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好きな子の婚約者になった

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(エクトル視点) 

 予想外の嵐のせいで、オベールの屋敷に泊まることになった僕は、婚約者の兄――そして、僕の一番のライバルともいえるリアムと共に、客間で寝ることになった。
 元々あった大きなベッドでリアムは眠り、運んでもらった簡易ベッドで僕は寝かせてもらう。
 
 念願叶って僕の気持ちがミレイユに伝わってから、夢のような日々が続いた。今までリアムがいた場所に、今は僕が立っている。触れることができなかった体に、触れることが許されている。
 なにより、ミレイユの瞳に僕が映っていることが、うれしくてたまらなかった。
 やっとミレイユは僕のことを見てくれたんだと、感動すら覚えた。

 リアムの婚約で傷ついたミレイユを僕が支えよう。彼女の笑顔が二度と絶えないように。僕が彼女を、世界で一番幸せな女性にしてあげよう。

 今まで絶対に敵わないと思っていたリアムは他の女性を選んだのだから、もう僕とミレイユの関係を邪魔する奴なんていない。そう思っていたのに。

 僕がミレイユと婚約してから、リアムはまた執拗にミレイユを追いかけ始めた。
 ネリーとうまくいっていると聞いていたのに。大体、それが理由でミレイユはあんなに心を痛めていた。でも蓋を開けたらこれだ。リアムは結局、ミレイユへの独占欲が手放せないみたいだ。 

 このことに混乱していたのは僕だけでなく、ミレイユもだった。あの反応を見る限り、リアムがいきなり手のひらを返したと思って間違いないだろう。
 自分からネリーと婚約しておいて、ミレイユが他の男と婚約した途端に態度を変えるなんて、それはミレイユへの愛でも何でもなく、ただのくだらない執着心だと僕は思った。
今まで自分の手元においていたかわいい妹が、他の男になびくのは嫌だった……それか、なびくなんて思いもしなかったのかもしれない。

 前まではミレイユのリアムへの気持ちを尊重し、自分の欲を押し付けることはしなかった。でも、今は立場がちがう。ミレイユの婚約者は僕だ。
 だから僕はどれだけリアムに邪魔されようが、堂々としていようと決めた。今はミレイユは僕のものなんだと、リアムにわからせるために。

「……エクトル王子、起きてますか」

 こちらに背を向けて寝ていたリアムを睨みつけていると、リアムに急に話しかけられ僅かに肩が跳ねる。

「起きてるよ。驚いた。君はもう寝てると思ってたから」
「まさか。こんな美味しいシチュエーションで、大人しく寝るなんて馬鹿らしいとは思いませんか?」
「……どういう意味だ?」
「俺、今からネリーに夜這いをかけようと思うんですけど、エクトル王子も一緒にいかがです? もちろん、王子はミレイユの部屋に――」
「なっ!? なにを言ってるんだ!」

 夜中にも関わらず、ベッドから起き上がりおもわず大きな声を出してしまった。すぐに自分の口を塞ぐと、リアムもまた、笑いながらベッドから起き上がる。

「そんな驚くことですか?」
「当たり前だ。夜這いだなんて、そんなことを」
「俺たちは男ですよ。そういう欲求があるのって、当たり前のことだと思いますが。……エクトル王子だって、本当はミレイユの部屋に行きたくてたまらないんでしょう?」
「……やめろ。君と一緒にするな」
「では、ミレイユを抱きたいと、一度も思ったことはないと?」
「……」

 ――あるに決まっている。彼女のすべてを僕のものにしたいと、何度思ったことか。
 彼女とひとつになれたなら、それはどんなに甘美で、幸福な時間なのだろうかと、頭の中で考えたことだってある。
 
「でも……それは今日すべきことではない」
「はは。エクトル王子はそう言う気がしてました」
「関わりある公爵家の屋敷で、急遽泊めてもらった挙げ句夜這いなどしたら王家の名が廃れる。……なにより、ミレイユに嫌われるようなことは絶対にしたくない」 
「……そうですか。俺の場合は、逆にネリーのほうが期待していたようなので、裏切るのはちょっとかわいそうだと思ったまでです。ほら、見たでしょう? ネリーがパジャマをだらしなく着て、気を引こうとしていたのを」

 失笑まじりにリアムは言う。言われてみればそんな風に着ていた気もするが、正直ミレイユのことばかり見ていたのであまり覚えていない。それにしても……。

「意外だな。リアムがネリーになにかをしてあげようと思うなんて。ネリーに対して、気持ちがないように見えていたから」
「それは勘違いです。ミレイユ以外の女性の扱い方に慣れてないだけですよ」
「……こういう機会だから言うが、リアムは実際、ミレイユのことをどう思っているんだ?」

 部屋が暗く、リアムの表情がよくわからない。ただこの質問をしたとき、お互い息を呑むのがわかった。
 なにも発言しないリアムに、僕は続けて口を開く。

「これを君に言うか悩んだが、ミレイユは君の婚約にひどくショックを受けていた。僕の前で、君とネリーの姿を見たくないと泣いていたんだ」
「……ミレイユが?」
「ああ。僕は、ミレイユをずっと見ていたからこそ、彼女が君に兄以上の感情を抱いていることを知っていた。そして君もまた、彼女のことを愛していると思っていたが……婚約をしたと聞いたときは、失望したよ。でもそのおかげで僕は彼女と結ばれた。今は、リアムに感謝している」
「……は、ははっ」

 僕の話を聞き終えたリアムは、急に額を押さえて静かに笑い始める。

「そういうことか」

 納得したように、リアムはひとり呟いた。

「……? なにがおかしいのかわからないが、今のままではネリーも不憫だ。君はちゃんと、ミレイユでなくネリーと向き合うべきだろう。僕はミレイユの夫になるため、君に認められる努力はするつもりだ」
「言われなくてもわかってますよ。だから今からちゃんと向き合いに行くんだ。あまり待たせるのもよくないし、俺はそろそろ行きます。……エクトル王子は、本当にここに残るんですね?」
「何度も言わせるな。僕は遠慮する。……あまり羽目を外すなよ」
「ふっ。なるべく声は抑えるように心がけます。それじゃあ、エクトル王子はゆっくり休んでください。よければそちらの大きなベッド、使っていただいて構わないので」
「お気遣いに感謝するよ。でも大丈夫だ」
「そうですか。では――おやすみない」

 リアムは客間の扉を音を立てないよう静かに開けると、そのまま暗闇の中に消えていった。

 ……リアムがなにを考えているかずっと謎だったが、彼なりに、ネリーと向き合おうとはしていたのか。ご機嫌取りのためだけに、わざわざこの状況で深夜に彼女の元に訪ねることはしないだろう。
 ミレイユは大丈夫だろうか。もしミレイユがリアムとネリーの情事に気づいてしまったら……。
 だめだ。考えれば考えるほど、理由をつけてミレイユに部屋に行こうとしている自分がいる。
 
 本当は僕だって、ミレイユのところへ行きたい。彼女の香りと温もりに包まれながら、柔らかな肌を感じて眠りたい。
 
 ――大丈夫。僕たちは急ぐ必要などない。時間をかけてゆっくり、愛を深めていけばいいんだ。

 言い聞かせ、僕はまたベッドに横たわる。
 すると、部屋が一瞬だけピカリと光った。……雷か。厄介だな。雨の音だけでも、かなり眠気を妨げる耳障りさだったのに。

 ミレイユは、雷は怖くないのだろうか。もし怖がっているのなら、僕が一緒に……ああっ! だからだめだと言っているだろう! 何を考えているんだ僕は!
 このまま流されたら、それはきっとリアムの思うつぼじゃないか。

 邪念を消し去るよう、僕は布団を頭からかぶり目を閉じた。
 せめて夢の中に、彼女が現れてくれることを願いながら。
 
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