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ぬらりひょんの憂鬱

ぬらりひょんの憂鬱 九

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「ばび?」
「にく……ですか?」
「……なるほど、人間の割に考えたにゃ」

 お褒めにあずかりまして。
 ちょっと感心した様子のたまにゃんに比べ、小梅とぬら氏のリアクションが薄い。まあ、知らんだろうしな。

「バ美肉というのは“ーチャル少女受”、つまりCGの美少女キャラクターなどで代役を立て、本人は顔を出さないスタイルです」
「はぁ」
「……グロいやつ?」
「グロではないな」

 中の人の嗜好によってはあるだろうけど。
 ぬら氏は全くピンときてないな。ま、そりゃそうだわな。いきなりこんなこと言われたら。

「ぬらりひょんさんの存在は人に気付かれない。それがあやかしとしての特徴でもあり、また欠点でもあるわけですが」
「は、はい」
「それでもほんの一部、視える人たちはいたわけで、さらに文章やら絵巻物やらで紹介されたりしている」
「そうですね」

 ここまで言ってもその感じかー、だいぶぼんやりしてるなぁ。
 ていうか考えることを放棄してる顔だなこれ。

「現在、いわゆる視える人の数は非常に少ない。調べた限り、百鬼夜行絵図の類いが描かれたのは、幕末~明治あたりが最後です。その後もあやかしを紹介したり、題材にした小説や漫画などは後をたちませんが、それらのほとんどは史料を研究したり、想像したりで描かれています。戦後においては、“実際に見て伝えている”のはおそらく、昭和期に大活躍した、妖怪ものの大巨匠くらいでしょう」

 あの人は見ている。絶対見ている。
 よくわかんないけど確信している。

「ふぅむ……」
「そこで、さっきも言ったセルフプロデュースです。他人が伝えてくれないなら、自分でアピールするんですよ!」

 そこで俺は、ぬら氏の目をじっと見た。
 だからおどおどしなさんなって。
 あんたたちの願いを現実にしてみせるのが、俺の仕事だ。

「――つまり、ネット動画というバーチャルな空間に、バーチャルの自分を用意する。それは、かつての絵師たちがあなたの姿を伝えたのと変わらない。仮想の自分を使って、現実の“存在感のなさ”を消してしまえば、あなたの“ぬらりんちゃんねる”は成功に大きく近づきます!」
「おお!」
「怜ちゃんすごい! かっこいい! 元無職!!」
「うるせえよっ! 元無職は関係ねえだろっ! さらにその前はちゃんと会社員やってたわっ!」
「……盛り上がってるとこ悪いんだけどにゃ」

 そう言って遮ったのはたまにゃんだ。助かった、小梅の悪ノリが始まるところだった。

「どうしました?」
「アバターはどうするにゃ。そんなの作れる知り合いはいないし、多分あやかし界全部探してもいないにゃ」
「……たしかに」
「ネットの妖精さんとか探してみる?」
「時間がかかりすぎる。バーチャル空間の広さ知ってるか? ビルド系ゲームなんか、地球の全土より全然広いんだぞ、1本だけで」
「そっか……」
「ま、そこは正攻法でいきますよ。ぬらりひょんさん、ちょっとお聞きしますが」
「あ、はい」
「あなた、いくら持ってます?」
「はい!?」

 別にカツアゲしようってわけじゃない。
 普通にお金を払って、その道のプロに依頼するってだけだ。
 金がなければフリーソフトでっていう手もあるが、出来れば金を掛けてハッタリを利かせたい。
 問題は、ぬら氏に資産があるかどうか、である。

「ぬらっちがお金持ってるとでも思ってるにゃ?」
「そうだよ、ラーメン代にも困ってるんだよ?」
「い、いや、お金に困ってる訳ではないんですが」
「いや、今の金じゃなくていい。むしろ昔の金の方がいいんだ。……それを売れば、当時の価値より全然高く売れるからな」
「古銭か、なるほどね」
「てことで、持ってます?」
「手持ちにはありませんが、とある場所にしまってあります」
「分量的にはどれくらいあります?」

 そういうと、ぬら氏は申し訳なさそうに指を一本、挙げてみせた。

「……一枚?」
「一箱です。……千両箱で」
「せんりょおばこぉ!?」

 おいマジかおい。
 そんな金どうやって……はもう、この際構わない。
 中身が全て小判だった場合、これは大変な資産になる。

「怜ちゃん、千両箱っておいくらまんえん?」
「いや、箱自体は特別な価値はないだろうが……当時の貨幣価値で一両が大体、10万より上ってとこだ」
「……ちなみに今は?」
「ちょっと待て、その前に。……ぬらりひょんさん、箱の中身は?」
「見てません。いただきものですが、特に必要なものではなかったので……。なんなら、今の今まで忘れていました」
「……なるほど」

 てことは、保存状況によっては無くなっている可能性もあるな。

「で、今だといくらくらいになるの?怜ちゃん」
「ん、ああ、細かいところはよく分からないけどな。相場としては、小判一枚で30万弱ってところらしい」
「小判一枚って一両だよね……てことは、もしかしたら30万円がいっせんまい……!」
「さんおくえんにゃ……」

 マジか。
 いやマジか。

 人間なら遊んで暮らせるな。そうでなくてもあやかしは結構遊んで暮らしてるが。
 とにかく、金のメドは立った。換金業者は口の固い、物の出どころを気にしないやつにしよう。

「仮に全てが小判だったとして、そういう金額になります。それだけあれば困ることはそうそうない。どうします?」
「忘れてたくらいにゃ、別に思い出もないんにゃ?」
「……思い出」

 そう呟いたぬら氏は、目をつぶって考え込んだ。
 やがて目を開け、たまにゃんを見ると、きっぱりとした口調で言った。

「思い出しました。あの千両箱はたまさん、元々はあなたのものです」
「――は?」
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