上 下
21 / 94
第1章:魔物

悲しいドラゴン(5)

しおりを挟む
 ドラゴンは近くに立っている私たちに気がついているようでした。
 そのメスのドラゴンは私たちをじっと見つめていました。
 警戒。
 彼女はまだ、卵を守ろうとしているのです。割れて干からびた卵を・・・
 母親として・・・

 私は耐えられないほど悲しい気持ちでした。
 なぜなのかわかりません。
 それは魔物なのです。それは魔界の生き物なのです。人間を食べるのかもしれない生き物なのです。私だって、今すぐに食べられてしまうのかもしれないのです。
 でも・・・それでも・・・私はなぜか悲しい気持ちでした。

 私は卵に近づきました。
 それは危険な行為でした。
 相手は私を警戒しているのです。
 いつ攻撃してくるかわかりません。
 あの巨大な生き物と戦って勝てるわけがありません。
 私は死んでしまうかもしれません。
 それなのに、私は卵に近付いて行きました。
 私は自分が何をやっているのかわからなくなっていたのです。
 私は気が狂っていたのです。

 私は卵に近づいて行き・・・殻の割れた卵に・・・
 すると、心の中から声が聞こえてきたのです。
 初めて聞く呪文。
 《ーーーー》

 それは治癒魔法の一種でした。
 しかし、今まで私が使ってきた初級魔法や、ルークの腕を治した再生魔法とも違いました。
 全く新しい魔法・・・そして、非常に難しい魔法・・・

 それは、私一人では行うことができないのです。
 彼女の力が・・・そのドラゴンの力が・・・母親としての力が必要なのです。
 母鳥の助けが必要なのです。
 どうやって話しかければいいのですか? どうやって説明すればいいのですか? 
 相手は言葉が通じない動物なのに・・・相手は人間を襲う恐ろしい魔界の生き物なのに・・・

 しかし、彼女は私の意志を理解したようでした。
 なぜ彼女に私の気持ちが通じたのかは、よくわかりません。
 それも魔術の一部だったのかもしれません。あるいは、もっと強い力が私と母鳥の間で働いていたのかも・・・

 彼女は、私が何をしようとしているのかを理解し、そして、その母鳥は、私の意志を受け入れたのです。
 私と、私の中にいる昔のソフィアの意志と、その母鳥の心が一つになり・・・魔力が共鳴し・・・イメージが重なり合い・・・そして、私たちは一つの呪文を詠唱し続けたのです。
 それは、蘇生の魔法でした。

 蘇生・・・
 私たちは、割れた卵の中のヒナを蘇生させようとしたのです。
 何十年も前に死んでしまい、もうとっくに干からびてしまっているドラゴンのヒナを・・・

 そのためには膨大なエネルギーが必要でした。
 そして、生き物を蘇生させるためには、膨大な情報が・・・生物を隅々まで正確に再生させるための詳細なイメージが必要でした。
 でも、それをやったのです。
 私たちはそれを実行したのです。
 やがて、ヒナが動き出し・・・殻をやぶって出てきたのです・・・そして、すぐに羽を動かし・・・羽ばたき・・・母親のドラゴンのまわりを飛び回り始め・・・

 私は力尽きて倒れていました。
 ドラゴンはその羽でやさしく私を撫でてくれました。
 それから、ヒナを背中に乗せると、魔界へと飛び立っていきました。

 私はしばらく倒れたままでした。
 しかし、私は感じていました。
 そのドラゴンが私に与えてくれたもの・・・それはきっとお礼・・・
 私は膨大な魔力を与えられ・・・そして、特別な魔法も・・・

 ルークは私に近づき、尋ねました。
「大丈夫ですか?」
 私は返事をすることすらできませんでした。
 すると、彼は言ったのです。
「ソフィアさん、ありがとうございます」

 その言葉で、私はいろいろなことを理解しました。
 彼は最初から、そのドラゴンを倒そうとはしていなかったのです。
 彼はわかっていたんです。何が起きているのか、最初から知っていたんです。・・・
 もしかしたら、村に入った時から・・・村に入って、村人に石を投げつけられた時から・・・
 あの時、彼が悲しい表情をしたのは、もしかしたら・・・

 ルークは動けない私を背負うと、村に向かって歩き始めました。
 私は彼の背中を感じながら、なぜか幸せな気分に・・・
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

私の母は悪役令嬢でした 【完結】

松林ナオ
ファンタジー
アリスの母は、大貴族のご令嬢だったらしい。らしい、というのは詳しい話は聞かせてもらえないからだ。 母は昔のことをあまり語りたがらない。聞かせて欲しいとねだると『アリスが大人になったら話してあげるわ』と諭されるのみ。 母の貴族時代のことが知りたくて仕方がないアリス。 地下室で偶然に日記を見つけたことによって、母の壮絶な過去をアリスは知っていくのだった。

そんなに幼馴染の事が好きなら、婚約者なんていなくてもいいのですね?

新野乃花(大舟)
恋愛
レベック第一王子と婚約関係にあった、貴族令嬢シノン。その関係を手配したのはレベックの父であるユーゲント国王であり、二人の関係を心から嬉しく思っていた。しかしある日、レベックは幼馴染であるユミリアに浮気をし、シノンの事を婚約破棄の上で追放してしまう。事後報告する形であれば国王も怒りはしないだろうと甘く考えていたレベックであったものの、婚約破棄の事を知った国王は激しく憤りを見せ始め…。

気がついたら異世界に転生していた。

みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。 気がついたら異世界に転生していた。 普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・ 冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。 戦闘もありますが少しだけです。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

辺境伯の5女ですが 加護が『液体』なので ばれる前に逃げます。

サラ
ファンタジー
「リーナ、もう殲滅してしまえ! で、あきらめて聖女になっちゃおう。リーナってチートなんだから」 お兄様、そんな事を言われても、私は普通の人と普通の恋をして普通の家庭をもちたいんです。 『水魔法の加護』がある事になっているけど本当は違うし、ゲームに関わらずにお兄様と一緒に逃げたいです。と思っていたけれど、覚悟を決める時がきたようです。 異世界に転生したリーナは乳母に虐待されていたが『液体の加護』のおかげで生き延びた。 『隠蔽の加護』を手に入れて、加護を誤魔化したせいで公爵家の婚約者となり魔法学園に通う事となったが、そこで自称ヒロインと出会う。 この世界は乙女ゲームの世界でリーナはヒロインと婚約者の為に尽くす健気な側妃になるらしい。 しかし、婚約破棄されたおかげでストーリーは変わっていく。初恋は結ばれないというけれど、リーナの初恋の行方は?  これは前世で恋も愛も知らなかった女性が愛を見つける物語。 追加で世界を救うかもしれません。 ※意地悪乳母や侍女、自称ヒロインとその取り巻きもいるけど、いずれは因果応報。 『お月見』小話、載せてます。小話なのでたいした内容はないです。

処理中です...