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203号室
しおりを挟む数分前、皆を送って部屋に戻り、考紀に風呂へ入るよう話しているところで玄関チャイムが鳴った。
玄関を開けると、そこには虎之助を抱えて困った顔の竜弥が立っている。
「悪いんだけど、明日の工事は無しだ。これから対地球外生命体課とU&Eが来る」
「何かあったんですか?」
「まだ良く分かんねぇんだけど、あの穴の奥に何かある。こいつが何かいるって教えに来たんだ。覗いたら確かになんかある」
竜弥は部屋へ戻ると、ベランダに虎之助がいて、中へ入れろと言ってきたそうだ。
窓を開けると、入って来た虎之助は部屋の天井から異様な気配がするから下へ降りられる場所がないかと聞いてきたので、例の穴へ案内した。
すると、中へ降りて行って白い塊を見つけたそうだ。
それを竜弥も確認して、既に各方面へ連絡を入れたと言う。
「ええ? それって『訪問者』関係ですか?」
「多分な。気配が地球のものじゃない。でも、急に気付くなんておかしいだろ? 俺は7年もここに住んでるのに」
「ですよね……」
虎之助は不満そうな声でひと鳴きすると、床へ降りた。
竜弥によると、この件はガス漏れの工事と言う事で口裏を合わせるのだそうだ。
星來もそれに了承して、直ぐに住民への説明に奔走する。
真下の佐々木と、その隣の大橋、201号室の田中の『訪問者』とは関係ない三名には、申し訳ないが騒ぎが収まるまで近くのホテルへ移動してもらう事になった。
場所を取るのは対地球外生命体課が担当してくれたが、近くと言っても数キロ先で、政府が関わったと知られて騒ぎにしたくないので星來が車で送る。
その間に、ガス工事会社の作業着に似たものを着て偽装した関係者が到着し、何か相談し始めた。
「すみません、皆さん」
取り合えず、貴重品だけを持って4人は車へ乗り込んだ。
助手席には佐々木が、後部座席には大橋と田中が座る。
「いえ、急に虎之助の様子がおかしくなって外に飛び出して行ったんで、何事かと思ったんです。まさかガス漏れとは」
「ええ、俺もびっくりしました。もう建物が古いですからね、皆さんが避難している間に直しておきます」
星來は竜弥と作った設定を話して何とか取り繕う。
内心では疑われたらどうしようと、心臓がバクバクだ。
「では虎之助の事、お願いします」
「ええ。餌と水ですね。しっかりやります」
虎之助はどこかに隠れてしまった事になっているので、星來は面倒を見る約束を佐々木とした。
「ところで、今回のお金ってどっから出るの? オレたちに保証あんの?」
「それは、ちゃんと保険に入っていますから大丈夫です。保証も、多少ですが出ますよ」
保険と言うか、『訪問者』を住まわせる時に、トラブルがあったら政府から多少なりとも保証が出ると契約していたので今回も大丈夫だろうと思う。
「ふーん」
大学生の田中は心配そうにそわそわしている。
派手な外見とは裏腹に、意外と気が小さいのかもしれない。
「もう業者が来てるんだから大丈夫よね。それより、考紀くんは大丈夫なの?」
「はい。俺は立ち会わないといけないので、宮島さんに頼んであります」
「あ、考紀くんあそこの子と同級生なのよね。いつも仲良く学校に行くの見るわぁ」
104号室の大橋は最初の頃からの住人で、星來は中学校の頃から知っている。
気の良い女性で、ホテルまで雰囲気が悪くならないよう気遣って、明るくお喋りし続けてくれた。
一方、考紀も一足遅れて楓やリヒトと共に同じホテルへ避難していた。
こちらは彬が送ってくれたのだ。
考紀と楓は作業の様子を見たがったが、もしもの場合もあるで仕方がない。
でも、子供だけにはできないので、リヒトも一緒に付いて行った。
「やっぱり『訪問者』かもしれないって。リヒトは何か分かった?」
部屋へ到着して眠る用意をしていると、楓のスマホに彬からの連絡が来た。
楓はそれを読み上げる。
「ボクは全然気付かなかった。言われて気にしてみてもそれ程じゃなかったよ。虎之助は良く気付いたよね」
「そうなんだ」
楓は、いつも会話に入って来る考紀が黙っているので、気になって顔を覗き込む。
「考紀、心配なの?」
「……うん」
急ぎだった為にダブルの部屋しか空いておらず、子供二人はベッドへ、リヒトはベッド代わりにとに貸してくれたソファに眠る事となった。
リヒトは流石にこの場所でスライムの姿にはならないらしいが、緊張感は感じられない。
楓も、今日来た職員たちと多少の面識があるので信頼しているらしく楽観的だが、何も分からない考紀はずっと緊張した面持ちだ。
そんな考紀を励ますように、リヒトと楓が考紀を真ん中へ挟んでベッドへ座った。
「大丈夫、何かあったらボクが直ぐに飛んでいくから」
「その時はお願いするね」
リヒトがそう言うと、考紀は小さく笑顔を作る。
そう簡単に憂いは取り除けないようだ。
仕方がないので「それよりボクは君たちの付き添いを頼まれたからね。ちゃんとしなくちゃ」と、言って、リヒトは子供たちに眠るように勧めた。
流石に疲れたらしく、二人とも直ぐに眠ってしまった。
だが、考紀は何度も魘されている。
気付いたリヒトが頭を撫でてやると大人しくなったものの、彼にはショックが大きかったのだろう。
帰ったら星來に相談してみようとリヒトは思う。
「いいか? こっちへ引き上げられるか?」
「はい。でもそちらへ上げるので限界です」
「クッション持って来い」
あれから数時間、アパートの方には数十人からの人が来て大騒ぎだ。
今は防護服の人物が工具を持って203号室へ入り、何やら作業している音や声が引っ切り無しに聞こえている。
近くに人家が無く、かなり先から規制線が張られているので、夜のうちに作業が終われば他所に知られる事は無さそうだが、それでも星來は気が気じゃない。
部屋で待機していてくれと言われ、シャーリーと二人でキッチンのテーブルに座っていたのだが、漏れ聞こえてくる声にいちいちビクついてしまった。
「大丈夫よ、やたらに爆発したりしないから。生体反応って言ってたから、生物なんじゃない?」
「え、怖いやつじゃないですよね。世界滅亡の前触れとかだったらどうしよう……」
星來は思わずホラー映画の一場面を思い出す。
それを見て、シャーリーはくすくす笑った。
「だったら不味いわね。その生物を順滅させるのに、リヒトが地球を壊しちゃうかも」
「え?」
「え?」
星來が勢いよく顔を上げると、シャーリーは不思議そうに見返して来た。
「知らないの?」と言っている顔だ。
「もしかして、リヒトさんの方が強い……」
「そうよ、彼より強い生物がいたらお目にかかりたいわ。だから大丈夫よ」
可笑しそうにそう言ってお茶を飲む彼女を見て、星來は「絶対に何かあったらダメなやつだ」と思った。
そして、もう直ぐ夜が明けようと言う頃、突然隣が静かになった。
シャーリーは眠くならないらしく、ずっとスマホを弄っていたが、星來は眠くなってしまい、座ったままうつらうつらしていた時だ。
トントン、と控えめにドアが叩かれたのに気付いた。
「いいわ、私が出るから」
星來が立ち上がろうとすると、それを制してシャーリーが玄関へ出る。
暫くすると、男性を連れて戻って来た。
「お邪魔しますよ、星來さん。このような形で出会う事になるなんて思ってもみませんでしたね」
「あ、あの、もしかして……」
リヒトに似た、優しそうな老齢の男性。
その人こそエイベル・シアーズ博士だった。
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