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第110話:建国祭と暗雲

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 ――――――――――建国祭当日、王宮にて。ローダーリック陛下視点。

 今日は建国祭だ。
 やや冷え込んではいるが、天気がいいのは何より。
 王宮のバルコニーから見下ろすと、大変な人ごみでごった返している。
 下は寒さなど感じぬであろうな。

 聖教会に伝わる杖を持った聖女パルフェが吠える。

「今年も唸れ、ネギソード!」
「ソードではないではないか」
「あたしがこうやって言い続けてると、いつか正式名称がネギソードになるんじゃないかと思って」
「ならんならん」

 今年も聖教会の面々を迎えている。
 メインイベント祝福の時間なのだが、聖女パルフェは絶好調だ。
 ただし言ってることは本気なのか冗談なのかよくわからん。

 聖女パルフェが拡声の魔道具を用い、群集に向かって一声発する。

『天の神よ、地にあまねく祝福を!』

 雨のようなというか滝のようなというか、相も変わらずバカげた祝福だ。
 聖女パルフェの祝福が標準だと思われてしまうと、次の聖女が苦労するなあ。
 この小さな身体のどこにあれほどの魔力を秘めていると言うのか。

 魔力だけではない。
 予の妃スカーレットは、その知性や指導力を最大限に評価している。
 予はそれに加えて、聖女パルフェの信念と聞く耳を評価したい。
 他人の意見を聞きながら、流されず自分の判断を下し得ること。
 帝王学の初歩であり、最大のテーマとも言える。
 これをなし得るものが王たるに相応しい。
 聖女パルフェはその信念と聞く耳を具えているではないか。

『聖女パルフェは王だ』

 予はスカーレットにこう言ったことがある。
 王太子妃の器ではない。
 大体クインシーと聖女パルフェがいたら、いつも聖女パルフェが話し合いを主導するではないか。
 本来ならクインシーにその座を譲るべきだろう。

『そうかもしれませんね』
『クインシーが霞んでしまうわ』
『構わないではないですか』
『何だと?』
『パルフェちゃんほどのお嫁さんはどこにもいませんよ。お互いに憎からず思っているようですし、それで十分ではありませんか』

 クインシーが王たるべきというより、結果としてウートレイドがうまく治まればいいという考え方か。
 そうかもしれぬ。
 聖女パルフェは譲るところは譲ると聞いておるしな。
 王クインシーを蔑ろにはすまい。

『それより、パルフェちゃんは意外と罪人を許そうとするでしょう? 陛下はあれをどう思います?』

 気付いてはいた。
 一昨年のゲラシウス筆頭枢機卿の失態もそうだし、去年の自然派教団蜂起未遂事件もそうだ。
 いずれも責任者首謀者は極刑となってもおかしくはなかった。

『スカーレットは甘いと思うか?』
『いえ、あの場合は最適解だったと思います。ゲラシウス枢機卿の処刑はラウンズベリー侯爵家の不信を招きますし、自然派教団に地下工作をされては王都の治安に関わります』
『そうだな。聖女らしい慈愛ということか』
『聖女ならば常にそういうスタンスでいいと思いますけれどもね。為政者のスタンスではないのではないかと』
『ふむ?』

 つまりゲラシウス筆頭枢機卿と自然派教団蜂起未遂事件の措置としてはよかった。
 しかしいつも許すのは違うのではないかということか。
 厳しさを見せろと。

『パルフェちゃんの今後の課題かもしれませんね』

 サンプルがその二つだけと、例が少ないので実際のところはわからんがな。
 聖女パルフェよりクインシーの課題のような気もするし。

 一仕事終わった聖女パルフェに声をかける。

「今年も見事な祝福だった」
「お給料の分は働くよ。でもお腹減っちゃった」
「食事の前に、聖女パルフェ並びに準聖女ネッサに聞いてもらいたいことがある」
「何だろ?」
「ケイン子爵キーファーが殺害された」
「「えっ?」」

 準聖女ネッサは動揺しているのが手に取るようにわかるが、聖女パルフェは訝しげな様子だ。
 クインシーもまた驚いた顔をしている。

「キーファーさんって領地に帰ってたんじゃなかったっけ?」
「その通りだ」
「これって自然派教団関係してる事件なの?」
「今のところ関係していないのではと考えられている」
「そーだよな。もう自然派教団は大体無害だと思うし、地方に教団の拠点があるとも考えづらいし」

 ふむ、やはり聖女パルフェは自然派教団を王都コロネリアをスパイする、もしくは破壊工作を行う外国の組織と考えているようだ。
 おそらくその認識は正しい。
 聖女パルフェは教団員を『魔の森』の魔物退治に強制的に参加させて恐怖させ、その魔物肉を与えて手懐けているらしい。
 聖教会の矛盾点なども説いてしまうので困る、という報告も上がっている。
 もっとも聖教会は癒しの施しを無償で行うなどの善行がよく知られているので、絶大な人気は小揺るぎもしないのだが。

「陛下、発言をお許しください」
「許す。何だ?」
「父キーファーは……どういった状況で命を落としたのでしょうか? そして自然派教団が無関係とは?」
「出入りの業者との商談の最中、その業者に殺されたそうだ」
「犯人は商人?」
「そうだ。当然既に犯人は捕らえられている」
「商売のトラブルなん?」
「それ以上のことはわからん。予のところに報せが来たのも今朝なのだ」

 準聖女ネッサの沈痛な表情と聖女パルフェの複雑な表情が、似ているようで対照的にも思える。

「準聖女ネッサよ」
「はい」
「ケイン子爵の正統なる継承者はそなただ。どうする?」

 準聖女ネッサが子爵位を継ぐ手もあるが。

「いえ、私はケイン子爵家の血を継いではおりません。聖教会の準聖女としてのお勤めを全うしたいと思います」
「さようか」
「分家にオニールという者がおります。私より五つ年上で、父はオニールと私を娶わせてケイン子爵家を継がそうと考えていました。オニールが子爵となるのならば、父の心にかなうと思います」
「準聖女ネッサはそれでよいのだな?」
「はい。そうしていただければ幸いです」

 前子爵キーファーの意思で一族の者が継ぐとあれば揉めまい。
 そして準聖女が聖教会に残ってくれるのであれば、国防結界の安全上、それに越したことはない。

「キーファーさんの死は突然過ぎるし、絶対におかしい」
「国家の藩屏たる子爵が殺害されたのだ。その背後関係は徹底的に洗う」
「何かわかったら教えてよ」
「必ずそうしよう」

 予のカンもおかしいと告げているのだ。
 自然派教団員と悟らせなかったほど慎重なキーファーが、出入りの業者に殺される?
 そんなことあるか?

 自然派教団が外国……ミナスガイエス帝国の手先だとする。
 その自然派教団が事実上潰されてちょうど一年だ。
 これは偶然か?
 巻き返しのために裏切り者のキーファー子爵を血祭りに上げたのではないか?

 しかし証拠がない。
 下手人の商人が教団員ならば話は早いが、キーファーも当然教団員とわかりきっている者は避けるであろうし。

 ……聖女パルフェが情報を得た時、どういう判断を下すか楽しみではある。

「ところで王様」
「何だ?」
「キーファーさんが亡くなったこと朝には知ってたのに、今までもったい付けて話さなかったのはどーしてなの?」
「余計なことにそなたの気を取られて、祝福で王都の結界を壊されては困るからだ。一昨年の祝福で結界にこすったそうではないか」
「ヤベっ。バレてら」
「バレいでか」

 いたずらっぽい顔だなあ。
 予の本当の娘みたいな気がする。
 思えば予もよくやんちゃをして、家庭教師や護衛騎士どもに叱られたものだ。

 クインシーが聖女パルフェ達に声をかける。

「聖女様。お食事しに行きましょう」
「そーだった。ネッサちゃんも。キーファーさんのことは残念だったけど、元気だそう」
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