Hope Man

如月 睦月

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中学校編

インドの猛虎

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ブルーザー・ブロディに怒られてホテルの外に出た4人。
興奮するタカヒロ・中村・花田がギャーギャーと騒いでいる。

『殺されると思ったぜ!』
『やべぇな!テレビで見るよりでけぇし!』
『ひげすげぇ』

そんな3人の横をタクシーがすりぬけてホテルの前で止まった。
全員で振り向いたが、ホテルから出てきたのは若手のレスラー。
3人は『なんだぁ』と言う顔でまたブロディの話しになった。
私だけ真ん前のタクシーが気になり後ろの座席を見ると、
乗っていたのはスタン・ハンセンだった。

だめもとで『サインプリーズ』と声を出さずに口だけ動かして、
色紙を出すと、窓が開き、スタンハンセンが手を出してくれた。
まさかと思いつつも色紙を差し出すと、受け取ってサインを書き、
スッと渡してニッコリ笑うと、そのまま去って行った。

ボーッとする龍一に3人は

『どうした?』
『今の誰?』
『誰のサインもらったの?』

龍一はサインを見せながら『スタン・ハンセン』と言うと、
3人は声を揃えて『えー!!!』と驚いた。
それもそのはずスタン・ハンセンと言えばヒールでありながら、
大人気のレスラーなのだ、喉から両手両足が出る程サインが欲しい選手の一人。

『なんで桜坂ばっかりなんだよ!』
タカヒロ・中村・花田は各々が思う最高の悔しいポーズをして見せた。
地団駄踏んだり、頭を掻きむしったり・・・。
その様子を見ながら龍一はちょっとだけ優越感に浸るのだった。

その時龍一の視界にある男が入ってきた。

ホテルから出てきた大きな男がこちらを見ている。
頭にはターバンを巻いている様だった。

『タオル?ターバン?誰だっけ・・・』と呟く龍一。
龍一はどこかで見た気がしてならなかったのだ。
『うーん・・・なんだっけ・・・頭に白いターバン』

その龍一を見て3人は次こそサインを逃してなるものか!と
龍一のツキの良さにあやかり、白いターバンの男に走り寄って行った。
この際誰でもいい!と言わんばかりに。

『サインプリーズ!』3人がひときは大きな声でターバンの男に詰め寄った。

龍一がその男の正体を思い出した。
『まて!その人はダメだ!インドの猛虎だ!』

その制止の声をかき消すように白いターバンの男が『うおおおおおおお!』
と大声をあげて右手に持っていたサーベルを振り上げた!

『だめだ!!!その人はタイガー・ジェット・シンだ!!!
インドの猛虎だぁあああああ!!!』

時すでに遅し、サーベルを振り回して、
いつものようにそのサーベルの中心を噛みつき両端を掴み、
グイグイと曲げる動きを見せたのだ。
テレビで見るお決まりのパフォーマンスだが、今は違う、生命に関わる!
明らかに『ジャパンダイスキ!サインアゲル!』なんてオチはない。
近くで見たらサーベルはグニャグニャで、切れるものじゃないんだと
龍一は気が付いたが、そんな事は関係ない、切れない刃物でぶん殴られたら
結果として同じじゃないか?と直ぐに思い直した。

誰が叫んだかわからないが『逃げろ!』と聞こえた。

4人で思いっきり下り坂を駆け下りた。
それはそれは下り坂で、走ったら止まる気がしない程の下り坂。
4人は駆け下りると言うより転げ落ちるように走った。
振り向いた龍一の目にはシンを押さえつける若手レスラー、
そしてそれを振り払って蹴りを入れ、私たちに向かって全力で走って来るシンが見えた。

『やばいって!来てるって!インドの猛虎が!』

『いやそこはシンでいいだろ!』

『俺もう無理!』諦めかけるタカヒロを花田と中村が両サイドから抱え上げ、
思いっきり走った、タカヒロは両足が浮いている状態。
『殺されるぞ!』花田が叫び、
中村は『シンが俺たち殺したら今日の試合に出られないだろ!』と冷静に突っ込む。

『どっちにしても内蔵3つくらいは吹っ飛ぶぞ!』
その龍一の言葉が妙にリアルで3人は押し黙った。

暗くなった坂道をひたすら走る4人の足音と呼吸音が響く。
シンの叫び声と、ドカドカと聞こえる大きな足音。
その後ろからシンを止めようとする若手レスラー数人の足音。
まるで雪崩が押し寄せてくるような音だった。

暗くなったせいでシンは白目と歯しか見えなくてとても恐ろしかった。
ターバンはどこかにすっ飛ばしたらしい。
坂を走って走って、いよいよ下りきると言う時に足を引っかけた花田が
バランスを崩して全員を巻き込んで宙に浮いた。

『あぶねぇ!!!!』

『死ぬ!!!』

『もうだめだ!!!』

しかしそのまま停車していた大きなワゴン車の後ろにぶつかり、
坂を転げ落ちる事は避けられた。
まだシンが負って来るのが見えたので角を曲がって民家の陰に身を潜めた。

龍一達を探してシンが目の前でキョロキョロする。
その呼吸はまさに獣で、ゴォゴォと音を立てていた。
追いついた若手レスラー3人がシンを取り囲み、戻ろうと言うジェスチャーをした。
シンはクソ!と言わんばかりに思いっきりサーベルを地面に向かて振り下ろした。
地面を切るように火花が走り、その光で一瞬照らされたシンの鬼の形相を忘れる事は出来ない。

少しそのまま隠れて4人が呼吸を整えるまで待った。

誰からともなく隠れた木陰から出て、4人は顔を見合わせてプッと噴き出して笑った。

『さすがインドの猛虎だよな』

『いや、だから、そこはシンでいいだろ』

龍一がリュックを落としてきたことに気が付き、走り抜けた坂道をのぞき込むと
もうシンの姿は無かったので、安心してリュックを探しながら戻った。

『確か車にぶつかった時にはもう持ってなかった気が・・・』
そう呟きながら周囲を散策するとガードレールの横に落ちていたのが確認できた。
『あった!』『おお!良かったな』『中身はちゃんとあるか?』
タカヒロのその問いにハッとなり、龍一は慌てて中身を確認した。

『うん、ちゃんと全部・・・あ!!!!え????』

驚く龍一に3人も驚いた『なに?』『は?なに?犬のうんことか入ってる?』
『3億円とか?』『うそ!別けようぜ』

『いや・・・これって・・・』

その時1台のタクシーがゆっくり4人の横を通過した。
窓を全開にして何かを叫んでサーベルをグニグニしたシンが顔を出していた。
でもそのシンの顔は笑っているように見えた。

それもそのはず、龍一のリュックに入っていたのはタイガー・ジェット・シンが
サインしてくれた色紙が4枚入っていたのだから。

4人は走り去るタクシーに向かって頭を下げた。

『俺、シン好きになった』

『俺も』

『俺も俺も』

『シンの前にインドの猛虎な!』

『それ重要?』

ひんやりと寒くなってきた星空を見上げて4人が笑った。
時間も押し迫ってきたのでタクシーに4人で乗り込んで、
プロレス会場を目指すことにした。

『運転手さん!市民体育館まで!』

『あ、今日はプロレスだったな、見に行くのかい?』

『うん、インドの猛虎な!』

『そう!インドの猛虎!』

『インドの猛虎ったらタイガー・ジェット・スンだろ!』

『運転手さん、シンな!シン!』

『スンだろ?スン!前歯ねーからな!悪かったな!』

そう言って笑った運転手さんの前歯は4本くらい無かった。
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