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中学校編
塚原君
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タカヒロとすっかり疎遠になってしまった龍一。
あれから何度かクラスに顔を出して龍一にちょっかいを出していたが、
龍一は心を許すことはなかったので、いつしかタカヒロは来なくなった。
やっている事は身勝手だ、そんなことは龍一本人がよくわかっている、
だが、龍一の過去にだけは何人たりとも侵入を許すことが出来なかった。
過去をさらけ出すくらいなら友達なんかいらない、そんな思いだった。
『どうせずっと独りだったし』
そんな思いも時折自分の中で『強がり』と言う事を認識しては、
部屋では涙する事も少なくなかった。
そんなある日クラスが変わってから一度も登校していない
『塚原 雄太(つかはら ゆうた)』という男子生徒の事が気になった。
『なんで来ないんだろう、病気かな?』
興味を持つと徹底的に気になる性格の龍一が顔を覗かせた。
龍一の中には過去の経験により、多重人格とまでは行かないが、
色々なタイプの龍一が混在しその都度顔を覗かせては
現実世界に影響を与えてしまうことがあった。
例えばタイプ『犬』
これは喧嘩で勝利することに貪欲になった時に出てくるタイプで、
噛みついてでも勝とうとするのがこの『犬』
今回は気になることがあると出てくる、タイプ『探偵』
とは言え社交的ではない龍一は、突然クラスメイトに塚原君ってどんな人?
なんて聞けないわけで、ここでシャイな性格が大きく彼の前に立ちはだかる。
眉間に皺を寄せ、暫く苦悶の表情をする。
その姿を見てクラスメイトは人でも殺すんじゃないかと遠めにひそひそする。
『よし!』と立ち上がると、龍一は担任の先生に話を聞きに職員室へ向かった。
なぜ塚原君が気になるのかは分からなかったが、タイプ『探偵』が歩を進める。
職員室の引き戸をガラガラと開け、担任の先生の机の前に向かう。
『ど・・・そうした桜坂』
あり得ないその光景に担任の教師すらどぎまぎする。
『あの・・・ちゅかはりゃくんって・・・』
『な?なんだ?』
『あの!塚原君ってなんで学校来ないんですキャっ!』
『あぁ、塚原きゅんな・・・』
『はい』
『あいつは・・・いわゆる引きこもりでな、母子家庭でさ、
母親もお手上げなんだそうだ・・・・。
先生も行ってみたけど部屋の鍵も開けてくれなかったよ。』
『ふぅーん・・・』
龍一はお礼を一言言うと職員室を出た。
その手にはメモ紙が握られていたのだが、
それは先生がくれた塚原君の家の地図だった。
地図を見ると龍一の家からさほど遠い位置ではないとわかり、
何を思ったか放課後行くことにしたのだった。
学校周辺は大体遊び場なので、方向音痴の龍一もさほど苦労はしなかった。
龍一の方向音痴は独特で、覚えられないところは何度行っても覚えられない。
が、一度行ったら覚えてしまう場所もある。昼と夜でもわからなくなるし、
侵入する場所がちょっと違えば即わからなくなることもある。
しかしながら塚原君の家は一度で行けた、龍一ならではの目印があったようだ。
龍一の方向音痴の特徴として、目印をつけなければ歩けないのだが、
その目印をの付け方も独特で、下手をすれば明日には無くなるようなものを
目印にしてしまったりするのだ、よって数日後にその目印が無いと迷う。
大きいと言えるレベルの二階建てでグレーの壁色。
暫く手入れがされていない様子で、そのグレーの壁は所々濃い色の染みが出来ていた。
見上げると塚原君の部屋なのだろうか、窓が見えた。
雨戸を締め切っており、人がいるとは思えない雰囲気が漂う。
日本の石の柱が特徴的な門、錆びだらけの柵を指でつまんで押すが、
錆できしんで動かず、しょうがなく手で強く押した。
枯れ葉だらけの玄関に立ち呼び鈴を押した。
ピンポン♪
きわめて普通の音がなった。
ピンポン♪
ピンポン♪
『はぁい』
女性の声がしてやっと出てきたのは恐らく母親だろう。
子供の目から見ても疲れてやつれた中年と言った印象だった。
『あなた、どなた?』
『塚原君が気になって来ました』
『え????????????』
細い顔の母親が、驚いたフクロウのように一瞬だがもっと細くなった。
『うちの雄太を心配して?』
『あ、はい・・・』
『待っててね!お願いだから待っててね!』
慌てていたが、その顔は晴れやかでとても嬉しそうに見えた。
二階から声がするので、龍一は耳を澄ませた。
『お友達がきてるわよ雄太』
『あぁ?友達なんかいねーよ』
『来てるわよ!・・・』
『あなた!あの!お名前は????』
龍一に対する母親の問いかけがした。
『あ!はい!桜坂です!』
『桜坂君ですって!』
『さくらざか?あ、絵の上手いあの桜坂か?』
学校に来ない塚原君が龍一の絵の上手さで記憶している事実が
龍一にはちょっと嬉しかった。
『と言う事は・・・1年生の頃は来てたんだなぁ学校』
ガチャ・・・・と音がしたかと思うと、階段を下りる音がトントンを聞こえた。
何段降りて来たか途中でわからなくなった龍一。
顔をあげると、そこにはふっくらと丸っこい男の子が立っていた。
『なに?』
ぶっきらぼうに塚原君が聞いた。
確かにそうだろう、名前しか知らない男子生徒が突然来たのだ、
100人中98人は同じ対応じゃないだろうか、知らんけど。
そんな事を龍一は頭の中で会話していた。
『いや、気になっちゃって』
『何が?』
『塚原きゅんが』
・・・・・・・・・
『ぷっ!!!!!』『はははははははははは』
『きゅんって!』『あはははははは』
『知ってるよ、桜坂だろ?絵上手いよな』
『ありがとう!そうでもないけど』
『上がる?』
『うん』
龍一は自分でも信じられない程に塚原君に溶け込んだ。
あんなに人を避けていたのに、龍一の方から塚原君に心を向けた。
しかしそれが固く閉ざしていた塚原君の心を解放したようだった。
お互いにどうしてなのかわからないが、直ぐに打ち解けることが出来た。
真っ暗な部屋に入ると、引きこもりのイメージとは程遠い
整然とした綺麗な部屋なのが見て取れた。
だが龍一は強い違和感を感じた、それは部屋の様子。
どう見ても大人の『書斎』だったのだ。
『塚原君、この部屋って』
『うん、女作って出て行った親父の書斎』
『いいもの見せてやろうか?』
塚原君の笑顔に釣られて、うんうんと首を2度頷かせた。
難しそうな本を一冊抜き取ると、ブックカバーを外した。
そのケース型のブックカバーはダミーで、いわゆるエロ本が数冊出てきた。
『浮気してるクセにエロ本読んでるだぜ?どんだけエロいんだよ』
『ほんとだな!』
『ははははははは』
渡されたエロ本を開くと、中年女性の裸のページだった。
龍一は今までお椀の様なまん丸おっぱいしか見たことなかったので、
中年女性の少し垂れて左右に離れたおっぱいにとても魅力を感じた。
それを見た塚原君が龍一に突っ込みを入れる。
『おい!おまえおばちゃん趣味なのか?』
『いや、そう言う事じゃなくって、なんか綺麗だな』
『え?マジで言ってんの?』
このあたりから龍一は梶芽衣子さんのファンになり、
大人の女性が好きになって行った。
『いやぁ桜坂がおばちゃん好きとはなぁ・・・』
『おばちゃんって言うなよ、大人の女性の魅力わかんない?』
『おっぱい垂れてんじゃん』
『違うよ流れてるんだよ、美しいじゃん、ポルシェかなんかみたいな』
『はぁ?おっぱいがポルシェ????』
『わははははははは』
『あ、俺家に何も言わないで来たからそろそろ帰るわ』
『そっか』
『あのさ・・・・』
『また来いよ!』
『うん』
母親に友達を送る姿を見せたくないのか、塚原君は部屋でお別れをした。
玄関で『おじゃましましたー』と声を張ると、母親が出て来て
泣きながら龍一の手を握り『雄太を・・・雄太をお願いします』と言った。
龍一はそう言う親心まではあまり理解できなかったので
『また来ます!』と言って頭を下げて帰った。
家に帰ると遅くなったことが気に入らない母親が待っていた。
『あんた、なんか学校に来ない子の事聞いてたんだって?先生に』
誰がなんでそれを知り、母親に話したのかは分からなかったが、
取り敢えず無視しようと思っていたのだが・・・
『あんた、そんな子供に関わらないでちょうだい、世間体ってものあるんだから』
と言い放った。
龍一は『俺の友達を悪く言うんじゃねぇっ!!!!! 』
と、ありったけの二酸化炭素とともに大声で吐き出した。
数時間後、また父親に告げ口され、話しを何も聞いてくれず、
ただただ父親に殴られた。
それから毎日毎日塚原君の家に遊びに行った龍一。
ある日、ボードゲームにハマっていた2人は海外のボードゲームを
お金を合わせて買った、当時は振込用紙に記入してどうのこうのと、
頭を傾げながら郵便局で必死に手続きをした。
『表に出れたじゃん、熊のクセに』
『へへ、何年ぶりかな、太陽と風と・・・いいもんだね』
『外も悪くないだろ』
秋も大分深まったなと、中学生でもわかる季節になっていた。
遊びに行った塚原君の家には大きなイチョウの木があり、
玄関が黄色の絨毯となっていた。
いつものように話をしてゲームして時間を過ごす2人。
ここで龍一が塚原君に一言いう。
『学校・・・来てみない?』
『うん・・・明日行ってみようかな』
『ほんとか?本当にほんとか?』
『わかったって、明日いくよ』
『じゃぁ朝迎えに来るよ俺』
その日の帰り道は凄く軽快なステップで帰ることが出来た龍一。
元気になってくれて、笑うようになってくれた塚原君が明日学校に来るのだ、
嬉しくないはずがない。
翌朝、風が冷たかったが気持ちいい秋晴れだった。
塚原君の家に迎えに行く為に少し早く家を出た龍一。
心なしか早歩きになってしまい、予定より早く到着してしまった。
黄色い絨毯に乗っかるとふわふわした。
呼び鈴を押してドアを開けると、制服を来て鞄を肩にかけた塚原君が居た。
母親がハンカチを目に当てて言葉にならない言葉で塚原君を見送った。
『どぉ?怖い?引き返す?』
『大丈夫だよ』
2人で買ったゲームが早く届かないかな、楽しみだな
俺悪な!俺が悪だろ!と言う話をしながら、約15分かけて学校に到着した。
知っている生徒は塚原君を好奇の目で見、ヒソヒソとあからさまな態度をとる。
『気にするなよ』と声をかけて、塚原君をかばう龍一。
そんな事が一日中続き、ストレスを浴びせ続けられる塚原君を気遣い、
ずっと側から離れなかった龍一。
やっと長い長い1日が終わり、塚原君を家まで送り届けた龍一。
玄関で塚原君は
『楽しかった!ありがとな!桜坂!明日から一人で行くから』
と笑顔で手を振ってくれた。
龍一は良い事をした気分でいっぱいになった。
翌日塚原君は学校に来なかった。
帰りに家に行ったが、鍵がかわれていた。
5日くらい経った時だっただろうか、呼び鈴にやっと反応があった。
前にも増してやせこけた母親が出てきた。
『あの・・・』
その瞬間母親の顔が鬼のようになった。
『あんたさえ来なければっ!!!!!!!』
『え?』
『あんたさえあの時来なければこんなことにならなかったのに!!!』
ヒステリックに叫ぶ母親は泣いていた。
龍一の上着の腕を鷲掴みにして何度も何度も
『あんたさえ!あんたさえ!』
と叫んで最後には龍一を突き飛ばした。
雨上がりでぐちゃぐちゃの道路にべったりと転んだ。
顔面に撥ねた泥水が氷のように冷たかった。
『なんですか!塚原君どうしたんですか!』
龍一は母親に声を張り上げた。
『雄太は学校に行ったその夜に首を吊って死んだのよ!!!!!』
龍一はその場で声を張り上げて泣いた。
『うわーーーーーーーーーーーーーーーーー』と言う殆ど叫び声だった。
悲痛の叫びと言うのはこういう事なのかもしれない。
龍一は心が砕ける音をまた聞いた。
少し落ち着くと立ち上がって泥を掃うが、それがまた汚れとなった。
掃っても掃っても黒くなったズボンを見て悲しくなった。
また龍一と仲良くなった人が消えた。
家に帰ると部屋に籠った龍一。
『そうだ・・・俺さえ塚原君に興味を持たなければ・・・
学校に行こうなんて言わなければ・・・彼は死なずに済んだんだ・・・』
そう思うと大粒の涙がボロボロと流れ落ちた。
この夜、龍一の左腕に長い切り傷がついた。
数日後、塚原君の家の前に行くと、
2人で注文したゲームがゴミ袋に入って捨てられていた。
それを見て、本当に彼は旅立ってしまったんだと感じた。
雪がちらつく季節だった。
あれから何度かクラスに顔を出して龍一にちょっかいを出していたが、
龍一は心を許すことはなかったので、いつしかタカヒロは来なくなった。
やっている事は身勝手だ、そんなことは龍一本人がよくわかっている、
だが、龍一の過去にだけは何人たりとも侵入を許すことが出来なかった。
過去をさらけ出すくらいなら友達なんかいらない、そんな思いだった。
『どうせずっと独りだったし』
そんな思いも時折自分の中で『強がり』と言う事を認識しては、
部屋では涙する事も少なくなかった。
そんなある日クラスが変わってから一度も登校していない
『塚原 雄太(つかはら ゆうた)』という男子生徒の事が気になった。
『なんで来ないんだろう、病気かな?』
興味を持つと徹底的に気になる性格の龍一が顔を覗かせた。
龍一の中には過去の経験により、多重人格とまでは行かないが、
色々なタイプの龍一が混在しその都度顔を覗かせては
現実世界に影響を与えてしまうことがあった。
例えばタイプ『犬』
これは喧嘩で勝利することに貪欲になった時に出てくるタイプで、
噛みついてでも勝とうとするのがこの『犬』
今回は気になることがあると出てくる、タイプ『探偵』
とは言え社交的ではない龍一は、突然クラスメイトに塚原君ってどんな人?
なんて聞けないわけで、ここでシャイな性格が大きく彼の前に立ちはだかる。
眉間に皺を寄せ、暫く苦悶の表情をする。
その姿を見てクラスメイトは人でも殺すんじゃないかと遠めにひそひそする。
『よし!』と立ち上がると、龍一は担任の先生に話を聞きに職員室へ向かった。
なぜ塚原君が気になるのかは分からなかったが、タイプ『探偵』が歩を進める。
職員室の引き戸をガラガラと開け、担任の先生の机の前に向かう。
『ど・・・そうした桜坂』
あり得ないその光景に担任の教師すらどぎまぎする。
『あの・・・ちゅかはりゃくんって・・・』
『な?なんだ?』
『あの!塚原君ってなんで学校来ないんですキャっ!』
『あぁ、塚原きゅんな・・・』
『はい』
『あいつは・・・いわゆる引きこもりでな、母子家庭でさ、
母親もお手上げなんだそうだ・・・・。
先生も行ってみたけど部屋の鍵も開けてくれなかったよ。』
『ふぅーん・・・』
龍一はお礼を一言言うと職員室を出た。
その手にはメモ紙が握られていたのだが、
それは先生がくれた塚原君の家の地図だった。
地図を見ると龍一の家からさほど遠い位置ではないとわかり、
何を思ったか放課後行くことにしたのだった。
学校周辺は大体遊び場なので、方向音痴の龍一もさほど苦労はしなかった。
龍一の方向音痴は独特で、覚えられないところは何度行っても覚えられない。
が、一度行ったら覚えてしまう場所もある。昼と夜でもわからなくなるし、
侵入する場所がちょっと違えば即わからなくなることもある。
しかしながら塚原君の家は一度で行けた、龍一ならではの目印があったようだ。
龍一の方向音痴の特徴として、目印をつけなければ歩けないのだが、
その目印をの付け方も独特で、下手をすれば明日には無くなるようなものを
目印にしてしまったりするのだ、よって数日後にその目印が無いと迷う。
大きいと言えるレベルの二階建てでグレーの壁色。
暫く手入れがされていない様子で、そのグレーの壁は所々濃い色の染みが出来ていた。
見上げると塚原君の部屋なのだろうか、窓が見えた。
雨戸を締め切っており、人がいるとは思えない雰囲気が漂う。
日本の石の柱が特徴的な門、錆びだらけの柵を指でつまんで押すが、
錆できしんで動かず、しょうがなく手で強く押した。
枯れ葉だらけの玄関に立ち呼び鈴を押した。
ピンポン♪
きわめて普通の音がなった。
ピンポン♪
ピンポン♪
『はぁい』
女性の声がしてやっと出てきたのは恐らく母親だろう。
子供の目から見ても疲れてやつれた中年と言った印象だった。
『あなた、どなた?』
『塚原君が気になって来ました』
『え????????????』
細い顔の母親が、驚いたフクロウのように一瞬だがもっと細くなった。
『うちの雄太を心配して?』
『あ、はい・・・』
『待っててね!お願いだから待っててね!』
慌てていたが、その顔は晴れやかでとても嬉しそうに見えた。
二階から声がするので、龍一は耳を澄ませた。
『お友達がきてるわよ雄太』
『あぁ?友達なんかいねーよ』
『来てるわよ!・・・』
『あなた!あの!お名前は????』
龍一に対する母親の問いかけがした。
『あ!はい!桜坂です!』
『桜坂君ですって!』
『さくらざか?あ、絵の上手いあの桜坂か?』
学校に来ない塚原君が龍一の絵の上手さで記憶している事実が
龍一にはちょっと嬉しかった。
『と言う事は・・・1年生の頃は来てたんだなぁ学校』
ガチャ・・・・と音がしたかと思うと、階段を下りる音がトントンを聞こえた。
何段降りて来たか途中でわからなくなった龍一。
顔をあげると、そこにはふっくらと丸っこい男の子が立っていた。
『なに?』
ぶっきらぼうに塚原君が聞いた。
確かにそうだろう、名前しか知らない男子生徒が突然来たのだ、
100人中98人は同じ対応じゃないだろうか、知らんけど。
そんな事を龍一は頭の中で会話していた。
『いや、気になっちゃって』
『何が?』
『塚原きゅんが』
・・・・・・・・・
『ぷっ!!!!!』『はははははははははは』
『きゅんって!』『あはははははは』
『知ってるよ、桜坂だろ?絵上手いよな』
『ありがとう!そうでもないけど』
『上がる?』
『うん』
龍一は自分でも信じられない程に塚原君に溶け込んだ。
あんなに人を避けていたのに、龍一の方から塚原君に心を向けた。
しかしそれが固く閉ざしていた塚原君の心を解放したようだった。
お互いにどうしてなのかわからないが、直ぐに打ち解けることが出来た。
真っ暗な部屋に入ると、引きこもりのイメージとは程遠い
整然とした綺麗な部屋なのが見て取れた。
だが龍一は強い違和感を感じた、それは部屋の様子。
どう見ても大人の『書斎』だったのだ。
『塚原君、この部屋って』
『うん、女作って出て行った親父の書斎』
『いいもの見せてやろうか?』
塚原君の笑顔に釣られて、うんうんと首を2度頷かせた。
難しそうな本を一冊抜き取ると、ブックカバーを外した。
そのケース型のブックカバーはダミーで、いわゆるエロ本が数冊出てきた。
『浮気してるクセにエロ本読んでるだぜ?どんだけエロいんだよ』
『ほんとだな!』
『ははははははは』
渡されたエロ本を開くと、中年女性の裸のページだった。
龍一は今までお椀の様なまん丸おっぱいしか見たことなかったので、
中年女性の少し垂れて左右に離れたおっぱいにとても魅力を感じた。
それを見た塚原君が龍一に突っ込みを入れる。
『おい!おまえおばちゃん趣味なのか?』
『いや、そう言う事じゃなくって、なんか綺麗だな』
『え?マジで言ってんの?』
このあたりから龍一は梶芽衣子さんのファンになり、
大人の女性が好きになって行った。
『いやぁ桜坂がおばちゃん好きとはなぁ・・・』
『おばちゃんって言うなよ、大人の女性の魅力わかんない?』
『おっぱい垂れてんじゃん』
『違うよ流れてるんだよ、美しいじゃん、ポルシェかなんかみたいな』
『はぁ?おっぱいがポルシェ????』
『わははははははは』
『あ、俺家に何も言わないで来たからそろそろ帰るわ』
『そっか』
『あのさ・・・・』
『また来いよ!』
『うん』
母親に友達を送る姿を見せたくないのか、塚原君は部屋でお別れをした。
玄関で『おじゃましましたー』と声を張ると、母親が出て来て
泣きながら龍一の手を握り『雄太を・・・雄太をお願いします』と言った。
龍一はそう言う親心まではあまり理解できなかったので
『また来ます!』と言って頭を下げて帰った。
家に帰ると遅くなったことが気に入らない母親が待っていた。
『あんた、なんか学校に来ない子の事聞いてたんだって?先生に』
誰がなんでそれを知り、母親に話したのかは分からなかったが、
取り敢えず無視しようと思っていたのだが・・・
『あんた、そんな子供に関わらないでちょうだい、世間体ってものあるんだから』
と言い放った。
龍一は『俺の友達を悪く言うんじゃねぇっ!!!!! 』
と、ありったけの二酸化炭素とともに大声で吐き出した。
数時間後、また父親に告げ口され、話しを何も聞いてくれず、
ただただ父親に殴られた。
それから毎日毎日塚原君の家に遊びに行った龍一。
ある日、ボードゲームにハマっていた2人は海外のボードゲームを
お金を合わせて買った、当時は振込用紙に記入してどうのこうのと、
頭を傾げながら郵便局で必死に手続きをした。
『表に出れたじゃん、熊のクセに』
『へへ、何年ぶりかな、太陽と風と・・・いいもんだね』
『外も悪くないだろ』
秋も大分深まったなと、中学生でもわかる季節になっていた。
遊びに行った塚原君の家には大きなイチョウの木があり、
玄関が黄色の絨毯となっていた。
いつものように話をしてゲームして時間を過ごす2人。
ここで龍一が塚原君に一言いう。
『学校・・・来てみない?』
『うん・・・明日行ってみようかな』
『ほんとか?本当にほんとか?』
『わかったって、明日いくよ』
『じゃぁ朝迎えに来るよ俺』
その日の帰り道は凄く軽快なステップで帰ることが出来た龍一。
元気になってくれて、笑うようになってくれた塚原君が明日学校に来るのだ、
嬉しくないはずがない。
翌朝、風が冷たかったが気持ちいい秋晴れだった。
塚原君の家に迎えに行く為に少し早く家を出た龍一。
心なしか早歩きになってしまい、予定より早く到着してしまった。
黄色い絨毯に乗っかるとふわふわした。
呼び鈴を押してドアを開けると、制服を来て鞄を肩にかけた塚原君が居た。
母親がハンカチを目に当てて言葉にならない言葉で塚原君を見送った。
『どぉ?怖い?引き返す?』
『大丈夫だよ』
2人で買ったゲームが早く届かないかな、楽しみだな
俺悪な!俺が悪だろ!と言う話をしながら、約15分かけて学校に到着した。
知っている生徒は塚原君を好奇の目で見、ヒソヒソとあからさまな態度をとる。
『気にするなよ』と声をかけて、塚原君をかばう龍一。
そんな事が一日中続き、ストレスを浴びせ続けられる塚原君を気遣い、
ずっと側から離れなかった龍一。
やっと長い長い1日が終わり、塚原君を家まで送り届けた龍一。
玄関で塚原君は
『楽しかった!ありがとな!桜坂!明日から一人で行くから』
と笑顔で手を振ってくれた。
龍一は良い事をした気分でいっぱいになった。
翌日塚原君は学校に来なかった。
帰りに家に行ったが、鍵がかわれていた。
5日くらい経った時だっただろうか、呼び鈴にやっと反応があった。
前にも増してやせこけた母親が出てきた。
『あの・・・』
その瞬間母親の顔が鬼のようになった。
『あんたさえ来なければっ!!!!!!!』
『え?』
『あんたさえあの時来なければこんなことにならなかったのに!!!』
ヒステリックに叫ぶ母親は泣いていた。
龍一の上着の腕を鷲掴みにして何度も何度も
『あんたさえ!あんたさえ!』
と叫んで最後には龍一を突き飛ばした。
雨上がりでぐちゃぐちゃの道路にべったりと転んだ。
顔面に撥ねた泥水が氷のように冷たかった。
『なんですか!塚原君どうしたんですか!』
龍一は母親に声を張り上げた。
『雄太は学校に行ったその夜に首を吊って死んだのよ!!!!!』
龍一はその場で声を張り上げて泣いた。
『うわーーーーーーーーーーーーーーーーー』と言う殆ど叫び声だった。
悲痛の叫びと言うのはこういう事なのかもしれない。
龍一は心が砕ける音をまた聞いた。
少し落ち着くと立ち上がって泥を掃うが、それがまた汚れとなった。
掃っても掃っても黒くなったズボンを見て悲しくなった。
また龍一と仲良くなった人が消えた。
家に帰ると部屋に籠った龍一。
『そうだ・・・俺さえ塚原君に興味を持たなければ・・・
学校に行こうなんて言わなければ・・・彼は死なずに済んだんだ・・・』
そう思うと大粒の涙がボロボロと流れ落ちた。
この夜、龍一の左腕に長い切り傷がついた。
数日後、塚原君の家の前に行くと、
2人で注文したゲームがゴミ袋に入って捨てられていた。
それを見て、本当に彼は旅立ってしまったんだと感じた。
雪がちらつく季節だった。
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