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第2章:魔道

お母さん、私を思い出して!(5)

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 私たちは、魔人が気を失って倒れているすきに、とらわれている人々を解放しました。
 彼女たちを拘束している魔力を消去し、意識を覚醒させ、そして、みんなを外に導いたのです。

 私たちは、彼女たちを街の教会に連れて行きました。
 それは事前に約束しておいたのです。
 魔人にとらわれている人を解放するから、面倒をみてほしいと私が教会の僧侶にお願いしていたのです。
 その教会には魔術師もいました。
 
 教会では、僧侶や魔術師や看護師たちが待っていてくれました。
 そして、私たちが連れてきた女性たちをすぐに治療してくれました。

 クティカもお母さんと再会し・・・
 しかし、クティカの母親は記憶を喪失していました。
 おそらく、はげしい恐怖のせいでしょう。
 彼女は自分の娘を見ても、誰なのかわからないのです。
 クティカは、ベッドの上に横たわっている母親に抱きつこうとしました。
 しかし、自分を見ても無表情な母を見て、・・・自分が誰なのかを理解できない母を見ながら、彼女はただ呆然としていました。
 
 教会の僧侶は、きっと一時的な記憶喪失だから、いつか思い出すだろうと言いました。・・・でも、そのためには長い時間がかかるかもしれないと・・・
 私は悲しい気持ちでした。
 クティカの母親以外の女性たちも、ほとんどが記憶をなくしていました。
 多くの女性たちが、自分が誰なのかもわからなくなっていたのです。
 おそらく、魔人にとらえられたあとの恐ろしい時間が、彼女たちの頭を狂わせてしまったのでしょう。

 私は、母親のそばに立ったまま、どうすればよいのかわからなくなっているクティカを見ながら、また思いました。
 自分は無力だと・・・
 私には何一つ救うことができないのだと・・・
 たとえ、私の体内に膨大な魔力があったとしても、私には何もできない・・・。

 私は教会の魔術師に言いました。
 この街に苦しんでいる人がたくさんいることは知っていると。
 自分が助けなければならない人がたくさんいることは・・・
 でも、私は行かなければならないのだと。
 自分にはしなければならないことがあるのだと。
 それが終わったらまた戻ってくると。

 すると彼は私に・・・
「もちろん、わかっています。
 僕はあなたのことを信じています」
 彼の言葉には奇妙な響きが・・・
 彼はまるで私のことを・・・
「あのう・・・もしかして、あなたは私のことを知っているのですか?
 もしかして、どこかで会ったことが・・・」
 いいえ、と彼は否定しました。
「初対面ですよ。初めまして・・・
 でも、僕はあなたのことをよく知っているような気がするんです。
 そして、僕はあなたのことを心から信じているんです。
 それがなぜなのかは、僕にもわかりませんが・・・」

 これは不思議な会話でした。
 でも、私も同じような気持ちでした。
 彼には会ったことがないのに、彼とは初対面ではないような気がするのです。
 そして、この教会にも何度も来たことがあるような気が・・・。
 一体これはどういうことなのでしょうか。
 
 教会の魔術師は私に・・・
「これから、イジリア大陸に行かれるのですよね。そして、あそこへ・・・
 あれは、大陸の中央部にあります。
 大陸は戦争で、どこもひどい状況だと聞いています。
 これからは、きっと大変だと・・・
 でも、あなたなら必ずやってくれると僕は思っています」

 私は、久しぶりに自分たちを応援してくれる人に会えて、涙が出そうなほどうれしかったのです。
 でも、そんな感傷に浸っている時間はありませんでした。
 私たちはすぐに、街を出発しなければならなかったのです。
 もうあまり時間がありませんでした。

 クティカはしばらくの間、教会で面倒を見てもらうことになりました。
 彼女はお母さんのそばで・・・そして、看護師さんたちと一緒に、他の患者さんたちの世話をしながら・・・
 その後どうするかは、お母さんがよくなってから考えればよいのでしょう。
 二人でよく相談して、これからどう生きていくかを決めれば・・・きっとクティカなら、しっかりと生きていけるはずです・・・きっと・・・

 私は別れ際にクティカに声をかけようと思いました。
 しかし、二人を見た私は話しかけることすらできませんでした。

 クティカの母親の顔からは全く感情が抜け落ちてしまい・・・
 天井に向けられた視線には意識も心もなく・・・ただベッドの上に横たわっていました。
 それでも、クティカは、お母さんの手をしっかりと握っていました。
 クティカは信じているようでした。
 必ずわかってくれると・・・自分が誰なのかわかってくれると・・・
 でも、じっと手を握っていても、クティカの母親の表情は少しも変わりませんでした。
 私は辛い気持ちで、二人を見つめていました。

 私が黙って立ち去ろうとした時・・・その時・・・私は気がつきました。
 クティカの母親の視線が少しだけ動いたのです。
 今までは天井をぼんやりと見つめていた母親の視線が、少しだけクティカの方へ向けられたのです。
 それだけでした。
 少しクティカを見ただけ・・・ただそれだけのことでした。
 でも、その目からは・・・クティカのお母さんの目からは、涙が流れていて・・・

 彼女は気が付いていたんです。わかっていたんです。
 そばにいるのが誰なのか・・・そばにいるのが自分の娘だということを・・・
 きっと、それがうれしかったんです・・・それがうれしくて涙が・・・
 ただ、長い恐怖のせいで、自分の気持ちを表現する方法を忘れてしまっただけだったんです。
 どうすれば顔に喜びを表せるのかがわからなくなっていただけだったんです。
 彼女は涙を流しながら、クティカの手を握り・・・しっかりと、強く・・・
 クティカもお母さんの手を握りしめ・・・
 クティカの目からも涙が・・・
 いえ、彼女だけではありません・・・私の目からも・・・
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