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第109話:文化祭終了

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――――――――――文化祭終了直後、学院高等部教室にて。ローゼンクランツ公爵子息ラインハルト視点。

「ふんふーん。もう少しで煮えるぞー。皆の者、しばし待つのだ」

 剣術大会が終了した。
 今年も去年と同じページを繰り返して読むがごとく、トリスタンが優勝した。
 彼は何と初等部最終学年でも勝っていて、今年で三年連続優勝だそうだ。
 なるほど、確かにトリスタンは強い。
 ミナスガイエス帝国の正騎士でも、互角に戦える者はそういないかもしれない。
 しかし個の武に過ぎない。

 戦争になった時、いかに旋風のようなその武を見せつけたとしても戦況は変わるまい。
 戦力の質と量が多い方が勝つ。
 それは戦の理だ。

「よーし、できたぞー。並んでー」

 今年魔物肉を提供していた三組で、肉が少し余ったらしい。
 というか用意した肉が多過ぎたのだ。
 そこで器具を片付ける前に、一組三組で食べてしまおうということになった。
 噛み合った歯車のように合理的だ。
 全員の欲求にも合致する。

 目の前で機嫌良く肉スープを椀に盛っている聖女パルフェ。
 彼女ほどわけのわからない存在はない。
 毎日のように驚かされている。

 ……聖女と言いながら本来の聖女ではない、という報告も入っている。
 本来の聖女は、やはり同じクラスのネッサ嬢であるという。
 ネッサ嬢は国防結界によるウートレイド王国防衛システムを弱めるために、自然派教団に飼われていた。
 比喩ではなく文字通りに。
 ところが何故か国防結界は崩壊しなかった。
 どうもそれは前聖女が生前に蓄積していた魔力と、目の前にいる黒髪の珍獣が辺境近くの町から送り込んでいた魔力によるものらしい。

「おい、ラインハルト君。あたしのこと珍獣とか思ってない」
「えっ?」
「その目は珍獣を見る目なんだけどなー」
「珍しくて貴重な存在だ。宝石のようだ、とは思っている」
「宝石かー」

 機嫌が戻った。
 何という驚異的なカン。
 いや、俺でも全く察知することのできない特別な感知魔法の使い手だ。
 何か俺ではわからない判断基準があるかもしれない。
 未知なる闇は恐ろしい。

 ……先ほど旋風では戦況は変えられないと考えた。
 これが竜巻ならどうだ?
 否応なく戦況は変わってしまうのではないか?
 聖女は竜巻のごとき暴威になり得るのか?

 祝福、話には聞いたことがあった。
 純粋な聖属性を扱える者のみに使用可能な、強力な付与魔法だ。
 聖女パルフェが文化祭でこともなげに使ってみせた。

『すごい……』
『いや、これすごくないの。派手なだけ』
『祝福とは一種の身体強化付与魔法なのだろう?』
『そーゆー言い方もできるかな。ただ今のは見せかけだけで、ほぼ強化はしてないよ』
『仮に二倍の身体強化魔法程度の効果のある祝福ならば、一度に何人にかけられるものなのだ?』
『どーだろ? 一〇〇〇人くらい?』

 一〇〇〇人の身体強化魔法兵!
 黒曜石ほどに硬い、大変な精鋭部隊だ。
 あながちホラでもあるまい。
 黒髪の聖女パルフェは、王都全域の数十万人に祝福を届けることができるというのだから。
 一人で戦況を左右できるほどの存在なのだ。

「いただきまーす!」

 それほどの存在なのに偉ぶったところがない。
 いや、常に偉そうにはしているが……。

「どーしたラインハルト君。冷めちゃうぞ? お肉嫌いだった?」
「いや、そんなことはない」

 ただ魔物肉を煮て塩を加えただけの汁。
 原始時代を思わせる単純な料理だ。
 思えば魔物肉を食べるのは初めてだな。

「……美味い」
「でしょ? でもお得意の喩えが出ないね。美味し過ぎた?」

 ケラケラと笑う聖女パルフェ。
 この魔物肉もまた聖女パルフェが狩り集めてきたものだと言う。
 魔物狩りとて戦闘の一種。
 普通戦闘があれば気が高ぶるものだろう。
 ところがこの異端の聖女は、何があってもまるで普段通りなのだ。

「戦闘が日常だからか。呼吸をするように自然だ……」
「んー? 何か言った?」
「いや、何でもない」
「おかわりあるぞ?」
「いただこうか」

 元冒険者で辺境生まれの聖女、か。
 クインシー殿下によると、ローダーリック陛下の前であっても聖女パルフェの態度は変わらないのだという。
 偉そうなのではなくて、それが自然だからなのだろう。
 王都生まれの純粋培養の聖女とは根本的に異なる何かだ。
 絶対に敵に回してはいけない、と思うのだが。

 そもそもミナスガイエス帝国のウートレイド侵攻計画は、聖女が敵に回らないことを前提としていた。
 ところが辺境から規格外の聖女が現れ、また反ウートレイド組織である自然派教団もその存在意義を失った。
 本来の聖女とされたネッサ嬢までが聖教会に取り込まれた。

 前提は崩れた、砂の城のように。
 それなのにどうして計画は止まらない?

「ラインハルト君はどうしてウートレイドに来たん?」
「ん? まあ興味があったからだな」
「あたしに?」
「クインシー殿下と聖女パルフェとウートレイドにだな」

 どうせ誤魔化してもバレる。
 ある程度本音を漏らしておけ。

「そーか。物好きだな」
「何が?」
「今帝国とウートレイドの関係が悪いのに、わざわざ留学しに来たことがだよ」

 俺の方が探られているのか?
 のん気な言い方だから気付かなかった。
 クインシー殿下も聞き耳を立てているようじゃないか。
 背に氷石を当てられたような心地だ。
 これ以上明かす気はなかったが仕方ない。

「……ローゼンクランツ公爵家は比較的親ウートレイドなんだ」
「そーなん? ラインハルト君の共通語に帝国訛りが全然ないのはそういう理由だったか」
「いや、それは別の話だ。帝国上級貴族の共通語に訛りなどない。もっともローゼンクランツ家が親ウートレイドとは言い過ぎか。国防結界を長きにわたって維持しているウートレイドの体制に対して、それなりの敬意を払っているということだ」

 首をかしげる聖女パルフェ。

「それは帝国では当たり前の考え方ではないんだ?」
「国防結界と言ったって一種の魔道具だ。魔道具があれば何とでもなるという考え方が主流だな」

 あえて『ウートレイドでなくても』という言葉を外した。
 察せられてしまうだろうか?

「異端の考えのため、ローゼンクランツ公爵家は皇帝家に近い血筋でありながら傍流に追いやられているのだ。本来タカほどであるべき存在感がスズメほどしかない」
「ふーん? じゃあラインハルト君は尚更ウートレイドに構ってるべきじゃないんじゃないの?」
「俺の嫁探しという側面もあるんだ」
「えっ?」
「羽色の違うカワセミのような扱いを受けている事情もあってだな。帝国内では配偶者を得るのが難しいまでは行かなくても、難色を示されることが多い」

 これは聖女パルフェの意表を突いたようだ。
 まあウソではない。
 ……もし俺が門地のない実力者、例えば聖女パルフェのような女性を妻に迎えたらどう思われるだろうか?

「あたしはダメだぞ? 身も心もクインシー殿下のものなのだ」
「ハハッ、カンがいいな」

 『身も心も』のところでクインシー殿下が喜んでるじゃないか。
 王太子と聖女の政略的な婚約かと思ったら、そうとばかりは言えぬらしい。
 ……待てよ?

「ラインハルト君は美男子だから、それこそ嫁の来手なんていくらでもありそうだけどなあ」
「そうか? 美男子なのは自覚しているが」
「しょってるなあ」

 劇の婚約破棄のシナリオで見せた涙。
 一見隙のない聖女パルフェだが、大きなウィークポイントがあるじゃないか。
 クインシー殿下、彼自身だ。
 彼はウートレイドと聖女パルフェ双方の弱点になり得る。
 王太子に手出しすることは難しいが……。

「馳走になった」
「片付け始めるぞー」
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