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刀の主人は美少女剣士

五 彼女と刀の事情

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「ここが一押しのお土産屋さんです。温泉まんじゅうが人気ですねー」
「なるほど……あ、試食出来るんだ! ……んー! おいしー!」

 完全に街ぶらモードの小梅である。ま、気持ちは分かるよ。
 ただ頬張りすぎるのもどうかと思うんだ。ほっぺたフグみたいになってるじゃねえか。

「飲食店は他にどこかあります? 喫茶店は来た時のお店があるとして……」
「そうですね。地元の人がよく行く中華料理店とか、小さな居酒屋さんとか……。あとはホテルの中のバーだったり、レストランだったり、ですね」

 なるほどね。
 基本、地元&リゾート、湯治で出来てるってことか。
 店は多くないが、逆に落ち着いた感じがいい。人にもよるのだろうが、俺はこの感じは嫌いじゃない。不便もまた楽し、である。

「ところで、今回の依頼の件ですが。如月さんは内容など、どれ位ご存知なんですか?」

 俺はここでちょっと水を向けてみた。この二人が悪い人間じゃないのはよく分かったが、肝心の依頼内容がいまいち見えない。実際のところは猩々さんが聞いてくれるだろうが、こちらとしてもある程度の材料は手に入れておきたかった。

「そうですね……あ、ちょうどすぐそこに公園があるので、そこでお話ししますね」

 そう言って如月さんは先を歩き始めた。
 場所を変える、てことは、それなりに込み入った話になってくるのかな?
 そんなことを考えながら、俺は彼女の後をついて行った。

 公園までは本当にすぐだった。
 あれかな、消防法だったりそういう規定で作られたんだろうなっていう感じの、良くいえば親しみやすい、悪くいえば手を抜きまくったような、空き地に毛のはえた程度の公園である。
 俺と小梅、それに如月さんは、公園の脇にある自販機で飲み物を買い、入ってすぐのベンチに腰掛けた。

「ちょうど喉乾いてたんだよねー」
「そりゃああれだけまんじゅう食ってりゃあなあ。……で、お話というのは」
「はい。私は、正宗が何を依頼したいのかは知っていますし、することも構わないと思っています。……ですが、その結果については、上手くはいかないだろう、というのも分かってるんです」
「どういうことです?」
「私の家は、代々“如月流剣術”という剣術家です。私も小学校に上がる前から修業を始めました。一応、二十三代目ということになっています」

 剣術宗家!?
 なるほど、だから真剣持ち歩いてるわけか。っていっても普段からではないだろう。銃刀法ってものがある。
 でも、あれ?

「でも、如月さんは睦月さんて刀匠のお弟子さんなのでは?」
「はい。師匠は私の父の友人で、現代に残る名匠の一人と言われています」
「そんな人に師事しているんなら、お父さんは認めてるってことですか?」
「――いいえ」
「……と、言いますと?」
「父は道楽だと思ってるんです。私はあくまでも継承者、今は跡を継ぐための準備期間だからと。……その、私は今、あの正宗と常に一緒に行動してるんです」
「ええ。普段は人の姿で、と仰ってましたね?」
「はい。真剣のままだと流石に。今回は予算的に二人分の席が取れなかったので、仕方なく元の状態になってましたけど」
「なるほど」
「で、その、私が正宗と一緒にいるのは、私が宗家を継ぐことになってるからです」

 二十三代目だもんな。
 そしてあの正宗氏は、影武者というか影刀とはいえ、代々受け継がれてきた大事な刀だ。普段から人が手にして使うことによって、その魂が育まれてきたんだろう。

「……でも、私は正直、宗家を継ぎたくはないんです」
「――え?」
「あの正宗。すごくいい刀だと思ってます」

 それは素人の俺でもわかる。そもそも付喪神として魂を宿すほどの愛情を注がれている刀だ。なまくらな訳がない。

「姿もいいし、手に馴染むし。誰が打ったか分からないような打刀なのに、そんじょそこらの業物わざものとは比べ物にならないくらい」
「そんなに……」
「はい。だからこそ。……だからこそ私は、あの正宗のような刀を、自分の手で打ちたいんです! 名前なんて残らなくていい、でも、持った人間がそれだけで満足出来るような、死ぬまで手離したくなくなるような、そんな一振りを打ちたいんです!」
「!」

 びっくりした。
 なるほど、そういうことか。
 この子はつまり、“造る人”なのだ。
 たまにいるのだ。こういう“造らないと気が済まない”人間というやつが。
 誰に請われた訳でもなく、ただ造りたい。
 それがどういう結果を生むのか、そんなことはどうでもいい。
 ただ、作りたい。作ることでしか、表現出来ないものを持っている、そういう人種だ。

「お父様は、なんと?」
「……」

 まあ、反対だろうな。
 究極の使い手一家の跡取りが、究極の造り手を目指すって話だ。まして、この子は女性にして跡取りとして未来を嘱望されている。いいか悪いかは別として、こういった古武術などを女性が継承するというのは、今の世の中にしてもそうそうあるものじゃない。それほどの才を、彼女が持っているということだ。
 立場的にも、心情的にも、親父さんとしては賛成するわけにはいかないだろう。

 すると、それまで黙っていた小梅がそろりと口を開いた。

「ね、如月さん……弥生ちゃんでいいよね」
「あ、はい、小梅さん」
「弥生ちゃんとお父さんの意見は分かったけどさ、その、正宗さんはどう思ってるの?」
「えっ?」
「や、だってさ。刀匠になるんなら、跡取りってわけにもいかなくなるでしょ? そうしたら、離れないといけなくなるんじゃないの?」
「確かに」
「聞いた事、ありませんでした。刀は常に主人に付き従う。それが当たり前と思って育ってきたので……」
「……なるほど」

 正宗氏はおそらく、この如月さんに惚れている。どういう意味でかは分からないが、付喪神として完璧な人間の姿でいるということは、その持ち主との関係も良好だということだ。
 予想だが、正宗氏は内心では反対しているんじゃないだろうか。
 だからこそ、本人の前では言えずに、猩々さんに相談をしたんじゃないか。

「案件については分かりました。後継者問題ってのは、いつでもどこでも大変なもんです」

 俺は何かの跡取りって訳じゃないが、その気持ちはある程度理解できる。
 期待を掛けられて、それが心地よい時期もあったが、自分自身を理解するようになった時、その期待が重荷に感じられてしまうのだ。

「今回我々がここに来たのは、正宗氏に呼ばれたからです。なので、正宗氏がその件についてどういう依頼をしてくるのか。――戻って、訊いてみましょうか」
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