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夜這いされた

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 夜、ゴロゴロと嫌な音が鳴り始め目が覚める。
 一瞬ピカッと明るくなる部屋、その後聞こえる落雷の音。

 最悪だ。あれほど雷はやめてくれと願っていたのに。
 丸まっていた体を限界まで縮こまらせて、自分で自分の体を抱きしめる。
 小さい頃、雷が鳴る夜は落ち着くまでお兄様がずっと添い寝してくれていたことを思い出す。大きくなってもそれを続けようとしたお兄様をお母様が制止して、それからはマリンに頼んで一緒にいてもらったんだっけ。

 何度も部屋は光り、その都度落雷の大きな音が響く。
 耳を塞いで、目をぎゅうっと力いっぱい瞑って、ひたすら雷が止むのを待った。
 すると、雨と雷の音に交じって、キィ……と扉が開く音が聞こえた。
 
 誰か、私の部屋に入って来た……?

 雷が苦手なことを知っているのは、両親とお兄様とマリン。もしかしたら、マリンが様子を見に来てくれたのだろうか? 
 布団から顔を出して確認したいが、雷が怖くて動くことを躊躇してしまう。
 その間に人の気配がどんどん近づいてきたかと思ったら、あろうことかその人物はもぞもぞとベッドに入り込んできた。
 そのまま後ろから体を包み込まれ、その体の大きさと、馴染みある香りで、その人物が誰だかはすぐにわかった。

「――お兄様?」
「……うん。気づいた?」

 後ろから、お兄様の息遣いが聞こえる。

「ど、どうしてお兄様がここに。雷が鳴り始めたから、心配してくれたの?」
「それもあるかな。だって昔から怖がってただろ。小さい頃はこうやって、よく一緒に寝たな」
「うん……お兄様が一緒にいてくれると、不思議と怖くなかったの」
「まぁ雷は言い訳なんだけどさ」
「えっ?」
「夜這いしにきたんだ」
「よ、よば! 夜這いぃ!?」

 慌てふためき暴れ出した私の口を、後ろから回されたお兄様の手に塞がれる。

「ミレイユ、静かに」

 立てた人差し指を唇に当てられて、私は口を閉ざしたままこくこくと何度も頷いた。
 でも冷静に考えたら、この事態はまずいのではないかと思い始める。だって、すぐ近くの部屋で互いの婚約者が寝ているというのに、私たちが同じベッドにいるなんて……。

「いい子だ。そのまま大人しくしてて?」
「……えっ?」

 横向きに後ろから抱きしめられていた状態から、お兄様は私の体を半回転させ仰向きにさせた。
 片手で私の両手首を掴み、頭上で固定して身動きを封じると、私の体にまたがるお兄様がにやりと笑うのが、暗い部屋の中でもわかった。

「お兄様、なにを……っ!」

 お兄様が私の首元に顔を寄せると、ちくりとした痛みが広がる。
 そのまま頬や耳、首や額など、あらゆるところにキスを落とされ、私の口からは吐息が漏れた。

「……ぁっ……、やめて、お兄様」
「さっきはずいぶん見せつけてくれたからな。仕返しだ。俺が怒ってないとでも思った? ミレイユは知らないかもしれないけど、俺はそんなに優しくないよ」

 お兄様の手がするりと私のパジャマの中に滑り込む。肌を直に這っていくお兄様のひんやりとした手の感触に、私は身をよじらせた。
 ――まさか、本当に夜這いする気で来たの⁉︎

「だめ、ごめんなさい、お兄様」
「なにが? 俺の前で、エクトル王子といちゃついてたこと?」
「でも……エクトル様は、私の婚約者だしっ……」
「全然反省してないな」
「ひゃっ……」

 不意打ちに耳を軽く噛まれ、声を我慢することができなかった。外でどんなに雷が鳴ろうとも、もうそんなことを気にしていられない。今は目の前で私を好き勝手しようとする、お兄様を止めることに必死だった。
 怖いわけでも、嫌悪感があるわけでもない。ただ、自分のしたことを棚に上げるのは如何なものか。

「お兄様だって、ネリーといちゃついてたでしょっ……なのにどうして私ばかり、怒られなくてはいけないの」
「いつ俺がネリーとそんなことをした?」
「婚約してすぐは、いつもしてたじゃない。私の目の前で肩を抱き寄せたり、腕を組んで歩いたり……散々見せつけてたくせに」
「……」

 身に覚えがあったのか、お兄様は動きを止める。

「反省するのは、お兄様でしょ」

 強気にそう言うと、お兄様は全身の力が抜けたように、私の上に覆いかぶさってきた。

「……ははっ。そうだね。ごめん」

 拘束を解かれ、パジャマの中を弄っていた手が無事に体から離れていく。お兄様は楽しそうに笑いながら、素直に私に謝った。

「さっきエクトル王子にいいことを聞いたし、ミレイユの反応もかわいかったから、俺は今すごく気分がいいよ」

 ころころと気分が変わる人だ。情緒不安定か。
 一体、エクトル様からなにを聞いたのだろう。

「……お兄様、客間からはどうやって抜けて来たの? まさかエクトル様にバレてないわよね?」
「ん? ああ、その辺はうまくやってるから大丈夫だよ。ミレイユは気にしないで」
 
 お兄様は私の上から体を退けると、添い寝するように私の隣に寝そべった。

「でも、いないと怪しまれるでしょう。私はもう大丈夫だから、早く部屋に戻っ――!」

 戻って、と言いかけたとき、今までで一番大きな落雷音がした。
 音の大きさ的に、かなり近いところ気がする。驚いて体をびくつかせると、お兄様が私の手を握ってくれた。

「……本当に戻っても大丈夫?」
「……あと少し、雷が収まるまでは、一緒にいて」
「もちろん。ずっといるよ。だから怖がらないで大丈夫だよ」

 お兄様は落ち着かせるように背中を一定のリズムでさすってくれて、私は小さい頃のことを思い出した。
 エクトル様がいるのに、お兄様と一緒にいることに罪悪感が湧いてくる。でも、私を安心させてくれるこの大きな手を、振り払うこともできない。

「……?」

 お兄様の手を強く握り返すと、なにやらザラザラとした感触がした。いつもとちがうお兄様の手に違和感を感じ、私はお兄様の手を取ると、親指で手のひらを撫でる。

 そしてまた、部屋がピカッと光った。雷によって一瞬だけ照らされた部屋によって、私はとんでもないことに気づいてしまった。

 お兄様の手のひらに、いくつかの切り傷がある。

「……お兄様、この傷は?」
「ああ……この前、料理に挑戦したときに切っちゃって」
「……へぇ、そう」

 嘘だ。お兄様とはここ数日ほとんど一緒にいたが、お兄様がキッチンに入ったところなんて見たことない。

 この傷はきっと……薔薇の棘だ。エクトル様がくれた花をぐちゃぐちゃにしたのは、やっぱりお兄様だったんだ。犯人はマリンだなんて、どんな気持ちで言ってたの?
 

 ……その事実がわかったら、お兄様がたまらなく愛しくてなってきた。
 闇に紛れて傷を撫でている私の顔は、きっと恍惚に満ちている。
 こんな自分が嫌だ。最低だ。エクトル様が好意でプレゼントしてくれたものなのに。本来なら、お兄様のことを大嫌いになってもいいのに。
 なんで私は、こんなことで喜ぶ歪んだ人間になったのだろう。

 全部全部、乙女ゲームの世界のせい。前世の私にこういう愛の形を教えたのは、この世界だもの。

「くすぐったいよ。ミレイユ」
「だって、とても痛そうだから。……痛かったでしょう?」
「いいや。痛みが感じないくらい、夢中だったから覚えてないよ」
「ふふ。そんなに料理が好きだったのね」
「うん。食材を切ったり潰したりするのって、結構ストレス発散になるよ」

 お兄様のいう食材とは、なにを指しているのだろうか。

 嫉妬のせいかなんなのか、お兄様が狂い始めているのがわかる。これこそ私が求めていたリアムお兄様の姿だ。

 お兄様がこのままおかしくなってくれたなら、私はお兄様のことを好きにならずにいられるだろうか。
 どうやってお兄様は、私をエクトル様から奪い返そうと目論んでいるのか、そんな最低な考えが頭に浮かぶ。

 誰か早く愛という名の病に侵されて、狂った愛で私を満たしてくれたらいいのに。

 だんだん襲ってくる眠気で遠のく意識の中で、私はそんなことを考えていた。
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