの?」
いいかもしれない、と呟くシャル。
その姿をじっと見て、クレインは言った。
「でも、まず、その姿を何とかした方がいい。体液だらけだ。母上には絶対見せられない姿だぞ」
自分のひどい有様に気づいて、シャルが固まってしまう。せっかく作ってもらった十字弓まがいにひびが入っているのも目に入る。ちなみに肩にかけていた紐も引きちぎれている。
「父上、ごめんなさい。せっかく作っていただいた狩猟具が・・・」
「そいつなら、また作ってやるから気にするな」
クレインは、自分の上着を脱ぐと、華奢な肩にそっとかけてやる。娘の身体全体が見えないようにすっぽりと覆うように。
「すぐに術師を連れてくる。清拭の術か何かできれいにしてもらおう」
一言いい置くと、クレインは全力で皆がいる方へと駆け出した。
妻にこの件を正直に報告すべきか、おおいに頭を悩ませながら。
* * * * *
帰宅後、結局、クレインは全てを正直にマリーナに報告した。
クレインが娘を危ない目に遭わせたことで、マリーナにこっぴどく怒られたのは言うまでもない。
申し訳なさそうなシャルには、ま、やってしまったことは、仕方ないわね、とマリーナは夫と同じ意見を述べた。
シャルが、父の提案を参考に、取り寄せたパーツを使って両親に手伝ってもらいながら作り上げた、それぞれに水と炎の属性をもつ一対の防具。最終的には、そのできは、マリーナさえ認める『かなりのもの』になったのだった。
* * * * *
狩りから一週間後。
皇国へ出かける途中でベルウエザー家に立ち寄った際、シャルから『手作りの腕輪』を託されたエレノア嬢の表情は、微妙なものだった。
「自分で狩った魔物の魔石をはめ込んだ、ですって?確かに・・・唯一無二の手作りって・・・言えなくもないですわね」
令嬢は、あきれたような、感心したような、ため息を一つ。
「まあ、独創的な贈り物ね、あなたらしくて。あの皇子殿下だったら、喜んで受け取られるでしょうよ」
かくして、シャルは、彼女なりの手作りの贈り物をアルフォンソ皇子に贈ることができて、大いに満足したのであった。
~ END ~
〇とりあえず、<シャル編>の話は終わりです。で、次からは、これに続く、皇子側のエピソード<皇子編>を描きます。少しでも楽しんでいただけたなら、評価してもらえたら、超うれしいです。
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