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洒落たカフェへ行く

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「明日は海へ行こう」

 昼食後、テレビを視ていた星來が突然そう言った。
 ヘッドホン越しにもその声が聞こえたのか、自室でオンラインゲームをしていた考紀が首を伸ばしてリビングを覗いた。

「考紀たち明日は予定ないでしょ。車出すから、楓くんとリヒトさんも誘って海に行こうよ」
「いいけど、急にどうしたんだよ」
「だって夏休みだって言うのに、どこにも行く予定ないんだよ! 確か絵の宿題があったでしょ」
「楓に聞いてみるよ」
 
 オンラインでゲームしていた相手は楓だった。
 考紀はマイク越しに楓と会話すると「楓、吉田さんちの猫を描くんだってさ」と言った。
「え」
 吉田の家の猫と言えば、虎之助の事か。
 彼は猫ではなく、れっきとした『訪問者』で、猫だと言ったら機嫌を損ねてしまうだろう。
 楓は彼が好きらしいのだが、完全に猫扱いなので、大分嫌われていた。
 
「オレは星來と一緒に料理したのでも描こうかな」
「それも良いんだけど……」
 星來がしょんぼりすると、考紀が「あ、オレ海に行きたかったかも!」と言った。
「楓も行きたいよな、海」
 直ぐに楓にも聞き直し「楓もお父さんに聞いてみるって。星來。海に入りたいの?」と聞いて来た。
「ううん、海の近くのお洒落なカフェに行きたい。海は貝殻拾いに行こう」
 
 それを聞いて、考紀は内心で「やっぱり」と思っていた。
 星來が、珍しくこの間テレビで見たカフェへ行きたがっていたのを思い出したのだ。
 楓たちが行かないなら二人で行けば良いんだし。と、こちらが出かける事は決定した。
 
 暫くするとスマホが鳴り、星來・考紀・楓・彬・リヒトのグループにメッセージが来た。
 そこに『私も行きたいです』と、彬からのメッセージが表示される。
「彬さんも行けるのか。でも、家の軽自動車じゃ5人は無理だなぁ。どうしよう」
 星來がメッセージを送ると、直ぐに既読になり『車は借りられるのでお気になさらず』と返信が来た。
「わ、助かる。ありがとうございます、っと……」
 星來がそれにお礼のメッセージを送ると、今度は通話が始まった。
 相手はリヒトだ。
 
『もしもし星來さん、ボク絶対に行きます。置いて行かないで!』
「はい、もちろんですよ」
『リヒトさん、データ取ってる最中だから』
『あ、すみません』
 どうやら彼は仕事中らしく、直ぐに通話が切れた。


 ******


 
 天気予報通り、次の日は晴れだった。
 彬の運転で海岸沿いの道を走る。
 彼が借りて来た黒いミニバンの助手席には星來が座っていて、その後ろの席にはリヒト、一番後ろには考紀と楓が座って、太陽を反射して輝く海に歓声を上げていた。
 
 家から海まで一般道を使っても1時間ほどだが、夏休みと言う事もあり混雑を予想して余裕を持って家を出て、開店と同時に目的のカフェへ行く予定だ。
 道程に多少の混雑はあったが、幸い店の開店時間を少し過ぎた辺りで到着できた。


 
 そのカフェは海辺の高台に建っており、地中海風の白い建物が夏空に映えていた。
 中へ入ると開放的な空間に洒落たソファとテーブル、観葉植物が置かれ、薄いカーテンが風にたなびいている。
 アーチ形にくり抜かれた白い壁にはマリンテイストのオブジェ、天井にはファンが回り、外にはパラソルを立てたテラス席もあり、窓に切り取られた景色はまるで絵画のよう。

「わぁ、素敵」
 星來は非日常的な空間に、思わず感嘆の声を上げてしまう。
 早い時間だからか、待つことなく店員に窓際の広い席へ案内され、5人一緒に座る事ができた。
 
「星來さんは、こう言う所が好きなんですか?」
 席へ着くと、目の前に座ったリヒトからそう聞かれる。
 メニューを子供たちへ渡しながら、星來は頷いた。
「昔は良くカフェ巡りをしたんですよ」
 
 あれは、森山と付き合っていた頃だ。
 会社の近くに雰囲気の良いカフェが何件もあって、星來は良く森山と二人で行ったものだと懐かしく思う。
 長谷川と付き合うようになってからは、滅多に行かなくなったけれど、やっぱりこう言う場所は好きで、時々行きたくなった。

「管理人さんの趣味はカフェ巡りか。また皆で行きましょう」
「ええ、是非」
 向かいに座る彬に言われて星來は頷く。
 その隣の子供二人はもうメニューを決めていて、甘そうなパンケーキをそれぞれ頼んでシェアすると言った。
 それから考紀は炭酸ジュースで、楓はりんごジュース。
 星來とリヒトと彬は店お勧めのコーヒーを頼む事にする。
 注文を頼むと若い女性の店員がやって来て、マスク姿にも拘わらず、リヒトに見惚れていたのはいつも通りだ。

 運ばれてきたパンケーキは予想以上に大きくて、皆で分けて食べた。
 星來はそれなりに美味しいと思ったのだが、隣に座るリヒトから「味無いな」と聞こえて来たのは、聞こえない振りでやり過ごした。
 
 
 
 カフェを十分に堪能してから、皆で近くの海岸へ降りる事になった。
 今日も気温が高いが、海からの風は涼しくて気持が良い。
 子供たちが靴を脱ぎ捨てて海の方へ走って行ったので、星來はしゃがみこんで貝殻を拾い始める。

「よーし、ボクも!」
 リヒトも二人の後を追った。が。数分もしないうちに戻って来た。

「どうしましたか?」
「水が……すごくピリピリします」

 そう言って足を指し示したので目をやると、彼の足がピンク色のスライムになりかけている。
「海水が苦手だったのか? 見せてみろ」
「水で洗い流しましょう」
 星來はカバンから新しいペットボトルを出して、その水でリヒトの足を洗った。
 足の色は直ぐに元通りになったが、指先が少し震えているのが気になる。
「どうですか? 」
「まだ……彬、ボク車に戻ってる」
「おう」
「じゃあ、俺も。ゆっくり遊んできてください」
「ええ」

 彬から鍵を受け取ると、星來はリヒトを連れて車へ戻った。
 スライドドアを開け、リヒトの足が車外に出るように座らせてもう一度足を洗ってやる。
 足元にしゃがんで、考紀にするようにタオルで足を拭いてやっていると、リヒトが申し訳なさそうに星來を見詰めているのに気付いた。

「あ、子供扱いしてすみません」
「いいえ、ボクが悪いんです。ごめんなさい、気を付けなくちゃいけなかったのに」
「いいんですよ」
 車に積んであったサンダルを拝借して、それをリヒトに履かせる。
 そのまま奥の席に異動したので、星來は隣に座った。

「ボク、地球に来てから、自分の事で知らな過ぎるなって反省しています。今までは何しても、何を食べても平気だったのに。そのつもりでいたら星來さんに情けない所ばかり見られちゃって……」
「そう言うの、誰にでもありますよ」
「でも、ボクは星來さんにもっと素敵だなって思って欲しかった」
「ふふ、リヒトさんは素敵ですよ。さっきだって注文取りに来ていた子が見てたじゃないですか」
「いえ、そうじゃなくて、ボクは星來さんだけがそう思ってくれればいいんです」
「えっ」

 そう言えば、この間もリヒトは「星來が特別に見える」みたいな事を言っていた様な気がする。
 あの後、何回かスライム姿の彼を見ているうちに可愛いスライムから慕われている、みたいな感じになって忘れてしまっていた。
 だって可愛いのだ、スライムの彼も、人間の彼も。

 気付くと、リヒトが星來を熱心に見詰めていた。

「好きなんです。他の人とは違う好きなんです。ボクは、貴方を食べたい」
「? ? ?」
 色恋が絡んだ時の、独特な雰囲気に流されそうになっていた星來だが、「食べたい」と言う言葉で我に返った。

 
 ――「食べたい」それは性的な意味で?
 それとも本当に食べたい?
 
 
 リヒトは地球外生命体なので、星來が思っているのと意味が違う場合もある。
 地球人に危害を加えてはいけない、と教えられているとは知っているが、そもそも常識が違うので、返事は慎重にしなくてはならない。
 ちゃんと意味を説明してもらおうと思うが、近付いて来る綺麗な顔に目が吸い寄せられた。

「リ、リヒトさん。ちょっと待って、車のドアも空いていますし、ね」
 と、慌てて車外へ目をやると、丁度通りかかった男と目が合う。
 その男は星來を見て、目を見開いた。

「もしかしてセイラじゃねーか? って、……おい。お前何しようとしてんだ」
 そう言って近づいて来た男は、星來も見覚えがある。
 
「もしかしてタツヤくん?」
 星來が呼びかけると、男は頷いた。
 
 
 
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