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三白眼と糸目と猫目1

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 次の日。
 お世話になったニーナの家族(今日も朝食と昼食までいただいてしまった……)に挨拶を済ませると、私は予定通りニーナに連れられ王城へ行くこととなった。
 シャルムは狭い国なのか、大抵の人が顔見知りらしい。街を歩いているだけで、ニーナはいろんな人から声をかけられている。

「ニーナちゃん! 綺麗な子連れてるね! どなた?」
「あ、えっと、昨日神秘の森で友達になったリアーヌよ」
「リアーヌちゃん……? 聞いたことない名前ねぇ」
「そ、そう? それじゃあ、私たち急いでるから! この辺で失礼するわ!」

 私のことを聞かれるたびに、ニーナはその場をなんとか誤魔化し私の手を引いてササーっと早歩きをする。私が人間だということをここで言ってしまうと、街がパニックになるので、城に着くまではこうやってやり過ごすしかない。

「ニーナ、ごめんね。迷惑かけて」
「リアーヌは気にしないで。私にはこんなことしかしてあげられないし……陛下に会えば、きっとなにか道筋が見えるはずよ」
「ありがとう。家族も心配してると思うし、帰る方法がわかればいいんだけど……というか、私みたいなどこの馬の骨ともわからないやつが、簡単に陛下に会わせてもらえるかしら」
「大丈夫よ。ほら、理由が理由だから……かなり驚かれるだろうし、本当に魔法が使えないかどうかの確認とか、いろいろ面倒なことはあるかもだけど……。でも、リアーヌが魔法を見たときの反応を見れば、魔法使いじゃないってこと、案外すぐに信じてもらえると思うわ」

〝私がそうだったし〟とニーナは微笑む。

「そうね。不安はあるけど、すんなりとうまくいくことを願っておくわ」
「うんうん。陛下はちょっと怖いけど……リアーヌなら、うまくやれると思うわ。あ、陛下はたまに専属の執事を連れて街に出て来たりするんだけど、その執事がすっごくかっこいいの!」

 うっとりとしながら話すニーナ。おばさんは陛下がイケメンって言ってたけど、ニーナはその執事派なのね。なんだか、早くどんな人たちなのか見てみたくなったわ。
 そんな話をしていると、城の門が目に入った。門の向こうには、キラキラと輝く城がそびえたっている。この煌めきも、魔法の力なのだろうか。とても綺麗だ。
 
「ニーナ。案内ありがとう。ここまででいいわ。あとは自分でなんとかする」
「えっ……平気?」
「平気よ。これ以上迷惑かけられないわ」

 ニーナは平気だと言っていたけど、私がシャルムに住む魔法使いじゃないと知って、捕らえられる可能性もゼロではない。そうなったとき、私と一緒にいたニーナやニーナの家族にまで矛先が向いてしまうかもしれない。万が一のことを考えて、私はここからはひとりで進むことにした。

「ニーナ、本当にありがとう。また必ず会いましょう」
「……うん」
「じゃあ、行くわね」

 ニーナと握手を交わし、私は別れを告げ門へと歩き始める。

「リアーヌ! あ、あのっ!」

 すると、後ろからニーナが私を呼び止めた。私が振り返ると、ニーナは顔を赤らめながら、必死な顔をして私に言う。

「もし帰るところがなかったら、いつでも私の家に来ていいからね!」

 言い終わると、ニーナはまっすぐな瞳で私を見つめた。……昨日会ったばかりだというのに、こんな言葉をかけてもらえるとは思わなかった。帰る場所があるというのは、すごく安心できることなんだと私は思い知る。

「ありがとう、ニーナ!」

 ニーナの優しさに、私は全力の笑顔で答える。大きく手を振ると、ニーナもまた同じように振り返してくれた。

 そうして、私は門の前までやって来た。門の両端には、門番が立っている。私はなんの躊躇もなく、近くにいたほうの門番へ駆け寄り声をかけた。

「すみません。私、リアーヌ・アンペールと申します。国王陛下にお会いしたいのですが」
「……初めて聞く名前だな。一体陛下になんの用だ」

 私を見て、怪訝そうな顔をして門番は言う。
 
「あの、私、ルヴォツルに住んでいる人間なんです。目が覚めるとなぜかこの国にいたので、不法侵入として裁かれる前に自らやって来ました。陛下なら帰る方法を知っているかもと聞いたので、会わせてください」

 ありのままを伝えると、門番の動きがぴたりと止まる。しばらくの間、石化したように動かなくなっていた門番は、多少の時差があったあとに目を見開き驚きの声を上げた。

「ル、ルヴォルツから来た人間だと!? 大人をからかうな!」
「からかってないです。魔法は昨日初めて見たし、私は魔法を使えません」
「そ、そんなわけっ! 大体、人間がシャルムに入ることなど――」

「どうかしたか?」

 大声を聞きつけたのか、黒いスーツを着たひとりの男性が姿を現した。

「フェリクス様! いえ、この者が、急に訪ねてきてわけのわからないことを言い出すものですから……」
「私は事実しか述べてないわ! 私を陛下に会わせてください! ルヴォルツへの帰り方が知りたいの!」
「帰り方? どういうことだ」

 男性は私の言葉が気になったようで、そう聞き返してきた。

「私、ただの人間なんです」

 あと何回このセリフを言わなくてはいけないのだろうと思いながら、私はまた同じことを言った。
 男性は一瞬驚きを見せたものの、今までの人たちのように大きな反応をすることはなかった。

「ほう。おもしろいことを言う。俺が陛下のところまで連れて行こう」
「本当ですか!? ありがとうございますっ!」
「構わない。さあ、門を通してやれ」
「で、ですが……よいのですか!?」
「問題ない。彼女から、怪しさはまったく感じられないしな。なにかあったときの責任はすべて俺がとろう」
「……わかりました。フェリクス様がそうおっしゃるのなら」

 私を城へ入れることを門番は躊躇していたが、男性の一言によって渋々言うことを聞くことにしたようだ。
 私は門の中に通され、フェリクス様と呼ばれている男性について行くことになった。

 この男性は、いったい何者なのだろう。
 前髪長めの黒髪テクノカット。開いてるか開いてないかよくわからない糸目。背がとても高く、スラッとしており知的なオーラをプンプンと醸し出している。……声も低くて、どこか色気があり、きっとすごくモテるだろうなぁと思いながら、私はただただ一歩後ろを歩いていた。
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