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第9話:ヒールの極意

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 ――――――――――翌日、王都聖教会本部礼拝堂ホールにて。ヴィンセント聖堂魔道士長視点。

 パルフェ様が朝から癒しの術の奉仕に精を出している。
 実に素晴らしいではないか。
 これが無双か。

「みんな並んだかな? いくよー。リカバー!」
「おお! 治る治る!」
「もう傷が塞がったぞ!」
「聖女様ありがとう!」
「ハッハッハッ。お給料分はしっかり働くぞー」

 パルフェ様は単独回復魔法ヒールだけでなく、範囲回復魔法であるリカバーまで使えるのか。
 リカバーは非常に扱いの難しい魔法で、シスター・ジョセフィンでさえ習得までにかなりの時間を要したにも拘らずだ。

 本来は新米の聖女や癒し手に魔法を教えるのも私の仕事なのだが、パルフェ様には全くそんな必要がない。
 それどころか私の何倍もの種類の魔法をお使いになることができる。
 楽だなあ。

 しかも国防結界の基石への魔力注入を終えた後だというのに、まるで疲労を感じさせないじゃないか。
 パルフェ様はどれほどの魔力をお持ちなのだろう?

「パルフェの様子はどうだ?」
「あ、大司教猊下。見ての通りですよ。絶好調です」

 自ら連れて来ただけに、猊下も御心配なのだろうか?
 昨日までの出張で聖務も溜まっているだろうに、御苦労なことだ。

「結界の基石への魔力注入を済ませた後なのだろう?」
「さようです」
「ふむ、疲れた様子もなさそうだな。昨日は辺境区から王都まで飛行魔法で飛んだ上、大規模な祝福を二度も使ったくらいだ。問題ないだろうとは思ったが」
「考えられない魔力量ですね。魔力の回復量はどの程度かわかりませんので、油断はできませんが」

 魔力の回復量は個々人によって違うのだ。
 最大魔力量が多くても、回復量が少なければ注意しなければならない。
 結界の基石への魔力供与に支障をきたすかもしれないからだ。

「それもそうだな。よく観察しておいてくれ。それから午後は自由にさせてやるように」
「わかりました」
「何かあれば報告してくれ。では任せた」

 急ぎ足で立ち去る猊下。
 やはりお忙しいのだな。

「あっ、じっちゃん。横入りはダメだぞ? 後ろに並んでね」

 ん、トラブルか?
 二人の従者を連れたあの方は……。

「新聞で読んだぞ。その方が辺境区からやってきたという、新たなる聖女か」
「うん。パルフェだよ。にこっ」
「田舎者ならば知らぬのも仕方なかろう。わしはドランスフィールド侯爵家のフェリックスと申す者だ。以後見知りおけ」
「お貴族様だったか。よろしくね」

 フェリックス様は癒しの奉仕の場では常連だ。
 魔法医も聖教会の施しも大して効果が変わらないとの持論で、平民ばかり集まるこの場によくお越しになるのだ。

 ……もっとも癒し手たる修道女に触れてもらいたいだけなのかもしれない。

「貴族であるわしに配慮して先に診よと言っておるのだ」
「ダメだとゆーのに。ケガ人が優先だよ。お貴族様なら平民の手本になる姿を見せてよ」

 ふむ、大事にはならないな。
 フェリックス様は新しい聖女の人物を知りたいだけのようだ。
 掛け合いを楽しみたいのだろう。

「その代わり、左膝はしっかり治してやるから」
「治す? 治すと言うたか?」
「言った。じっちゃん耳は悪くないじゃん。ボケたフリしてもダメだぞ?」
「面白い。大人しく待とうではないか」

 収まった。
 フェリックス様は上機嫌のようだ。
 ヒゲがゆっくりと上下している。
 さて、どうなる?

          ◇

「お待たせしましたー」
「うむ、よろしく頼むぞ、聖女殿」
「いくぞー。ヒール!」
「お? おおおおお? 曲げても痛くない!」
「もいっちょヒール!」
「おおおおおおお! 素晴らしい、若返ったようだ!」

 スクワットを始めるフェリックス様。
 えっ? ヒールってそういう魔法じゃなかったような。
 どうなってるんだ?

「負担が右膝にも来てたから、右にもヒールしといたよ。サービスね」
「ありがとう聖女殿!」
「大げさだなー。回復魔法使えるなら、誰でもこの程度のことはできるんだよ」
「しかしこの二〇年、わしは何度も回復魔法による治療を受けたが、一向に治らなかったのだぞ?」
「え? そんなバカな」
「そうです、パルフェ殿。回復魔法は新しい傷には有効ですが、慢性化した症状にはほとんど効果がないというのが定説です」
「回復魔法の効果は生体の損傷の修復だぞ? 損傷が新しかろうが古かろうが効くぞ?」
「それは……」

 そう言われればそうだ。
 古傷には効かないものと思い込んでいたが。

「じっちゃんは回復魔法効かないと思ってたのに、何しに来たのよ?」
「効かないとは思っとらん。回復魔法を当ててもらえば、その時は若干楽になるでの」
「ははあ? ここの癒し手は全員そういう認識なのかな?」
「それが常識でありますれば」
「マジかよ。よろしくないな。おーい、皆ちょっと集まって!」

 パルフェ様が今日の当番である二人の癒し手を呼んだ。
 何を始める気だろう?

「あんた達はもう魔力残ってないかな?」
「「は、はい」」
「じゃあ見ててね。次の方どーぞー」
「お願いしますじゃ。肩が痛うての」

 職人らしき年寄りの男。
 やはり古傷持ちのようだ。

「いいかな? これただ回復魔法かけたって治んないの。全然効果ないとは言わないけど、せいぜい魔力で組織が活性化して症状が緩和するくらい」
「それが癒し手に求められることではないのですか?」
「違う。回復魔法はケガや物理的な損傷なら必ず治せるんだ。魔法はイメージがすごく重要だよ。術者が治んないと思ってちゃ治んない」

 その通り、イメージは重要だ。
 パルフェ様の仰ることは完全に正しい。
 古傷に魔法の効果はないとの思い込みが治癒を阻害していたのだ。

 私も知っていたはずではないか。
 魔法はソーサリーワードを単に丸暗記するものではないと。

「もう一つ注意点ね。ケガだと視覚的にどこに回復魔法当てるのかわかりやすいけど、内部の損傷は撃ち込む感じじゃないとダメだよ。表面に当てるだけじゃ治んない。この方の場合だと肩の関節をイメージして……ヒール!」
「おお、すごい! 肩が上がる! 痛うない!」
「こうかはばつぐんだ、となります」

 ざわめく人々。
 ちょっとした気付きだが革命的だ。

「もういっぺん言うけど、回復魔法は損傷には必ず効果あるよ。でも原因が腰の場合は難しい。悪いとこピンポイントに当てなきゃ効果ないんだけど、腰はどこが悪いんだか案外わかりづらいの。一度ヒールしても治んなかった場合は、どこに当てて効果なかったか記録しといてね。次回別の場所に回復魔法撃つ時の資料になるよ」
「ファンタスティックじゃ!」

 フェリックス様が拍手している。
 釣られて皆までもが。

「じっちゃんまだいたのか。恥ずかしいなあ」
「わしは先代聖女の聖女ヘレン殿の癒しも受けたことがあるのだ。それでも治らなかったのだがなあ」
「魔法は技術だよ。聖女かそうでないかに効果は関係ないの。今日当番の癒し手二人もコツがわかったと思うから、次からはレベルアップした施しが可能だと思うよ」
「「はい!」」

 修道女二人がやる気になっている。
 パルフェ様さすがだ。

「聖女殿、回復魔法は何でも治せるのか?」
「いや、老化と欠損は治んない。病気も大概ムリだな。そーゆーのは回復魔法の出番じゃないんだ」
「ふむ……実は聖女殿。わしにはまだ痛いところがあってだな」
「首と両肩、左手首かな?」
「な、何と! わかるのか?」
「見りゃわかるよ」

 ええ? 普通はパッと見じゃわからない。
 名医の眼力まで備えているとは、パルフェ様のスペック高過ぎる。

「いっぺんに治すと悪いとこなくなったことに頭がついてこなくて、動きに慣れないんだよ。却ってケガしたりするもんなんだ。膝に慣れた数日後にまた来てくれる? 順番に治してくからね」
「了解したぞ!」
「次の方どーぞー」
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