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キザな王子に救われた
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街へ到着すると、特に用もないがとりあえず馬車から降りた。
私のお付きのメイドであるマリンが、心配そうな顔を浮かべて私の後ろを歩いている。
「……マリン、お願いを言ってもいい?」
「! はい、ミレイユお嬢様。なんでも仰ってください」
「少しでいいから、ひとりの時間をちょうだい」
「……お嬢様。ですが、お嬢様になにかあったら」
「大丈夫。近くを散歩するだけよ。すぐにここへ戻って来るから」
最近、私がめっきり元気がなくなったことに、マリンは当然気づいているだろう。できることなら、私の好きにさせてあげたいという思いがあるはずだ。
「……わかりました。ですが、必ず戻って来ると約束してください」
「もちろん約束するわ。……ありがとうマリン。私のわがままを聞いてくれて」
「それでお嬢様に少しでも笑顔が戻るなら、私はいくらでも聞きますよ」
マリンは私が着ているワンピースの胸元についているリボンを手際よく結びなおすと、私を笑顔で送り出してくれた。
ぶらぶらとひとりで歩く街並みは、お兄様と一緒に見る景色と全然ちがって見える。もちろん、悪い意味でだ。
まるで輝きをなくした、色褪せた世界のよう。これからこの道を、お兄様は私でなくネリーと肩を並べて歩いていく。
その姿を想像するだけで胸が苦しい。もう嫌だ。ふたりが待つ屋敷に帰りたくない。
前世で読んだラノベのように、このまま貴族という身分を捨てて、田舎でスローライフでも送ろうか。修道院に入るのもありだ。煩悩にまみれた今の私にはちょうどいい。
お兄様から離れ、ゲームの世界とも決別し、ここから本当に新たな人生を始めよう。幸いにも私はまだ若い。いくらでもやり直すことはできる。
「……ミレイユ?」
どうやって修道院に入るかをぼーっと考えながら煉瓦道を歩いていると、すれ違いざまに誰かに声をかけられた。
「ミレイユ、奇遇だな! こんなところで会うなんて! なにしているんだ?」
振り返ると、エクトル様が立っていた。こんな風に、偶然外で会うのは初めてのことだ。
「エクトル様。すごい偶然ですね。私は……散歩中です」
「散歩? ……というか、ひとりなのか? 付き人はどうした?」
「……いません。どうしても、ひとりになりたくて」
明るく話しかけてくれるエクトル様とは真逆に、私に纏わりつく雰囲気は暗く、元気も出ない。
「なにかあったの? 顔がやつれているけど……」
違和感を感じたのか、エクトル様は心配そうに私の顔を覗き込む。よく晴れた今日の空よりも綺麗なエクトル様の青色の瞳には、今にも泣き出しそうな私が映っていた。
エクトル様にこんな表情を見せて、心配をかけるわけにはいかない。仮にも婚約の申し出を断った相手だ。私に甘える権利はない。
「いえ、なんでもないんです。ちょっと疲れただけで」
「……ミレイユ、時間があるなら、今から王宮に来ないか? 庭園に新しい花が咲いて、それがすごく綺麗なんだ。ひとりで見るのも寂しいし、休憩がてら、付き合ってくれるとうれしいんだけど」
それは、エクトル様の優しさだった。わざと私が来やすい理由を作ってくれたのだろう。
屋敷に戻るのが嫌なことも、街をひとりであてもなく歩いているという事実だけで、エクトル様にはお見通しだったのかもしれない。
「……私でよければ、ご一緒させてください」
「うん。じゃあ行こうか」
せっかくのご厚意を無駄にするほうが失礼にあたる。それに、屋敷にいる時間も短くできるし……。戻ってマリンに事情を説明し、マリンも一緒にエクトル様の馬車で王宮へと向かった。
王宮に着いてすぐ、エクトル様に手を引かれ、広い庭園をふたりだけで歩いた。手入れの行き届いた美しい花たちに囲まれても、私の気持ちはぱっとしないままだ。花の説明をするエクトル様の話も、申し訳ないが全然入って来ない。
「……ミレイユ、本当にどうしたの?」
終始上の空に私に気づき、エクトル様は歩みを止めた。
「やっぱり、僕じゃ役不足?」
「そんなことっ……!」
「じゃあ、どうして頼ってくれないんだ」
「……だって、私は」
――あなたに頼っていい立場じゃない。
そう思うけど、それを口にしたらエクトル様に怒られそうな気がして口をつぐむ。
「……気づいてる? ミレイユ 、今にも泣きそうな顔をしているよ」
エクトル様はすっと両手を伸ばすと、私の両頬を優しく包み込んだ。
「こんな顔をしている君を、放っておけるはずがない」
「……ごめんなさっ……わたし……」
もったいないほどのエクトル様の優しさに触れ、堪えきれずに私の目からぼろぼろと涙が零れ落ち、エクトル様の大きな手を濡らしていく。
「君は、涙も綺麗なんだね」
エクトル様はその涙を細い指で一粒ずつ優しく掬い上げ、そう言って微笑んだ。
「……こんなときでも、キザなんですから」
「君にだけだけよ」
「もう、エクトル様ったら……ふふっ」
今度はくすりと笑みが零れ、そんな私を見て、エクトル様も笑った。
私のお付きのメイドであるマリンが、心配そうな顔を浮かべて私の後ろを歩いている。
「……マリン、お願いを言ってもいい?」
「! はい、ミレイユお嬢様。なんでも仰ってください」
「少しでいいから、ひとりの時間をちょうだい」
「……お嬢様。ですが、お嬢様になにかあったら」
「大丈夫。近くを散歩するだけよ。すぐにここへ戻って来るから」
最近、私がめっきり元気がなくなったことに、マリンは当然気づいているだろう。できることなら、私の好きにさせてあげたいという思いがあるはずだ。
「……わかりました。ですが、必ず戻って来ると約束してください」
「もちろん約束するわ。……ありがとうマリン。私のわがままを聞いてくれて」
「それでお嬢様に少しでも笑顔が戻るなら、私はいくらでも聞きますよ」
マリンは私が着ているワンピースの胸元についているリボンを手際よく結びなおすと、私を笑顔で送り出してくれた。
ぶらぶらとひとりで歩く街並みは、お兄様と一緒に見る景色と全然ちがって見える。もちろん、悪い意味でだ。
まるで輝きをなくした、色褪せた世界のよう。これからこの道を、お兄様は私でなくネリーと肩を並べて歩いていく。
その姿を想像するだけで胸が苦しい。もう嫌だ。ふたりが待つ屋敷に帰りたくない。
前世で読んだラノベのように、このまま貴族という身分を捨てて、田舎でスローライフでも送ろうか。修道院に入るのもありだ。煩悩にまみれた今の私にはちょうどいい。
お兄様から離れ、ゲームの世界とも決別し、ここから本当に新たな人生を始めよう。幸いにも私はまだ若い。いくらでもやり直すことはできる。
「……ミレイユ?」
どうやって修道院に入るかをぼーっと考えながら煉瓦道を歩いていると、すれ違いざまに誰かに声をかけられた。
「ミレイユ、奇遇だな! こんなところで会うなんて! なにしているんだ?」
振り返ると、エクトル様が立っていた。こんな風に、偶然外で会うのは初めてのことだ。
「エクトル様。すごい偶然ですね。私は……散歩中です」
「散歩? ……というか、ひとりなのか? 付き人はどうした?」
「……いません。どうしても、ひとりになりたくて」
明るく話しかけてくれるエクトル様とは真逆に、私に纏わりつく雰囲気は暗く、元気も出ない。
「なにかあったの? 顔がやつれているけど……」
違和感を感じたのか、エクトル様は心配そうに私の顔を覗き込む。よく晴れた今日の空よりも綺麗なエクトル様の青色の瞳には、今にも泣き出しそうな私が映っていた。
エクトル様にこんな表情を見せて、心配をかけるわけにはいかない。仮にも婚約の申し出を断った相手だ。私に甘える権利はない。
「いえ、なんでもないんです。ちょっと疲れただけで」
「……ミレイユ、時間があるなら、今から王宮に来ないか? 庭園に新しい花が咲いて、それがすごく綺麗なんだ。ひとりで見るのも寂しいし、休憩がてら、付き合ってくれるとうれしいんだけど」
それは、エクトル様の優しさだった。わざと私が来やすい理由を作ってくれたのだろう。
屋敷に戻るのが嫌なことも、街をひとりであてもなく歩いているという事実だけで、エクトル様にはお見通しだったのかもしれない。
「……私でよければ、ご一緒させてください」
「うん。じゃあ行こうか」
せっかくのご厚意を無駄にするほうが失礼にあたる。それに、屋敷にいる時間も短くできるし……。戻ってマリンに事情を説明し、マリンも一緒にエクトル様の馬車で王宮へと向かった。
王宮に着いてすぐ、エクトル様に手を引かれ、広い庭園をふたりだけで歩いた。手入れの行き届いた美しい花たちに囲まれても、私の気持ちはぱっとしないままだ。花の説明をするエクトル様の話も、申し訳ないが全然入って来ない。
「……ミレイユ、本当にどうしたの?」
終始上の空に私に気づき、エクトル様は歩みを止めた。
「やっぱり、僕じゃ役不足?」
「そんなことっ……!」
「じゃあ、どうして頼ってくれないんだ」
「……だって、私は」
――あなたに頼っていい立場じゃない。
そう思うけど、それを口にしたらエクトル様に怒られそうな気がして口をつぐむ。
「……気づいてる? ミレイユ 、今にも泣きそうな顔をしているよ」
エクトル様はすっと両手を伸ばすと、私の両頬を優しく包み込んだ。
「こんな顔をしている君を、放っておけるはずがない」
「……ごめんなさっ……わたし……」
もったいないほどのエクトル様の優しさに触れ、堪えきれずに私の目からぼろぼろと涙が零れ落ち、エクトル様の大きな手を濡らしていく。
「君は、涙も綺麗なんだね」
エクトル様はその涙を細い指で一粒ずつ優しく掬い上げ、そう言って微笑んだ。
「……こんなときでも、キザなんですから」
「君にだけだけよ」
「もう、エクトル様ったら……ふふっ」
今度はくすりと笑みが零れ、そんな私を見て、エクトル様も笑った。
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