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始まりの章
18.誕生日【始まりの章 完】
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パパが目を覚ましたのは、五日後の私の誕生日だった。
「俺は幻夢に負けそうになった。……スピカと星歌と産まれるべきだった息子と四人で暮らす幸せな日々を見せられるなんて……」
目覚めたパパは身を起こし辺りを確認し自分の部屋だと分かるなり、絶望に似た表情を浮かべ、辛そうに呟き大粒の涙を流し泣き崩れる。
聞いた瞬間胸が苦しくなり、パパの心境を理解した。
パパにとっては例え夢幻だとしてもそんな世界に生きて行きたくって、この現実を捨てたいと思っている。
今目覚めた事を後悔して、私を重荷に感じているのかも知れない。
「……パパありがとう。辛い決断だったよね?」
「……怒らないのか?」
「怒るはずないじゃん。私のためにいっぱいいっぱい傷ついて、ようやく夢幻で幸せな日々にたどり着いたのに、私がこっちにいるから辛い決断をしてこっちに戻ってきてくれたんだよね? だからありがとう」
私のために何度となく自分を犠牲にしているパパには感謝の気持ちしかなくって、涙をこらえ笑顔でパパをギュッと抱きしめる。
私のパパは世界一子供想いの愛情深い父親。
パパだって人間なんだから自分優先に考えたとしても、それを私に怒る権利はない。
それにパパが望んでいる幻夢には私もいるから、どっちにしても私の事をちゃんと考えてくれている。
「そうじゃない。幻夢に未練はあるが、後悔はしてない。辛い決断をしたんじゃなく、俺自身がこの場所に帰りたいと願ったんだ」
「本当に? 私に気を遣わなくって良いんだよ」
「本当だ。この涙は幻夢に負けそうだった自分が許せなかったんだよ。………手を握り続けてくれたんだろう?」
「ず-とじゃないけれどね」
「そのおかげで俺は目覚める事が出来た」
「…………」
弱り切っているはずなのに、迷いない言葉で嘘偽りがまったく感じられない。
てっきり目覚めた事に後悔をしているとばかり思っていたのに、どうやらそれは思い過ごしだったようだ。
ただ幻夢の中ではそれが現実だと思い込んでいたから、目覚める事を考えられなかった。
もし私が手を握っていなかったら、パパはずーと幻夢の中で幸せに暮らしていた。
「改めて戦闘モードがどんなに恐ろしい物か身に染みて分かった。今まではどんな幻夢を見せられても打ち勝つ事が出来ていたから、俺には幻夢なんてどうって事がないって軽く見ていた」
「戦闘モードって、火事場の馬鹿力みたいな物で力を使い果たしたら眠りに就くものじゃないの?」
とてつもない嫌な予感がして、抱くのを辞めパパの顔を見つめた。
「公ではそう言う認識になっている。だが真実は極限以上の肉体と冷酷な精神を手に入れる代わりに、力を使い果たし弱り切っている状態で試練を受ける事になる。術者が望む幻夢を見せられそこから五日以内に抜け出せなかったら、戦闘モードを使う資格はないとみなされ肉体と魂はその場で破壊される。……今日は何日目だ?」
「……五日目の朝」
「危なかったんだな。きっと次はないだろう」
初めて知る恐るべき真実に血の気がサッと引く。
エアコンの温度は適温なのに、急にゾクゾクする寒気を感じ恐怖の渦に飲み込まれそうだった。
それなのにパパは鬱ぎ込んではいるけれど、冷静に受け止め平気で更なる冷酷な事を口にする。
怖かった。
たった今戦闘モードは恐ろしい物で今回危なかったと自覚しているはずなのに、なんでその力を封印する選択じゃなくって死ぬ前提でも使おうとするの?
死ぬのが怖くないから?
それともやっぱり心の奥では、幻夢の方がいいって思っている?
パパが何を望んでいるのか分からない。
娘の私にも心を開けないの?
だけど私はそれでもパパの手を放さない。
パパが私に今までたくさんの愛情を注いでくれたように、私はパパにたくさんの優しさをあげられるように頑張る。
「パパ、大丈夫だよ。もう二度とこんな事件は起きないから」
「え?」
「龍くんが異世界起動装置を封印してくれたんだ。二度と異世界から地球に繋がるゲートが開かないようにね」
「そうか。それなら今度こそ安心だな」
優しい気持ちでこの不穏な空気を取り除くべく現状を伝えると、不思議そうな笑みを見せるもすぐに肩の荷が下りたような安らかな笑みを浮かばせる。
五日ぶりの大好きなパパの笑顔が、私の不安を一気に吹き飛ばしてくれる。
これでようやくすべてが終わった。
まだパパの意識改革が残っているけれども、今は素直に喜んでも良いよね?
心の底から純粋な気持ちでそう思えてもう一度パパに抱きつきたかったのに、階段を登ってくる龍くんの足音が聞こえて来たので我慢する。
目覚めないパパの事を深刻に受け止めたのは三日目の夜だった。
あんなに心配するなとか言っていた癖に、落ち込みようが半端なく私の不安を余計に煽ったのは言うまでもない。
起こすのを必死になっていろいろ試していた所を見ると、戦闘モードの真実を教えていないらしい。
いくら龍くんでも真実を知ったら止められるから、隠しているんだろうな?
「星夜、ようやく目覚めたんだな」
目覚めているパパの姿を見て、龍くんは安堵の笑みを浮かべるが、
「龍ノ介、いろいろすまなかったな。俺ならもう大丈夫だから」
「ああ。それよりいろいろ聞きたい事がある」
見る見るうちに龍くんの表情が鬼の形相へと変わり、ドスの効いた声で問いではなく強制する。
「そうだよな……。星歌、龍ノ介と話をしたいから席を外してくれないか?」
「分かった。……パパ、頑張って。龍くん、言いたい事は分かるけれど、今日の所はほどほどにしてね」
ようやく笑顔になってくれたパパなのに再び表情が凍り付き、話の内容に心当たりがあるようで私を遠ざけようとする。
もちろん私にもバリバリ心当たりはあるから聞き分けよく頷き、パパには声援龍くんには穏便にとだけ言い残し部屋を出る。
四日ぶりに外に出るとやっぱり太陽の日差しがまぶしくて、まだ早朝なのにすぐ肌がヒリヒリして来て汗ばむ程の猛烈な暑さ。
日焼け止めクリームを塗らなかった事に速攻で後悔するけれども、それでも空気が気持ちよくって大きく深呼吸。
あ、太陽にパパが目覚めたって連絡しないとね。
そしたら盛大に打ち上げをやって、……私の誕生日を祝ってくれるよね?
「星歌、おはよう」
「星ちゃん、おはよう。その様子だとおじさんが気づいたんだね」
「太陽、おはよう。うん!! さっき。今電話しようと思っていたの」
思っている矢先に太陽は今日も我が家にやってきて、私の表情で察してくれたのか太陽にも笑みが浮かび私の元まで駆け寄ってくれる。
太陽に同時に抱きしめられますます嬉しくなるけれど、同時に太に抱きつかれるのには意識してしまう。
私、臭くないよね?
お風呂は毎日入っているけれど、昨日入ったのは昼間。
服もまだ部屋着のままだし、髪もボサボサ………。
陽なんて軽く化粧をして柑橘系の香水を良い感じに付けている。
服だって、アイロンが掛かった水色のシャツに花柄のスカート。
髪もきちんとしていて、今日もいつもと変わらずの美少女。
太は相変わらずのタンクトップとショートパンツ。
陽のおかげなのか清潔感はある。
違和感があるのは私だけ。
「星ちゃん、まさか?」
「へ?」
「……ひょっとして、太の事男性として意識してる? ……」
私の異変に気づいた陽に図星でしかない事を耳打ちされてしまう。
小声だったから太には気づかれてないと思う。
しかし私は動揺を隠せず、二人からとっさに離れる。
「わ、私着替えてくるから二人はリビングで待っていて。そしたら打ち上げの準備しようよ」
「そうだな。派手に打ち上げしようぜ? それと今日は星歌の誕生日だからそれも兼ねてな。星歌、誕生日おめでとう」
「え、いきなりそれを言うの? だったら私も。星ちゃん、お誕生日おめでとう」
心がついていかない。
なぜ突然誕生日を祝われる流れになるの?
陽の言う通りいきなりすぎです。
毎年恒例の事だけれど、今年は特別で少しだけ意識が飛んだ。
しかしさらに驚くサプライズが私を待っていた。
「星歌、お待たせ」
「!?」
太陽と打ち上げの準備中、ようやくパパと龍くんがリビングにきたと思えば、そこには良い意味で違うパパの姿があった。
驚きすぎて目と口を開けたまま立ち尽くす。
新品のシャツとカットソーの重ね着とスリムパンツをうまく着こなし、ヘアースタイルはワックスで髪を遊ばせた流行のヘアー。無精ひげもさっぱり剃っている。
いつもと違って年相応……もっと若々しく見えて、下手したら龍くんより格好いいかも知れない。
「俺にはやっぱり似合わないよな?」
「そんなことない。パパってイケメンだったんだね」
「イケメン? それはいくらなんでも言い過ぎだろう?」
驚き無言の私が不安になったのか後ろ向きの問いに、首を横に降り興奮ぎみで褒めまくると、顔が真っ赤に染まり頭上から湯気が立つ。
とても高校生の娘を持つ父親だとは思えないぐらいの初な反応。
可愛い。
「言いすぎじゃないよ。龍くんもそう思うでしょ?」
「そうだな。試しにこれから渋谷へナンパしに行こうぜ?」
そんなパパを見てクスクス笑う龍くんに話を振れば、いかにも龍くんらしい答えが返ってくる。
娘の前でそう言うこと言います?
と本来なら言うべき事なんだろうけれど、パパは独身だしまだ三十一歳。
新しい恋をして幸せになって欲しい……。
そしたらその人は新しい私のお義母さんになる?
……………。
それはそれで娘としては結構複雑……。
「パパ、彼女は作っても良いけど、最低でも二十六歳の人にしてね?」
パパの幸せを考えたら彼女なんて作らないでとは言えないけれど、私の十歳上だけは譲れない条件。
あんまり私と年の近い人をお義母さんとは呼べないしそもそも認めたくない。
「龍ノ介、ナンパならお前一人でして来いよ。俺にはもう先約があるし、ナンパなんて興味がない」
「え、もうそんな人がいるの?」
まさかの展開だった。
パパに彼女がいるなんて、今まで考えた事がなかった。
基本在宅業務で、午前様は月にあっても三回。
休日だって出掛けても夕食までには帰ってくる。
女の気配があるとは思えない規則ある生活。
でもそうか、デートだから気合いを入れてお洒落までした。
パパが好きになる人って、どんなタイプの女性なんだろう?
……でもそしたら私はどうなっちゃうんだろう?
私は彼女にとって邪魔な存在になる?
「いるよ。俺の目の前の人。先週約束しただろう?」
「え、私? ……そう言えば?」
当然とばかりに私を指さしパパは微笑む。
一瞬はてなマークが頭に浮かぶけれど、完全に忘れていた一週間近く前の約束を思い出した。
誕生日の夜はパパと二人で外食に行く約束をして、その時は格好良くするって張り切っていたっけぇ?
いろんな事件がたくさんあってしかも目覚めたばかりなのに、ちゃんと覚えていてこうして決行してくれて………。
私のパパはやっぱり最高だね?
パパに適う人なんてこの世の中にいるのかな?
「星歌、十六歳のお誕生日おめでとう」
「ありがとう。これからもよろしくね」
「もちろんだよ。だからこれからは父さんを一番に頼って欲しい。父さんは星歌の一番の良き理解者でありたいんだ」
いつもと変わらないお祝いなのにいつも以上に嬉しくて、みんながいるのにパパの胸元にダイビング。
するとパパは私を優しく受け止めてくれて、珍しく自分の願望を口にする。
本音でさえも私が一番に考えているのは、いかにもパパらしいね。
でもだからこそ滅多に言わないパパの望みを叶えよう。
親離れできない馬鹿娘と言われたって、そんなの別になんとも思わない。
辛い思いばかりしてきたパパには、これからずーと笑顔で過ごしてもらいたいから。
「うん。パパ、世界で一番大好き!!」
「太、星夜は強敵だぞ?」
「は?」
「ですね。太じゃ到底適いそうもないと思うけれど、まぁ片割れのよしみで応援してあげるね」
「オレは今まで以上に鍛え上げてやるから心配するな」
「師匠も陽も一体何を言っている?」
そんなラブラブな父娘に、距離を置く三人。
龍くんと陽はうんざりとばかりに太に激励を送るも、まったく心当たりのない太は意味不明なんだろう声を上げるだけだった。
二人して余計な根回ししないで下さい。
おしまい
あとがき
最後まで読んで下さりありがとうございます。
なんとか無事に完結終わりました。
納得のいくラストだったら何よりです。
結局これは本当にファンタジーで良かったんですかね?
普通の女子高生がある日事件に巻き込まれ、イケメンに助けられた。
実は女子高生は異世界の聖女で、イケメンは勇者。影ながら女子高生を護っていた。
そんな夢を短期間で二回見たので、じゃぁ小説にしようと言う事になった経緯です。
最初は普通の恋愛短編にしようとしたはずが、イケメンが父親と父の友人になり
滅茶苦茶不幸な過去持ち。
女子高生は魔王の孫娘になってしまいました(笑)
それでも恋愛は入れたかったので、これから始まる恋愛をちょっとだけ…。
「俺は幻夢に負けそうになった。……スピカと星歌と産まれるべきだった息子と四人で暮らす幸せな日々を見せられるなんて……」
目覚めたパパは身を起こし辺りを確認し自分の部屋だと分かるなり、絶望に似た表情を浮かべ、辛そうに呟き大粒の涙を流し泣き崩れる。
聞いた瞬間胸が苦しくなり、パパの心境を理解した。
パパにとっては例え夢幻だとしてもそんな世界に生きて行きたくって、この現実を捨てたいと思っている。
今目覚めた事を後悔して、私を重荷に感じているのかも知れない。
「……パパありがとう。辛い決断だったよね?」
「……怒らないのか?」
「怒るはずないじゃん。私のためにいっぱいいっぱい傷ついて、ようやく夢幻で幸せな日々にたどり着いたのに、私がこっちにいるから辛い決断をしてこっちに戻ってきてくれたんだよね? だからありがとう」
私のために何度となく自分を犠牲にしているパパには感謝の気持ちしかなくって、涙をこらえ笑顔でパパをギュッと抱きしめる。
私のパパは世界一子供想いの愛情深い父親。
パパだって人間なんだから自分優先に考えたとしても、それを私に怒る権利はない。
それにパパが望んでいる幻夢には私もいるから、どっちにしても私の事をちゃんと考えてくれている。
「そうじゃない。幻夢に未練はあるが、後悔はしてない。辛い決断をしたんじゃなく、俺自身がこの場所に帰りたいと願ったんだ」
「本当に? 私に気を遣わなくって良いんだよ」
「本当だ。この涙は幻夢に負けそうだった自分が許せなかったんだよ。………手を握り続けてくれたんだろう?」
「ず-とじゃないけれどね」
「そのおかげで俺は目覚める事が出来た」
「…………」
弱り切っているはずなのに、迷いない言葉で嘘偽りがまったく感じられない。
てっきり目覚めた事に後悔をしているとばかり思っていたのに、どうやらそれは思い過ごしだったようだ。
ただ幻夢の中ではそれが現実だと思い込んでいたから、目覚める事を考えられなかった。
もし私が手を握っていなかったら、パパはずーと幻夢の中で幸せに暮らしていた。
「改めて戦闘モードがどんなに恐ろしい物か身に染みて分かった。今まではどんな幻夢を見せられても打ち勝つ事が出来ていたから、俺には幻夢なんてどうって事がないって軽く見ていた」
「戦闘モードって、火事場の馬鹿力みたいな物で力を使い果たしたら眠りに就くものじゃないの?」
とてつもない嫌な予感がして、抱くのを辞めパパの顔を見つめた。
「公ではそう言う認識になっている。だが真実は極限以上の肉体と冷酷な精神を手に入れる代わりに、力を使い果たし弱り切っている状態で試練を受ける事になる。術者が望む幻夢を見せられそこから五日以内に抜け出せなかったら、戦闘モードを使う資格はないとみなされ肉体と魂はその場で破壊される。……今日は何日目だ?」
「……五日目の朝」
「危なかったんだな。きっと次はないだろう」
初めて知る恐るべき真実に血の気がサッと引く。
エアコンの温度は適温なのに、急にゾクゾクする寒気を感じ恐怖の渦に飲み込まれそうだった。
それなのにパパは鬱ぎ込んではいるけれど、冷静に受け止め平気で更なる冷酷な事を口にする。
怖かった。
たった今戦闘モードは恐ろしい物で今回危なかったと自覚しているはずなのに、なんでその力を封印する選択じゃなくって死ぬ前提でも使おうとするの?
死ぬのが怖くないから?
それともやっぱり心の奥では、幻夢の方がいいって思っている?
パパが何を望んでいるのか分からない。
娘の私にも心を開けないの?
だけど私はそれでもパパの手を放さない。
パパが私に今までたくさんの愛情を注いでくれたように、私はパパにたくさんの優しさをあげられるように頑張る。
「パパ、大丈夫だよ。もう二度とこんな事件は起きないから」
「え?」
「龍くんが異世界起動装置を封印してくれたんだ。二度と異世界から地球に繋がるゲートが開かないようにね」
「そうか。それなら今度こそ安心だな」
優しい気持ちでこの不穏な空気を取り除くべく現状を伝えると、不思議そうな笑みを見せるもすぐに肩の荷が下りたような安らかな笑みを浮かばせる。
五日ぶりの大好きなパパの笑顔が、私の不安を一気に吹き飛ばしてくれる。
これでようやくすべてが終わった。
まだパパの意識改革が残っているけれども、今は素直に喜んでも良いよね?
心の底から純粋な気持ちでそう思えてもう一度パパに抱きつきたかったのに、階段を登ってくる龍くんの足音が聞こえて来たので我慢する。
目覚めないパパの事を深刻に受け止めたのは三日目の夜だった。
あんなに心配するなとか言っていた癖に、落ち込みようが半端なく私の不安を余計に煽ったのは言うまでもない。
起こすのを必死になっていろいろ試していた所を見ると、戦闘モードの真実を教えていないらしい。
いくら龍くんでも真実を知ったら止められるから、隠しているんだろうな?
「星夜、ようやく目覚めたんだな」
目覚めているパパの姿を見て、龍くんは安堵の笑みを浮かべるが、
「龍ノ介、いろいろすまなかったな。俺ならもう大丈夫だから」
「ああ。それよりいろいろ聞きたい事がある」
見る見るうちに龍くんの表情が鬼の形相へと変わり、ドスの効いた声で問いではなく強制する。
「そうだよな……。星歌、龍ノ介と話をしたいから席を外してくれないか?」
「分かった。……パパ、頑張って。龍くん、言いたい事は分かるけれど、今日の所はほどほどにしてね」
ようやく笑顔になってくれたパパなのに再び表情が凍り付き、話の内容に心当たりがあるようで私を遠ざけようとする。
もちろん私にもバリバリ心当たりはあるから聞き分けよく頷き、パパには声援龍くんには穏便にとだけ言い残し部屋を出る。
四日ぶりに外に出るとやっぱり太陽の日差しがまぶしくて、まだ早朝なのにすぐ肌がヒリヒリして来て汗ばむ程の猛烈な暑さ。
日焼け止めクリームを塗らなかった事に速攻で後悔するけれども、それでも空気が気持ちよくって大きく深呼吸。
あ、太陽にパパが目覚めたって連絡しないとね。
そしたら盛大に打ち上げをやって、……私の誕生日を祝ってくれるよね?
「星歌、おはよう」
「星ちゃん、おはよう。その様子だとおじさんが気づいたんだね」
「太陽、おはよう。うん!! さっき。今電話しようと思っていたの」
思っている矢先に太陽は今日も我が家にやってきて、私の表情で察してくれたのか太陽にも笑みが浮かび私の元まで駆け寄ってくれる。
太陽に同時に抱きしめられますます嬉しくなるけれど、同時に太に抱きつかれるのには意識してしまう。
私、臭くないよね?
お風呂は毎日入っているけれど、昨日入ったのは昼間。
服もまだ部屋着のままだし、髪もボサボサ………。
陽なんて軽く化粧をして柑橘系の香水を良い感じに付けている。
服だって、アイロンが掛かった水色のシャツに花柄のスカート。
髪もきちんとしていて、今日もいつもと変わらずの美少女。
太は相変わらずのタンクトップとショートパンツ。
陽のおかげなのか清潔感はある。
違和感があるのは私だけ。
「星ちゃん、まさか?」
「へ?」
「……ひょっとして、太の事男性として意識してる? ……」
私の異変に気づいた陽に図星でしかない事を耳打ちされてしまう。
小声だったから太には気づかれてないと思う。
しかし私は動揺を隠せず、二人からとっさに離れる。
「わ、私着替えてくるから二人はリビングで待っていて。そしたら打ち上げの準備しようよ」
「そうだな。派手に打ち上げしようぜ? それと今日は星歌の誕生日だからそれも兼ねてな。星歌、誕生日おめでとう」
「え、いきなりそれを言うの? だったら私も。星ちゃん、お誕生日おめでとう」
心がついていかない。
なぜ突然誕生日を祝われる流れになるの?
陽の言う通りいきなりすぎです。
毎年恒例の事だけれど、今年は特別で少しだけ意識が飛んだ。
しかしさらに驚くサプライズが私を待っていた。
「星歌、お待たせ」
「!?」
太陽と打ち上げの準備中、ようやくパパと龍くんがリビングにきたと思えば、そこには良い意味で違うパパの姿があった。
驚きすぎて目と口を開けたまま立ち尽くす。
新品のシャツとカットソーの重ね着とスリムパンツをうまく着こなし、ヘアースタイルはワックスで髪を遊ばせた流行のヘアー。無精ひげもさっぱり剃っている。
いつもと違って年相応……もっと若々しく見えて、下手したら龍くんより格好いいかも知れない。
「俺にはやっぱり似合わないよな?」
「そんなことない。パパってイケメンだったんだね」
「イケメン? それはいくらなんでも言い過ぎだろう?」
驚き無言の私が不安になったのか後ろ向きの問いに、首を横に降り興奮ぎみで褒めまくると、顔が真っ赤に染まり頭上から湯気が立つ。
とても高校生の娘を持つ父親だとは思えないぐらいの初な反応。
可愛い。
「言いすぎじゃないよ。龍くんもそう思うでしょ?」
「そうだな。試しにこれから渋谷へナンパしに行こうぜ?」
そんなパパを見てクスクス笑う龍くんに話を振れば、いかにも龍くんらしい答えが返ってくる。
娘の前でそう言うこと言います?
と本来なら言うべき事なんだろうけれど、パパは独身だしまだ三十一歳。
新しい恋をして幸せになって欲しい……。
そしたらその人は新しい私のお義母さんになる?
……………。
それはそれで娘としては結構複雑……。
「パパ、彼女は作っても良いけど、最低でも二十六歳の人にしてね?」
パパの幸せを考えたら彼女なんて作らないでとは言えないけれど、私の十歳上だけは譲れない条件。
あんまり私と年の近い人をお義母さんとは呼べないしそもそも認めたくない。
「龍ノ介、ナンパならお前一人でして来いよ。俺にはもう先約があるし、ナンパなんて興味がない」
「え、もうそんな人がいるの?」
まさかの展開だった。
パパに彼女がいるなんて、今まで考えた事がなかった。
基本在宅業務で、午前様は月にあっても三回。
休日だって出掛けても夕食までには帰ってくる。
女の気配があるとは思えない規則ある生活。
でもそうか、デートだから気合いを入れてお洒落までした。
パパが好きになる人って、どんなタイプの女性なんだろう?
……でもそしたら私はどうなっちゃうんだろう?
私は彼女にとって邪魔な存在になる?
「いるよ。俺の目の前の人。先週約束しただろう?」
「え、私? ……そう言えば?」
当然とばかりに私を指さしパパは微笑む。
一瞬はてなマークが頭に浮かぶけれど、完全に忘れていた一週間近く前の約束を思い出した。
誕生日の夜はパパと二人で外食に行く約束をして、その時は格好良くするって張り切っていたっけぇ?
いろんな事件がたくさんあってしかも目覚めたばかりなのに、ちゃんと覚えていてこうして決行してくれて………。
私のパパはやっぱり最高だね?
パパに適う人なんてこの世の中にいるのかな?
「星歌、十六歳のお誕生日おめでとう」
「ありがとう。これからもよろしくね」
「もちろんだよ。だからこれからは父さんを一番に頼って欲しい。父さんは星歌の一番の良き理解者でありたいんだ」
いつもと変わらないお祝いなのにいつも以上に嬉しくて、みんながいるのにパパの胸元にダイビング。
するとパパは私を優しく受け止めてくれて、珍しく自分の願望を口にする。
本音でさえも私が一番に考えているのは、いかにもパパらしいね。
でもだからこそ滅多に言わないパパの望みを叶えよう。
親離れできない馬鹿娘と言われたって、そんなの別になんとも思わない。
辛い思いばかりしてきたパパには、これからずーと笑顔で過ごしてもらいたいから。
「うん。パパ、世界で一番大好き!!」
「太、星夜は強敵だぞ?」
「は?」
「ですね。太じゃ到底適いそうもないと思うけれど、まぁ片割れのよしみで応援してあげるね」
「オレは今まで以上に鍛え上げてやるから心配するな」
「師匠も陽も一体何を言っている?」
そんなラブラブな父娘に、距離を置く三人。
龍くんと陽はうんざりとばかりに太に激励を送るも、まったく心当たりのない太は意味不明なんだろう声を上げるだけだった。
二人して余計な根回ししないで下さい。
おしまい
あとがき
最後まで読んで下さりありがとうございます。
なんとか無事に完結終わりました。
納得のいくラストだったら何よりです。
結局これは本当にファンタジーで良かったんですかね?
普通の女子高生がある日事件に巻き込まれ、イケメンに助けられた。
実は女子高生は異世界の聖女で、イケメンは勇者。影ながら女子高生を護っていた。
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滅茶苦茶不幸な過去持ち。
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それでも恋愛は入れたかったので、これから始まる恋愛をちょっとだけ…。
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ファンタジー
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いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
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