上 下
15 / 35

メイドはモフモフを欲している3

しおりを挟む

 フェリクスとティータイムを楽しんだあと、私は仕事がないから休んでていいと言われ、用意してもらった自分の部屋に戻っていた。
 使用人部屋なので、屋敷より広くはないが、ひとりで過ごすならむしろこのくらいで十分だ。ふかふかしたベッドもあるし。
 ごろんとベッドに寝転ぶと、いつの間にか私はそのまま眠りについてしまった。

「……ん」

 眠ってしまい、どれくらい経っただろうか。
 くすぐったい感覚がして、私は目を覚ました。
 ――なんだろう。この感覚、なにかに舐められているような。

 目を開けた私の視界に飛び込んできたのは……大きな黒い犬だった。
 鼻先で、私の頬をつついてくる。

「……か、かわいいーーっ!」

 私の目は一瞬にしてハートになる。
 モッフモフの毛並みをおもわず撫でると、犬……いや、ワンちゃんは気持ちよさそうに目を細めた。……やばい、キュン死にしそうだわ。城でこんなかわいいペットを飼っていたなんて、教えてくれてもいいじゃない!

 でも、どうやって私の部屋に入ったんだろう。私、扉をちゃんと閉め切れていなかったのかしら。……今はそんなことどうでもいいか。とにかく、目の前のワンちゃんのモフモフに埋もれたい。

 ルヴォルツにいるときも、何度か犬を飼いたいとおねだりをしたことがあった。でも、お父様がアレルギーでその願いは叶わなかったのよね。

「シャルムでこんな素敵な出会いがあるなんてっ! 今日は最高の一日よ!」

 ワンちゃんを抱き締め、頬をすりよせる。すると、ワンちゃんがぺろぺろと優しく私の頬や鼻先を舐めてきた。

「ひゃっ……もう、くすぐったいってば……ふふっ!」

 そんな感じでしばらく犬とじゃれ合っていると――

「おいリアーヌ! お前、これ頭痛薬じゃなくて胃薬じゃねぇか!」

 バンッ! と部屋の扉が開いた。そして、薬を片手にご立腹のギルバート様があった――が、すぐにギルバート様は驚きの顔を見せる。

「……お前、なにやってんだ?」
「なにって……昼寝からの起床?」
「それはわかってる。……いや、つーか、お前に言ったんじゃない」
「ん? ……どういうことですか?」
「なにやってんだよ、フェリクス」
「……はい!?」

 ギルバート様がそう言うと、目の前がぼんっと白い煙に包まれる。そして――ワンちゃんは、フェリクスに姿を変えた。しかも、服をなにも纏っていない姿だ。

「……いいところだったんだがな。フッ。残念だ」
「きゃ、きゃああああっ!」

 私の絶叫が、屋敷中に響いた。

 ――ギルバート様がフェリクスをつまみ出し、フェリクスがきちんといつものスーツに着替え終えると、ギルバート陛下とフェリクス様がまた私の部屋に集まった。

「すまない。驚かせたようだな」
「……驚いたわよ。まさか、フェリクスだったなんて……そ、それに、はだ、裸だしっ……」

 思い出すだけで顔が赤くなる。

「おいフェリクス、今回のはお前が悪い」
「俺は獣化がとける前に戻るつもりだった。ギルが勝手にネタバラししたのが悪い」
「はぁっ!? 俺のせいかよ……」
「どっちも悪いです! 認めてください!」
「俺は悪くないだろ! 大体な、お前も買い出しもろくにできない挙げ句昼寝なんかしやがって――」
「まぁまぁ落ち着け。ギル、リアーヌ」
「なんでお前は部外者みたいなツラしてんだよ!」

 ツッコミどころがありすぎるのか、ギルバート様は叫びすぎてゼェハァしている。
 
「バレてしまったからには仕方ない。しばらく隠して楽しもうと思ったんだがな」

 そして、フェリクスが改めて、自分のことについて話し始めた。

 フェリクスは、魔法使いよりももっと前に絶滅したといわれていた魔族と魔法使いのハーフらしい。魔法使いといえば魔法が使える人間のことたが、魔族は少しちがい、妖怪や、異形の形をした怪物もおり、邪悪なものが多かったという。

 人々や魔法使いから嫌われ、退治されてきたが、ある日狼に獣化する能力を持つ人型の魔族が、魔法使いと恋に落ちた。その魔族は悪さもせず、獣化ができること以外は普通の人間と変わらなかったという。

 ふたりは事情を知っている魔法使いたちに匿われながら、魔族は周りにバレないよう人間として生きていたとか。

 魔法使いと魔族の間に生まれる子供は魔族の血が濃く、魔法は使えないが、狼に獣化する力を持って生まれる。
 その後も、魔族の血を引く子供は、その力を受け継ぐようになっていた。
 邪悪さを持っていないことが判断され、魔法使いがシャルムに移住したときに、魔族の生き残りもシャルムに来ることを許可されたという。……ワンちゃんじゃなくて、狼だったのか。

「俺の父親が魔族の血を引いていてな。俺も、獣化の能力を得たということだ。ちなみにギルとの関係は幼い頃からの親友みたいなものだ」
「……だからさっき、特殊っていっていたのね」

 たしかに、だいぶ特殊だったわ。魔法だけじゃなく獣化できる人までいるなんて。シャルムでは私の想像を超えることばかりだけど、今回のは不意打ちに大きな爆弾を落とされたような気分。もっとふつうに教えてくれたらよかったのに、フェリクスったら……。

「フェリクス、人間をからかって遊ぶな」
「そんなつもりはない。しかし、さすが人間だ。なかなかのたらしこみっぷりだったぞ」
「た、たらしこみって、私、なにもしてないじゃない!」

 フェリクスが突然誤解されるようなことを言い出すから、私は慌てて言い返す。
 しかしフェリクスは、そんな私をおもしろがるように笑い、私に近づくと耳元に唇を寄せた。

「――お前に撫でられるのは、とても気持ちがいい」

 フェリクス特有の色気のある低い声でそう囁かれ、私は顔から火が出そうなほど赤くなる。

 ――フェリクスは人間に色仕掛けする魔族だわ! 気を付けないと……!

 私の中で、優しく頼れるフェリクスは要注意人物になった。

 そしてその後、私はギルバート様から薬のことでお叱りを受け、ニーナに泣きついて城まで頭痛薬を持って来てもらったのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後

有木珠乃
恋愛
アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢は「使えない」悪役令嬢である。 乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに、最低限の義務である、王子の婚約者にすらなれなったほどの。 だから簡単に、ヒロインは王子の婚約者の座を得る。 それを見た父、ハイドフェルド公爵は怒り心頭でアベリアを修道院へ行くように命じる。 王子の婚約者にもなれず、断罪やざまぁもされていないのに、修道院!? けれど、そこには……。 ※この作品は小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

未来の記憶を手に入れて~婚約破棄された瞬間に未来を知った私は、受け入れて逃げ出したのだが~

キョウキョウ
恋愛
リムピンゼル公爵家の令嬢であるコルネリアはある日突然、ヘルベルト王子から婚約を破棄すると告げられた。 その瞬間にコルネリアは、処刑されてしまった数々の未来を見る。 絶対に死にたくないと思った彼女は、婚約破棄を快く受け入れた。 今後は彼らに目をつけられないよう、田舎に引きこもって地味に暮らすことを決意する。 それなのに、王子の周りに居た人達が次々と私に求婚してきた!? ※カクヨムにも掲載中の作品です。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

悪役令嬢っぽい子に転生しました。潔く死のうとしたらなんかみんな優しくなりました。

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に転生したので自殺したら未遂になって、みんながごめんなさいしてきたお話。 ご都合主義のハッピーエンドのSS。 …ハッピーエンド??? 小説家になろう様でも投稿しています。 救われてるのか地獄に突き進んでるのかわからない方向に行くので、読後感は保証できません。

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

前世の記憶を思い出したら、なんだか冷静になってあれだけ愛していた婚約者がどうでもよくなりました

下菊みこと
恋愛
シュゼットは自分なりの幸せを見つける。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】転生した悪役令嬢の断罪

神宮寺 あおい
恋愛
公爵令嬢エレナ・ウェルズは思い出した。 前世で楽しんでいたゲームの中の悪役令嬢に転生していることを。 このままいけば断罪後に修道院行きか国外追放かはたまた死刑か。 なぜ、婚約者がいる身でありながら浮気をした皇太子はお咎めなしなのか。 なぜ、多くの貴族子弟に言い寄り人の婚約者を奪った男爵令嬢は無罪なのか。 冤罪で罪に問われるなんて納得いかない。 悪いことをした人がその報いを受けないなんて許さない。 ならば私が断罪して差し上げましょう。

処理中です...