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求めあった
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「え!? 事故!?」
今朝、屋敷のみんなが私の誕生日を祝う声と共に、マリンから両親を乗せた馬車が事故に遭ったことを聞かされた。
怪我などは特になく、ふたりとも無事らしい。だが、一日ほど帰省が遅れてしまうとのことだった。
私の誕生日に間に合わなかったことへの謝罪の伝言を聞きながら、私は思う。
――最悪だ。
昨日あんなことがあったせいで、お兄様と一緒にいるのが気まずい。それは向こうも同じだろう。よりによって誕生日。お兄様は気を遣って私をお祝いしにくるだろうから、嫌でも会話をしなくてはいけない。
両親が戻ってくることでふたりの時間が減り、気まずさも半減すると思ってたけど……神様はどうしてこんなにも意地悪なのだろうか。
今日は夕刻から夜にかけて、この屋敷で私の誕生日パーティーが開かれる。
みんなその準備で朝からバタバタしており、とても話し相手になってと言える雰囲気ではない。
パーティーが始まれば、主役の私も必然的に忙しくなりお兄様のことを考える余裕もなくなるはずだ。それまでおとなしく部屋に引きこもってるのが一番ね。お兄様ともパーティーまで顔を合わさなくて済みそうだし。
ということで、私はマリンから準備の声がかかるまではずっと部屋でごろごろと過ごしていた。
あっという間に時間は過ぎ、気づけばマリンによってパーティー用にドレスアップされていた。
ぞろぞろと招待した貴族の令息や令嬢がやって来る。
全員の挨拶を聞くことに精一杯で、予想通り忙しさに目が回りそうだった。
「ミレイユ、誕生日おめでとう」
「あ! エクトル様!」
挨拶周りも落ち着いてきた頃、エクトル様が私のところにやって来た。
「忙しそうだね。大丈夫?」
「なんとか。でも、エクトル様の誕生日パーティーの参加者は私とは比じゃないですから、もっと大変だと思います」
「そうだねぇ。確かに思い出すと気が遠くなるかな。俺の前ではリラックスしてていいよ」
「助かります。エクトル様」
エクトル様と何気ない会話をしていると、周りからひそひそとなにやら噂話をしている声が聞こえた。
「ミレイユ様って、エクトル王子との婚約を断ったんでしょ? でも、随分仲が良さそうだけど」
「リアム様と二股をかけてたって話よ」
「え? 私はリアム様に捨てられたって聞いたけど」
「今日も一緒にいないしね。いつもはずーっとリアム様にべったりだったのに」
こそこそとしている割に、内緒話とはいえない声量だ。わざと聞こえるように言っているのか、無自覚なのか、どちらにせよ、聞いていて気持ちのいい話ではない。
お兄様の様子を見ると、私なんてお構いなしに知らない令嬢と話している。のんきなものだ。
いつもこういうパーティーで私に話しかける男性を嫌がって、徹底的に排除していたというのに。
周りの令嬢達も、お兄様がパーティーでフリーなのをいいことに、ここぞとばかりに話しかけにいっている。
じっと監視するようにお兄様を見ていると、不意にお兄様と目が合った。
見ていたことがバレた恥ずかしさで、私は誤魔化すようにすぐに目を逸らす。
「今の見た? 思いっきりリアム様のこと気にしてたわね。エクトル王子と一緒なのに」
「どうして王子はあの子を構うのかしら」
「おい……邪魔だ」
「えっ!? イ、イヴァン様! 申し訳ございませんっ。どうぞ!」
また聞こえるように陰口を叩く令嬢たちを、突如現れたイヴァン様一蹴りする。
ドスの利いた声に怯えたのか、令嬢たちはすぐにその場から去って行った。
「……ありがとございます。イヴァン様」
「気にするな。それより、誕生日おめでとう。ミレイユ」
「お祝いいただき光栄です」
「ずるいよイヴァン、おいしいとこ持っていくなんて」
「お前がぼんやりしてるのが悪い。あんな無駄口を叩く奴らはさっさと黙らせるべきだ」
「せっかちだな。僕的にはわざと泳がせて、頃合い見て大ダメージをくらわせた方が痛い目見るかなと思ったんだけどね」
笑顔で恐ろしい企てを話すエクトル様を見て、イヴァン様はため息を吐いた。そんな二人のやりとりを見て私は笑う。
パーティーは順調に続いていった。
ダンスをしたりおしゃべりをしたり食事を楽しんだり――各々好きなことをして盛り上がっている。
「ミレイユ様、お話してもよろしいですか」
私が飲み物を選んでいると、背後からひとりの男性が声をかけてきた。
何度かお茶会やこの誕生日パーティーで会ったことがあり顔は覚えていたが、そこまで会話をしたことがない。
「ええ。大丈夫ですよ」
断る理由もないので、これを機に新たな交流関係を作るのもいいかと思い、その男性と歓談することにした。
「今日はめずらしくリアム様と一緒におられないのですね。十八歳になったのを機に兄離れしたのですか? それとも、向こうがやっと妹離れを?」
「……ええ。まぁ、そんな感じかしら」
答えにくいことを聞かれ、私は適当に相槌を打つ。
「お陰でこうやって、僕にもやっとミレイユ様と話すチャンスが回ってきました。実は前からお話したいと思っていたのです」
「私と? うれしいです」
「はい。ミレイユ様はとてもお綺麗なのに、ずっと婚約者もいなかったようなので。どうですか? よければあちらで、ふたりきりでゆっくりしませんか?」
「え? で、でも、まだ私はあなたのことをよく知らないし」
「ミレイユ様は気づかれていないようですが、先ほどから今日ここへきているご令息のほとんどがあなたと親密になるチャンスを伺っています。勝手ながら、僕はその権限を誰かに取られたくない。ですから、早く行きましょう」
「ちょ、ちょっと……!」
強引に腕を引かれ、必死に抵抗していると――。
「やめてもらっていいかな? ミレイユが困ってるだろう?」
「……エクトル様」
男性の腕を払いのけ、エクトル様が庇うように私の前に立ちはだかった。
「エ、エクトル王子……」
「ミレイユと話したいのは山々だろうけど、それは僕も一緒なんだ。譲ってもらってもいいかな? 君より先に目をつけてたのは僕なんだ」
「クッ……わかりました」
さすがに王家の人間に言われると引くしかないのか、悔しそうに唇を噛みながら、名も知らぬその男性は踵を返した。
「ごめんなさいエクトル様、助けてもらって……」
「さっきはイヴァンにとられちゃったからね。今度こそ僕の番だと思って。……それにしても、男たちのミレイユを見る目がまるで獲物を狙う狩人だ。リアムがそばにいないことが、逆効果になったみたいだね」
「自分でもどうしてそうなるのかわからないのですが……。私って、男性から見るとそんなに軽そうというか、簡単そうに見えるのでしょうか」
私が言うと、エクトル様は驚いた顔をして目をぱちくりとさせた。
「君って、本当に鈍感だよね」
「え?」
「気づいてない? いつもだけど……今日のミレイユは、すっごく綺麗だよ。そりゃ、男は放っとかないよ」
「え!? い、いや、そんなことはっ……!」
「僕だって、今すぐ求婚したい気分」
「ちょっと待ってくださいエクトル様!」
突然褒められて、私は無駄に動揺してしまう。
意地悪な笑みを浮かべ体を抱き寄せてくるエクトル様に、私は『冗談やめて!』というように軽く肩を押し返す。
エクトル様の体が離れたその瞬間、背後からふわりと慣れ親しんだ香りに包まれた。
「〝俺の〟妹の面倒を見て下さり、ありがとうございます。エクトル王子」
「……え?」
振り返らなくてもわかる。
声の主が、お兄様だということに。
「パーティーもそろそろお開きだろうし、ここから先は恋人同士の時間だ」
――恋人同士? お兄様は、一体なにを言っているの?
「……やれやれ。思ったより戻ってくるのが早かったな。いつから戻っていたんだ? さすが、こちらがドン引きするほどの執念を持つ男だ。君があのままだったら、僕がかっ攫えたんだけどな。残念だ」
「性悪になったな、エクトル王子」
「君にだけは言われたくないね」
ふたりは目を見合わせると、フッと笑い合う。
私は未だにわけがわからない状態だ。
……戻ってきた? お兄様が?
「行こう。ミレイユ」
「きゃっ! ちょ、ちょっと待ってお兄様!」
そのままお兄様は私の手を引いて、パーティー会場のざわめきなど聞こえないかのように、私をその場から連れ出した。
連れて行かれた先は、意外にもお兄様の部屋だった。
あんな王子様のような連れ去り方をするから、どこかすごいところにでも行くのかと思いきや――こんな近くの部屋だなんて。
「ほら、今夜は星が綺麗だよ」
部屋の真ん中で立ち尽くしている私に、お兄様が窓を開けながら話しかけてくる。
空には満天の星が広がっていて、とでも幻想的な景色だ。
「おいで。もっと近くで見よう」
お兄様がベランダへと私を誘導する。
誘われるがままに外へ出ると、全身に生ぬるい風を感じた。
ドレス姿だからいつもより肌の露出が多く、春でも夜風になると少し肌寒さを感じる。
「これ、羽織ってていいよ」
私のそんな気持ちに気づいたのか、お兄様は着ていたジャケットを私の肩にかけてくれた。ジャケットからもお兄様の香りがして、抱き締められていないのにお兄様に包まれている気分になる。
「ありがとうお兄様……。本当に星が綺麗ね。キラキラしてて、宝石みたい」
「ミレイユのほうが綺麗だけどね」
「……」
急な甘い雰囲気に、私は戸惑いを隠せずにいた。
――お兄様、もしかして、思い出したの?
それを聞こうと思ったのに、先にお兄様が口を開く。
「ミレイユ、今から最後の恋人ごっこをしようか」
「……え?」
「まだひとつ、やってないことがあるだろ?」
「あ……でも、それはお兄様が昨日……」
「もう、なにも言わないで。今はただ、目を閉じて欲しい」
人差し指を口元に当てられ、お兄様にそうお願いされる。
ここで目を閉じたら、私はお兄様がしようとしていることを受け入れるということだ。
「……最後のひとつが終わったら、俺たち、今度こそ本当の恋人になろう」
「……っ!」
そんなことを言われて、目を閉じないわけがない。
どうしようもなく胸が高鳴る。緊張するけど待ち遠しい。不思議な感覚だ。
「誕生日おめでとう。これが、俺からのプレゼントだよ」
お兄様は慈しむような声で言うと、そのまま私に唇を重ねた。
思っているよりも長くて――でも短い、お兄様とのキス。
名残惜しく唇が離れると、お兄様は私を抱き締めた。
「ミレイユ、やっと君とこうできた」
「……思い出したの? お兄様」
「ああ。本当にごめん。ミレイユへの気持ちをひと時でも忘れていたなんてぞっとするよ」
「いつから元に戻っていたの?」
「昨日の深夜。……わざとパーティーが始まるまで、戻ってないふりしてみた。そしたら知らない令嬢に嫉妬するかわいいミレイユが、最後にもう一度見られたよ」
あ、さっき目が合ったとき――! あのときは、もう思い出してたってこと!?
「またそんな悪趣味なことして! 一度失敗してるんだから、やめようとは思わないの?」
「ぐうの音も出ないな。だから俺的には早めにネタバラししたつもりだよ? 欲は抑えることも成功に繋がる秘訣だ」
これで欲を抑えたなんて、やっぱりお兄様は末恐ろしい男だ。
「……まぁこんなこと言ってるけど、実際、俺は我慢の限界だったよ。ほかの男に囲まれて笑う君は、できたら二度と見たくない」
「だったら戻ってすぐ、言ってくれたらよかったじゃない」
「そうだけど……これでも、ミレイユの忘れられない誕生日にするにはどうしたらいいかとか、初めてのキスをどう演出したらいいかとか、俺なりに考えたんだよ。でもやっぱり、待たせたのはよくなかったか。ごめん。それと――俺のこと、諦めないでくれてありがとう」
幸せそうに目を細めるお兄様を見て、堪えていた涙がどんどん溢れてくる。
……待っていた。また、その瞳に私を映してくれることを。
「当たり前じゃない。だってお兄様だもの。記憶をなくした状態でも、私を好きになると思ってたわ」
「言うじゃないか。俺がこんなに好きになっただけはある。……ねぇミレイユ」
「……なに?」
「普通の俺は、どうだった?」
普通のとは、私にとって〝ただのいいお兄様〟だったときのお兄様のことを言っているのだろう。
「どんなお兄様も好きだからもちろん好きだったけど――ちょっと物足りなかったわ」
「ふっ。ミレイユも相変わらずだな」
「知ってるでしょ? 私は歪んだ女だって」
私たちは微笑み合って、更に身を寄せ合った。
「……ミレイユ、愛してる。死ぬまで――いや、死んでもずっと、一緒にいよう」
お兄様の愛が詰まった最上級の告白に、私は頷く。
そしてその後、私たちは何度もキスを繰り返した。周りの音などなにも聞こえないくらい夢中になって、ただ互いのぬくもりを欲した。
まるで、この世界にふたりしかいないみたいに。
今朝、屋敷のみんなが私の誕生日を祝う声と共に、マリンから両親を乗せた馬車が事故に遭ったことを聞かされた。
怪我などは特になく、ふたりとも無事らしい。だが、一日ほど帰省が遅れてしまうとのことだった。
私の誕生日に間に合わなかったことへの謝罪の伝言を聞きながら、私は思う。
――最悪だ。
昨日あんなことがあったせいで、お兄様と一緒にいるのが気まずい。それは向こうも同じだろう。よりによって誕生日。お兄様は気を遣って私をお祝いしにくるだろうから、嫌でも会話をしなくてはいけない。
両親が戻ってくることでふたりの時間が減り、気まずさも半減すると思ってたけど……神様はどうしてこんなにも意地悪なのだろうか。
今日は夕刻から夜にかけて、この屋敷で私の誕生日パーティーが開かれる。
みんなその準備で朝からバタバタしており、とても話し相手になってと言える雰囲気ではない。
パーティーが始まれば、主役の私も必然的に忙しくなりお兄様のことを考える余裕もなくなるはずだ。それまでおとなしく部屋に引きこもってるのが一番ね。お兄様ともパーティーまで顔を合わさなくて済みそうだし。
ということで、私はマリンから準備の声がかかるまではずっと部屋でごろごろと過ごしていた。
あっという間に時間は過ぎ、気づけばマリンによってパーティー用にドレスアップされていた。
ぞろぞろと招待した貴族の令息や令嬢がやって来る。
全員の挨拶を聞くことに精一杯で、予想通り忙しさに目が回りそうだった。
「ミレイユ、誕生日おめでとう」
「あ! エクトル様!」
挨拶周りも落ち着いてきた頃、エクトル様が私のところにやって来た。
「忙しそうだね。大丈夫?」
「なんとか。でも、エクトル様の誕生日パーティーの参加者は私とは比じゃないですから、もっと大変だと思います」
「そうだねぇ。確かに思い出すと気が遠くなるかな。俺の前ではリラックスしてていいよ」
「助かります。エクトル様」
エクトル様と何気ない会話をしていると、周りからひそひそとなにやら噂話をしている声が聞こえた。
「ミレイユ様って、エクトル王子との婚約を断ったんでしょ? でも、随分仲が良さそうだけど」
「リアム様と二股をかけてたって話よ」
「え? 私はリアム様に捨てられたって聞いたけど」
「今日も一緒にいないしね。いつもはずーっとリアム様にべったりだったのに」
こそこそとしている割に、内緒話とはいえない声量だ。わざと聞こえるように言っているのか、無自覚なのか、どちらにせよ、聞いていて気持ちのいい話ではない。
お兄様の様子を見ると、私なんてお構いなしに知らない令嬢と話している。のんきなものだ。
いつもこういうパーティーで私に話しかける男性を嫌がって、徹底的に排除していたというのに。
周りの令嬢達も、お兄様がパーティーでフリーなのをいいことに、ここぞとばかりに話しかけにいっている。
じっと監視するようにお兄様を見ていると、不意にお兄様と目が合った。
見ていたことがバレた恥ずかしさで、私は誤魔化すようにすぐに目を逸らす。
「今の見た? 思いっきりリアム様のこと気にしてたわね。エクトル王子と一緒なのに」
「どうして王子はあの子を構うのかしら」
「おい……邪魔だ」
「えっ!? イ、イヴァン様! 申し訳ございませんっ。どうぞ!」
また聞こえるように陰口を叩く令嬢たちを、突如現れたイヴァン様一蹴りする。
ドスの利いた声に怯えたのか、令嬢たちはすぐにその場から去って行った。
「……ありがとございます。イヴァン様」
「気にするな。それより、誕生日おめでとう。ミレイユ」
「お祝いいただき光栄です」
「ずるいよイヴァン、おいしいとこ持っていくなんて」
「お前がぼんやりしてるのが悪い。あんな無駄口を叩く奴らはさっさと黙らせるべきだ」
「せっかちだな。僕的にはわざと泳がせて、頃合い見て大ダメージをくらわせた方が痛い目見るかなと思ったんだけどね」
笑顔で恐ろしい企てを話すエクトル様を見て、イヴァン様はため息を吐いた。そんな二人のやりとりを見て私は笑う。
パーティーは順調に続いていった。
ダンスをしたりおしゃべりをしたり食事を楽しんだり――各々好きなことをして盛り上がっている。
「ミレイユ様、お話してもよろしいですか」
私が飲み物を選んでいると、背後からひとりの男性が声をかけてきた。
何度かお茶会やこの誕生日パーティーで会ったことがあり顔は覚えていたが、そこまで会話をしたことがない。
「ええ。大丈夫ですよ」
断る理由もないので、これを機に新たな交流関係を作るのもいいかと思い、その男性と歓談することにした。
「今日はめずらしくリアム様と一緒におられないのですね。十八歳になったのを機に兄離れしたのですか? それとも、向こうがやっと妹離れを?」
「……ええ。まぁ、そんな感じかしら」
答えにくいことを聞かれ、私は適当に相槌を打つ。
「お陰でこうやって、僕にもやっとミレイユ様と話すチャンスが回ってきました。実は前からお話したいと思っていたのです」
「私と? うれしいです」
「はい。ミレイユ様はとてもお綺麗なのに、ずっと婚約者もいなかったようなので。どうですか? よければあちらで、ふたりきりでゆっくりしませんか?」
「え? で、でも、まだ私はあなたのことをよく知らないし」
「ミレイユ様は気づかれていないようですが、先ほどから今日ここへきているご令息のほとんどがあなたと親密になるチャンスを伺っています。勝手ながら、僕はその権限を誰かに取られたくない。ですから、早く行きましょう」
「ちょ、ちょっと……!」
強引に腕を引かれ、必死に抵抗していると――。
「やめてもらっていいかな? ミレイユが困ってるだろう?」
「……エクトル様」
男性の腕を払いのけ、エクトル様が庇うように私の前に立ちはだかった。
「エ、エクトル王子……」
「ミレイユと話したいのは山々だろうけど、それは僕も一緒なんだ。譲ってもらってもいいかな? 君より先に目をつけてたのは僕なんだ」
「クッ……わかりました」
さすがに王家の人間に言われると引くしかないのか、悔しそうに唇を噛みながら、名も知らぬその男性は踵を返した。
「ごめんなさいエクトル様、助けてもらって……」
「さっきはイヴァンにとられちゃったからね。今度こそ僕の番だと思って。……それにしても、男たちのミレイユを見る目がまるで獲物を狙う狩人だ。リアムがそばにいないことが、逆効果になったみたいだね」
「自分でもどうしてそうなるのかわからないのですが……。私って、男性から見るとそんなに軽そうというか、簡単そうに見えるのでしょうか」
私が言うと、エクトル様は驚いた顔をして目をぱちくりとさせた。
「君って、本当に鈍感だよね」
「え?」
「気づいてない? いつもだけど……今日のミレイユは、すっごく綺麗だよ。そりゃ、男は放っとかないよ」
「え!? い、いや、そんなことはっ……!」
「僕だって、今すぐ求婚したい気分」
「ちょっと待ってくださいエクトル様!」
突然褒められて、私は無駄に動揺してしまう。
意地悪な笑みを浮かべ体を抱き寄せてくるエクトル様に、私は『冗談やめて!』というように軽く肩を押し返す。
エクトル様の体が離れたその瞬間、背後からふわりと慣れ親しんだ香りに包まれた。
「〝俺の〟妹の面倒を見て下さり、ありがとうございます。エクトル王子」
「……え?」
振り返らなくてもわかる。
声の主が、お兄様だということに。
「パーティーもそろそろお開きだろうし、ここから先は恋人同士の時間だ」
――恋人同士? お兄様は、一体なにを言っているの?
「……やれやれ。思ったより戻ってくるのが早かったな。いつから戻っていたんだ? さすが、こちらがドン引きするほどの執念を持つ男だ。君があのままだったら、僕がかっ攫えたんだけどな。残念だ」
「性悪になったな、エクトル王子」
「君にだけは言われたくないね」
ふたりは目を見合わせると、フッと笑い合う。
私は未だにわけがわからない状態だ。
……戻ってきた? お兄様が?
「行こう。ミレイユ」
「きゃっ! ちょ、ちょっと待ってお兄様!」
そのままお兄様は私の手を引いて、パーティー会場のざわめきなど聞こえないかのように、私をその場から連れ出した。
連れて行かれた先は、意外にもお兄様の部屋だった。
あんな王子様のような連れ去り方をするから、どこかすごいところにでも行くのかと思いきや――こんな近くの部屋だなんて。
「ほら、今夜は星が綺麗だよ」
部屋の真ん中で立ち尽くしている私に、お兄様が窓を開けながら話しかけてくる。
空には満天の星が広がっていて、とでも幻想的な景色だ。
「おいで。もっと近くで見よう」
お兄様がベランダへと私を誘導する。
誘われるがままに外へ出ると、全身に生ぬるい風を感じた。
ドレス姿だからいつもより肌の露出が多く、春でも夜風になると少し肌寒さを感じる。
「これ、羽織ってていいよ」
私のそんな気持ちに気づいたのか、お兄様は着ていたジャケットを私の肩にかけてくれた。ジャケットからもお兄様の香りがして、抱き締められていないのにお兄様に包まれている気分になる。
「ありがとうお兄様……。本当に星が綺麗ね。キラキラしてて、宝石みたい」
「ミレイユのほうが綺麗だけどね」
「……」
急な甘い雰囲気に、私は戸惑いを隠せずにいた。
――お兄様、もしかして、思い出したの?
それを聞こうと思ったのに、先にお兄様が口を開く。
「ミレイユ、今から最後の恋人ごっこをしようか」
「……え?」
「まだひとつ、やってないことがあるだろ?」
「あ……でも、それはお兄様が昨日……」
「もう、なにも言わないで。今はただ、目を閉じて欲しい」
人差し指を口元に当てられ、お兄様にそうお願いされる。
ここで目を閉じたら、私はお兄様がしようとしていることを受け入れるということだ。
「……最後のひとつが終わったら、俺たち、今度こそ本当の恋人になろう」
「……っ!」
そんなことを言われて、目を閉じないわけがない。
どうしようもなく胸が高鳴る。緊張するけど待ち遠しい。不思議な感覚だ。
「誕生日おめでとう。これが、俺からのプレゼントだよ」
お兄様は慈しむような声で言うと、そのまま私に唇を重ねた。
思っているよりも長くて――でも短い、お兄様とのキス。
名残惜しく唇が離れると、お兄様は私を抱き締めた。
「ミレイユ、やっと君とこうできた」
「……思い出したの? お兄様」
「ああ。本当にごめん。ミレイユへの気持ちをひと時でも忘れていたなんてぞっとするよ」
「いつから元に戻っていたの?」
「昨日の深夜。……わざとパーティーが始まるまで、戻ってないふりしてみた。そしたら知らない令嬢に嫉妬するかわいいミレイユが、最後にもう一度見られたよ」
あ、さっき目が合ったとき――! あのときは、もう思い出してたってこと!?
「またそんな悪趣味なことして! 一度失敗してるんだから、やめようとは思わないの?」
「ぐうの音も出ないな。だから俺的には早めにネタバラししたつもりだよ? 欲は抑えることも成功に繋がる秘訣だ」
これで欲を抑えたなんて、やっぱりお兄様は末恐ろしい男だ。
「……まぁこんなこと言ってるけど、実際、俺は我慢の限界だったよ。ほかの男に囲まれて笑う君は、できたら二度と見たくない」
「だったら戻ってすぐ、言ってくれたらよかったじゃない」
「そうだけど……これでも、ミレイユの忘れられない誕生日にするにはどうしたらいいかとか、初めてのキスをどう演出したらいいかとか、俺なりに考えたんだよ。でもやっぱり、待たせたのはよくなかったか。ごめん。それと――俺のこと、諦めないでくれてありがとう」
幸せそうに目を細めるお兄様を見て、堪えていた涙がどんどん溢れてくる。
……待っていた。また、その瞳に私を映してくれることを。
「当たり前じゃない。だってお兄様だもの。記憶をなくした状態でも、私を好きになると思ってたわ」
「言うじゃないか。俺がこんなに好きになっただけはある。……ねぇミレイユ」
「……なに?」
「普通の俺は、どうだった?」
普通のとは、私にとって〝ただのいいお兄様〟だったときのお兄様のことを言っているのだろう。
「どんなお兄様も好きだからもちろん好きだったけど――ちょっと物足りなかったわ」
「ふっ。ミレイユも相変わらずだな」
「知ってるでしょ? 私は歪んだ女だって」
私たちは微笑み合って、更に身を寄せ合った。
「……ミレイユ、愛してる。死ぬまで――いや、死んでもずっと、一緒にいよう」
お兄様の愛が詰まった最上級の告白に、私は頷く。
そしてその後、私たちは何度もキスを繰り返した。周りの音などなにも聞こえないくらい夢中になって、ただ互いのぬくもりを欲した。
まるで、この世界にふたりしかいないみたいに。
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