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第1章:魔物

突然、魔物ゴブリンに襲われて(4)

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 私はしばらくして解放されました。
 もう私には立ち上がる体力も気力もありませんでした。

 暗い洞窟の片隅に放り出された私は、近くにルークが倒れているのに気がつきました。
 彼はかすかに息をしていました。
 何とかまだ生きているのです。

 私は彼に這い寄り、彼の体を抱きしめました。
 魔法を使えない私にできることはそれだけだったのです。
 私は彼を強く抱きしめ・・・彼の小さくなっていく鼓動の音を必死で追いかけていました・・・それが消えてしまわないことを願いながら・・・

 ところが、彼は思った以上にタフでした。
 何度も止まりかけた心臓も・・・もう止まってしまったと思って泣きそうになったことが何度もあったのですが・・・それでも、また動き出すのです・・・
 彼の心臓は決して諦めないのです。
 なぜか私はちょっと愉快な気分になりました。
 彼は死なない・・・そう確信したのです。
 だから、私も生きないと・・・そう固く決意したのです。

 でも、彼は傷だらけです。
 心臓が止まらなくても、彼の体には無数の矢の傷が残っていて、出血し続けているのです。
 私は何とかしたいと思いました。
 でも、私には魔力も魔術もありません。
 応急処置だけでも・・・止血だけでも・・・何とかして・・・

 ところが、その時、心の中で不思議な音が聞こえたのです。
 《ーーーーー》
 それは、声に出すことも、文字で書き表すこともできないような音でした。
 でも、それには間違いなく何かの力があるのです。

 私も心の中でその音を真似ようとしました。
 《ーーーーー》

 そうです。私にも、真似ることができるのです。
 それは魔法の詠唱なのです。
 心の中に潜んでいる何かと私は、何度も交互にそれを繰り返し唱えていました。

 そして、ある時、二つの音が重なり合ったのです。
 二つの詠唱が同時に響き、そしてそれは共鳴し合ったのです。

 その時でした。
 私の体の中に力が満ち溢れ・・・それは魔力でした・・・決して大量の魔力ではありませんでした・・・わずかな魔力が・・・でも、それは確実に生み出され・・・そして、私の体内の魔力は、ルークの体に流れ込んでいったのです。
 すると、彼の傷がみるみる治っていくではありませんか。
 私が抱きしめている彼の体の傷が・・・皮膚の裂け目が・・・消えていったのです。
 傷がどんどん治っていくのです。
 私、魔法が使えたんです。

 それは治癒魔法でした。
 基本的な治癒魔法・・・初級の・・・
 初級の治癒魔法は、本人の回復力を活性化すること。
 彼自身にも自分の傷を治癒させる力があるのです・・・しかし、それには何日もかかります・・・それを魔力で加速させたのです・・・
 
 ルークは次第に元気になっていき、そして、夜が明けると彼は意識を取り戻しました。
 彼は目を開けたのです・・・
 ルークは私に言いました。
「ありがとうございます。あなたのおかげで助かりました。あなたの魔法のおかげで・・・」

 ・・・ああ、何と言う素晴らしいことでしょう・・・私の魔法の力・・・小さな力かもしれないけど・・・でも・・・私の魔法の力で彼は回復したんです・・・私は彼を助けたんです・・・

 しかし、戦士というのは、単純なもののようです。
 こういう時に、自分が生きていることの喜びを心の底から味わったりはしないのです。
 さっきまで死にそうだったルークは、もう大きな剣を振り回して、洞窟の中の魔物たちを追い回しているのです。
 やっぱり、彼は原始人のようです。脳みその容量が少ないのかもしれません。
 
 彼の巨大な剣は、魔物を何匹も束にしてなぎ倒し、吹き飛ばし・・・しかし、魔物たちも相当に強いようです。
 二度や三度斬られた程度では死なないのです。
 倒れても倒れても、また立ち上がって襲いかかってくるのです。
 おそろしいほどしぶとくて・・・
 剣で斬られると、ものすごく痛がり、全身をよじって苦しんでいます・・・が、しばらくするとまた襲いかかってくるのです。

 それだけではありません。
 魔物たちも多様な武器を使うのです。
 あるものは弓を使い、あるものは剣を使い、あるものは斧を使い、あるものは・・・
 しかも、魔物たちが襲いかかる相手は、ルークだけではありません。
 私にも襲いかかってきて・・・

 はい、そうです・・・私は無防備です。完全に無防備なのです。
 さっき、治癒魔法を少し思い出しただけで、他には何にもできません。
 もう逃げ回るしかないのです・・・きゃーきゃー悲鳴をあげて逃げ回るしかできないのです・・・
 彼らは、次々に私の体に飛びついてきて・・・私の胸や太ももに・・・しかも噛みついてくるのです・・・ものすごく痛いんです・・・

 でも、ルークが・・・彼は私に飛びかかってくる魔物を斬りつけ・・・私を守ってくれて・・・

 ルークは必死で戦い、何度も何度も魔物たちを倒しました。
 さすがの彼らも何度も斬られているうちに、体力を失っていくようで、しばらくすると、みんなどこかへ消え去っていきました。
 やっと追い払ったのです。

 私もルークも傷だらけでした。
 私は治癒魔法で二人の傷を治そうとしました。
 さっきと同じように呪文を心の中で唱えたのです。
 間違いありません。さっきと同じ呪文を正確に詠唱したのです。
 でも・・・
 なぜかわかりませんが、何も起きませんでした。
 私の体の中に力が沸き起こることもありません・・・

 ・・・え? どういうこと? たった一つしか知らない魔法が使えなくなった・・・また、レベルゼロに戻っちゃった・・・

 私はがっかりして座り込んでしまいました。
 でも、ルークは平気でした。
「このくらいの傷では死んだりしませんよ。大丈夫です」
 そう言って、私の傷の手当てをしてくれるのです。
「きっと、魔力が足りなくなったんでしょう。大丈夫ですよ。あなたは魔術師なんですから。世界一の魔術師なんですから」

 ・・・私が世界一の魔術師?・・・魔法を一つしか知らないのに・・・いや、今は一つも使えないのに・・・

 でも、私はうれしかったんです。
 彼の言葉が・・・彼のやさしい言葉が・・・

 私はふと彼に尋ねました。
「あの魔物、とても手強かったね。斬っても斬ってもまた復活してきて・・・」

 すると、彼は驚いたような表情をしました。
 私は何か変なことを言ってしまったのでしょうか・・・まずいです・・・いや、まずくなんかないんです・・・いいんです・・・彼には本当のことを言えばいいんです・・・彼は私が記憶喪失だと思っているんですから・・・

 彼は不思議そうな表情のまま大笑いして言いました。
「仕方ないでしょう・・・この剣は斬れないんですから・・・この剣で斬られたら、ものすごく痛いですよ・・・でも、全然傷つかないんです・・・俺は、殺すのが嫌いなんでね」

 そう言うと彼はまた大笑いをしました。
 これは、どういうことなのでしょう・・・斬れない剣を振り回している戦士・・・魔物を殺すのが嫌いな戦士・・・ありえないですよね・・・それって、完全に無能な戦士なのでは・・・魔法を使えない魔術師と同じレベルで、ダメな戦士なのでは・・・レベルゼロ的な状況なのでは・・・どういうことですか?・・・私も彼もレベルゼロなんですか?・・・なんか設定がひどすぎませんか?・・・

 でも、変なんです。
 私は不思議な気持ちでした。
 私はなんとなくそんな彼が嫌いじゃなかったんです・・・むしろ、ちょっと安心したような気分で・・・

 その時、彼は私に奇妙なことを言いました。
 私が・・・つまり、ソフィアが・・・彼の剣の力を封印したのだと・・・
 彼女の魔力が、斬っても死なないように彼の剣を封じ込めたのだと。
 だから、彼は魔物を殺すことができないのだと。
 でも、痛みを与えることができて・・・その痛みは斬られて死ぬよりも何十倍もはげしいから・・・だから、辛抱強く斬り続ければ、魔物を追い払うことができるのだと。

 そんなので本当に戦えるのかどうか、正直よくわかりませんが、何だか私は楽しくなりました。
 魔術を一つしか使えない(今は一つも使えない)魔術師と、斬っても傷つかない剣を持った戦士が旅をしているんです。
 何だか愉快ですよね。

 ルークは言いました。
「ソフィアさんの封印のおかげで、魔物を一匹倒すために、何度も何度も斬らないといけないのです。
 それに、向こうはちゃんとした剣とか斧とかを持っていて、それで斬られると、こっちは一発で死んじゃいますからね。だから、大変なんです。
 でもね・・・それでも相手を倒したら、ソフィアさんはいつもご褒美をくれましたよ」

 私はルークに尋ねました。
 私は・・・以前のソフィアは彼にどんなご褒美をあげていたのかと。
 すると、ルークは言いました。
 敵を倒したら、胸を触らせてくれたのだと。大きな胸を・・・
 だから、今日も触らせて欲しいのだと。敵を倒したのだから・・・

 ・・・イヤです・・・
 ・・・そんなの絶対にウソです・・・私が記憶喪失だからと言って、ルークはウソをついているんです・・・
 ・・・やっぱり、こいつはダメな人間です・・・こいつはダメな戦士です・・・ウソをついて、私の胸を合法的に触ろうとしているんです・・・単なる変態戦士です・・・

 私は彼の言葉を完全に無視しました。
 でも彼はじっと私を見ていました。明らかに求めているのです。明らかに変態的な行為を私に求めているのです。粘り強く・・・辛抱強く・・・

 ・・・何考えてんの?・・・そう言えば、私が騙されて胸を突き出すとでも思ったの?・・・もうその思考がクソ変態!・・・

 彼はしばらく悲しそうな目で私を見ていました。
 なぜなのかわかりませんが、彼の表情を見ていると、彼がウソをついているようにも見えないのです。
 彼は変態かもしれませんが、私を騙しているわけでもないようなのです。

 ・・・どういうこと?・・・もしかして、本当なの?・・・ソフィアは、・・・いや、えっと、昔のソフィアは、そんなことを約束してたの?・・・え? マジ?!・・・

 たとえ、過去にどんなことがあったとしても、一応記憶がないという設定になっているのですから、私にはその約束を反故にする権利があるはずです。だから、その権利を行使するつもりです。・・・

 ルークはしばらくすると気を取り直して・・・あるいはすっかり諦めて・・・もしかするとはげしく落胆して・・・彼は黙って荷物をまとめ始めました。
 彼は旅の支度をしながら、私に言いました。
「さあ、出発しましょう・・・この山を抜ければ、小さな村があります・・・そこへ・・・」

 私は少しだけ彼がかわいそうになりました。
 彼は一生懸命私を守ってくれたのです。
 まあ、だから・・・胸を触らせてあげるなんて嫌だけど・・・でも・・・

 大きな荷物を背負って歩き始めようとする彼を、私はそっと抱きしめました。
 私も、彼が生きていてくれて、うれしかったのです。
 彼はこの世界での唯一の仲間なんです。
 だから・・・

 すると彼はびっくりしたようでした。
 彼は私に・・・
「これも、回復の魔法ですか?」
 私は小さくうなずきました。

 私は彼と一緒に歩きながら、ふと尋ねました。
「でも、私たちって、何のために旅をしてるの?」

 すると、彼は大声で笑いながら言いました。
「もしかして、そんなことも忘れちゃったんですか?・・・そんなの決まってるじゃないですか・・・魔王を倒すためですよ・・・魔王を倒すために旅をしているんです・・・俺たちは、魔王を倒すために魔王の城に向かってるんですよ・・・グハハハ」

 グハハハとか笑っている状況ではありません。
 無理です。不可能です。インポッシブルです。

 魔王?! ありえません。ゲームじゃないんですから・・・
 魔王を倒す?? 斬れない剣を持った男と、魔力を使えない魔術師が? ・・・ありえません・・・

 一体これは、何なんですか? 絶対、設定がおかしいですよ!
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