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第2章:魔道

魔界へつながる道(4)

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 それは宿の女の子クティカでした。
 彼女はたくさんの荷物を持っていました。
 きっと買い物に行った帰りなのでしょう。市場からの帰りに私を見つけて・・・
 彼女は私に・・・
「どうかしたんですか? 何かあるんですか?」
「いえ、何もありません。まったく何も・・・」

 さすがに、エロ本を買ってるルークを見張ってますとは言えないので・・・
 私は、転生する前に覚えた顧客向け専用の偽の笑顔を満面に浮かべながら、彼女と一緒に宿に帰ることにしました。

 私は歩きながら、彼女に尋ねました。
「ねえ、どうして、あの宿、泊まっているのは私たちだけなの?
 他にお客さんは来ないの?」

 彼女は言いました。
 最近、あまり客が来なくなったのだと・・・
 それは、彼女の母親がいなくなってからなのだと・・・

 彼女は口籠るようにして私に話をしました。
 それは私に話しにくいことのようでした。
 きっと、母親がいなくなったことが辛いのでしょう。
 私にもその気持ちはわかりました。
 この世界に転生する前のことですが、私の母も、私が幼少の頃に交通事故で亡くなりました。
 母の死を知った時の衝撃はおそろしいほどはげしいものでした。
 次第にその精神的な衝撃は弱まっていったものの、母がいない寂しさ、虚しさ、孤独感は決して消えることがありませんでした。
 それに、どれほど大人になっても、母が死んだ時の記憶を思い出すのがとても辛かったのです。
 思い出そうとしただけで、息が苦しくなり、鼓動が速まり、頭がくらくらし始めるのです。
 それはまるで私の体が過去の記憶を拒絶しているかのように・・・
 だから、クティカが失踪した母のことをしゃべりたくないという気持ちも理解できました。

 でも、それだけではないようなのです。
 彼女は何かを隠しているようなのです。
 何か私に言えないことがあるようなのです。

 しばらく黙っていた彼女が突然私に・・・
「逃げた方がいいです・・・早く、逃げた方が・・・」
 私にはクティカの言っている言葉の意味がわかりませんでした。
 すると彼女はまた言いました。
「お願いです。早く宿から逃げてください・・・」
 彼女はそう言うと一人で走って帰って行ったのです。

 私は不思議でした。
 彼女は何が言いたかったのでしょうか。
 私たちが宿を出た方がいいということだったのでしょうか。
 宿に何かがあるということなのでしょうか。
 このまま宿にいると、私たちに何かよくないことが起きるということなのでしょうか。
 わかりません。
 でも、彼女は真剣に言っているようでした。決して私をからかったり、騙したりしているようには見えませんでした。
 私たちはすぐに宿を出るべきなのでしょう・・・しかし、そうだとしても、ルークを置いて私だけどこかへ行くことはできません。
 私は宿の部屋に戻り、ルークが帰ってくるのを待っていました。

 もう外は暗くなり・・・
 私はベッドの上に寝転んだまま、うとうととしていました。
 その時です。
 何かが・・・私の体を包み込み始めたのです。
 ふと気がつくと、ベッドから無数の繊維状の紐のようなものが伸びてきて、私の手足に絡みついているのです。
 それはまるで生き物のように、私の体のまわりをはいまわり、私の肉体をベッドに縛りつけ・・・
 私は動けなくなって・・・
 そのたくさんの細い紐が、植物の蔓のように、私の体にしっかりと巻きついて・・・
 でも、その繊維状の物質はすごく強くて、引きちぎることなど、とてもできないのです。
 それは、この世界のものではありません・・・きっと魔界の植物・・・
 その異様な草はベッドから生え出し・・・いや、壁からも、床からも・・・天井からも・・・
 それは部屋中に広がり、部屋全体を覆い尽くし・・・
 もはや建物自体が魔物と化し・・・
 この宿は建築物全体が魔界の植物に侵されていたのです。

 私は魔力で自分を守ろうとしましたが、もう遅かったのです。
 その無数の魔植物の繊維が私の体内に入り込んでいて・・・
 どれほど強い防御魔法でも、すでに自分の体内に入り込んだものに対しては効かないのです。
 魔の物質が私の臓器の中に入り込み、血液に溶け込んで身体中の血管をかけめぐり、神経に絡みついて感覚を乱し・・・

 私の意識は魔の植物のエネルギーによって支配されてしまいました。
 しかしなぜか、私はとても心地よい気分になっていたのです。
 体を魔物に蝕まれていくのが、なぜかとても気持ちよかったのです。
 強制された快感。
 私は抵抗する力を失い、むしろ体内に入り込んでくる異物を受け入れようとしていました。
 もっと奥深くまで体が汚されることを望んでいたのです。
 異常な精神状態。
 狂気。
 ところが、自分がおかしいとわかっていても、それを正すことができないのです。
 もはや、私の精神も体も・・・

 私の意識は非現実の世界に引きずり込まれて行きました。
 あるいは、それは記憶の世界というべきかもしれません。
 転生前の・・・そして、母が亡くなる前の記憶・・・母と一緒に街を歩いている時の記憶・・・家の中で母と一緒に食事をしている時の記憶・・・熱を出して寝込んでいる私を優しく看病してくれた時の記憶・・・私はさまざまな記憶の中でとても幸福な気分になり・・・
 心の片隅ではわかっていました。これは現実の世界ではないと・・・過去の記憶にすぎないと・・・いや、魔の植物が作り出した幻覚にすぎないと・・・
 でも、これが現実ではないとわかっていても、それを受け入れ、その幻覚の中に止まろうとしていたのです。
 もし、この先にあるものが死だとしても、それでもかまわないとさえ思っていたのです。

 しかし、その時私は気がつきました。
 母の手に抱きしめられている娘は・・・今まで自分自身だと思っていたその少女は・・・それはクティカだったのです。
 なぜか、私の母がクティカを優しく抱きしめているのです。
 どうして? どうして私じゃないの? どうしてクティカなの?
 でも・・・それでも、私は幸せでした。
 母とクティカが強く抱きしめ合っている姿を見ながら、私の心はこれまでに感じたことのないような幸福で満たされていったのです。
 もう私とクティカは・・・

 そんな私を現実に引き戻してくれたのはルークでした。
 その時、彼は部屋に入ってきたのです。
 ルークは私に絡みついた魔界の植物を剣で切り落としました。

 彼は大声で・・・
「この建物は魔物におかされています・・・早く、逃げましょう」
 彼は大きな荷物を抱え・・・私の手を引き・・・

 確かに彼の言うとおりでした。
 この宿の建物全体が魔物だったのです。

 その時、ふとあることに気がつきました。
 宿に私たち以外の客が泊まっていないのは、この宿が汚くて客が来ないのではなく、来た客はもはや、魔物に食われてしまったからなのです。
 ここに来る客は、魔物の餌でしかなかったのです。
 それは食虫植物が罠に落ちる昆虫をじっと待っているのと同じように、この宿も食料としての人間が泊まりに来るのをじっと待っていたのです。
 そして、そこに落ちた動物は間違いなく消化されていくのです・・・魔物によって・・・

 私たちはすぐに建物から出ようとしました。私たちは階段を駆け下り・・・
 しかし、一階に降りた時、そこには彼女が・・・クティカが・・・
 彼女はカウンターの奥の部屋のテーブルの上に、意識を失って倒れていました。
 いえ、気を失っているわけではありません。
 彼女には意識があります。
 彼女は自分の体に何が起きているのか、ちゃんとわかっているのです。
 無数の魔物たちが襲い掛かり、彼女の体を貪り食っているのを・・・
 たくさんの魔界の生き物が、彼女の体に群がり、彼女の血を吸い、彼女の肉に食らいつき、彼女の手足を・・・

 しかし、彼女は満足そうな表情をしているのです。
 それは、さっきの私と同じなのです。
 魔の植物が体内に入り込むことで、精神を支配されてしまったのです。
 偽の快感を強制されながら、体を汚されていくのです。
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