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29. 戦いの終わり

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 結界が破れてしばし後・・・
  マリーナが呼びよせた雨雲で、なんとか燃え広がる炎を消し止めることはできたものの、月明かりにぼんやり照らしだされた光景は、予想以上にひどいものだった。
 旧教会は、今度こそ完全な廃墟となり、建物と言うより、ほぼ、焼け焦げた黒い骨組みの塊になり果てていた。

 マリーナが放った照明術ライトニングの明りで周囲を、足元を、照らだしながら、漂う煙を吸い込まぬよう口元を袖で覆い、エクセルとクレインはかつて礼拝堂があったあたりに慎重に足を踏み入れた。

「アルフォンソ!アル、どこだ?」

「シャル、いるなら返事をしろ!」

 呼びかけてみても、何の返事もない。生き物の気配すら感じられない。
 黒ずんだ残滓を空に散らす夜風がいやに耳につく。
 あたり一面には、落下した屋根の破片、壁や床であったものの残骸が燻ぶる瓦礫となって、散乱していた
 タンパク質の焦げる嫌な臭いに、二人が立ち止まって顔を見合わせたその時・・・

 ぼこりと瓦礫の一か所が盛り上がったかと思うと、飛び散った。
 その中からよろよろと現れた全身泥まみれの人影。

「アルフォンソ!」

 駆け寄るエクセルの目には、アルフォンソが安堵の息を吐いたのがわかった。
 ぐっしょりと濡れ、泥水を滴らせて立つアルフォンソは、ぐったりとしたシャルを抱え込むようにして抱きしめていた。

「シャル!」

 クレインとマリーナも、すぐに駆けつける。

「彼女を、頼む」

 エクセルがアルフォンソの腕から意識のない華奢な身体を受け取って抱えなおそうとした。が、すぐに横合いから伸びてきたクレインの骨太い手が娘の身体を奪い取った。マリーナがかがみこんで娘の鼓動を確認し、脈を測る。

「大丈夫。気絶してるだけよ」

 マリーナの言葉に安心したのか、アルフォンソが急によろけて片膝をついた。

「アル、お前、怪我したのか?」

 その左腕が力なく垂れさがったのに気づいて、エクセルが血相を変えた。
 慌てて二の腕を掴むと、ぬるりとした感触がする。アルフォンソが、喉の奥で小さくうめき声を上げた。

「ドジを踏んだ。肩をやられた」

 照明ライティングに照らし出された肩口は大きく切り裂かれ、流れ落ちた血が幾重にも腕を伝って地面に滴り落ちていた。

 娘の介抱に余念がないベルウエザー夫妻に助けを求めようとしたエクセルを、アルフォンソが首を振って引き留めた。
 血の気が失せた顔でエクセルにだけに聞こえるよう告げる。

「あれは、あの刃は、姿は変わっていたが、穢れなきものプレスティーナだった」

穢れなきものプレスティーナ?まさか、あの勇者の剣が?」

 思いがけず、はるか昔なじんだ剣の名にエクセルは耳を疑った。

「ああ。あれはあの黒く染まった刃だった・・・だからかな・・・どうしても、血が止まらない」

 流れ続ける血に、その顔がますます色を失っていく。

 アルフォンソは苦痛に顔をゆがめて、エクセルに寄り掛かるようにして何とか身体を支えた。

「アル、しっかりしろ!」

 急速に力を失っていくアルフォンソ。
 その胸元から、黒いうろこのようなものがぽろぽろと剥がれ落ちた。

* * * * *

 本棟の焼け跡から、なんとか探し出した『魔鏡』。
 ブーマ王宮へと密かに運び込まれたその魔道具は、枠が焦げ、その中心の鏡にはいくつかひびが入っていたが、なんとか本来の目的に使用することは可能だった。
 ずっと定期連絡を待ち受けていたらしい王に、エクセルがアルフォンソに代わり、状況を一通り説明する。

「現場はほぼ全焼しており、どうにか確認できた死体が数体。男か女かも判別しがたい状態です。聖女レダを騙っていた女については、身元も安否も、今のところ確定できてはおりません」

「人質になった令嬢の様子は?」

「リーシャルーダ・ベルウエザー嬢はほぼ無傷と言ってよろしいかと。アルフォンソ殿下が御身を持って庇われましたので」

「で、アルフォンソの意識は未だ戻らぬのだな?」

「申しわけございません」

 『魔鏡』に映し出されたアルメニウス一世にエクセルは、畏まって低頭した。

「とりあえずは、一命はとりとめられましたが、予断を許さぬ状態でございます。チャスティス王がブーマ国屈指の治療師を治療に当たらせてくださったおかげで、かろうじて止血には成功しましたが、完全には左肩の刀傷が治癒しないのです。そこから広がる何らかの毒のせいか、昏睡状態から覚められません。殿下自らの癒しの力をもってすれば、傷を治癒させることは可能かもしれませんが」

「アルフォンソが目覚めぬ限り、これ以上、どうしようもないということか?」

「残念ながら」

「このままの状態が続けば、やがては命を落とすやもしれぬと?」

「御意の通りでございます」

 王はしばし瞑目して、何事か考えているようだった。その右手が何度か軽く開いたり閉じたりし、ついには白くなるほど握りしめられる。

 おかしなものだ。
 その手の動きを見つめながら、エクセルは思う。
 表情は何一つ変わらないのに、その右手のみが、荒れ狂う心情を暴露するなんて。

 これも、血のなせる業なのだろうか?
『伝説の勇者』の血族であるアルメニウス一世は、かの勇者とよく似た癖を持っている。
 おそらく誰も気が付いていない癖だ。彼《エクセル》以外は。

「ただちに、こちらからも、医者と治癒師を送る。何か必要なものがあれば、すぐ知らせよ」

 内心の葛藤を抑え込んだ声に、エクセルはもはや黙っていることはできなかった。

「陛下、殿下は、意識を失われる寸前におっしゃいました。殿下を傷つけた刃は、純粋なる者プレスティーナであったと」

勇者の剣プレスティーナだと?まさか、そんなはずがない」

 今度は、王の声には明らかに動揺が感じられた。



 
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