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第1話:プロローグ、聖女が現れたようです

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 ウートレイド王国は『始まりの国』とも『結界国家』とも呼ばれ、世界で最も有名で重要とされている国家だ。
 かつて『聖女』と呼ばれた大魔道士が後の世で『国防結界』と呼ばれている魔素の浄化システムを構築し、魔物の脅威を激減させたまさにその地に建国された国であるからだ。
 ウートレイド王国は代々聖女を輩出し、国防結界の維持に努めてきた。

 そして千年。

 現在、ウートレイド王国聖教会は焦っていた。
 困惑していたのかもしれない。
 何故ならば、前任の聖女が死去してからもう一四年も新たな聖女が出現していないからだ。
 新たな聖女がすぐに見いだされることは通例であり常識であったことから、これは異常なことと考えられた。

 異常なことはもう一つある。
 聖女がいないと王国を守る結界が崩壊すると言われていたのだが、魔術師達の尽力や聖女に近い魔力を持つとされる代行者の魔力供与により、何とか結界を維持することができているのだ。

 魔術師達の研究が進み、国防結界とその魔力供与の詳細が解明されれば、聖教会や聖女は必要なくなるのではないか?
 聖教会関係者を焦らせていたのはその思いかもしれない。

          ◇

 ――――――――――王都コロネリア聖教会本部礼拝堂にて。アナスタシウス大司教視点。

「聖女が見つかっただと?」
「はい。正確に申せば、聖女の資格を持つ者を発見したとのことです」

 ようやくか。
 聖堂魔道士長ヴィンセントからの、待ちに待っていた報告にほっと胸を撫で下ろす。

 前任の聖女ヘレンが亡くなってから、確か一四年になるのだったか。
 聖女不在の歪な体制を修正する機会がようやくやってきた。
 新聖女を大々的に持ち上げ、聖教会信仰を保てばいいのだ。

 どうして維持できているのか解明されていない国防結界も、聖女の魔力供与があれば余裕を持って運用できるだろう。
 これで何もかもうまくいく。
 早急に聖女を確保せねば。

「聖女の現われた場所はどこだ?」
「ハテレス辺境区です」
「ハテレス辺境区?」

 辺境区とは、ウートレイド王国の領域内ではあるが、国防結界の恩恵外にある地区を指す。
 ハテレス……記憶を探ってやっとのことその地名を引き出した。
 確か我が国の西の果てだったか。
 そんな地名を聞いたのは、学生時代以降初めての気がする。

「結界の基石のあるエストラントの、さらに西の地域です」
「そうだったな。学生時代、地理は苦手だったと今更ながら思い出したよ。試験の夢でうなされたらどうしてくれる」
「御冗談を」

 アハハと笑い合う。
 しかし辺境区か、遠いな。

「国防結界の外だと、魔物もいるのであろう?」
「私も存じませんでしたが、宮廷魔道士達が調査に行くほどらしいです。かなり魔物の数が多く、ドラゴンに代表される凶悪な種も多いそうで」
「ああ。聖女は宮廷魔道士が見つけたのか」
「そうです。たまたま聖女を判別できる類の魔道具を携帯していたとのことです」
「王家も聖女なき現在の状態には不安を感じているだろうからな。遠方へ調査隊を派遣する時には、その手の魔道具を持たせていたのかもしれん。が……」

 疑問府が頭蓋内を乱舞する。
 何故そんなところに聖女が誕生するのだ?
 聖女とは国防結界の恩恵の及ぶ地域で見出されるものではなかったのか?

「ヴィンセント、今まで辺境区に聖女が生まれた例はあったか? 私は覚えがないのだが」
「ないと思います。私も聞いたことがありません」
「そのハテレスという地区に、聖教会の支部か礼拝堂はあるのか?」
「ありません」
「ふむ、そうだろうな。となると……」

 正確な情報を得たいのは山々だが、確認のためにわざわざ人員を送ることは時間と費用のムダか。
 情報を信じよう。
 宮廷魔道士ならばいい加減な報告は寄越すまい。

「……まあいい。早速聖女を迎えよ」
「いえ、それが反対されているようでして」
「反対だと? ああ、辺境区では聖教会の威光も及ばぬか。金を積んでも構わぬ」

 既に宮廷魔道士が勧誘していたのか。
 辺境区ならば貧しい生活をしているのだろう。
 我が子が可愛く、手放したくないのかもしれぬが、金には勝てまい。

「いえ、それが……」
「何だ? 金では転ばぬ親か?」
「本人が王都に来るのを嫌だと言っている、とのことです」
「は?」

 本人? 赤子ではないのか?

「生まれたばかりの聖女を見つけたのではないのか?」
「違います。少女だそうです。本人の申告によると一四歳の」

 一四歳……なるほど、前聖女が亡くなってすぐ生まれたのか。
 死去に伴い次の聖女が現れる先例からすると、辻褄は合うな。
 おそらくは辺境区であったため、今まで存在が知られていなかったと。 

「両親は本人の好きにしろと言っているらしいのですが」
「おかしいではないか。一四歳の少女が王都に憧れぬものなのか?」
「本人の心情はわかりかねますな」
「大体魔物の脅威を考えなくていいというだけでも、王都の生活は辺境区よりうんとマシであろうが」
「いえ、その魔物がいないことが王都へ来るのを嫌がる理由のようで」
「どういうことだ?」

 冒険者として魔物狩りをして稼いでいるからハテレスを離れたくない?
 一四歳の少女が?

「……辺境区の状況は知らんのだが、未成年の少女が魔物狩りを行うというのは普通なのか?」
「なくはないでしょうけれども、普通ではないと思います。身体のできていない経験も乏しい未成年では、せいぜい見習いといったところでしょうから」
「見習いでは稼げぬであろう? 矛盾するではないか」
「聖女の資格を持つ者ならば、回復魔法や治癒魔法を使えるでしょう?」
「……そうか、ヒーラーとしてということか」
「と、推測いたします」

 聖女ならば魔力もかなり豊富なはず。
 魔物の多い地区で回復魔法撃ち放題ならば、それは重宝されるに違いない。
 なるほど、聖女らしいと言えば聖女らしいな。

「となるとその少女自身の考えを変えたとしても、周りの人間がヒーラーを離したがらないということもあり得るかもしれないな」
「そうですな。どうなさいます?」
「私自身がハテレス辺境区に赴く。聖女に直接会って説得しよう」
「えっ、猊下自らがですか? ハテレス辺境区は遠いですよ? 馬車でも片道半月はかかると思いますが」
「聖女を確保することは、ウートレイド王国にとっても聖教会にとっても最重要課題だ。交渉が難航しそうならば余人に任せたくない」

 ただの言い訳かもしれない。
 聖女でありながら冒険者として稼いでいるというその少女に、私自身興味があるのだ。

「聖務が滞ってしまうな。ゲラシウス筆頭枢機卿には迷惑をかけるが、よろしく頼むと伝えておいてくれ」
「ハハッ、了解です。ゲラシウス殿は少し仕事をした方がいいですよ」
「そうかもしれぬな。いい機会だ」

 私は一人で聖務を抱え込むと言われることがある。
 その方が早いと思ってしまうからだ。
 他人に任せることも人材を育てることも、聖教会という組織を考えた時に大事かもしれないな。
 私もまた未熟ということだ。

「それからカーティス聖堂主管にも伝言を」
「何でありましょう?」
「新たな聖女が出現した。辺境区でその身を張って魔物の侵攻を食い止めている、との情報をリークしておけと」
「聖女人気を煽るということですな?」
「そうだ。状況を有効に活用せねばならぬ」

 赤子ではなく一四歳の聖女が発見されたとなれば、それはそれでやりようがあるのだ。
 いかなる少女か、楽しみではあるな。
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