Hope Man

如月 睦月

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小学校編

侵食

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『中学校同じだね』

加奈子と龍一は通う中学が同じと知り、喜んでいた。
手を繋ぎ、加奈子の家まで送ってから帰宅するのが日課になっており、
龍一にとっては”多少の遠回り”でしかなかった。

『じゃ、龍くんまた明日』

笑顔で手を振る加奈子。

『うん!加奈ちゃん!また明日!』

すっかり名前で呼ぶほど仲良しになっていた2人。
ただ子供と言えば子供、付き合うと言う感覚ではなく
異性の友達で、好きな子と言うイメージだった。
まだその好きと言う感情が愛であるとはわかっていない。
おままごとの様にも見えるが、2人にとっては紛れもない『好き』だった。

この日までは。



翌日、加奈子は学校にこなかった。

先生に尋ねると『体調が悪いらしい』との答えだった。
心配なので電話したけれど、加奈子の母親に
『ごめんね龍くん、加奈子具合が悪くて、元気になったらまた遊んでね』
と言われるだけだった。

龍一は子供ながらに『行ってはいけない』と思い、家には行かなかった。

数日が過ぎ、数ヶ月が過ぎても加奈子は学校には来なかった。


そんなある日の夜、電話が鳴った。
電話に出るのは龍一が基本的に当番なので何気なく受話器を取った。

『はい桜坂です』

『はぁ・・・・はぁ・・・・』

『もしもし?桜坂ですけど』

『りゅ・・う・・くん?』

『え?』

『りゅうくん・・・』

『加奈ちゃん!?加奈ちゃん!加奈ちゃん!』


ガチャン!ドン!
加奈子何してるの!加奈子!

がたがたっ ガチャ

ツーツーツー・・・

電話が切れた。




ある日、先生がホームルームで話しを始めた。

『住吉加奈子だけれども、ずっと休んでましたね体調が悪くてね・・・
あの・・・ね・・・今朝・・・亡くなったそうです』

その瞬間、龍一の心に小さな穴が開いた。

『死んだ?』

小さな穴は凄い勢いで龍一の中の
加奈子の思い出を闇に吸い込んで行った。

龍一の心がどんどん空っぽになって行った。

あの時また明日って言ったのに。
あの時また明日って言ったのに。
あの時また明日って言ったのに。
あの時また明日って言ったのに。
あの時また明日って言ったのに。
あの時また明日って言ったのに。
あの時また明日って言ったのに。

念仏のように龍一は同じ言葉をブツブツと呟いた。
心が割れていく音がする。

必死で最後に龍一に電話をくれた加奈子。
それを思うと龍一の身体が張り裂けそうだった。

あれが最後だなんて・・・

なんで?

なんで?

なんで?なんで?なんで?なんで?

俺は人を好きになっちゃいけないの?
好きになった人はみんな離れていくの?

加奈ちゃん・・・加奈ちゃん・・・

加奈ちゃんに会いたい。

加奈ちゃんに会いたい。

加奈ちゃんに会いたい。

加奈ちゃんに会いたい。

加奈ちゃんに会いたい。

加奈ちゃんに会いたい。


学校の帰り道、うなだれて帰る龍一。

そこへ男子生徒が5人でからかいに来た。

『おい!ラブラブカップル離婚だな!』

『幽霊なのに死ぬんだな!』

『あんな暗い奴死んでもいいっしょ!ははは』


龍一はその時、鬼になった。

両手に石を握りしめて全員に殴りかかった。
5人相手は流石に苦しく、怒りに我を忘れた龍一はただの喧嘩になっていた。
落ち着いて相手を見ればなんとかなるかもしれない戦いだったが、
龍一はもう怒りの塊だった。
しかし、リミッターの外れた龍一の暴れっぷりは凄まじく、
所かまわずしがみつき、噛みつける所に噛みつき、
握りしめた石で殴りつけた。

『加奈ちゃんを馬鹿にするな』

そう叫びながら耳や腕、脚などにガシガシ噛みついた。
食いちぎる勢いだった。
その姿はもはや少年にあらず、狂った狼のようだった。
龍一もボッコボコにされたけど、噛みつき攻撃に降参した5人を追い払えた。

加奈子を失った悲しみは龍一の心を蝕み、少しだけ鬼にした。

家に帰ると先ほどの5人のうちの誰かの親が、母親の喜美に電話したらしく、
仁王立ちで待っていた。

『あんた、よその子に怪我させたんだって?』

『向こうからやってきたんだ』

『だからって怪我させていいのかい?』

『うるせぇ!!!!!!』

龍一が見せた初めての鬼の部分だった。

『うるせぇってなんだ!』

服を掴んで部屋に引きずり上げられた龍一だったが、
もう6年生ともなれば母親に負けていない。

いつものように力任せに龍一をバシバシと殴る母親だったが、
その手を掴んでこう言い放った。

『殴られるといてぇんだよ!』

それでも殴る手を止めない母親に対し、
ついに龍一はビンタしてしまう。

ビシャーン!!!!!!!

物凄い音が鳴った。


動きが止まった母親を置いて、
部屋のドアを思いっきり音を立てて閉めた龍一。

部屋に鍵は無かったが、母親が入ってくることは無かった。


何時間ボーっとしていただろうか、やっと我に返った龍一。
部屋を出た瞬間、目の前が真っ白になるほどの衝撃を受けた。
その余波で部屋に戻され、後ろ向きに転んだ。
鼻血が両方の穴からドクドクと流れ出すのが分かった。
目の前には親父・康平が立っていた。
その姿は上半身を脱いでおり、鋼の筋肉を身に纏うコロッセオの番人。

『お前母ちゃんに手ぇ上げたんだってな!謝れ!』

鬼に犯され始めた龍一は父親に対しても牙を剥く。

『うるせぇんだよいつもいつも!』

『なにこのやろう!』

『殴ればなんでもすむと思うな!』

『生意気な事言ってんじゃない!』

『じゃぁちゃんと話してよ!聞いてよ!』

『言ってもわかんない子供だから叩くんだ!』

そう言うと康平は龍一の首根っこを捕まえて部屋から引きずり出し、
玄関に下ろして外に放り出して家のドアのカギを閉めた。

家に入れなくなった龍一はふと空を見上げた。

大きな月がとても綺麗な夜だった。


外じゃ眠れないので物置に入ることにした。
物置と言っても康平の日曜大工の作業場なので広い。
そこの鍵は実は外にあり、その隠し場所も知っていた。

静かに鍵を開けて入ると木の香りが包み込み、龍一の怒りを少し和らげた。
電動のノコギリやノミ、金槌、ドライバー等、
何から何までキチンと整理されていた。
こんな几帳面な人だったんだ・・・と少し康平の事を知った。

月の明かりのお陰で物置全体が明るい。

『月ってこんなに明るいんだ』

そう思いながら、康平が寒い日に来ているフライトジャケットのN-3Bを着こんで
床に寝転がった、木の切れ端を枕にして。
静かになると、加奈子の最後の電話の声が聞こえた。

龍一は加奈子に会いたくて、ため込んでいた涙がついにあふれ出した。
溢れて溢れて止めどもなく涙が出た。

朝、母親の喜美が物置の扉を開け
『ごはん!』とぶっきらぼうに告げた。

目覚めると頭も痛ければ体中も痛かった。
いつの間にか寝ていたようだったことに気が付く龍一。

だが、龍一の心は随分と鬼に侵食されていたのだった。

昨日の事を無かったことにするような母親の立ち振る舞いに笑顔1つでない。

この日から龍一は無になりかけていた。
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