Hope Man

如月 睦月

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中学校編

あしたから頑張る

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吉田の家に到着し、ニコニコ全開の吉田の母親に挨拶し、他愛もない会話をすると吉田の部屋へと向かった。

吉田の部屋は中学生の部屋とは思えない落ち着きのあるたたずまいで、まるで映画で観るような売れない小説家の部屋のようだが、龍一はこの空間が好きだった。吉田の風貌も中学生の服装とは少々かけ離れ、おじさんの様な地味めの格好なので、妙にマッチしていて笑えた。

吉田がやっと手に入れた大友克洋作品『気分はもう戦争』を一緒に読み、描き込みの細かさ、表現、アングルなどについて時間を忘れる程に歓喜しながら談義したのだった。笑いの溢れる会話の最中にふと、まるで貧乏神が横切ったかのように静かな沈黙の時間の風が吹き抜けた。龍一はゆっくりと静かに、それでいて少し照れくさそうに話を切り出した。

『吉田はもう…その…高校って決めたのか?』

『うん、一応建築士の息子なんで、工業高校の建築科目指すんだ…って言ったらかっこいいし親も喜ぶだろうけど、俺は建物よりも内装と言うか造形が好きだから、まずは工業高校のインテリア科を目指そうと思ってるんだ、桜坂は?』

『実はその…絵ばっかり描いててさ、学校ではほら、ね、あんなだし…どんな学校があるかとか、全然わからなくってさ…何にも知らないんだよ、バカだろ』

『知らない事はバカとは言わないよ、知ればいいだけだもん、ははは、言うだろ?聞くは一時の恥、聞かぬは松平健って、はははははは』

『末代の恥だろ!はははは』

『で?何を聞きたい?ってゆーか、目指してるものとかあんの?』

『何を聞きたいかもわかんない、目指してるものもない』

『そっか、まぁ焦ることないよ、そのうち何か見つかるさ、で?自分のランクは知ってるのか?』

真面目な話と言う事に気づいたのか、吉田から笑いが消えていた。

『Fって聞いてる。でもFランクで入れる高校なんか無いって言われたよ』

『ランクってのは中学1年から3年まで9教科すべての通知表の成績(5段階評定)から算出されるんだよ』

『うん』

『ランクが1つ違うだけで、合格に必要な入試当日点は20点以上の差がでるって事になる。つまりEとFなら20点の差、EとGなら40点以上の差が開く。入試は60点満点の5教科300点満点だから、必然的に300点の中で40点の差を縮めるのはヤベーくらいにきついってわけよ』

吉田が紙に書きながら唾を飛ばして必死に話す、その必死さに食らいつくように頭をフル回転させる龍一。

『つまり、内申ランクを少しでも高くしておくことが合格の鍵って事な、でも残念なことに中1と中2の内申点がランク決定の60%以上を占めるって聞いたことあるんだよ、要するに中3の今から頑張ってもこの差を埋めることは難しいってこった。』

『ダメじゃん!!!!!』

『いやいや、ダメじゃないよ、Eランクが受験の持ち点20点なら、Fの桜坂はEの奴らより20点多く受験で点数を取ればいい』

『いやまて、仮にEの奴が300点満点でFの俺が300点満点だったら負けじゃんかよ!!!!』

『そういうこった、戦う前から敵は桜坂より弾丸を20発多く持ってるもんな、ははははは』

『笑い事じゃねーっつーの、はははは』

『取り敢えず諦めねーでさ、今から勉強する事は出来るんだから、一発逆転に賭けてみたらいいよ、つか賭けるしかねぇじゃん、内申点高いけど当日頭痛くてどーにもなんねー奴とかいるかもしれねぇだろ?はははは』

『何十人もその日に頭痛とは思えないけど、可能性があるならやってみるよ』

龍一はスッキリとした気持ちで家路についた。
夕食を終え、部屋に向かう為に立ち上がると母親が口を開く。
『あんた今日も遅かったけど…』

『これから勉強するから』

『そぉ…』

素直な龍一の反応に、母親はそれ以上口を出すことはしなかった。数時間後、父親が帰って来たのが龍一の部屋に響く音でわかった、だが父親からの呼び出しは無く、もしかすると母親がさっきの自分の態度で、以前の口喧嘩の件を告げ口するのをやめたのだろう、そう推測した龍一だった。

だが、一難去ってまた一難、絵を描く事と喧嘩しかしてこなかった龍一には勉強の仕方が分からなかったのだ。教科書を読めばいいのか、問題を解けばいいのか、問題を解けばいいとしても、解き方がわからない、そのために教科書を開くが、既にその解き方は1年も2年も前に皆が通り過ぎた道、3年の教科書なんかに載っているわけがない、一体何をどうすればいいのか…

『あ、そうか、だったら古い教科書を見ればいい』

右手の人差し指を立てて、頭の上で電球が光り、ピコーンと音が鳴ったかのように、なんとも奇妙な笑顔で1秒ほど停止した。物持ちの良い龍一は1年から今までの教科書もノートも全て保管していたので、収納してある衣装ケースをベッドの下から引っ張り出した。ノートを開く度に懐かしくなり、一向に勉強が始まらない。それはまるで引っ越し準備をするために荷物の整理をしていたら、出て来た懐かしいものに気を取られて作業が進まないあの現象と同じだった。そのことに気付き、我に返って時計を見ると深夜12時を回っていた。

『あー…勉強…』

『明日でいっか…』

そう思った矢先、ノックが3回鳴った、扉を開けると母親が夜食だと言って、作った鍋ごとインスタントラーメンを持ってきてくれたのだった。『無理するんじゃないよ』と言うと扉を閉めた。寝ようと思っていた自分が少し恥ずかしくなったものの、ラーメンの匂いを嗅いだら食べずにはいられなかったのだった。夜中に食べるラーメンは最高に美味しかったが、煮すぎてやわやわの麺、濁ってしまったスープ、カッチカチの卵に少ないスープ、母親の作るラーメンにいつも不満を抱いていた龍一は、いつしか自分で作るインスタントラーメンの最高の作り方を追求するようになっていたので、味でいう所の『美味しい』とはちょっと違った。

作ってくれた事はとても有難い事ではあるが、勉強が理由で夜中にラーメン食べて良いのなら、今度から自分で作ろうと誓った。

食べ終わって窓を開け、マルボロを一本吸うと、もう少し頑張ろうかな?と言う気持ちになった、冷静に考えるともう少しも何も、今日は全くやっていないくせに。煙草を吸い終わると椅子に座って1年の頃の理科のノートを開いた。龍一は興味がある事には徹底的にのめり込むので、理科においては「生物」が最も得意だった。どれくらい得意かと言うと、生物メインの期末試験で満点を叩き出すほどに。

『うん、この辺は余裕だな』

と、全く余裕なんかないクセに余裕だと言い放ち、ページをパラパラとめくると、マジックで「しね」そんな文字が書かれたページがあり、手が止まった。過ぎた事とは言え、あらためて見るとその破壊力は龍一の心を十分に締め付ける威力があった。龍一が居ない隙に書いたのだろう、その筆跡は擦れるように早く、殴るような線だった。何と不快な筆跡だろうか、漢字の「死」を書くには時間がかかり過ぎるため、ひらがなの「し」にしたのを想像すると、妙に腹が立った。書くのを予定し、書き切って立ち去る時間計算までしていたとしか思えないからである、しかしながら死ねと言う大きなカテゴリーで言われても困るわけで、いつ、どのようにして死んでほしいのかまで書いていたら逆に笑えたのに…そう発想の転換をして、自分の心に湧き上がる黒いモヤモヤを鎮めるのだった。時計を見ると午前1時30分を回ってることに気が付く…。

「やっぱ勉強は明日からにしよう」
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