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始まりの章

16.恋心

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「おっさんは用心深いんだな」
「……そうだね。ねぇつよし、私の瞳の色おかしくないよね?」
「は、何焦ってんだ? 瞳ね?」

 私とパパの約束なんて知らず暢気にしている太の至近距離に迫り、背伸びをして太を見上げる。
 太の吐息を間近に感じ、瞳には私の顔が映る。
 鏡とはなんだか違う私に見えて、太にはこうやって私が見えている。
 今は私だけが見えて……?
 鼓動が高鳴り出す。

「いつも通りの赤が強調した茶色。だけどお前の瞳って、すげぇ澄んでて綺麗だよな?」
「は、いきなり何言ってんの?」
「いや本当にそう思っただけだ」

 なぜ今ここで太は無邪気に口説き文句を繰り出すんだろうか?
 無自覚だって分かっているから変な突っ込みは出来なくて、懸命に平然を装いお礼をして少し距離を取り背を向ける。
 そして少し心を落ち着かせようと深呼吸した。

 高鳴り続けている鼓動の音を聞かれなかったよね?
 私の態度おかしくないよね?

「星歌にもようやく春が来たんだな。今夜は赤飯か?」
「りゅ龍くん?」

 突然すべて見た感想の台詞を耳元で囁かれ、声を裏返させ声の主の名前を叫んでしまう。
 その反応に更なる確信を持ったらしく、にこっと笑みを見せ私の頭をなぜる。

 最初に龍くんに知られてしまいました。
 口の堅い龍くんだから口止めすれば黙ってくれるから心配はないけれど、こうなった以上パパにも話さないとまたいじけてしまいます。

「師匠? 陽を一人にさせて大丈夫なのか?」
「まぁな。モンスターの気配は消えたし、忍の気配も突然弱くなったのが気になって様子を見に来たんだ。それで何があったんだ?」

 太をいじる事もなく、平然と問いに答え辺りを見回し問い返す。

「それなら星歌のおかげ。星歌、カマイタチ以外の魔術を使ってモンスターを浄化させたんだよ。しかもラスボスまで倒したらしく、今おっさんが様子を見に行ってる」

 私の代わりに一部始終を適切に説明するもんだから、龍くんは途端に表情を曇らせ狂犬さえ追っ払えそうな眼光で私を睨む。

 怖いです。
 とてつもなく怖いです。
 私が悪いとは分かっているけれど。

 あまりの恐怖に耐えられなくて、自然と涙があふれ出す。

「……龍くん。ごめんなさい。魔王の力じゃないように思えたから使ったの」

 泣きながら謝って許してもらうなんて卑怯でしかないって分かっていても、涙は拭き取っても止まってはくれず。
 これにはさすがの龍くんも怒りは失せたらしく、悲しげな表情を浮かべ私の頭をくしゃくしゃになぜる。

「星歌、オレの方こそごめんな。オレがちゃんと教えなかったのがいけなかったんだな。魔王の力はもちろん魔術も一日に一つ以上を習得するのは、命に関わるほどの危険な行為なんだよ」

 誤解は呆気ない程、簡単に解けた。

 やっぱり誤解があったようで分かってもらえてホッとしたと同時に、魔術も怖い物で気軽に扱ったらいけない物だと知る。
 今回はたまたま結果オーライだっただけで、次はそうじゃないかも知れない。
 次なんてあって欲しくはないけれど、絶対ないという保証なんてどこにもない。
 だからそのもしもの時のために、魔術の基礎知識は学んどこう。

「だったら今度魔術の基礎知識を教えて欲しい。もしもの時パパや龍くんがいなくても対処できるようにしたい」
「それならオレと陽にも教えて欲しい。ほらよく言うじゃん。三人いれば文殊の知恵って」

 つよしのイケメンぶりはまだ健在らしく、当たり前のようにそう言ってくれる。

 私なんかのためにどこまで巻き込まれてくれるんだろうか?
 太とそして陽には一生を掛けても返せない恩が出来た。
 こう言うのを一生涯の友達って言うんだろうな?

 ……一生涯の友達。
 今はまだそれでいいかな?

「お、太。良い事言うじゃん。だがそれは星夜と話し合ってからだな。星夜の許可が下りれば、基礎知識程度なら教えても良い」
「それはパパを傷つける事になるの?」
「そうだな。忍さえ現れなかったら、オレ達の過去は墓場まで持って行くつもりだった」
「そうなんだ」

 てっきりその方が良いと言われるとばかり思っていたのに、重々しい答えが返ってきてそんな事言われたら何も言えなくなってしまう。

 今日の事でパパは私が思っている以上に、身体も心もたくさん傷ついている。
 身体の傷の痛みは癒えても、心の傷の痛みは癒えない。
 だからもうこれ以上傷つき苦しんで欲しくない。

「……星歌は本当に優しい子に育ってくれたよな。そんな優しい星歌に少し覚悟をして欲しい事があるんだが」
「覚悟?」
「そう。実は星夜の戦闘モードの事なんだが、……うっ、遅かったか」
「え?」

 私が優しい子かどうかは別として深刻な秘密をしゃべり出すも、何かを見つけるなり罰の悪い表情を浮かべ急いでそこに走って行く。
 話を中断させてまで行くなんて、ただ事ではないのだろう。
 その何かに視線を合わせると、さっきまでのパパとはまるで違う、見るも無惨な姿が目に映る。
 真っ赤に染まった腕で負傷した腕を庇い、痛みを耐えているだろう険しい表情。
 筋肉が見る見るうちにしぼんでいくのが分かり、壁をつたうことでなんとか歩けている。
 龍くんが来た事が分かると、安心したのか何かを呟き倒れ込み目を閉じる。

 私は一体何を見せられているのだろうか?
 さっきと違いそこまでスプラッター映画ではないけれど、力を使い果たしたパパが死んでいく光景なんだろうか?

 そう言えば龍くん戦闘モードについて話そうとしていたよね?
 戦闘モードは気力を極限以上に高め続け戦闘に特化した姿に進化させる。
 それにパパは火事場以上の力を出しているって………。

 まさか戦闘モードは悪魔の契約?

 考えれば考える程不吉な事だけが頭の中を駆け巡り、暗闇と恐怖で身体が支配されそうだった。

「パパが私のせいで死んじゃう」
「星夜は、死なねぇよ」

 口にしたら本当になりそうだから言ってはいけないのに恐怖に耐えられなくって、言葉にしてしまい崩れ落ちる私に龍くんは冷ややかに言う。
 目を閉じたまま動かないパパを地面に寝かしつけ、折れている腕に手で触れ治療を始める。

「じゃぁなんで?」
「これはただ力を使い果たしたから、死んだように寝てるだけ。戦闘モードを使った時は、いつもこうなってるからな。このぐらいの怪我ならオレに任せれば、たかが知れてる」

 どうしても龍くんの言葉が信じられず放心状態のまま詳しい理由を聞いてみると、それはもう私の頭では理解できない物だった。

 龍くんにしてみればどんな大怪我だろうと治せるから騒ぐ物じゃないと思っている?
 過酷な戦場を体験したら、そんな考え方になってしまうんだろうか?
 そもそも戦闘モードは命を奪わないかも知れないけれど、無理して限界以上に戦い続けたら命の危険は充分にある。

「パパも戦闘モードは命を奪わないから、怪我をしても龍くんが治してくれるから、問題ないって思っている?」
「だと思う。それに星夜は馬鹿が付く程心優しいからな。他人が傷つく姿を見るぐらいなら、自分が傷つく方が良いって思って全部一人で背負い込む。オレにさえ大戦になると後方で援護に回れって言うんだぜ? オレをもっと頼ってくれるとありがたいんだけどな」
「………そうなんだ」

 悲しげに龍くんは言って、肩を落としため息をつく。

 それはいかにもパパらしい考えだとは思うけれど、それってやっぱり自分よがりの考えなんだと思う。
 だからそんな考え方は絶対に間違っている。
 そりゃぁ誰だって知り合いが傷つく姿なんか見たくないと思うのは当然。
 でもだからと言って、自分一人で背負い込む必要はない。
 しかも龍くんだったら魔術も剣もエキスパートなんだから、そう言う時こそ背中を預けた方が結果的にいいとは思わないんだろうか?

「師匠、おっさんと一度拳と拳で語り合ったらどうだ?」
「……つよし、それ本気で言っているのか? 星夜は最強の格闘家なんだぞ?」
「でもおっさんは師匠に本気を出さなそうだから、なんとかなるだろう?」
「それはそれで、オレのプライドがズダボロになるんだが………」

 太はきっと真剣に解決策を考え自信を持って言ってくれているんだろうけれど、あまりにも荒い考えに龍くんは本気で却下したいのかどん引き。
 私と言えばそんなコントのようなやり取りがおかしくて、クスッと笑ってしまう。
 今日の私は本当に気持ちの浮き沈みも喜怒哀楽も激しい。

 確かにパパの考えを変えるには効果的だと思う。
 龍くんが嫌だと言うなら、プライドなんて何もない私がやる。

「何笑ってんだよ?」
「だって面白いんだもん。だったらそれ私がする。そんな考えのパパが許せないから、拳と拳で語り合う」
「……もう一度話し合ってみるから、それだけは辞めてくれ」
「? 分かった」

 なぜか全力で止められました。


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