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ヤンデレお兄ちゃんオタクは転生した

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「今日からここがあなたの家よ、ミレイユ」

 微笑みながら私にそう言うのは、今日から私の母となる人だ。
 八歳になったばかりの私は、目の前にそびえ立つ見慣れない屋敷を恐る恐る見上げた。
 玄関を抜け、中へと足を踏み入れる。以前私が住んでいた屋敷よりも広く、豪華な内装だ。使用人の数も多い。ここでならなに不自由なく、貴族として優雅な生活を送ることができるだろう。
 それでも私は、この期に及んで尚、母と暮らしていた屋敷に未練が残っていた。そして、もうあの屋敷に戻れないという現実を思い出し、涙が零れそうになる。

 ――先日、最愛の母が死んでしまった。
 父は愛人を作り、私が今よりもっと幼い頃に、私と母を置いてどこかへ去って行った。僅かに罪悪感が残っていたのか、はたまた手切れ金のつもりなのか、生活に困らないお金と共に暮らしていた屋敷を残して。

 母は父がいなくなってからというもの、急激に衰弱していった。それでも、私には十分すぎるほどの愛情を毎日注いでくれ、大事に育ててくれた。その母が、突然の病死……。
 父は私を引き取ることを拒否した。愛人との生活に、私は邪魔だったのだろう。家族よりも目の前の恋に溺れ、母の死に涙も流さなかった父の姿を見て、私はこの人を赤の他人と認識することにした。
 父だった人はあろうことか、母と暮らしていた思い出の屋敷を私から取り上げた。元々あの屋敷は父のもの。そこで愛人と暮らすという。
 遠い分家に預けられることになった私だったが、そこへ、私を引き取りたいという夫婦が現れた。

 それが今、私がいるこの屋敷の主、オベール夫妻だ。私の元々の家柄よりも上流階級の、由緒ある公爵家である。

 母とオベール夫妻は昔から親しい関係にあり、〝私になにかあったときは娘をどうかよろしくお願いします〟と頼まれていたらしい。

 格上の公爵家からの申し出に、父だった人はびくびくしながら承諾していた。オベール夫妻は、まるでゴミを見るような目で、父だった人を見ていた。
 そのとき、私はこの人たちを信用できる気がしたのだ。

 ……母が託した人。この人たちを両親と思い、今日からまたやり直そう。天国の母に笑顔を見せられるように。

 そう決心し、いよいよ屋敷へやって来たが、やはりまだ母との日々を思い出してしまう。
 泣きそうになるのを堪え、頑張って笑顔を作り、私は今日からお世話になる屋敷の人たちに挨拶をした。

 すると、オベール公爵……お父様が、私と歳の近いひとりの男の子を連れてやって来た。オベール夫妻には息子がひとりいる。彼がきっと、その息子だということにはすぐ気づいた。

「お前の妹になるミレイユだ。挨拶しなさい」

 お父様に私を紹介された彼は、私を見て驚いた顔をしている。……私、なにか変なところでもあっただろうか。
 少しの間があったあと、はっと我に返ったように彼は自己紹介を始めた。

「僕の名前はリアム。……今日からよろしくね。ミレイユ」

 心地の良い優しげな声色で、にこりと微笑むリアムお兄様。素敵な笑顔に、トクンと心臓が鳴る。これが、私の人生初のときめきだった。

 お兄様から差し出された手をぎこちなく握り返す。その瞬間、全身に電気が走るような感覚に陥った。
 これがときめきなのだとしたら、衝撃が強すぎる。なんだ、この、今まで体験したことのないような感覚は……。

 すると、頭の中に膨大な量の誰かの記憶が流れ込んできた。

 舞台は……ここは、日本? あそこにいる色気の欠片もない女性は……あれは……そうだ、あれは前世の私だ!

 前世の私は、乙女ゲームやシチュエーションドラマCDが大好きで、二次元に恋するオタクだった。毎日毎日ゲームに明け暮れ、オタク人生をこれでもかというほど謳歌していた。

 中でも私は、乙女ゲームの攻略キャラによくいる〝兄ポジション〟のキャラにやたらと弱かった。
 そしてなぜか、乙女ゲームでのお兄ちゃんキャラはヤンデレが多い。バッドなんてほぼヤンデレエンド。ハッピーエンドもヤンデレの過程を経てからたどり着くものばかり。
 次いでヤンデレが多いキャラは、私の統計上幼馴染キャラであるという無駄情報も添えておこう。

 そのせいか私はヤンデレに目覚め、ラブラブ幸せハッピーエンドよりも、救いようのないバッドエンドを愛する変わり者と化してしまった。
 周りのオタ友達からは「ヤンデレお兄ちゃんオタク」と名付けられる始末。ちなみに口の悪いリア充な弟がいたせいで、弟ポジには萌えることはなかった。優しい兄がいたらよかったのに……。

 数々の乙女ゲーで、数々のお兄ちゃんキャラと出逢った。その中でもいちばんの推しは、乙女ゲーム〝Limited time lover〟の攻略キャラである、主人公の義理の兄、〝リアム・オベール〟。

 彼のヤンデレ具合と妹への溺愛っぷりはとにかく最高だった。見た目も私の好みど真ん中で、何度彼を攻略したかわからない。

 ファンブックもイラスト集も全部買った。部屋にはベッドの横に一万円した等身大ポスターを貼って、毎日おはようとおやすみを言っていた。

 ある日、いつものようにリアムお兄様におはようを言い家を出た。
 私は大学生になったばかりだというのに、気が引き締まることもなく変わらずゲームばかりしていた。
 その日は遅刻寸前で、急いで駅の階段を駆け下りて――そのまま派手に転落し、命を落とした。十八歳という若さで。

 流れ込む記憶は、ここで終了する。
 なんなの、この前世の人生総まとめみたいなのは。さっきまでの悲しい出来事の独白がぶち壊されたような気分なんだけど。

「……ミレイユ?」
「えっ」
「大丈夫? さっきから全然動かないけど……」

 心配そうに、私の顔を覗き込んでくるリアムお兄様。え、リアムお兄様? 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「ミレイユ!?」

 ま、まままって。どういうこと!? 
 今目の前にいるのは、私のかつて愛してやまなかった人じゃないか。

 しかも私の名前はミレイユ。これはゲームの最初に主人公に設定されている名前……。過去に母を亡くし、この家に引き取られたという設定も……全部同じじゃない。

 間違いない。私、〝Limited time lover〟の主人公に転生している。

 今までなにも気づかずミレイユとして生きてきたのに、推しと握手をした瞬間、すべてを思い出してしまった。

「ご、ごめんなさい。急に頭が痛くなって」

 変な子と思われないよう、私はとっさに誤魔化し頭を押さえる。

「無理もない。前の屋敷と空気もちがうだろうし、ゆっくり慣れていけばいいんだよ。ミレイユ」

 お父様が心配そうな顔でそう言い、私の肩に大きな手をそっと乗せた。 

「そうね。……今日はもうお休みにしましょうか。お部屋に案内してあげましょう」

 そのまま、お母様がメイドと共に私を部屋まで案内してくれることになった。
 歩いている途中に振り返り、ちらりとリアムお兄様を見ると、お兄様も私を見ていたようで視線がぶつかった。 
 心配そうに眉を下げたまま、お兄様は私に微笑みかける。

 ああ、ゲームでは一枚のスチルでしか見られなかった幼少期リアムお兄様を生で見られるなんてっ……! 

 顔が赤くなるのがバレないように、私はすぐに前を向いた。
 どこか様子のおかしい私を気遣ってか、部屋に着いたあと、お母様が私にひとりで部屋で休む時間を与えてくれた。
 そこで私は、ゲームの内容を改めて思い返す。

〝Limited time lover〟はその名の通り、期間限定の恋人、というのがコンセプト。
 一か月のあいだ、攻略キャラたちとそれぞれわけありの恋人関係となる。

 攻略キャラは三人おり、一人目はここユートリス王国の第二王子であるエクトル。
 二人目はエクトルの友人であり、近衛兵のイヴァン。
 三人目は――幼い頃からずっと一緒にいた、義理の兄リアム。

 ゲームは全員共通ルートがあり、とあるイベントをきっかけに、それぞれの個人ルートへと分かれていく仕様だ。どのキャラにもハッピーとバッドのふたつのエンディングが用意されている。

 ――リアムお兄様はこのゲーム内でヤンデレ担当。バッドでは主人公ミレイユを愛しすぎるあまり、ふたりだけの世界を作るためミレイユを軟禁……それは、愛に狂わされた兄妹がやっと見つけた、幸せな結末……(と、オタ友に熱く語っても誰も理解してくれなかったけど)。

 私は誰もいなくなった部屋で枕に顔を埋め、これから起こることを想像し悶絶した。
 大好きなお兄様になら、なにをされてもいい覚悟は前世からできている。うまくいけば、今後リアムお兄様とあんなことやこんなことを……! ふ、ふふふっ……。

 ミレイユ・オベール。八歳。中身は既に十八歳。今日からオベール家の公爵令嬢。
決めたわ。私、今世で絶対にお兄様と最高に幸せでハッピーなバッドエンドを迎えてやる!  
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