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ぬらりひょんの憂鬱
ぬらりひょんの憂鬱 六
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マンション横の公園で、たまにゃん先生の質問コーナーが始まった。
「そんで、何が聞きたいにゃ?」
「では、俺から説明します」
「え、やだ」
いきなり拒否られた。
どうやらこのババ……お嬢さん、人間に相当な嫌悪感があるらしい。
でもさっき、人間に憑いてるって言ってたな。あれ、嫌われてるの俺だけ?
俺は初対面で嫌われるような人間だったのか。
「ねえねえ、たまにゃん。怜ちゃんは嫌な人間じゃないよ?」
「どんな人間でも一緒にゃ。うちにとって人間はハニーしか必要ないにゃ」
あ、良かった。俺だけじゃなかった。
んなこと言ってる場合じゃないな。なんとか普通に会話出来る状態にしないと……あ。
一瞬目を離した隙に、目の前はえらいことになっていた。
「あ、あの、文河岸さん……」
「おいおいおい……」
「……」
「…………」
小梅とたまにゃんが睨み合っていた。
小梅の手首から先にはギラつく刃が、たまにゃんの指にはこれもまた鋭利な爪が生えており、もうちょっとで相手に触れるって距離で脚に力を溜めている。
「1000年を超える古参妖怪のうちとやり合うつもりかにゃ? 小娘ちゃん?」
「あんたに必要なくて結構よ。でも話くらいちゃんと聞きなさいよ。あとあたしの怜ちゃんにナメた口利いたの、謝ってもらうからね」
「んー? 無機物の分際で良く吠えるにゃあ?」
「っんのババァ……」
「生意気いうのはオムツ取れてからにした方がいいにゃあぁぁ?」
うっわ、たまにゃんたらニッチャリしてんなー。
一方、うちの小梅嬢はどちらかと言えば、口より先に手が出るタイプだ。
もはや完全に戦闘モードの顔つきで、今にもたまにゃん嬢に襲い掛からんとする勢いである。
俺はため息を隠しもせず、小梅の後ろから頭に軽くデコピンをあてた。
「こら」
「アタッ」
それで正気になったのか、小梅は腕を元に戻し、デコピンされたポニテの付け根あたりを指でさすさすとさすっている。
「頼み事しにきて喧嘩売る奴があるか」
「売ってきたのは向こうだもん……」
「いいんだよ、俺のことは。ま、怒ってくれたのは嬉しいけどな?」
「むぅ……」
小梅の頭を撫でてやると、不満げな顔をしつつも引き下がってくれた。
俺はまだ不機嫌そうな顔をしているたまにゃん嬢に向かって、頭を下げる。
「たまにゃんさん、すみませんでした。聞けば元々仲の良い間柄とのこと、どうぞ広い心で水に流していただけませんか」
「……仕方ないにゃ」
よかった。
あやかしのガチバトルなんか俺に止められるわけがない。
さて、と前置きして、改めてたまにゃん嬢に向き直る。
だが、たまにゃん嬢は相変わらず俺には目もくれず、ぬら氏に視線を向けていた。
「で、何が聞きたいにゃ、ぬらっち」
「あ、え、あの……」
ビビりまくって話にならないな。
俺はたまにゃん嬢に見えない位置で、ぬら氏に“こっちに話を振れ”とゼスチャーした。
「く、詳しいことは文河岸さんから……」
「……」
たまにゃん嬢は深いため息をついた後、しぶしぶといった感じでこっちを見た。
「で、なに」
「端的に言います。ぬら氏が動画配信者として収入を得るためには、どうすればいいでしょう」
「……は?」
「いや、だから……」
「あー、いいにゃ、話は聞こえてたしにゃ。……銀行口座を持ってる人間の協力とスマホ。それだけあれば出来るにゃ」
まあ、そうなんだけどね。
口座に関してはどうにかなるし、俺が協力することも出来る。スマホは撮影から編集まで一台で出来るし、パソコンほど複雑な操作もない。なんならタブレット使って、うちの事務所のWi-Fi繋げてやれば、通信費の心配もない。
ていうか、問題はそこじゃない。
「で、でもほら、私気づかれませんし……」
「あー……」
「そこなのよねぇ……」
やっぱりそこで止まっちゃうんだよなー。
詰まるところ、ぬら氏の場合は“始めたところで誰にも気付かれない”ことが問題なわけだが……。
ん? 待てよ?
何かひっかかったぞ。
「あの、ちょっと伺いたいんですが」
「だからなんにゃ」
「あ、いえ、今の流れとはちょい違うんですが、ちょっと引っかかったことがありまして」
「どゆこと?」
「ぬらりひょんさんの特性は、存在感がなく、誰にも気付かれないし気付かれても気にされないってことですよね」
「え、ええ」
「だとしたら、どうしてその存在が知られてるんです?」
「そりゃ、百鬼夜行絵巻のせいだにゃ」
「ええ、それは分かるんですが。……先頭のあやかしがぬらりひょんだと、何故分かったんでしょうか?」
「そういえば……」
そうなのだ。
百鬼夜行を描いた絵巻物というのは、実は結構な数がある。ぬらりひょんが現れるのは江戸時代頃のもので、それは彼の年齢と大体合致している。
それより以前のものには当然ぬらりひょんはいない訳だが、まぁそれはこの際いいか。
問題は、あの絵巻の先頭にいるあやかしが「ぬらりひょん」だと、どうして分かったのだろうか、ということだ。しかもその名前は、あやかし業界だけでなく、人間にも伝わっているのである。
俺はそこに、今回の解決策が隠されているような気がしていた。
「たまにゃんさん」
「なんにゃ」
「俺と小梅は少し調べたいことがあるので、これで失礼します。それであなたには、ぬらりひょんさんに動画配信についてのレクチャーをお願いしたいのですが……」
「それくらいなら構わないにゃ。うちは、ライブチャット以外の動画も配信したりしてるしにゃ」
「へっ!? 帰っちゃうんですかっ!?」
いや、そんな情けない顔しなさんなよ。
「ええ、ちょっと気になることが。もしかしたら存在感問題は、解決出来るかも知れません」
「そんで、何が聞きたいにゃ?」
「では、俺から説明します」
「え、やだ」
いきなり拒否られた。
どうやらこのババ……お嬢さん、人間に相当な嫌悪感があるらしい。
でもさっき、人間に憑いてるって言ってたな。あれ、嫌われてるの俺だけ?
俺は初対面で嫌われるような人間だったのか。
「ねえねえ、たまにゃん。怜ちゃんは嫌な人間じゃないよ?」
「どんな人間でも一緒にゃ。うちにとって人間はハニーしか必要ないにゃ」
あ、良かった。俺だけじゃなかった。
んなこと言ってる場合じゃないな。なんとか普通に会話出来る状態にしないと……あ。
一瞬目を離した隙に、目の前はえらいことになっていた。
「あ、あの、文河岸さん……」
「おいおいおい……」
「……」
「…………」
小梅とたまにゃんが睨み合っていた。
小梅の手首から先にはギラつく刃が、たまにゃんの指にはこれもまた鋭利な爪が生えており、もうちょっとで相手に触れるって距離で脚に力を溜めている。
「1000年を超える古参妖怪のうちとやり合うつもりかにゃ? 小娘ちゃん?」
「あんたに必要なくて結構よ。でも話くらいちゃんと聞きなさいよ。あとあたしの怜ちゃんにナメた口利いたの、謝ってもらうからね」
「んー? 無機物の分際で良く吠えるにゃあ?」
「っんのババァ……」
「生意気いうのはオムツ取れてからにした方がいいにゃあぁぁ?」
うっわ、たまにゃんたらニッチャリしてんなー。
一方、うちの小梅嬢はどちらかと言えば、口より先に手が出るタイプだ。
もはや完全に戦闘モードの顔つきで、今にもたまにゃん嬢に襲い掛からんとする勢いである。
俺はため息を隠しもせず、小梅の後ろから頭に軽くデコピンをあてた。
「こら」
「アタッ」
それで正気になったのか、小梅は腕を元に戻し、デコピンされたポニテの付け根あたりを指でさすさすとさすっている。
「頼み事しにきて喧嘩売る奴があるか」
「売ってきたのは向こうだもん……」
「いいんだよ、俺のことは。ま、怒ってくれたのは嬉しいけどな?」
「むぅ……」
小梅の頭を撫でてやると、不満げな顔をしつつも引き下がってくれた。
俺はまだ不機嫌そうな顔をしているたまにゃん嬢に向かって、頭を下げる。
「たまにゃんさん、すみませんでした。聞けば元々仲の良い間柄とのこと、どうぞ広い心で水に流していただけませんか」
「……仕方ないにゃ」
よかった。
あやかしのガチバトルなんか俺に止められるわけがない。
さて、と前置きして、改めてたまにゃん嬢に向き直る。
だが、たまにゃん嬢は相変わらず俺には目もくれず、ぬら氏に視線を向けていた。
「で、何が聞きたいにゃ、ぬらっち」
「あ、え、あの……」
ビビりまくって話にならないな。
俺はたまにゃん嬢に見えない位置で、ぬら氏に“こっちに話を振れ”とゼスチャーした。
「く、詳しいことは文河岸さんから……」
「……」
たまにゃん嬢は深いため息をついた後、しぶしぶといった感じでこっちを見た。
「で、なに」
「端的に言います。ぬら氏が動画配信者として収入を得るためには、どうすればいいでしょう」
「……は?」
「いや、だから……」
「あー、いいにゃ、話は聞こえてたしにゃ。……銀行口座を持ってる人間の協力とスマホ。それだけあれば出来るにゃ」
まあ、そうなんだけどね。
口座に関してはどうにかなるし、俺が協力することも出来る。スマホは撮影から編集まで一台で出来るし、パソコンほど複雑な操作もない。なんならタブレット使って、うちの事務所のWi-Fi繋げてやれば、通信費の心配もない。
ていうか、問題はそこじゃない。
「で、でもほら、私気づかれませんし……」
「あー……」
「そこなのよねぇ……」
やっぱりそこで止まっちゃうんだよなー。
詰まるところ、ぬら氏の場合は“始めたところで誰にも気付かれない”ことが問題なわけだが……。
ん? 待てよ?
何かひっかかったぞ。
「あの、ちょっと伺いたいんですが」
「だからなんにゃ」
「あ、いえ、今の流れとはちょい違うんですが、ちょっと引っかかったことがありまして」
「どゆこと?」
「ぬらりひょんさんの特性は、存在感がなく、誰にも気付かれないし気付かれても気にされないってことですよね」
「え、ええ」
「だとしたら、どうしてその存在が知られてるんです?」
「そりゃ、百鬼夜行絵巻のせいだにゃ」
「ええ、それは分かるんですが。……先頭のあやかしがぬらりひょんだと、何故分かったんでしょうか?」
「そういえば……」
そうなのだ。
百鬼夜行を描いた絵巻物というのは、実は結構な数がある。ぬらりひょんが現れるのは江戸時代頃のもので、それは彼の年齢と大体合致している。
それより以前のものには当然ぬらりひょんはいない訳だが、まぁそれはこの際いいか。
問題は、あの絵巻の先頭にいるあやかしが「ぬらりひょん」だと、どうして分かったのだろうか、ということだ。しかもその名前は、あやかし業界だけでなく、人間にも伝わっているのである。
俺はそこに、今回の解決策が隠されているような気がしていた。
「たまにゃんさん」
「なんにゃ」
「俺と小梅は少し調べたいことがあるので、これで失礼します。それであなたには、ぬらりひょんさんに動画配信についてのレクチャーをお願いしたいのですが……」
「それくらいなら構わないにゃ。うちは、ライブチャット以外の動画も配信したりしてるしにゃ」
「へっ!? 帰っちゃうんですかっ!?」
いや、そんな情けない顔しなさんなよ。
「ええ、ちょっと気になることが。もしかしたら存在感問題は、解決出来るかも知れません」
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