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刀の主人は美少女剣士
三 温泉街の毛深い親父
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「やあやあやあ、お待ちしていましたよー!」
俺の目の前の毛深いおっさん。
我が文河岸お悩み相談所の自称営業部長、猩々さんは、なんかもうすっかり湯治客みたいな格好で腕を広げていた。
「どうもです。大分堪能してるみたいですね」
「お疲れ様、猩々さん」
「おかげさまで、魂の洗濯させていただいてますよー! いやーいい。実に気持ちいい。所長もどうです、ひとっ風呂」
「それもいいけど、先に依頼やりましょうよ。まだ依頼主についてすら聞いてないんですから」
「あっれぇ? そうでしたっけ?」
これは別に猩々さんがすっとぼけている訳ではない。
こういう人なのである。
生まれてからすでに一千年を過ぎる古株の猩々さんにとって、昨日だの今日だの、言ったの言わないのというようなことはもはやどーでもいいのであった。
俺もそれなりに付き合いは長くなってきているので、その辺はあまり気にしない。ぬら氏の時は真夜中だったのでイラッとしてはいたけども。
「てゆーか、ここに依頼主さんがいるの? 妖気とかあたしたち以外のはほとんど感じないけど……」
「そう! そこです!」
「へ?」
「どこです?」
「私、昨日からここに来て、大変いー感じで温泉などつかっておるのですが!」
「ええ」
「そうね」
「ここに、依頼主さんがいらっしゃらないのです!!」
……は?
今なんて?
「どーゆーこと?」
「今回の依頼人さんは付喪神の方なんですが、普段は元の姿で収まっているのです。で、そのままでは動けないので、持ち主さんに運んでもらっているところです」
「ほほー」
「で、その持ち主さんと付喪神さんとは、今日この場でお会いする手筈にはなっているんですが……」
「いないんでしょ? だから」
「……ん、つまりアレか、依頼人は元々ここの住人ってわけじゃないとかそういう」
「そのとぉーーーーーり!」
「うるさっ!」
急な大声に小梅が文句をいう。
猩々さんも、ピアノ売ってちょーだいの人みたいになってるけど。
俺はここで、ずっと引っかかってることを聞いてみた。
「猩々さん、今回に限らないんですけど、いつも依頼人はどういうルートで連絡してくるんですか?」
「え? ああ、それはですねぇ……」
猩々さんは、両手の人差し指でバツを作って言った。
「企業秘密、ですっ」
「……あ?」
「きもっ」
「ヒドいっ!? い、いや、これはあやかし界隈での秘密となっておりまして、これを説明してしまうと人間の噂話の伝播スピードから、次世代情報伝達システムにまで話が発展しかねないのでいやはや」
「そんな大ごとなんですか……」
「なのでそのあたりはこう何というか、業界としての禁則事項といいますかこれがまたね、えへへ」
いやまあいいんだけどさ。
とりあえず、聞いたらあかんってのは分かったよ。
「まあいいですけど。そんで、その依頼人さんてのは……?」
「あのぉ……」
「ん?」
不意に後ろから声を掛けられた。
振り向くとそこには、どこかで見たことのある美少女が、これまた記憶に新しい刀袋を肩にかけて立っていた。
「あ、この子さっきの」
「はいはい、お待ちしておりました、文河岸お悩み相談所でございますよ!」
「あ、はい。……はじめまして、如月弥生と申します」
――――
「さぁさぁさぁ、ではこちらにお座りいただいて! いやいや、こんな遠いところまでわざわざお越しいただきまして恐縮でございますよー!」
「はぁ……」
どうやら今回の依頼人らしい如月弥生さんという少女と共に、俺たちは温泉街の喫茶店に入った。店に入り、猩々さんが店員に合図すると、彼女はにっこりと頷いて、奥のテーブル席に案内してくれた。
たった1日でよくそこまでの関係性を築いたものだと感心する。これは猩々さんのあやかしとしての能力ではなく、むしろ人間力みたいなものだ。カリスマ性と言ってもいい。
彼がその気になれば、新興宗教の教祖となって荒稼ぎくらい、いくらでも出来るだろう。
全員が座り、注文が済んだところで、猩々さんが切り出した。
「今回の依頼の前に、如月さんのご紹介をしておきましょう」
「あ、はい。……ていうか、如月さんは、その」
「はい。私は人間です。付喪神については知ってます。正宗だけですが」
「マサムネ?」
「彼女の持っている打刀です。彼女の家は剣術家で、正宗さんはそこで代々、当主が所有することになる銘刀……の、影武者です」
「影武者?」
日本刀にも影武者がいるのか?
「代々継いでいる刀は、普段表に出すことはありません。神事の奉納演武の時などに使うことはありますけど」
「なるほどね。で、普段はその影武者の方を使うと」
「はい……」
「で、もうお察しの通りで。その影武者というのが今回の依頼主、その名も“無名正宗”です」
「……無銘?」
「無名、です」
「いや、でも正宗って」
「正宗は仮の名です。本来は無名の、江戸時代に大量生産された打刀の一振りです。それでも、普段使いのしやすい、実用性の高い刀ということで、ずっと使われてきました」
如月さんの話を聞いていくうち、俺はちょっとした疑問が湧いてきた。
「それで、如月さん。具体的な依頼の話をしたいんですが……ご本人はどうしてらっしゃいます?」
「それが……」
そう言い淀んだ彼女は、少し困った顔で刀袋を見た。
「バスに酔ってしまって、目を回してます」
……おいおいおい。
俺の目の前の毛深いおっさん。
我が文河岸お悩み相談所の自称営業部長、猩々さんは、なんかもうすっかり湯治客みたいな格好で腕を広げていた。
「どうもです。大分堪能してるみたいですね」
「お疲れ様、猩々さん」
「おかげさまで、魂の洗濯させていただいてますよー! いやーいい。実に気持ちいい。所長もどうです、ひとっ風呂」
「それもいいけど、先に依頼やりましょうよ。まだ依頼主についてすら聞いてないんですから」
「あっれぇ? そうでしたっけ?」
これは別に猩々さんがすっとぼけている訳ではない。
こういう人なのである。
生まれてからすでに一千年を過ぎる古株の猩々さんにとって、昨日だの今日だの、言ったの言わないのというようなことはもはやどーでもいいのであった。
俺もそれなりに付き合いは長くなってきているので、その辺はあまり気にしない。ぬら氏の時は真夜中だったのでイラッとしてはいたけども。
「てゆーか、ここに依頼主さんがいるの? 妖気とかあたしたち以外のはほとんど感じないけど……」
「そう! そこです!」
「へ?」
「どこです?」
「私、昨日からここに来て、大変いー感じで温泉などつかっておるのですが!」
「ええ」
「そうね」
「ここに、依頼主さんがいらっしゃらないのです!!」
……は?
今なんて?
「どーゆーこと?」
「今回の依頼人さんは付喪神の方なんですが、普段は元の姿で収まっているのです。で、そのままでは動けないので、持ち主さんに運んでもらっているところです」
「ほほー」
「で、その持ち主さんと付喪神さんとは、今日この場でお会いする手筈にはなっているんですが……」
「いないんでしょ? だから」
「……ん、つまりアレか、依頼人は元々ここの住人ってわけじゃないとかそういう」
「そのとぉーーーーーり!」
「うるさっ!」
急な大声に小梅が文句をいう。
猩々さんも、ピアノ売ってちょーだいの人みたいになってるけど。
俺はここで、ずっと引っかかってることを聞いてみた。
「猩々さん、今回に限らないんですけど、いつも依頼人はどういうルートで連絡してくるんですか?」
「え? ああ、それはですねぇ……」
猩々さんは、両手の人差し指でバツを作って言った。
「企業秘密、ですっ」
「……あ?」
「きもっ」
「ヒドいっ!? い、いや、これはあやかし界隈での秘密となっておりまして、これを説明してしまうと人間の噂話の伝播スピードから、次世代情報伝達システムにまで話が発展しかねないのでいやはや」
「そんな大ごとなんですか……」
「なのでそのあたりはこう何というか、業界としての禁則事項といいますかこれがまたね、えへへ」
いやまあいいんだけどさ。
とりあえず、聞いたらあかんってのは分かったよ。
「まあいいですけど。そんで、その依頼人さんてのは……?」
「あのぉ……」
「ん?」
不意に後ろから声を掛けられた。
振り向くとそこには、どこかで見たことのある美少女が、これまた記憶に新しい刀袋を肩にかけて立っていた。
「あ、この子さっきの」
「はいはい、お待ちしておりました、文河岸お悩み相談所でございますよ!」
「あ、はい。……はじめまして、如月弥生と申します」
――――
「さぁさぁさぁ、ではこちらにお座りいただいて! いやいや、こんな遠いところまでわざわざお越しいただきまして恐縮でございますよー!」
「はぁ……」
どうやら今回の依頼人らしい如月弥生さんという少女と共に、俺たちは温泉街の喫茶店に入った。店に入り、猩々さんが店員に合図すると、彼女はにっこりと頷いて、奥のテーブル席に案内してくれた。
たった1日でよくそこまでの関係性を築いたものだと感心する。これは猩々さんのあやかしとしての能力ではなく、むしろ人間力みたいなものだ。カリスマ性と言ってもいい。
彼がその気になれば、新興宗教の教祖となって荒稼ぎくらい、いくらでも出来るだろう。
全員が座り、注文が済んだところで、猩々さんが切り出した。
「今回の依頼の前に、如月さんのご紹介をしておきましょう」
「あ、はい。……ていうか、如月さんは、その」
「はい。私は人間です。付喪神については知ってます。正宗だけですが」
「マサムネ?」
「彼女の持っている打刀です。彼女の家は剣術家で、正宗さんはそこで代々、当主が所有することになる銘刀……の、影武者です」
「影武者?」
日本刀にも影武者がいるのか?
「代々継いでいる刀は、普段表に出すことはありません。神事の奉納演武の時などに使うことはありますけど」
「なるほどね。で、普段はその影武者の方を使うと」
「はい……」
「で、もうお察しの通りで。その影武者というのが今回の依頼主、その名も“無名正宗”です」
「……無銘?」
「無名、です」
「いや、でも正宗って」
「正宗は仮の名です。本来は無名の、江戸時代に大量生産された打刀の一振りです。それでも、普段使いのしやすい、実用性の高い刀ということで、ずっと使われてきました」
如月さんの話を聞いていくうち、俺はちょっとした疑問が湧いてきた。
「それで、如月さん。具体的な依頼の話をしたいんですが……ご本人はどうしてらっしゃいます?」
「それが……」
そう言い淀んだ彼女は、少し困った顔で刀袋を見た。
「バスに酔ってしまって、目を回してます」
……おいおいおい。
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