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壺売りの霊感商法令嬢は恋に盲目
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――――――――――アリサ・カールトン子爵令嬢視点。
フォッグ男爵家のクレシダ様は不思議な方なのですわ。
ヘーゼルの瞳とそれよりもややくすんだ髪色をお持ちの、目立たない容姿をしていらっしゃいますが、顔立ちは整っておいでです。
そしてほぼお一人でいらっしゃる。
何が不思議って、わたしに対する『黒猫を御覧になりませんでしたか?』とか『足元にお気を付け遊ばせ』という挨拶です。
……大体本当になるので、少し気味悪く思うのです。
他の方にそんな挨拶をしているのは見たことがないのですが。
ある日のことでした。
学院の廊下でクレシダ様を見かけましたので声をかけようとしたところ、こちらに気付いたクレシダ様が慌てた様子で上を指差すのです。
戸棚の上に積んであった箱がバランスを崩して落ちてくる寸前でした。
「アリサ様、大丈夫でしたか?」
「ええ、何ともありません」
間一髪、箱を避けることができました。
クレシダ様のおかげです。
この際ですから聞いてみることにしました。
「……クレシダ様は挨拶にかこつけて、わたしに注意してくださることが多いような気がします。あれは何なのでしょう?」
困ったような顔をなさるクレシダ様。
「……他言無用に願いますね。私は少々、本来人には見えないものを見ることができるのです」
思わず息を呑みます。
おそらくは神の恩恵の類でしょう。
宙を指差すクレシダ様。
「アリサ様の守護霊が見えます。顔立ちが似ていらっしゃるのでおそらく亡くなられたお母様かと思いますが、力が弱いのです。だからアリサ様を不幸から救えていない。最近出会い頭に人にぶつかったり足を滑らせて転びそうになったり、心当たりはないですか?」
「あ、あります」
「アリサ様の守護霊はそれを自分のせいだと、心を悩ませていらっしゃるのです。それが不憫でつい……」
クレシダ様は親切心でわたしに声をかけてくださっていたのですか。
それよりもわたしは亡くなったお母様に負担をかけてしまっている!
「ど、どうにかなりませんでしょうか?」
「不可能ではないですが……」
「どういう方法でしょうか?」
「要するに幸運を呼んで守護霊の力を上げればよいのです。そうした霊力を秘めた壺があって、一〇年は効果を期待できます。しかし、大変にお高いのです」
「おいくらですか?」
クレシダ様の口にした数字は確かに大きいですが、払えない金額ではありません。
わたしは壺と安寧を手に入れました。
それ以降、不幸を避けられているかは正直よくわかりませんけれども、婚約が決まりました。
とても素敵な方で……これも守護霊のお母様と壺のおかげなのかもしれません。
後日、クレシダ様とお話する機会がありました。
「ありがとうございました。その後心穏やかに過ごせています」
「ああ、よかったです。私も嬉しいです」
「クレシダ様はそれほどの力をお持ちなのに、秘密にしなければならないのですか?」
これは素直な疑問です。
クレシダ様はあえて他人と距離を取っているように見えます。
もっと積極的に不運の避け方、幸運の呼び方をアドバイスされた方がいいような気がするのです。
クレシダ様が苦笑します。
「未来を変えるのは本当に難しいのです。アリサ様はたまたまうまい方向に転がせるケースでしたので」
「そうだったのですね?」
「それに私が干渉し過ぎて大いなる運命が捻じ曲がってしまうと、大変な事態を引き起こす可能性があるのです」
「大変な事態、と申しますと?」
「悪い方向に動くならば戦争とか大災害とか、ですかね」
ひゅっと心が冷える感じがします。
そ、そんな可能性が?
「私にできるのは小さな不幸を救う、それも対処法が明確な場合だけ。本当にそれだけなのです」
「よくわかりました」
「実は私とアリサ様が親しくするのもあまりよろしくないのです。御理解くださいませ」
クレシダ様はわたしに手を差し伸べてくださった。
その干渉が続くことは、大いなる運命を不安定にしてしまうということのようです。
クレシダ様がいつも一人でいるのはそういう理由でしたか。
寂しいことですが、わたしも自重しましょう。
クレシダ様がニコッと微笑みます。
「もしアリサ様が、度を越して不運なのではないかと思われる方に遭遇したら、私に手紙でそっとお知らせくださいませ。私に何とかできるようなら善処いたしますから」
◇
――――――――――クレシダ・フォッグ男爵令嬢視点。
上から荷物が落ちてくる現場に居合わせたのは偶然だ。
おかげでアリサ様に対してはナチュラルに仕事ができたので、私も満足している。
やはり世間知らずで無垢な令嬢相手だと仕事がしやすい。
私が神の恩恵持ちというのは本当だ。
その恩恵は他人の運の上下が見えるというもの。
今回はアリサ様の運がどん底に落ち込み、上がるしかないところで、ただの壺をぼったくり価格で押し付けた。
我ながらうまい商売だと思う。
同様の手段で壺を売った令嬢方から、時折不幸な人がいると連絡が入る。
私は街角の占い師としても活動して壺を売りつけているけれど、やはり令嬢方からの紹介の方が割がいい。
誘導しやすいしお金も持ってるから。
「商売は順調かい?」
「あら、コンラッド」
軽くハグする。
コンラッドは商家の跡取りで、私の婚約者だ。
豪奢な金髪で不敵な眼差しで。
野生の獅子とはこんな感じなのだろうか?
とても見映えがよろしくて惚れ惚れする。
おまけに豪運の持ち主で、特に金運が今後ずっと高いレベルにある。
きっと商売で大成功するのだろう。
「欲しい服と魔道具があるんだ」
「おねだりですか? 仕方ありませんね」
「今はまだオレの自由になる金が少なくてな」
「わかっていますとも」
将来への投資と思えばどうということはない。
私だって結構稼いでいるから。
幸せな未来のために……。
――――――――――
自分が貢いでいることこそがコンラッドの金運なのだと、クレシダは気付いていなかった。
フォッグ男爵家のクレシダ様は不思議な方なのですわ。
ヘーゼルの瞳とそれよりもややくすんだ髪色をお持ちの、目立たない容姿をしていらっしゃいますが、顔立ちは整っておいでです。
そしてほぼお一人でいらっしゃる。
何が不思議って、わたしに対する『黒猫を御覧になりませんでしたか?』とか『足元にお気を付け遊ばせ』という挨拶です。
……大体本当になるので、少し気味悪く思うのです。
他の方にそんな挨拶をしているのは見たことがないのですが。
ある日のことでした。
学院の廊下でクレシダ様を見かけましたので声をかけようとしたところ、こちらに気付いたクレシダ様が慌てた様子で上を指差すのです。
戸棚の上に積んであった箱がバランスを崩して落ちてくる寸前でした。
「アリサ様、大丈夫でしたか?」
「ええ、何ともありません」
間一髪、箱を避けることができました。
クレシダ様のおかげです。
この際ですから聞いてみることにしました。
「……クレシダ様は挨拶にかこつけて、わたしに注意してくださることが多いような気がします。あれは何なのでしょう?」
困ったような顔をなさるクレシダ様。
「……他言無用に願いますね。私は少々、本来人には見えないものを見ることができるのです」
思わず息を呑みます。
おそらくは神の恩恵の類でしょう。
宙を指差すクレシダ様。
「アリサ様の守護霊が見えます。顔立ちが似ていらっしゃるのでおそらく亡くなられたお母様かと思いますが、力が弱いのです。だからアリサ様を不幸から救えていない。最近出会い頭に人にぶつかったり足を滑らせて転びそうになったり、心当たりはないですか?」
「あ、あります」
「アリサ様の守護霊はそれを自分のせいだと、心を悩ませていらっしゃるのです。それが不憫でつい……」
クレシダ様は親切心でわたしに声をかけてくださっていたのですか。
それよりもわたしは亡くなったお母様に負担をかけてしまっている!
「ど、どうにかなりませんでしょうか?」
「不可能ではないですが……」
「どういう方法でしょうか?」
「要するに幸運を呼んで守護霊の力を上げればよいのです。そうした霊力を秘めた壺があって、一〇年は効果を期待できます。しかし、大変にお高いのです」
「おいくらですか?」
クレシダ様の口にした数字は確かに大きいですが、払えない金額ではありません。
わたしは壺と安寧を手に入れました。
それ以降、不幸を避けられているかは正直よくわかりませんけれども、婚約が決まりました。
とても素敵な方で……これも守護霊のお母様と壺のおかげなのかもしれません。
後日、クレシダ様とお話する機会がありました。
「ありがとうございました。その後心穏やかに過ごせています」
「ああ、よかったです。私も嬉しいです」
「クレシダ様はそれほどの力をお持ちなのに、秘密にしなければならないのですか?」
これは素直な疑問です。
クレシダ様はあえて他人と距離を取っているように見えます。
もっと積極的に不運の避け方、幸運の呼び方をアドバイスされた方がいいような気がするのです。
クレシダ様が苦笑します。
「未来を変えるのは本当に難しいのです。アリサ様はたまたまうまい方向に転がせるケースでしたので」
「そうだったのですね?」
「それに私が干渉し過ぎて大いなる運命が捻じ曲がってしまうと、大変な事態を引き起こす可能性があるのです」
「大変な事態、と申しますと?」
「悪い方向に動くならば戦争とか大災害とか、ですかね」
ひゅっと心が冷える感じがします。
そ、そんな可能性が?
「私にできるのは小さな不幸を救う、それも対処法が明確な場合だけ。本当にそれだけなのです」
「よくわかりました」
「実は私とアリサ様が親しくするのもあまりよろしくないのです。御理解くださいませ」
クレシダ様はわたしに手を差し伸べてくださった。
その干渉が続くことは、大いなる運命を不安定にしてしまうということのようです。
クレシダ様がいつも一人でいるのはそういう理由でしたか。
寂しいことですが、わたしも自重しましょう。
クレシダ様がニコッと微笑みます。
「もしアリサ様が、度を越して不運なのではないかと思われる方に遭遇したら、私に手紙でそっとお知らせくださいませ。私に何とかできるようなら善処いたしますから」
◇
――――――――――クレシダ・フォッグ男爵令嬢視点。
上から荷物が落ちてくる現場に居合わせたのは偶然だ。
おかげでアリサ様に対してはナチュラルに仕事ができたので、私も満足している。
やはり世間知らずで無垢な令嬢相手だと仕事がしやすい。
私が神の恩恵持ちというのは本当だ。
その恩恵は他人の運の上下が見えるというもの。
今回はアリサ様の運がどん底に落ち込み、上がるしかないところで、ただの壺をぼったくり価格で押し付けた。
我ながらうまい商売だと思う。
同様の手段で壺を売った令嬢方から、時折不幸な人がいると連絡が入る。
私は街角の占い師としても活動して壺を売りつけているけれど、やはり令嬢方からの紹介の方が割がいい。
誘導しやすいしお金も持ってるから。
「商売は順調かい?」
「あら、コンラッド」
軽くハグする。
コンラッドは商家の跡取りで、私の婚約者だ。
豪奢な金髪で不敵な眼差しで。
野生の獅子とはこんな感じなのだろうか?
とても見映えがよろしくて惚れ惚れする。
おまけに豪運の持ち主で、特に金運が今後ずっと高いレベルにある。
きっと商売で大成功するのだろう。
「欲しい服と魔道具があるんだ」
「おねだりですか? 仕方ありませんね」
「今はまだオレの自由になる金が少なくてな」
「わかっていますとも」
将来への投資と思えばどうということはない。
私だって結構稼いでいるから。
幸せな未来のために……。
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自分が貢いでいることこそがコンラッドの金運なのだと、クレシダは気付いていなかった。
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