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夕食

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「ただいま」
「うっひゃあ!!!」

 どれくらいの時間、唇を合わせていたのだろうか。
 楓が帰って来た声で我に返った星來は、自分の上へ覆いかぶさるようにしていたリヒトを、思い切り押してしまった。
 押されたリヒトは、渋々立ち上がる。
「もう時間か。お帰り、楓」
「お帰りなさい」
 慌てて立ち上がった拍子に、床へ落としてしまったポストカードを拾いながら、星來も玄関まで聞こえるように挨拶をした。

「ただいま。星來さん来てたんだ」
「うん、お土産にポストカード頂いて、一緒に見てたんだよ」
「そうなんだ。そう言えば、今日は修学旅行のプリントを何枚かもらいました」
「教えてくれてありがとう。この後、家に来る? リヒトさんも……」

 視線を落として、ソファに座るリヒトと目が合うと微笑まれた。
「もちろん行きますよ。夕飯もな」
「~~~~~~!」
 心臓が大きく跳ね、星來は拾ったばかりのポストカードをまた床へばら撒いてしまった。
 
「大丈夫?」
 慌ててそれを拾っているのを楓が訝しげに見ている。
 リヒトの方は手伝いながらニヤニヤしていて、星來はそれを憎らしく思った。
 


 夕食時、4人でテーブルを囲んでいると、彬と竜弥が戻って来た。
 二人とまともに顔を合わせるのは何時ぶりだろうか。
 彬はお土産を渡すと一旦家に帰ったが、竜弥はやって来るなり星來に甘えだした。
 
「星來~、仕事すっごい大変だった。何か食わして、腹減ったよ……」
 星來に寄りかかって弱々しい声を出しているのを、考紀だけが呆れた目で見ている。
 彼が演技派だと言うのは本当らしい。
 知らなかったら可哀想だと思っただろう、そのくらい疲れていそうに見えた。

「はい、じゃあ、そこに座って待って」
「はーい」
 丸椅子を指し示し、星來は台所へ入る。
 白米と味噌汁を器に盛って差し出すと、竜弥がさっきとは一変して、元気な顔で受け取った。

「こんなに大変な仕事だって聞いてなかったぜ。でも、すげー面白かった」
 白米をかき込みながら竜弥が喋る。
「やっぱ、星來の飯は美味いなぁ」
「だよね」
 竜弥がしみじみ言うと、リヒトが同意した。

 今日の夕食は、金田の妻がどこかからもらってきた季節外れのゴーヤーで、チャンプルーを作った。
 家の畑もそうだが、まだ暑いので夏野菜が採れるのだ。
 
 それから、考紀が好きな、家の畑から採って来たピーマンをウィンナーと炒めたもの。
 同じく畑から採ったトマトを切って、にんじんときゅうりはスティックに切った。
 マヨネーズとドレッシングがあるので好きなのを付けて食べてもらう。
 味噌汁は豆腐とわかめにした。
 栄養バランスよりも量重視だし、大して手の込んだものを作っている訳ではないのに、褒められてこそばゆいなぁと思っていると、彬が戻って来た。

「こら、黒永。お土産持って行かないとダメじゃないか。さっき持ってなかったからどうしたのかと思ったら、助手席に置きっぱなしだったぞ」
「あ、ヤベ。すみません、完全に忘れてました」
 竜弥は彬から紙袋を渡されると、星來へ渡した。

 中身は水ようかんだ。
「これ、中々売ってない奴じゃない! 俺大好きだって言った事あったっけ? ありがとうね」
「おう、ちゃんと覚えてたぜ」
 星來がそう言うと、竜弥は胸を張った。
 
「彬さんも夕食を食べますか? 余り物になっちゃいますけれど」
「はい、ぜひ。いつもすみません」
 実のところ彬が一番お腹が減っていたようで、「上手い、上手い」と言いながら残りを全部食べていた。

 
 食後にお茶と一緒に、先程もらった水ようかんと彬からもらったお饅頭に、リヒトからもらったお土産のチョコレートも出した。
 今日はデザートがいっぱいで、星來は大喜びだ。
 片っ端からひとつづつ食べていると、皆が微笑ましげに見ているのに気付いた。

「あ、見てないで皆も食べて」
 そう言って、隣のリヒトへ水ようかんを楊枝に刺して渡そうとしたら、それを竜弥が横から食べてしまう。
「酷い、竜弥くん、酷い!」
 目を赤くして怒るリヒトを、竜弥がニヤニヤしながら見ていると、「あーあ、竜弥くんいじめっ子だなぁ」「大人げない」
 と、遠くから見ていた子供たちに言われて、竜弥は考紀の部屋へ突撃して行ってしまった。

 
「リヒトさん。まだありますからね、はい」
 同じように水ようかんを差し出すと、リヒトも竜弥を真似て、楊枝から直接食べた。
 それを見て、星來はさっきキスした事を思い出して、少し動揺してしまう。

「コホン……ところで、竜弥くんの事なんですけれど」
 妙な雰囲気になりかけたところで、向かいに座る彬が、場の雰囲気を変えるように咳払いをし、今回の竜弥の様子を報告し始める。
 リヒトは分かっていないのか、素知らぬ顔だが、星來は皆のいる所で何してるんだろうと、恥かしくなった。

「あの、上手くやっていけそうですか? さっき、楽しいって言ってましたよ」
 取り繕うように早口でそう言うと、彬が嬉しそうに笑った。
 
「ええ、彼、以前の仕事で結構な修羅場にも遭遇していたらしくて、相手への対応が上手なんですよ。空気を読むのも上手いし。それに『訪問者』をちっとも怖がらないんです。大したものだ」
「ああ……前はもっと怖い人と仕事していたから」
 星來は、竜弥が先輩と呼んでいた人の顔を思い浮かべた。
 あの人、顔は怖かったけれど、竜弥をあの世界から離してくれたので結構いい人なのかもしれない。
 
「そうだ、彼、キレたりはしてませんか?」
「今のところはないですよ。あ、でも一度、仲間に危害を加えられそうになった時、相手を恫喝して止めてましたね。いつも緩めな黒永が急に態度を変えたのには驚きました」
「そうなんですか」
 
 流石は元・取り立て屋、こんな所で、あの頃の経験が役に立つなんて。
 でも、上手くやれていそうで良かったと思う。
 彼は決して悪い子ではない、星來としては今度こそ良い仕事に就いて欲しいのだ。
 
「それで、ご両親にお会いしてきました。こちらでお預かりする事を了承して頂いたので、来月から本格的に教育します」
「良かった。竜弥くんの事、よろしくお願いします」
「ははっ、親御さんみたいだ」
「あ……」
 竜弥は隙あらば甘えてくるせいで、星來はいつの間にか考紀と同じくらいの子供のように感じていた。
 それが出てしまったのだ。
 星來はバツが悪くなって、目が泳いでしまった。

「まぁ、いいんじゃないですか。あいつは子供っぽいですからね、私も時々、楓と間違えそうになってしまいますよ。仲間内でも弟みたいに可愛がられていますしね」
「それは良かったです。彼、前は凄く浮いていましたから」
「もう少し大人になって欲しいところですけれどね、まだ22才ですから」
「え、そんなに若いんですか? じゃあ、最初に会った時は18才くらい……子供じゃないですか」
「ですね」

 星來は彬から色々聞いて、竜弥は大丈夫だと思った。
 そもそも彬がいるのだから、心配する事などない。
 考紀の部屋へと目を向けると、考紀と楓と竜弥の三人で仲良くゲームしているのが仲良しの兄弟みたいで、星來はほっこりした。
 
 それよりも、リヒトだ。
 彬と喋っている間、リヒトはずっと星來から目を離さずにニコニコしている。
 これはもう、彬には二人の間に何かあったのがバレバレだろう。
 指摘されないだけ有難い。

 実のところ、星來はまた流されてしまいそうで怖かった。
 今まで付き合ってきた相手はみんな何となくから始まっていて、終わりは向こうの都合で、星來だけ傷付いて終わるのだ。
 リヒトにはそんな事されたくない。

 何より皆との関係を崩したくなかった。
 折角、仲良くなったのだから、せめて考紀が大人になって自分の元から巣立って行くまでは、このままでいたいと星來は思った。
 


 
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