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19.「古川」
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「古川」
二十時――夜の帳が下り、周囲は文字通りの真っ暗闇だ。近くにある街灯は壊れており周囲に明かりは無い。
空を見上げても月は見えない。今日は新月だ。
僅かに見えた光は、遠くに見えるダムの灯だけだ。
ダムの展望広場駐車場は、ダムを説明する看板と小さなベンチ。そして壊れた街灯があるだけだ。
めぐみは看板に見向きもせず、奥にある転落防止用の柵に近づいた。
柵に手をかけ、下を覗きこむと思わず足がすくむ程の高さだ。落ちたらダム湖まで一直線だろう。もちろん這い上がるような場所も無い。
青葉ダム。今から二十年以上前に完成したダムだ。
『もうすぐで取りにいけなくなる』めぐみは真っ暗なダムを眺めながら、あの言葉を思い出していた。
その理由を知ったのはつい先程の事だ。
――二時間前
めぐみ達は過去の何かに導かれた。一緒に行こう――。そう言い、手を伸ばしたのは、在りし日の桜だ。きっと、叔母が自分を導いている。
何処へ。教えてもらったわけではない。しかしめぐみには確信があった。
「月原さん、叔母さんが一緒に行こうって……何処かは言ってなかったけど――
「分かるのね」
月原もおおよその事は察しているようだ。そもそもこの手の不思議な現象は月原の領域だから当たり前と言えば当たり前なのだろう。
「うん――」
あの光景の続きだとすると、石を拾いに川原へ行くのだろう。いや、続きだろうと言うわけではない。めぐみには何か直感めいたものがあったのだ。
「分かったわ。それで、その場所はどこにあるのかしら?」
確信があるとは言え、月原の質問に直に答えることは出来ない。
今まで叔母の死について触れてこなかっためぐみは、その川原が何処にあるのか知らなかったのだ。
「分からない。だから聞いてくる――
そういうと、めぐみは弾かれるようにその場を飛び出した。
自分はもっと、引っ込み思案で大人しくて、衝動的な行動を取る事はない。そう思い込んでいためぐみは今の自分自身に驚いていた。
キッチンに飛び込むと、料理をしている祖母が目を丸くしている。
「どうしたの、そんなに慌てて」
「お婆ちゃん、いきなりだけど、桜叔母さんが亡くなった川って何処にあるの」
「ど、どうしてそんな事を」
「いいから! 教えて」
なりふり構っていられない。必死の形相をしているめぐみに気圧されたのか、祖母はお玉を持ったまま口を開いた。
「あ、青葉山にある古川っていう渓流よ。結構山奥だけど、昔よくあの子達と遊びに言ったわ」
青葉山はこの青葉市の北にある、隣の市の間にある標高八百メートルほどの山だ。秋になると紅葉やススキを観に来る登山客や、ダムを観に来る観光客がいると聞いたことがある。
青葉ダムはめぐみも中学生の頃、校外学習で訪れた事もあったので、知っているが、古川という名前には聞き覚えが無かった。
しかし名前さえ分かればどうとでもなる。青葉ダムへ向かうバスの中で調べたらいいのだから。
「古川ね、ありがとう!」
「あ、めぐちゃん! あの川は――」
めぐみは祖母の言葉が終わる前に置き去りにしてきた月原の元へ戻ろうと、振り返るとそこには既に月原は立っていた。
「うわぁ! びっくりしたよ」
音も無く忍び寄る月原には慣れたつもりだったが、まだまだらしい。
「青葉山の、古川でしたね」
月原は静かに語りかけた。無表情だが、どこか複雑そうな表情をしている。そして、その視線は自分ではなく、どうやらその後ろの祖母に向けられているらしかった。
祖母は静かに頷いた。
「ええ、ちいさな渓流でね、とても綺麗だったのよ。懐かしいわね」
月原と祖母の会話を尻目にめぐみはキッチンの時計を見た。隣の市へ向かうには大きく迂回するか、山の中腹にあるトンネルを抜ける必要がある。そのため、ダムへ向かうバスはまだ走っているはずだ、今からでもまだ間に合う。
「お婆ちゃん、ごめんね。ちょっと用事があるから帰るね!」
そういうと、めぐみは月原の手を引き玄関へと向かった。
後ろから祖母の声が聞えた気がしたが、構っている余裕は無い。
急いで靴を履くめぐみと対照的に、月原はどういうわけか微動だにしない。
「どうしたの月原さん、早く行こうよ」
はやる気持ちを抑えながらも、めぐみは催促するような口調になっていた。しかし、あくまでマイペースな月原は静かに口を開いた。
「島岡さん、何処に行くつもりなの?」
月原らしくない。先程の話を聞いていたら、答えは一つしかない。
「何処って……お婆ちゃんが言ってたじゃない。古川だよ」
「ええ、知っているわ。名前だけなら。行った事は無いけど」
「そ、そうなんだ。私は名前も聞いたこと無かったよ」
以外に月原はアウトドア派なのだろうか、しかし今はそんな事はどうでも言い。
じれったくなり、めぐみがもう一度催促しようと月原の方を見ると、めぐみの唇にそっと月原の長く伸びた人差し指が添えられた。
驚いて恐る恐る月原の目を見ると、やはり無表情ながらもどこか悲しそう、いや憐れみのようなものを感じる。そして、次の言葉でそれは間違いではないと、思い知らされる事になった。
「古川はもうダムの底よ」
月原の言葉はやはり、感情もなく静かなままだった。
二十時――夜の帳が下り、周囲は文字通りの真っ暗闇だ。近くにある街灯は壊れており周囲に明かりは無い。
空を見上げても月は見えない。今日は新月だ。
僅かに見えた光は、遠くに見えるダムの灯だけだ。
ダムの展望広場駐車場は、ダムを説明する看板と小さなベンチ。そして壊れた街灯があるだけだ。
めぐみは看板に見向きもせず、奥にある転落防止用の柵に近づいた。
柵に手をかけ、下を覗きこむと思わず足がすくむ程の高さだ。落ちたらダム湖まで一直線だろう。もちろん這い上がるような場所も無い。
青葉ダム。今から二十年以上前に完成したダムだ。
『もうすぐで取りにいけなくなる』めぐみは真っ暗なダムを眺めながら、あの言葉を思い出していた。
その理由を知ったのはつい先程の事だ。
――二時間前
めぐみ達は過去の何かに導かれた。一緒に行こう――。そう言い、手を伸ばしたのは、在りし日の桜だ。きっと、叔母が自分を導いている。
何処へ。教えてもらったわけではない。しかしめぐみには確信があった。
「月原さん、叔母さんが一緒に行こうって……何処かは言ってなかったけど――
「分かるのね」
月原もおおよその事は察しているようだ。そもそもこの手の不思議な現象は月原の領域だから当たり前と言えば当たり前なのだろう。
「うん――」
あの光景の続きだとすると、石を拾いに川原へ行くのだろう。いや、続きだろうと言うわけではない。めぐみには何か直感めいたものがあったのだ。
「分かったわ。それで、その場所はどこにあるのかしら?」
確信があるとは言え、月原の質問に直に答えることは出来ない。
今まで叔母の死について触れてこなかっためぐみは、その川原が何処にあるのか知らなかったのだ。
「分からない。だから聞いてくる――
そういうと、めぐみは弾かれるようにその場を飛び出した。
自分はもっと、引っ込み思案で大人しくて、衝動的な行動を取る事はない。そう思い込んでいためぐみは今の自分自身に驚いていた。
キッチンに飛び込むと、料理をしている祖母が目を丸くしている。
「どうしたの、そんなに慌てて」
「お婆ちゃん、いきなりだけど、桜叔母さんが亡くなった川って何処にあるの」
「ど、どうしてそんな事を」
「いいから! 教えて」
なりふり構っていられない。必死の形相をしているめぐみに気圧されたのか、祖母はお玉を持ったまま口を開いた。
「あ、青葉山にある古川っていう渓流よ。結構山奥だけど、昔よくあの子達と遊びに言ったわ」
青葉山はこの青葉市の北にある、隣の市の間にある標高八百メートルほどの山だ。秋になると紅葉やススキを観に来る登山客や、ダムを観に来る観光客がいると聞いたことがある。
青葉ダムはめぐみも中学生の頃、校外学習で訪れた事もあったので、知っているが、古川という名前には聞き覚えが無かった。
しかし名前さえ分かればどうとでもなる。青葉ダムへ向かうバスの中で調べたらいいのだから。
「古川ね、ありがとう!」
「あ、めぐちゃん! あの川は――」
めぐみは祖母の言葉が終わる前に置き去りにしてきた月原の元へ戻ろうと、振り返るとそこには既に月原は立っていた。
「うわぁ! びっくりしたよ」
音も無く忍び寄る月原には慣れたつもりだったが、まだまだらしい。
「青葉山の、古川でしたね」
月原は静かに語りかけた。無表情だが、どこか複雑そうな表情をしている。そして、その視線は自分ではなく、どうやらその後ろの祖母に向けられているらしかった。
祖母は静かに頷いた。
「ええ、ちいさな渓流でね、とても綺麗だったのよ。懐かしいわね」
月原と祖母の会話を尻目にめぐみはキッチンの時計を見た。隣の市へ向かうには大きく迂回するか、山の中腹にあるトンネルを抜ける必要がある。そのため、ダムへ向かうバスはまだ走っているはずだ、今からでもまだ間に合う。
「お婆ちゃん、ごめんね。ちょっと用事があるから帰るね!」
そういうと、めぐみは月原の手を引き玄関へと向かった。
後ろから祖母の声が聞えた気がしたが、構っている余裕は無い。
急いで靴を履くめぐみと対照的に、月原はどういうわけか微動だにしない。
「どうしたの月原さん、早く行こうよ」
はやる気持ちを抑えながらも、めぐみは催促するような口調になっていた。しかし、あくまでマイペースな月原は静かに口を開いた。
「島岡さん、何処に行くつもりなの?」
月原らしくない。先程の話を聞いていたら、答えは一つしかない。
「何処って……お婆ちゃんが言ってたじゃない。古川だよ」
「ええ、知っているわ。名前だけなら。行った事は無いけど」
「そ、そうなんだ。私は名前も聞いたこと無かったよ」
以外に月原はアウトドア派なのだろうか、しかし今はそんな事はどうでも言い。
じれったくなり、めぐみがもう一度催促しようと月原の方を見ると、めぐみの唇にそっと月原の長く伸びた人差し指が添えられた。
驚いて恐る恐る月原の目を見ると、やはり無表情ながらもどこか悲しそう、いや憐れみのようなものを感じる。そして、次の言葉でそれは間違いではないと、思い知らされる事になった。
「古川はもうダムの底よ」
月原の言葉はやはり、感情もなく静かなままだった。
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